2017-08

『機動戦士ガンダム』第2話の感想 ~ ついでに『ガンダム00』も ~

『機動戦士ガンダム』第2話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 そう言えば前回の『ガンダム00』は、単にバタバタしているだけではなく、肝心な所が不自然だった。
 ガンダムに復讐するために軍に入ったルイス。戦場で、その憎きガンダムが目の前にいるのにもかかわらず、ルイスは滅茶苦茶あっさりトレミーに向かって行くんだよな。おかしいだろ、それ。

 ここは、ルイスが上官から「トレミーに向かえ」と命令されても「私は…私はガンダムを殺ります!」とか逆らうところだろう。それなら少しは感情移入できるのにさぁ。
 薄っぺらいよね、ホント。
 個人のエピソードの羅列で話がバタバタしているだけでなく、その一つ一つが薄くてペラペラ。
 もっと端的に言うと、典型的なご都合主義。
 限度を越えて個人エピソードを詰め込むから、こういう矛盾が出てくる。

 さて、そんな『ガンダム00』はとりあえず置いといて、ファーストガンダムの第2話を観よう!


                第2話 ガンダム破壊命令

 1話と比べ、冒頭のナレーションが僅かに短縮されている。
「戦争は膠着状態に入り、8ヶ月余りが過ぎた」
という部分がカットされているのだ。
 ちなみに本放送時、私は中学生。“膠着状態”という言葉の意味は、絶対に分かっていなかった。オープニングの歌詞の字幕は全部ひらがななのに、ナレーションの内容は完全に大人向けである。この、“大人向け”の感じが、当時の中学生の心を掴んだんだよなぁ。

 さて、今回のサブタイトルは看板に偽りあり。ドズルですらガンダムの破壊を命令しておらず、シャアも「ムサイのメガ粒子砲を使ってサイド7のスペースゲートもろともホワイトベースを沈める」つもりはない。ドズルの命令通り、飽く迄もV作戦の情報入手を優先させている。
 でもまぁ、リアルタイムで観ている側としては、「V作戦情報入手命令」よりは「ガンダム破壊命令」ときた方が、ワクワクするわけですよ。

 この回は、本筋の流れとしては、いたってシンプル。
 ホワイトベースがサイド7を出港し、その際にアムロのガンダムとシャアのザクが一戦を交えたという、ただそれだけの回である。
 その代わり、登場人物とホワイトベース内の状況、そしてモビルスーツに関する描写が丁寧に行われているのだ。

 民間人でありながら、自ら進んでホワイトベースのパイロットとして名乗りを上げたミライに対し、パオロ艦長が「あのヤシマ家の…」と、ミライの素性を知った途端に安心した表情になる。
 アムロのことを「良くは知りません。でもサイド7では機械好きで有名な子なんです」と説明するミライは、その直前に「アムロ」という名前に対してちゃんとリアクションを起こしている。
 セイラに引っぱたかれたカイもセイラのことを知っていたし、後にブリッジでアムロとすれ違ったときのリアクションで、カイとアムロも面識があるのだと分かる。

 これらの台詞回しの妙、そしてリアクションの妙は、本当に素晴らしい。

 一番印象的なのは、カイを「軟弱者」呼ばわりして、平手打ちを喰らわせたセイラである。
 今日の日本人の感覚だと、セイラが何故そこまでするのか分からないのではないか。私も今日見返して「普通そこまでするか?」と思ってしまった。日本人の正義感というかモラルが下がっているのだと、身を持って実感した次第である。

 セイラは、負傷者に肩を貸しているリュウを手伝おうとしないカイを見るや、いきなり平手打ちを喰らわせて、
「それでも男ですか、軟弱者!」
となじった。
 しかし、カイにも言い分がある。カイは「爆撃の後を避けながら、漸くここまで辿り着いた」のである。それもたった一人で。そして、カイは負傷者に肩を貸しているリュウを手伝おうとはしなかったが、彼らがエレベータに乗り込むのを待つことはしたのだ。

 今日の日本人がカイと同じ状況に立たされたら、リュウ達が乗り込むのを待たずに自分1人だけでエレベータを下降させる人が多いのではないか。何しろ、事故の現場に居合わせても、遠巻きに見ているか、少し近寄ってケータイで写真を撮るぐらいしかしないのが今の日本人だから。
 私を含めて、日本人のほとんどが“軟弱者”以下なのではないかと、そう思えた。

 しかし、セイラはそれを許さない。
 セイラは、そういう女性なのだ。
 そして平手打ちされたカイや、それを見ていたリュウのリアクションによって、その場の状況がセイラの行動を正当化させるだけの逼迫した事態なのだと伝わってくる。
 こういう状況だからこそ、助け合わなければならないのだ。
 皆が自分のことだけを考えて行動していたら、逆に誰一人として生き残ることは出来ない。今はそういう状況にあるのだ。

 このことは、ホワイトベースの出港時にも、一瞬で強烈に描写されている。
 出港時、ホワイトベースの要所がモニターに映し出されるのだが、そこに映っているのは怪我をした軍人らしき人物と、その人物から教わりながら装置を操作している民間人の姿なのだ。
 ホワイトベースは、負傷兵と避難民が動かしているということが、ほんの2秒程度で完全に理解できる。素晴らしい演出だ。

 ガンダムのザクに対する性能面での優位性とその限界が、一度の戦闘で両方とも描かれているのも上手いとしか言いようがない。

 そして、アムロとブライトの対立。
 アムロが中学3年生ぐらい(15才)で、ブライトは社会人(軍人)1年生(19才)。
 本放送当時の私は中学1年生ぐらい。
 アムロとブライトの間でピリピリした会話が続いた後、ブライトはこう言い放つ。
「ガンダムの整備をしておけ。人を使ってもいい…アムロ、君が中心になってな」
 こりゃあ、オオーッとなりますわな、視聴している中学生にとっては。「俺も、こういうこと言われてみたい」ような、言われたくないような(凄く大変そうだから)。

 で、次回予告のナレーションの締め括りは
「君は、生き延びることが出来るか?」
 ファーストガンダムは、間違いなく民間人のサバイバルストーリーとして始まっている。
 作品のベクトルがピタッと揃っていて、全部必要なものばかりで、不要なものが1つもない。
 これが『機動戦士ガンダム』の凄さなのだ。
 
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 おまけ 『ガンダム00』 #7 再会と離別と

 今回は前回とは真逆で、ほとんど1エピソードだけでの構成。極端だな~、配分というものを知らんのか?
 それでも、当然ながら前回とは違ってバタバタ感は一切なく、ごく自然に観ることが出来た。ソーマがマリーに戻るのがアッサリし過ぎているとも思うが、変にゴチャゴチャするよりははるかに良い。物語の本筋は、飽く迄もソレスタルビーイングの武力による戦争根絶だから。

 アレルヤとソーマにセルゲイが絡むバランスも良かった。セルゲイは私と同世代であり、独身で娘がいないという点でも共通している。そんな彼に、思わず感情移入してしまった。セルゲイの回顧イメージがバンクのように思えたところも、昔のサンライズっぽくて良い。

 「トランザム無しのダブルオーはミスターブシドーのアヘッドより弱い」としか思えない描写がされたが、これはマズイだろう。男子は「モビルスーツの強さ(性能)の序列」に敏感だから、こういう不明瞭な描き方はタブーである。これでは、アヘッドがツインドライブ化されたり、トランザム化されたら、ダブルオーは全く歯が立たなくなってしまうぞ?
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。