2017-10

『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』

『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』
  2008年の映画館で観た映画:25本目
  映画を観た日:2008年9月21日(日)


 新宿ピカデリーで観たんだけど、現時点でもう上映が終わっちゃってるねぇ。同じ日(9月21日)に観た『パンダフルライフ』は、明日も上映があるのに。あんまり客が入らなかったのかなぁ、良い映画だったのに…。

 だから、今更になってしまうのだけど、この映画は映画館で観る価値があった。
 以前、『ウルトラマンティガ THE FINAL ODEYSSEY』を劇場で観て失望し、それ以降ウルトラ映画を一切観ていなかった私が言うのだから、間違いない。
 『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』と『ウルトラマンティガ THE FINAL ODEYSSEY』との最大の違いは、戦闘の舞台が都市(横浜)であること。そして、ウルトラマンの戦う相手が怪獣・星人であること。この基本線が押さえられていることを、先ず挙げたい。

 そしてもう一つ、久し振りにウルトラ映画を観る決断を私にさせたのは、雑誌『シネマスクエア vol.20』(下の写真の左端)に掲載された、長野博のインタビュー記事である。そこで長野博が語っていたことは、私が彼に抱いていたイメージを一変させるものだった。
映画パンフ及び関係本を買ったのだ

******** 『シネマスクエア vol.20』の8ページから一部引用 ******** 

 (ダイゴの変身に関して)そこに説得力がない限り、今回の映画は成立しないと思ったので、脚本に関しては何度となく打ち合わせに参加させてもらいました。
 “ダイゴがダイゴとして動けているか”、これは僕にしか分からないことなので、「この流れではダイゴは変身できません」とか、脚本を読ませていただいて感じたことを素直に言って、それを脚本に投影していただきました。世界が違うから何でもできちゃう、ってことじゃないんですよ。

**************** 引用終わり ****************
  

 長野博が、そこまでダイゴというキャラクターを大切にしているとは思っていなかった。
 彼がそこまで言うのなら、彼を信じて、その映画を観てみようという気になったのだ。
 そして、長野博は期待を裏切らなかった。この映画のダイゴは、確かに私が12年前にTVで観たダイゴであった。ダイゴのいる世界はTVシリーズの世界とは全く別の世界であったが、ダイゴは確かにダイゴだったのだ。

 そしてウルトラマンティガも、12年前にTVで観たティガそのままであった。
 私が12年前、「歴代ウルトラマンの中でも最も美しいのではないか」と思ったティガは、今回もやはり美しかった。


 ※これ以降、ネタばれ有り※



 私が観た回の映画館内は、7才以下の子供とその親という家族連れが主だった。しかし、劇中でミライが郷に対して「ジャック兄さん!」と呼びかけた後、「新マン兄さん!」「帰りマン兄さん!」と言い直した場面では、場内のあちこちから“大人の笑い声”が起こった。私も心の中ではあるが笑ってしまった。
 今の子供のファンは「ウルトラマンジャック」という呼び名に違和感を感じていない筈なので、これは大人のファンを意識した演出というか、古参ファンに対する一種のファンサービスである。
 ちなみに、今43才である私は『帰ってきたウルトラマン』をリアルタイムで見ているので、当然ながら「ウルトラマンジャック」という後付の新名称はピンと来ない。もちろん、「初代マン」「新マン」以外のスタイリッシュな呼び分けの必要性があることは納得しているので、そのこと自体をどうこう言うつもりはない。ただ、劇中のこうした“お遊び”の部分も楽しかったということだ。

 この映画では、全く世界観の異なる2つのウルトラ作品群(『ティガ』&『ダイナ』と『ガイア』は同じ平成ウルトラマンでも世界観が異なっているので、作品単位の世界観は3つになる)を一つの世界に登場させるため、もう一つの世界を設定している。ただし、それが我々の現実の世界とはまた別の世界であるところがミソである。即ち、

(1)『初代マン』から『80』までのウルトラ兄弟のみが現実として存在している、『メビウス』の世界。
(2)『初代マン』から(おそらく)『A』までのウルトラ兄弟のみがTV番組として存在している、この映画の世界。
 ※(1)(2)とも、『ティガ』以降の平成ウルトラマンはTV番組としても存在していない(虚構・現実の両方で存在していない)
(3)『ティガ』&『ダイナ』のみが現実として存在している世界、あるいは『ガイア』のみが現実として存在している世界。
 ※(3)では、いずれも『初代マン』から『レオ』までのウルトラ兄弟はTV番組としても存在していない(虚構・現実の両方で存在していない)

となっている。現実の我々の世界に一番近い(2)も、『ティガ』以降の平成ウルトラマンがTV番組として存在していないという点で、我々の世界とは異なっているのだ。
 この映画は、映画における現実の世界である(2)を、(1)や(3)のパラレルワールドとして描いたことで、

(4)『初代マン』から『レオ』までのウルトラ兄弟と、『ティガ』以降の平成ウルトラマンが、ともにTV番組として存在している

という我々の現実の世界も、また一つのパラレルワールドなのではないかという夢を与えているのだ。
 おそらく、現時点で7才以下の子供の観客には、そこまで理解できないだろう。しかし、何年か経って彼らが成長した後、何かの機会にこの映画を再び観れば、そのことに気付くに違いない。
 この映画は、そういう作品である。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。