2017-08

『機動戦士ガンダム』第5話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第5話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 変革、変革って言う前に、
「現在の状況」
「現状の問題点」
「何故そういう現状に至ったのか、過去に遡って、その原因」
を描かなければ、この世界のどこをどう変えるべきなのか、全然見えてこないだろう。
 裏を返せば、そういう掘り下げをすれば、イノベイターなどというチャラチャラした設定は不要。

 前のシーズン(1期)で、地球側の紛争の中心になっている中東の過去・現状・問題点を体系的に描いていないから、こういうことになってしまうのだ。
 沙慈やルイスというキャラを日本に置いたのが、そもそも間違いだった。二人とも、両親の仕事で中東に来ているという設定にすべきだったのだ。

                   第5話 大気圏突入

 DVDが2枚目に突入、物語ではホワイトベースとガンダムが大気圏に突入。
 この回、作画の品質は良くないが、ドラマとしてはもの凄く出来が良い。もう、見ていて引き込まれてしまった。話の緩急の付け方が絶妙である。

 始まりの部分では、「シャアは追撃を諦めたのではないか?」という希望的観測が広がる、穏やかなムード。このムードの中で、前回同様、「連邦=正義」ではないことが描かれる。
 避難民としてホワイトベースに乗り込んでいた老人の語りが、それだ。

「もう二度と地球の土は踏めんと思っとりましたがなぁ…
今度地球に帰ったら、わしは絶対に動かんよ。ジオンの奴らが攻めてきたって、地球連邦の偉いさんが強制退去を命令したって、わしは地球で骨を埋めるんだ」

 つまり、地球連邦は自国民に宇宙移民を強制させていたということだ。この老人にとっては、連邦にもジオンにも正義はない。老人は、自分の故郷に帰って生活したい、ただそれだけ。
 老人の地球に対する強烈な愛着と、それに共感を示さなかったアムロ。“地球世代”の老人と、“宇宙世代”の少年の間に横たわるジェネレーションギャップが、さりげなく描かれている。

 この世の中は、自分の世代だけで構成されているのではない。
 アムロのような少年もいれば、老人もいるし、アムロより年下の子供もいる。
 このように幅広い世代の存在を描写することが、リアリティの基本だということが伝わってくる。

 大きな世界が存在していて、ここで描かれているのはそのごく一部なのだという感覚。
 それが、「物語の世界が見えてくる」という感覚なのだ。
 それが、作品の持つリアリティとなるのだ。

 リード中尉がモニターに登場し、ブライトをいきなり「若造」呼ばわり。ブライトは、それを当然のように受け入れる。アムロからみたら大人側に位置するブライトも、リード中尉のような“本当の大人”からすれば「若造」なのだ。
 ガンダムのドラマは、一貫してここまで「大人と少年が同居する社会」を舞台にし、「少年が大人と互角に渡り合う(渡り合おうとする)」姿を描いている。

 ガンダムが再々放送で視聴率20%を獲得できたのは、この要素も大きい。
 その当時中学生だった私が言うのだから、間違いない。自分とほぼ同世代の少年達が、大人に混じって互角に渡り合っていく姿に、強く感情移入したのだ。
 単に「少年達が活躍した」のではない。
 「少年が、大人の中に混ざって」、「少年が大人を相手にして」奮闘するドラマだったから、私達(当時の中学生)は、熱中できたのだ。

 この「大人の存在があってこその少年ドラマ」だったということが、非常に重要である。少年や青年しか出てこない、キャラクターの層が薄いドラマであったら、ファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)が視聴率20%を獲得することはなかったと私は断言する。
 ガンダムの成功は、登場するキャラクターの年齢層の広さ、多様性といった“総合的なキャラクターの層の厚み”があってこそ、もたらされたものなのだ。

 もちろん、「戦争ものとしてのロボットアニメ」という面でも、ファーストガンダムは優秀である。
 今回、ほぼ30年振りにこの第5話を見返して、本当に感心させられた。
 作戦直前にザクが3機補給され、戦闘によってその全てが失われるのだが、そのパターンが3機とも違う。

 1機目のザクは、ガンダムに肉薄したところで全身にバルカン砲を浴び、爆発。ちなみに、ガンダムが頭部バルカン砲で敵を撃破したのはこれが初めて。これは私の記憶にも30年間ハッキリと残っていた。
 この戦果により、アムロは「バルカンでもザクをやれる」と確信したのだろう。後にアムロがバルカンでのザク撃破にこだわり、結果的に帰艦のタイミングを逸してしまったことにも納得できる。

 2機目のザクは、バズーカでダメージを受けた後も戦闘継続するが、ガンダムハンマーの直撃を喰らって爆発。ビームサーベルとは違った、硬くて重量感のあるダメージ表現は、十分な説得力がある。

 3機目のザクは、大気圏突入時の摩擦熱によって崩壊していく。この崩壊の仕方がもの凄く悲惨で、今見ても衝撃的である。
 部下の死を目の前で傍観するしかなく、苦悶するシャア。
「しかしクラウン、無駄死にではないぞ。お前が連邦軍のモビルスーツを引き付けてくれたお陰で、撃破することが出来るのだ」
 シャアが搾り出すように発するこの台詞が、クラウンの死の悲惨さを増幅させている点も上手い。人の死は、それを悼んでくれる人がいるからこそ悲惨なのだという、効果的な演出である。

 ファーストガンダムでは、このように一兵士の描き方が非常に丁寧である。こういうところからも、物語のリアリティが生まれているのだ。

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 おまけ 『ガンダム00』 #10 天の光

 スメラギの過去なんか、どうだっていい。
 ハレルヤの覚醒なんか、どうだっていい。
 戦術予報士とは、紛争を未然に防ぐ理論を考え付かないアホが選ぶ職業なのか?
 絵に描いたような若い天才、美形キャラばかり出しても、全然リアリティが無い。登場するキャラクターの、この層の薄さは不自然さを通り越して「アホらしい」。
 大量破壊兵器の登場も安易。

 武力介入によって地球連邦が設立されたとき、なぜ中東が適切な形でそこに加入しなかったのか?
 資源が枯渇し、価値の無くなった中東に対し、なぜ地球連邦が再編に乗り出したのか?
 中東内での対立はあるのか、あるなら何故か?
 何故テロリストは軌道エレベータを狙わないのか?

 テーマに沿ったイベントで、話を進めるべきだ。
 褒めたくても、褒める部分が無い。
 ま、自分がコスプレするイアン・ヴァスティに嫁さんがいたのは良かった。二十歳でミレイナを産んだとしたら34歳だが、実際の設定はどうなんだろう?
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コメント

日本出身のキャラを登場させてるのは,日本(主に日本人向け)のアニメだから仕方無いよ.あと近年の世界情勢の影響から「テロ」で話を結びつけようとしたってこと.

でも前記事にコメントした「大規模兵器」が出て来ちまったのは,おひおひだったね.最近の宇宙モノって,安易にコレ使い過ぎ.いやでも「地球へ」とか考えると,昔からアリガチだったのかな?でも少し工夫が欲しいのは確か.

綺麗キャラずくしってのは,SEED 頃からそうなんだと思うけど,近年のライトノベル関連(良く知らない分野だけど(笑))が売れてるってのが影響してんぢゃないかな.

>沙慈やルイスというキャラを日本に置いたのが、そもそも間違いだった。二人とも、
>両親の仕事で中東に来ているという設定にすべきだったのだ。

 この文章の意味を理解されていないことは残念。
 
 ただし、ガンダムシリーズにおいて、副主人公的になキャラが、明らかに日本人として描かれているのはむしろ珍しいということに気付かせてくれたことはありがたい。(ハヤトは完全にサブキャラだった。少なくともファーストからΖΖには沙慈のようなキャラはいない)

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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。