2017-08

「捏造キャラなり」=「星名一臣(専務)とヨルとのキャラなり」をコスしてみた!の補足

「捏造キャラなり」=「星名一臣(専務)とヨルとのキャラなり」をコスしてみた!の補足

 (その2)を書く前に、ちょっと前記事の補足をば。
 星名専務のコスをして、ヨルとキャラなりする流れを撮ってみたわけなんだけど、これが予想以上に燃えたと言うか、感情移入してしまった。そのことに関して、書き留めておきたい。

 私は今でも“変身ごっこ”の現役であり、ライダーその他の変身玩具を買ったら、見たり飾ったりするだけではなく、ちゃんと使って遊ぶ。ここ数年では、スマートさでは電王の変身ベルト、迫力ではガタックの変身ベルトが一番気に入っている。
 ガタックゼクターはガシャガシャ遊びすぎて、ガタックホーンのところのスイッチが接触不良を起こしかけているくらいである。ちなみに、電王ベルトでも同じくらい遊んでいるが、基本的に変形ギミック(機械的ギミック)がないため、今のところ問題は発生していない。

 電王ベルトには機械的ギミックがないとはいえ、音と光のギミックは豊富であり、ライダーパスには最小限の機械的ギミックがある。ガタック(ゼクター)ベルトに至っては、それこそカシャン・ガキュンガキュン・ピキュキュキューンであって、もうギミック万歳という感じだ。

 これらに比べたら、ヨルのしゅごたまは光らないし音も鳴らないし、見かけ上のプレイバリューは小さい。そもそも、何ゆえ買ったかと言うと、イクトのレイヤーさんと2ショットを撮らせてもらう際に使うアイテムとして買ったのだ。だから、ヨルのしゅごたまは飽く迄も撮影用の小道具であって、自分が遊ぶためのものではなかった。

 それに、ヨルのしゅごたまを買った時点では、星名一臣(イースター専務)のコスをしている自分がキャラなりするという発想自体を持っていなかった。その発想を持つようになったのは、進修館のコスイベで、『しゅごキャラ!』のレイヤーさんの写真を撮らせてもらった(その記事は → こちら)後のことである。星名専務のコスをしている自分だけが、キャラなり出来ない人物であることが、何だかとても物足りなかったのだ。

 自分だけキャラなり出来ないなんて、つまらない。
 でも、星名専務がキャラなり出来るシチュエーションなんて、有り得るのだろうか?
 ……なければ、自分で考えて作ってしまえばいいではないか!

 その時点では、星名専務がキャラなりするとしたら、相方はヨルしか考えられなかった。私個人も、しゅごキャラの中ではヨルを一番気に入っていたし、感情移入もしていた。
 アニメを観ながら、
「ヨル、そこでイクトに呼びかけている暇があったら、強引にキャラなりしてしまえ!」
「行け~、ヨル、ダメでもともと、突撃してキャラなりだぁ~」
とか、ヨルに檄を飛ばしたりしていた。
 そうそう、エンディング(『MY BOY』)のヨルも、憎めない感じで良かった。

 だから、ヨルに
「頼むにゃあ! オレとキャラなりして、イクトを助けてくれにゃあ!」
と懇願された星名一臣が、心の解錠を成し得たという想定の元、ヨルのしゅごたまの前に立った時には、本当にモチベーションが上がってきた。
(そうだ、今こそ、過去の償いをするときだ!)
という気がしてきたのだ。
 ヨルのしゅごたまを、100均で買った釣り糸でぶら下げたのは他ならぬ自分自身であるにも関わらず、
「よしッ、ヨル、来い! お前とキャラなりだ!」
という気分になった。
 まさに、“ここ一番という場面で変身するオッサンヒーロー”の気分である。

 キャラなり発動のシーンでネクタイを外したのは、その方が絵面が良くなるということもあるが、それ以上に
「ネクタイなんかしていたら、ヨル(しゅごたま)が私の胸に入れない!」
という思いが激しく強く働いたからだ。
 過去、ネクタイは何百回も締めてきたけれど、今までで一番「ネクタイが邪魔だ!」と思った。
 その場で瞬間的に「ネクタイは喉元を護る一種の防具なのだ!」と閃いた。ネクタイが盾となって、ヨルのしゅごたまを跳ね返してしまう。もう、これは絶対に外さないとダメだと実際に思った。

 ネクタイを外して、宙に浮いている(吊り下げてある)ヨルのしゅごたまの前に立つと、白いシャツの胸元に、本当に入って来てくれそうな感じがした。これが、ランのしゅごたまだったら、絶対にそういう気分にはならなかったと思う。
「ヨルとなら、キャラなり出来る…!」
 その時の気分は、ギミック満載の変身ベルトを作動させて変身ポーズを決めたときに勝るとも劣らなかった。
「キャラなり、ブラックピューマ!」

 もちろん、その場で現実にキャラなり出来る筈もない。
 しかし、後日コスプレすることで、ヨルとのキャラなり“ブラックピューマ”を実際に表現することが出来た。これは、私が過去にしてきた“変身ごっこ”の中でも、最も完成度が高いと言える。

 男の子は小さい頃、変身ヒーローに憧れ、自分もヒーローに変身したいと思う。
 しかしすぐに「変身ヒーローは現実にはいない」ことを知り、実在するスポーツ選手等へと憧れの対象を移し変える。
 それでも、男の心の片隅には、変身ヒーローへの憧れが残っている。『バットマン』『スパイダーマン』『アイアンマン』といった、いわゆる“大人の鑑賞に堪える”変身ヒーロー作品が、一般向け大作映画として商業的に成立しているのがその証拠だ。
 コスプレには、そういう子供の頃の憧れを、大人になった自分自身に投影するという側面もあるのだと思う今日この頃である。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。