2017-10

『ガンダムOO』の、ここがダメだからこう変えろ(その3)

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ
(その3)

 この記事は、 『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ(その2) の続きである。

 今回は、『ガンダム00』のドラマの展開を中心に、どこがダメで、そのダメな点をどう変えておくべきだったのかを書き連ねてみる。
 ここで私が「ダメだから変えろ」と書くのは、中学生以上の男性視聴者、即ちガンプラの主たる購入者と重なる層からの視点であり、一般的な女性のそれではない。

 「中学生以上の男性視聴者」は、ガンプラだけではなく、DVDの購入者でも有り得る。特にこの先ガンダムという商業作品を買い支えていく世代として、中学生男子層の顧客の存在は重要である。私も、中学生のときにファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)のファンになり、今日に至っている。出来るだけ当時の気持ちを思い出して、この記事を書くことにする。

ダメな点(4)…『ガンダム00』は、刹那のライバルキャラが立っていない(キャラが弱い)からダメ。
こう変える(4)…グラハムとサーシェスは同一人物であるという設定にし、キャラを立たせる。

 そもそも、刹那を「4人いるガンダムマイスターの1人」としたこと自体がダメ(「ガンダムのパイロットは4人いるが、ガンダムマイスターは刹那だけ」にするか、ガンダムマイスターという言葉自体をなくして単に「刹那はガンダムバカ」とすべき)だと思うが、その件は割愛する。

 『少年ジャンプ』の法則にもあったと思うが、主人公には強力なライバルが必要である。
 ファーストガンダムの場合、主人公アムロとライバルのシャアの関わりは、物語開始から最期まで、ほぼ一貫して描かれていた。シャアが左遷させられている間は、ランバ・ラルがアムロのライバルとなることで、アムロの成長ドラマは継続した。ファーストガンダムにおける主人公とライバルのドラマは、厚みと重みのあるものだった。

 これに対し、『00』における刹那とグラハムのドラマは軽くて薄く、刹那とサーシェスのドラマは極めて限定的で広がりがない。
 両者とも、典型的なステレオタイプというか、いかにも「こういう機能(役割)のキャラを作ってみました」的な単機能キャラである。物語における単なる駒であり、人物としてのリアリティがない。
 しかし、この2つのキャラクターを合体させれば、ちゃんと生きた人物として動くようになる。つまり、こうだ。

 かつて刹那をゲリラに仕立て上げた人物であるサーシェスは、顔を変え経歴を偽り、グラハムという別の人格になりきって、ユニオン正規軍のエリートパイロットになっていた。
 戦場でグラハムの乗るモビルスーツと対峙した刹那は、その太刀筋からパイロットがサーシェスであることを直感する。グラハムもまた、ガンダムのパイロットが、自分がかつてサーシェスであった頃に教えたゲリラ兵であることを直感。
 何故、傭兵であったサーシェスが、グラハムとして正規軍のエリートパイロットの座に就いているのか? 
 彼一人の力で成し得たのか、他の誰かの協力があってのことなのか?
 サーシェス=グラハムの真の目的とは何か?

 …とまぁ、こんな感じにサーシェスとグラハムを一人にまとめてしまえば、刹那のライバルとしてキャラが立つのである。要するに、サーシェス=グラハムとして多面的な物語を背負わせ、キャラとしての深みを持たせるのである。
 刹那がただのテロリストではないように、サーシェスもまた、ただの傭兵ではダメなのだ。
 グラハムも同様。
 実際の作品では、グラハムをただのエリートパイロットではないようにするために仮面を被らせたのかも知れないが、あれではただの道化である。シャアは、初めから物語を背負っていたからこそ仮面を被っていたのだ。グラハムは逆に、物語を持たせるために仮面を被らされた。この差は余りにも大きい。

 ちなみに、サーシェス=グラハムと刹那とのドラマ展開は、サーシェス=グラハム自身の謎解きが加わる以外は、実際の本編のそれとほぼ同じ流れで良いと思う。例えば…

 サーシェス=グラハムは、「人間は常に争いを行い続けることで栄え、進歩する」というポリシーを持ち、「だから、そういう環境を常に作り続けなければならない。世界の歪みこそ、人間の社会を維持する生命力」という行動を取り続ける。
 対する刹那は、「戦うことしか出来ない自分」が「戦いを根絶するための戦いを続ける」という二重三重の矛盾に悩みながら、周囲(敵味方両方)の人間との関わりの中で成長しながら、答えを見つけていく。

 始めから途中までは、サーシェス=グラハムからの「俺とお前は、同じ破壊者に過ぎない。違うか?」という問いかけに対し、刹那は「それでも構わない」と応じる受けの姿勢で臨む。
 途中から終盤にかけて主導権が刹那に移ってゆき、最終的には「お前は何も変わっていない。でも俺は変わった。俺はもう破壊者じゃない」という攻めの姿勢に転じる。「だから、俺が勝つ!」

 その過程に、セルゲイやハーキュリーといった敵対勢力(ハーキュリーの場合は敵の敵で味方?)の人物が絡んでくると、面白くなる。ファーストガンダムにおける、アムロとランバ・ラルのように。

 次回はその、セルゲイやハーキュリーといったオッサンキャラの活かし方について書いてみたい。
 とりあえず、今回はここまで。
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コメント

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それはだめだと思う

基本ガンダムの主人公のライバルは本当は良い人で違う平和を考えてることが多いからグラハムとサーシェスを混ぜたらグラハムのよいところが消えて糞キャラになってしまうと思う

Re:それはだめだと思う

 実際の00のグラハムが「違う平和を考えていた」という深い描写はありませんでした。ファーストのシャアと比較すれば、00のグラハムやサーシェスの薄っぺらさ(ステレオタイプ)は一目瞭然です。
 「ステレオタイプなのがグラハムの良いところ」だとすれば、あのままで良いのかもしれませんが。
 なお、ミーハーな話には全く興味がありません。

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。