2017-08

『機動戦士ガンダム』第15話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第15話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 番組冒頭のナレーションが、今回また変更されている。

「宇宙世紀0079、ルナツーと呼ばれる第二の月は、宇宙都市建設に使う鉱物資源を手に入れるために運ばれてきた小惑星である。その隣に、七番目の宇宙都市サイド7が建設され始めて二年目、ジオン公国と連邦軍の戦争が始まった。
 この大戦で、四つの宇宙都市の群れが消滅し、僅かサイド6に幾つかの宇宙都市が残るのみである。そして、ジオン公国を名乗る宇宙都市の群れは、地球から最も遠いところにある。
 そこの総帥、ギレン・ザビは叫ぶ「地球連邦の軟弱を討て」と。あたかも、人類を救うのは彼のみであるかのように…」

 今回のナレーションのニュアンスは、前回の
「全ての人類を、自らの独裁の手に治めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ宇宙都市国家である。ザビ家の総帥ギレン・ザビは、人類を己の前に跪かせるべく、地球連邦に戦いを挑んできた」
という視点と、最初の頃の
「サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦に対して独立戦争を挑んできた」
という中立的な視点の、中間のニュアンスといったところか。11話から続いてきた「悪のジオン、それを受けて立つ連邦」というニュアンスから、やや客観的な視点へと揺り戻しが入った感じだ。

 ファーストガンダムに、これだけナレーションの変遷があたっとことは、リアルタイム視聴時には気付いていなかったと思う。この件は、全然記憶に残っていないのだ。
 エポックメイキングな作品だったからこそ存在した、作品の揺らぎの一つだったのかも知れない。

               第15話 ククルス・ドアンの島

 前回同様、1話完結の番外編である。
 本エピソードは『イセリナ、恋のあと』と並んで、評価が分かれるエピソードだろう。少なくとも、前回の『時間よ、とまれ』のような珠玉のエピソードではないことは確かだ。

 『イセリナ、恋のあと』は、次の回でアムロの精神状態がおかしくなる原因となったエピソードと捉えることも出来るが、今回の『ククルス・ドアンの島』には、そういう要素も無い。後にアムロは、一時的とは言えドアンと同様の脱走兵となるのだが、その際にこのエピソードが顧みられることは一切ないのだ。
 だから、「この話は特に必要なかったんじゃないのか」という気がしないでもない。

 しかし『ククルス・ドアンの島』が、ガンダムという作品の世界観から外れた駄作なのかと問われれば、そうではないと答えたい。

 一般市民が戦争の巻き添えになって命を奪われるとか、戦争孤児が発生するという描写は今までにもあった。ドアンのザクが武器も持たずにモビルスーツ同士の戦いに挑むところは、ガデムの旧ザクの戦い振りを思い起こさせる。ガンダムの状態からAパーツとBパーツを分離させ、Bパーツからコアファイターを発進させるという描写は、最終話でも再現されている。
 ちなみに、アムロが白いランニングシャツと縞々トランクスという下着姿のまま人前に出ても平気なところは、第1話でも描かれている。それを目の当たりにした少女(今回はロラン、第1話はフラウ)が平然としている点も同じである。

 今見ても“異色作”だと思う。アムロが、
「あなたの体に染み付いている闘いの臭いが、追跡者を引き付けるんじゃないんでしょうか…それを消させて下さい、ククルス・ドアン」
と言ってドアンのザクを海中へ投棄することも、理想論に過ぎると感じる。
 それでも、やはり駄作ではないと思う。

 今、大人の視点で見ると、スポンサーから「ガンダムの合体シーンを、1つの話の中で、前半で1回、後半で1回、計2回描写すること」という注文があって、それに沿う形で捻り出されたエピソードのようにも見える。
 でも、そんな穿ったような見方をするより、ロランがララァに通じる匂いを感じさせるキャラクターなのだと気付けたことの方が嬉しい。

 ドアンたちは、戦争が終わるまで、あの島で平和に平和に暮らし続けることが出来たのだろうか?
 そうであったと、思いたい。

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 おまけ 『ガンダム00』 #20 アニュー・リターン & #21 革新の扉

 アニューは消化不良なキャラだった。ライルも消化不良なキャラなので、ダブル消化不良でホントに中途半端なエピソードになってしまった。
 アニューは、最初からダブルオーライザーを入手(ソレスタルビーイングに造らせ、最終調整まで終了させておいて奪取)するためにライルを騙し続けていた悪女キャラにした方が良かった。
 そもそも視聴者には、ライルがアニューを好きになった理由が良く分からない(過程が描かれていない)。だから、アニューの視点(ライルを利用していたつもりが本当に愛してしまった)で描いた方が余計な疑問を感じないで済んだ。それで最後にお約束的な「こ、殺せないわ」みたいな展開があれば、普通にアニューに感情移入できた筈である。

 #21は、無駄に話数を使ってしまったという印象。王留美は前回死んでいた方がスッキリした。まさか、まだ生きているんじゃないだろうな? 最後の最後にイノベイターの親玉を後からブスッと刺すとかだったら笑っちゃうぞ。

 それにしても、イノベイターの親玉の憑依能力は、ご都合主義以外の何物でもない。あんなことができるなら、最初からアニューに憑依して、飲み水に睡眠薬でも入れておけば、楽勝でトレミーごと鹵獲できるじゃん。ティエリアに憑依しないのも不自然だし。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。