2017-08

『機動戦士ガンダム』第17話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第17話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 今回から、番組冒頭のナレーションが抜本的に変えられている。結局、第1話のあの印象的なナレーションと基本を同じとするパターンが続いていたのは第16話までということになる。ガンダムは全43話なので、その約4割が
「宇宙世紀0079」、「宇宙都市」、「第二の故郷」、「サイド3はジオン公国を名乗り…」
という言葉を散りばめたナレーションで始まっていたのだ。

 ちなみに今回のナレーションは、
「少年達は、訓練を続けながら中央アジアへと進んでいた。サイド7以来、終わることのない戦いの日々が続く」
 映像は、ガンダムの空中換装の訓練シーンを主にしたものになっている。

                  第17話 アムロ脱走

 セイラが勝手にガンダムで出撃して独房入りになったと思ったら、今度はアムロがガンダムに乗って脱走。ホワイトベースは事件続きで、責任者であるブライトの精神的ストレスは大変なものだろう。
 リアルタイムで観ていた中学生当時は、そういう感想を持ち得なかったが、30年経った今になって観ると、ブライトの苦労が分かる。

 ちなみに、セイラもアムロもこの段階ではまだ民間人。全くの独断で出撃したセイラは勿論のこと、ガンダムで出撃せよとの命令を無視してガンタンクで出撃したアムロにも、ブライトが不信感を募らせるのは当然である。
 結果として、軍属であるブライトが、ホワイトベースの戦力の要であるガンダムに民間人を乗せることをやめたいと考えるのは理解できる。それは、リュウやジョブといった軍属の人材がシミュレーションで合格ラインの結果を出しているという裏付けがあってのことだろうから。

 ガンダムという作品は、ロボットアニメに初めて“補給”という概念を普遍的に取り入れた作品であるとも言える。補給は、主人公側のホワイトベースだけではなく、ジオン側のシャアやランバ・ラルの部隊に対してもキッチリ描写されているのだ。これだけでも画期的なのに、両軍共に物資・人材共に不足しており、望み通りの十分な補給は受けられない状況にあるという描写によって、より一層リアリティを増す効果を挙げている。

 ラルが、出撃寸前にハモンから
「木馬は三機のモビルスーツを展開しているようです」
と告げられ、
「グフが三機あればとは思うがな…」
と小声で本音を漏らすところなどは、戦争ドラマとしての味わいがある。少ない戦力で苦労しているのはホワイトベースだけではないのだ。

 今回ラルの部隊に補給されたのも、かなり使い込んであるザク1機。ただし、オーバーホールの結果は良好で、関節部は新品と交換されているとのこと。
 ここでザクの関節部の整備状態に言及していたことは、後の戦闘シーンでラルのグフが関節に異常をきたして撤退を余儀なくされることと繋がる。新型のグフとて、酷使されれば関節にガタがくるということだ。

 今回も、前回同様、点描が素晴らしい。

 風呂場の洗面の蛇口をキッカが壊して水漏れを起こしたところにアムロが通りかかるシーンからは、ホワイトベース内の生活感を感じ取ることができる。ここが単なるサービスシーンではなく、ちゃんとホワイトベース内の生活の一部を描いた場面になっているからだ。
 リュウが、自分の胸元を掻いているワンカットもそう。
 ブライトが、上半身タンクトップ姿のままでブリッジに駆け込んでくるシーンもそう。
 そりゃ人間なんだから、風呂にも入れば、何気なく体を掻くこともあるだろう。そんなごく当たり前のことを、当たり前に描写する。そういう小さな描写の積み重ねが、登場人物の“体温”、作品全体の“生きた空気感”、即ちリアリティを生み出すのだ。

 ランバ・ラルが、部下のことを思いやる描写も良い。
 全体の戦局とは直接関係のない、いわばザビ家の個人的な恨みから出た“ガルマの仇討ち”作戦を担当していることに対して
「わしの出世は、部下達の生活の安定に繋がる」
と言い切る。木馬から連絡を入れてきたコズンに対しても
「コズン、上手く逃げおおせてくれよ…」
「コズンが脱出できたら、救助してやってくれ」
と、出撃直前までその身を案じていた。

 そのコズンも、あと一歩で脱出できるというところで、オムルの撃ったバスーカによって吹き飛ばされ、まるでゴミのように落下していく。自分のしたことに対して動揺するオムルを横に、セイラは
「気にすることはないわ…私たちだって、いつああなるか…」
と冷めた口調で呟くのだ。
 生と死は紙一重。そんな戦場の非情さが、コズンの死から伝わってきた。

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 おまけ 『ガンダム00』 #24 BEYOND & #25 再生

 前回、「『ガンダム00』の設定は『強殖装甲ガイバー』に似ているなと思っていたのだが、ここへ来て絵的に似たものまで出てきたのでビックリ」と書いたけれど、ダブルオーガンダムは設定(ユニットを2つ装備して飛躍的にパワーアップ)だけではなく、絵的にもガイバーギガンティックに似ていたね。似過ぎていて、書くのを忘れちゃってたわ。

 覚醒した刹那は、ファーストガンダムにおけるアムロのオマージュのつもりかも知れないけれど、個人的にはスーパーサイヤ人みたいな印象だったなぁ。

 最終話の一つ前でラスボス登場、最終話でラスボスとの決戦という流れだったけど、それ自体は盛り上がりに欠けた。何故なら、ラスボスがモビルスーツに乗って戦うのは実質今回が初めてだから。刹那とラスボスの関係も弱かった。ブシドーのようなライバル関係とか、サーシェスみたいな因縁があった訳でもないから。

 おまけに、そのラスボスが死んだかどうかも分からないまま、TVシリーズ終了。
 コーラサワーがピンピンしているんだから、もう何でも有りだわな。
 で、来年、劇場版だって…?
 そういう引っ張り方するのは、商売として、カッコ悪いと思う。
 観客の年齢層や男女比をこの目で確認したいので、劇場には足を運ぶけれど、作品の内容は正直言ってどうでもいいわ。劇場版のラストで「この続きはOVAで」とか出るかも知れんし。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。