2017-08

『機動戦士ガンダム』第6話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第6話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 『ガンダム00』の2期を今まで観てきて、本当に典型的な“寄せ集め”の話だと思う。作品に、核となるものが無い。全体的な流れというものが無い。登場人物の個人的なエピソードをチョロチョロチョロチョロ小出しにして、放送時間を消費していく。『ガンダム00』という一つの作品世界が存在するという感覚が、非常に希薄である。

 だからおそらく、この作品のファンというのは個々のキャラクターのファンであって、『ガンダム00』という作品自体のファンではない。自分の好みのキャラクターが動いていれば、物語とか世界観とかテーマなどは、どうでもいいのだ。
 もっとも、『ガンダム00』にはそういった部分が浅くしか描かれていないから、観ている方もどうでも良くなってしまうのかも知れないが。

 それに対し、『機動戦士ガンダム』では、ホワイトベースという艦が、それ自体一つの運命共同体であり、一つの社会として強烈に描かれている。「ホワイトベースは、この先どうなるのか」という流れが大前提として先ず存在し、個人のエピソードはその中に組み込まれ、密接に絡み合って進行していくのだ。

                  第6話 ガルマ出撃す

 キャラクターに関して言えば、ファーストガンダムには美形キャラが少ない。男性に関して美形キャラと呼べるのは、シャアとガルマのみ。しかも、この2人はオープニングにもエンディングにも登場せず、ガルマに至っては比較的短い話数で退場する。
 更に、今回見直して気付いたのだが、ガルマは目が細くて鋭い感じで、それなりに強面である。決して少女漫画的な“美青年キャラ”ではない。私の記憶の中では、ベルバラみたいなキラキラしたイメージになっていたので、ちょっと驚いた。

 ホワイトベースのメンバーでは、美形キャラはセイラただ1人。だから、基本的にはファーストガンダムの美形キャラというのは、ダイクン兄妹だけなのだ。
 美形キャラなど、男女一組でも十分であることを、ファーストガンダムは実証している。再々放送で視聴率20%を叩き出した作品は、キャラクターの表面的なビジュアルではなく、その内面や描かれ方、成長といった総合的な魅力で勝負していたのだ。

 さて、大気圏突入という大一番をやり遂げたと思ったら、そこはジオンの勢力圏内で、迎撃部隊との接触が時間の問題となったホワイトベース。
 1話から4話までが宇宙を舞台にした話、前回の5話が宇宙と地球の繋ぎ目の話、そして今回から物語の舞台は地球上。
 前回、ジャブローに降り立つはずだったホワイトベースがジオンの勢力圏内へ降下してしまったことが明らかになっている。だから、今後の物語の当面のテーマは「ホワイトベースが敵中突破してジャブローに辿り着くことが出来るのか」である。こういう基本的な流れが、視聴者にも良く分かるということは重要である。

 ホワイトベースが一つの社会として描かれていることは既に述べた。
 社会の中には対立が存在し、対立のあるところにはドラマもある。
 今回、実戦を迎えることで、リードとブライトの対立が明確化する。
「(お前の言うように)突破できるなら(やっても良い)」と言うリードに対し、ブライトはリードには聞こえないように「分かるものか」と言い返す。
 ブライトが途中で作戦を変更し、その詳細を伝えないことに苛立つアムロも、誰にも聞こえないように「女(セイラのこと)に作戦を訊くわけにはいかない…ブライトが始めからハッキリしていりゃあ…」と愚痴る。

 また今回、アムロとハヤトがガンタンクで組むことにより、意見の対立が生じる。「ブライト-アムロ」という縦の人間関係の対立だけではなく、「アムロ-ハヤト」という横の人間関係でも対立が起こるのだ。ガンダムで出撃するように命令(というよりも要請)を受けたときも、アムロは「(ハヤトと組んでいるよりも)1人の方が戦いやすいか…」と独白している。

 独白と言えば、シャアの独白も大胆である。ガルマの部隊の戦いぶり(苦戦)を、ガウから文字通り高処の見物をしているシャアが、
「そうか、ガルマは(ザクに)乗らなかったか。彼がガンダムと戦って死ぬもよし、危ういところを私が出て救うもよし、と思っていたが…」
と独白したときは、放送当時中学生だった私も、
「アンタ、そこまで言うのか!」
と思わずツッコミを入れていたように記憶している。何を考えているのかが混沌としているキャラクターよりも、やはり基本的な考え方が具体的なレベルで分かるキャラクターの方が、感情移入し易い。

 アムロが、主人公としてキッチリ描かれているのが良い。やはり、主役が核となって描かれていないと、物語全体の印象が散漫になる。
 今回は、アムロの揺れ動く心理が、見事に描かれている。度重なる出撃で疲れているにもかかわらず、自ら出撃に名乗りを上げたところは、成長した証だ。ガンタンクからガンダムへ乗り換える際に、フラウにしてもらった気遣いにも、例を言うことを忘れない。
 しかし、その直後に「僕だって自信があってやるわけじゃないのに」と反発し、自分の思っているタイミングで出撃できないとなると「これだ…全てこれだ」と苛立ちを隠せなくなる。

 しかしそれは「アムロの精神的な余裕の無さ」なのである。
 マゼラアタックとザクに包囲されて集中砲火を浴びせられた後、気が狂ったかのような白兵戦を仕掛けるアムロ。その狂気を宿した姿には、圧倒されてしまう。
「アムロも、戦場では本当にギリギリの心理状態で戦っているんだ」
ということが伝わってくる。

 戦場という狂気の世界をくぐり抜けて帰ってきたアムロには、もはや人間としての優しさを搾り出す余裕は残っていない。心身ともに疲れ果て、パイロットスーツのままベッドに倒れ込むアムロには、若すぎる戦士の悲哀が漂っていた。十分に説得力のある描かれ方である。

 メカニックに関しては、コアブロックの換装が初めて描写された。
 アムロが、ガンダムではなくガンタンクを操縦するというのは、今見ても新鮮である。以降のガンダムシリーズでも、ガンダムを操縦する主役が他のモビルスーツを操縦するというシチュエーションは珍しいのではないか。

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 おまけ 『ガンダム00』 #11 ダブルオーの声

 ガンダムマイスターとして生まれてきたネーナが、モビルスーツの存在を否定するような大量破壊兵器に関して好感を示すのはおかしいだろ? …と、今回もそんな不満を抱かせるスタートであったけれども、結果的には2期が始まって以来、初めて合格点を与えられる話となった。今まで我慢して見続けた甲斐があった。

 話の核心とは関係ない個人エピソードは最小限に抑え込まれ、「イノベイター打倒」というトレミー側の方針が見えてきたことで、作品全体の流れが出てきた感じだ。イノベイターという設定自体は本来不要な存在なのだが、もうここまできたら、もう必要悪として使うしかあるまい。

 ダブルオーライザー?がトランザムを起動させたら、沙慈はGに耐えられず死んでしまうんじゃないかと思ったら、一般人にも作用する脳量子波が発生したみたいで、その影響下にいる人が全員ニュータイプ状態に。
 ちょっと唐突な展開ではあるが、普通の展開でルイスと沙慈のことにダラダラ時間を割くよりははるかにマシである。イオリアの計画の到達点は、これを拡大した「人類総ニュータイプ状態化」か?

 今回は良かったけど、どうせまたすぐに、「ハレルヤの覚醒でマリーとの関係がどーのこーの」とか、どうでもいいことをグダグダやり始めるんだろうな…。
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コメント

初めまして、自分は平成ガンダム世代です。
初代や、宇宙世紀シリーズはレンタルですでに見たのですが、
自分が見た時には感じ取れなかった、もしくは見落としたキャラクターの細かな心情描写や話の構図が自分とは違った視点で詳しく解説されていて、まるで知らない作品の話を読んでいるようにも感じ、初代ガンダムの深さを再認識させてもらいました。
自分もDVDを借りてもう一度1話から見直したい気分になりました。

00は今まで広い心と寛容な精神を持って見ていたのですがアレルヤが戦いのある世界から遠ざけるとか言ってたはずのマリーをトレミーに乗せてるのだけは許せませんでした。

 ラハルさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

 私は初代を中学生のときに観ているのですが、オッサンになった今見返すと、新しい発見があって驚いています。DVDで観ると、気になる部分は繰り返し再生できることに対しても、大袈裟に言うと感無量です。
 平成ガンダム世代のラハルさんには信じられないかも知れませんが、初代の本放送時、家にビデオがある家庭は、私のクラスでは皆無でしたから。(再々放送時には、クラスに1人いました)

>アレルヤが戦いのある世界から遠ざけるとか言ってたはずのマリーをトレミーに乗せてるのだけは許せませんでした。

 これも、ルイスが目の前のガンダム(親の仇)をスルーしてトレミー(沙慈が銃座にいる)に向かって行ったのと同様、「そうした方が面白くなるから」という製作者側のご都合主義だと思います。面白くなるシチュエーション作りは重要ですが、それによって明らかな矛盾を起こしていては興醒めしてしまいます。
 マリーは、初代でのシャア同様、一度舞台から去って(8話頃)、2クール目の冒頭(13話頃)に戻って来れば良かったのではないかと思えます。脳量子波を介して偶然イノベイターの秘密を知り、それをアレルヤに教えるため自ら再び戦場へ…とか。

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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。