2017-08

『機動戦士ガンダム』第12話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第12話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 前回の『イセリナ、恋のあと』を観て、今更ながら思った。
 アムロは、ロボットアニメの主人公の中では、初の“人殺しをする主人公”だったのではないか、と。
 ファーストガンダム以前のロボットアニメでは、主人公と戦うロボットは無人が原則だった。キャラクターが操縦している場合でも、それはアンドロイドであったり怪人であったり宇宙人であったりして、いわゆる“本物の人間(普通の人間)”ではなかった。

 ファーストガンダムでは、戦争というリアリティを導入したことにより、主人公が倒す相手は全て主人公と同じ普通の人間となった。敵国の住人というだけで、自分と全く同じ人間を、戦いの中で殺し続けていくことを余儀なくされるのである。
 アムロの場合、11話の時点では彼がコロニー生まれの生粋のスペースノイドなのかどうかハッキリとは描かれていない。しかし、アムロ自身の意識(アイデンティティ)は、完全にスペースノイドとして描かれている。つまり、スペースノイドの独立を謳うジオン公国は、本来アムロの同族なのだ。

 11話の時点では、舞台が地球に移っているためにこの点がぼやけているが、アムロにとって、この戦争は本来同族同士の殺し合いである。この“同族殺し”という要素は、舞台が再び宇宙に戻ったとき、“ニュータイプ同士の殺し合い”というより明確な形となって表れることになる。

 戦争とは何か。
 それは、同族同士で殺しあうこと。
 ファーストガンダムは、そういう基本的なリアリティを突き付けた作品でもある。
 この点は、ガンダムに先んじてアニメで“戦争”を描いた『宇宙戦艦ヤマト』でも描かれることがなかった、最後の領域だったのだ。

                第12話 ジオンの脅威

 今になって観れば、後に名台詞・名場面と語られることになったシーン満載の、ファーストガンダム屈指のエピソードである。
 新型のモビルスーツ・グフを駆り、ガンダムを圧倒するランバ・ラル。
「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」
 その台詞を裏付けるアムロの驚愕、
「こいつ、違うぞ、ザクなんかと装甲もパワーも!」
 戦闘シーンの最後にオーバーラップするギレンの演説、その最高潮が、
「私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ! 何故だ!?」
 そこへ、場末の酒場から突っ込みを入れるシャアの一言、
「坊やだからさ」
 更に続く演説に対し、ホワイトベースのブリッジでいきり立つブライトの反論、
「何を言うか! ザビ家の独裁を目論む男が、何を言うのか!」

 今回、話の始まりは“静”である。
 ガルマの戦死の悲しみから立ち直れずにいるデギン。
 そして、イセリナの死のショックにより、精神状態が不安定になっているアムロ。
 ジオン側、連邦側の両方で、戦争の中に在りながら“個人の死”に囚われている人物の姿を描き、対比させているのが面白い。

 その後で、左遷させられたシャアに代わる新キャラ、ランバ・ラル率いる新戦力(ザンジバル及びグフ)が登場し、戦闘が始まる。緊張感張り詰める戦闘はジワジワと盛り上っていき、終盤は前出の名台詞が飛び交う怒涛の展開となるわけだ。静から動への流れが見事である。

 その際、ホワイトベース側とザンジバル側が、両方とも稲妻を相手の新兵器と勘違いするのは意味深長である。両者ともスペースノイドであるため、そのほとんどが地球の稲妻を知らないのだ。ここで視聴者は、戦っている両者が“スペースノイドという同族同士”であることを意識することになる。それと同時に、視聴者自身は稲妻を良く知る“地球生まれの地球育ち”、即ち“アースノイド”であることも意識せざるを得ない。
 この、視聴者に客観性を強いる展開は凄いと思う。主人公側も、そうでない側も、視聴者とは立脚点が異なる異邦人なのだ。

 今回、もう一つ凄い点は、主人公と敵対するジオンに、ドイツと日本のイメージを持たせていることである。放送をリアルタイムで観ていた当時、
「ガルマの巨大な遺影の上に飾られている独特のシンボルが、ドイツ軍のマークと日の丸を合わせたようなデザインになっている」
ことに驚いたことを、今でもハッキリと憶えている。

 思い起こせば、放送初回から繰り返されていた導入部は、
「宇宙都市の一つに過ぎなかったサイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦に対して独立戦争を仕掛けた。ジオンは新兵器のザクを使った作戦を成功させ、地球連邦に対して戦争を優位にスタートさせた」
ということを説明していた。これは、
「第二次大戦時の日本は、零式戦闘機(ゼロ戦)を使った真珠湾奇襲攻撃を成功させ、米国に対して戦争を優位にスタートさせた」
という史実をイメージさせる。

 そして、今回のギレンの演説である。
「地球連邦に比べ、我がジオンの国力は、30分の1以下である。
 にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのは何故か?!
 諸君、我がジオンの戦争目的が正しいからだ!」

 小国が大国に戦争を仕掛ける。
 しかも、その小国は独裁国家。
 まさに、第二次世界大戦時の日本そのものではないか。

 ちなみに、マイナーチェンジを重ねてきた番組冒頭のナレーションは、今回、大幅に変更されている。一番大きな変更点は「ザビ家を悪役として表現しようとしている」という点だ。
 前回の11話では、番組冒頭ではないものの、
「月の向こう、地球から最も離れた宇宙空間に、数十の宇宙都市が浮かぶ。これこそ、地球を自らの独裁によって治めようとする、ザビ家の支配する宇宙都市国家・ジオンである」
というナレーションが使われている。
 そして今回の12話は、サブタイトルも『ジオンの脅威』。番組冒頭のナレーションでも、
「人類の全てを、自らの独裁の手に治めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ巨大な宇宙都市国家である」
と語らせている。
 
 そのエピソードの締めくくりが、件のギレンの演説なのだ。
 月の向こう、地球から最も離れた宇宙空間に浮かぶ小さな独裁国家、ジオン。
 極東、即ち西洋から最も離れた洋上に浮かぶ小さな独裁国家、日本。

 ジオン=日本(第二次大戦当時の大日本帝国)
 放送当時中学生だった私は、この暗喩を強く感じ取った。
 ジオンの脅威。
 それと同種のものを、この日本が世界に与えていたのかと…

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 おまけ 『ガンダム00』 #17 散りゆく光の中で

 ハーキュリーとセルゲイ、オッサンキャラが2人同時に死んでしまったのでガッカリ。しかも、想像していたよりも遥に軽い最期だった。
 セルゲイの息子、アンドレイというキャラの薄っぺらさには辟易する。ルイスも同様だが。
 親の敵討ちしか考えていないルイスだけど、自身の親を殺したアンドレイに対してどう振舞うんだろうね?
 それにしても単純極まりない。敵討ちをムキ出しにして戦っているだけだもんな。
 そうそう、「私が世界の歪みの総元締めでございます」と言わんばかりのイノベイターの親玉も同様。ホントに薄っぺらいよな~。ファーストシーズンのラストの薄っぺらさが、セカンドシーズンでもそのまま続いている。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。