2017-08

『ガンダムOO』の、ここがダメだからこう変えろ(その4)

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ
(その4)

 この記事は、 『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ(その3)  の続きである。

 今回は、『ガンダム00』のストーリーの展開と男性キャラの描き方を中心に、どこがダメで、そのダメな点をどう変えておくべきだったのかを書き連ねてみる。

ダメな点(5)…『ガンダム00』は、カッコイイ大人(男)の姿が描かれていないからダメ。
こう変える(5)…セルゲイとハーキュリーを最終話まで生かし、ストーリーのキャスティングボートを握らせる。

 ここで言う“カッコ良さ”とは、ルックスに関するそれではではない。「漢と書いて男と読む」的な感性における“大人(男)の姿のカッコ良さ”である。

 そもそも、所謂イケメンキャラなどは、1人か2人いれば十分なのだ。これは女性キャラクターに関しても同じである。ファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)では、レギュラーの美形キャラはシャアとセイラのダイクン兄妹だけだったことが、それを実証している。

 もしファーストガンダムに於いて、シャア以外に何人もイケメンキャラが登場していたら、その分人気は分散していただろう。今日に至ってもシャアの知名度と人気が高いのは、イケメンキャラとしての人気をシャア一人に集中させたということが大きいのだ(シャアが内面的にも深く描きこまれた人物であった等、他にも要因はあるが、これもリソースの集中運用のなせる業と言える)。

 話を戻そう。『00』を視聴していて、ストーリー展開に関して一番ガックリきたのは、ハーキュリーとセルゲイがあっさり殺されてしまったときである。あの瞬間、残りの話数からすると、ストーリーのキャスティングボートを握っているのはマネキンただ一人としか考えられなくなってしまった。
 もちろん今後、実際にマネキンがキャスティングボートを投じるストーリー展開になるかどうかは分からないのだが、少なくともカタロン側には大きな伏線が張られていないので、現時点ではそれ以外に確固たる予想を立てようがない。想像が膨らまないのだ。

 セルゲイとハーキュリーの最期が余りにも情けなかったこと自体も、大きな問題である。
 ハーキュリーの最期は「想定外の事態にオロオロするオッサン」だったし、セルゲイに至っては只のダメ親父である。二人を殺したアンドレイも、単なるバカ息子でしかない。 
 ダメ親父にバカ息子。そこにハーキュリーを加えた男性キャラが三人が、誰一人としてカッコ良くないのだから、あれは本当に致命的なシーンであった。

 中学生男子をガンダムファンにしたいのなら、男性キャラは基本的にはカッコ良く描かなければならない。前述したように、それは外見的なものではなく、内面的なものである。

 ファーストガンダムを引き合いに出すと、ランバ・ラルはメタボ気味の中年キャラだが、男としてカッコ良かった。ドズルは外見も性格もフランケンシュタイン系のキャラだったが、その最期は男らしかった。
 『戦場は荒野』のジオン軍偵察機パイロットであるとか、『時間よ、とまれ』の若きジオン兵といった脇役キャラも、男としてカッコ良かった。
 あの“やさ男系”の代表格であるカムランでさえ、ホワイトベース出港の際には男としての見せ場があったのだ。

 セルゲイは、アンドレイに誤解されるも、生き延びてハーキュリーと共にクーデター側と合流すべきだった。物語のキャスティングボートは、最後までセルゲイが握っているべきだったのだ。例えば…

 アンドレイの誤解によって連邦から裏切り者の烙印を押されたセルゲイは、ハーキュリー率いるクーデター軍に身を置かざるを得ない。亡き妻への想いと自分を誤解したままの息子に対する想いに揺さぶられながらも、セルゲイは自分の進むべき道を見出していく。
 セルゲイは、クーデター軍とカタロンとの仲立ちをするため、戦闘ではなく交渉の場に活動の場を移す。しかし、アロウズの特殊部隊が放っておく筈もなく、セルゲイは銃弾の中を潜り抜ける日々を続けることになる。
 それでもセルゲイは、最後の最後にマネキンの心を動かし、連邦(アロウズ)の体制を覆すことに成功するのだった…

 …という展開にするべきであった。(もちろん、アンドレイに対しても父親としての務めをキッチリ果たし、親父としてのカッコ良さも見せる)

 沙慈の姉が生きているという設定(サーシェス=グラハムに殺されそうになったところを、以前から接触を持っていたカタロンのメンバーによって助け出される。ただし、沙慈は警察から姉が死んだと知らされ、そう思い込む)なら、カタロン:セルゲイ:マネキンの関係に、沙慈の姉を効果的に絡めることが出来るだろう。

 マリーに関しても、トレミーを降りて沙慈の家にでも住んでいることにすれば、沙慈の姉を通じて潜伏中のセルゲイと再会するという展開を作ることが出来る。また、セルゲイと再会したことによってマリーがトレミーに戻る理由が生まれ、結果的にアレルヤと再会を果たすという流れも悪くない。
 この方が、「ひたすら仇討ちの連鎖が続く」単調で殺伐とした展開よりも、遥かに面白いと思う。

 そして何より、セルゲイやハーキュリーといった男性キャラが立つ。
 モビルスーツ同士の派手な戦闘の裏側で、大人の男達が地べたを這いずり回りながら、世界を救うために戦い続け、最後は見事にその目的を果たす。
 これだよ、これ。
 大人の男のカッコ良さだよ。

 もちろん、セルゲイや沙慈の姉の話を膨らませた分、削らなければならない部分も生じてくる。
 では、どこを削るのか?
 イノベイターの話をバッサリ削れば済むのである。
 この件は、気が向いたら書くことにする(感想文の方で既に大方書いてしまっているので、あんまり書く気がしない)。とりあえず、今回はここまで。
スポンサーサイト

コメント

セルゲイは兵士としては優秀だが父親としてはダメだった

 記事の最後に書いたように、イノベイターの話をバッサリ削っておけば、
「ダメ親父が物語のキャスティングボートを握って影で奮闘し、最期には息子と理解し合う」
という尺を確保できたのにと思うと、残念です。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sinden.blog6.fc2.com/tb.php/886-090cfc59

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。