2017-08

『私がクマにキレた理由(わけ)』

『私がクマにキレた理由(わけ)』
  2008年の映画館で観た映画:27本目
  映画を観た日:2008年10月11日(土)


 気が付けば今年に入って27本目。既にノルマの24本を越え、手元の前売券を無駄にしなければ、年内30本到達は確実となった。その分、感想文は溜まっているのだけど、とりあえず新しいものから先に書いていくことにする。

 この映画の前売券を買った理由は2つ。劇場で予告フィルムを観たとき、主役のスカーレット・ヨハンソンに対して「何かで見たことある女優だけど、何で見たか思い出せない」と引っ掛かる思いを抱いたことがまず1点。もう1つは、日本語タイトルの秀逸さ。これが原題直訳の『子守日記』だったら、前売券を買ったかどうか分からない。
 『私がクマにキレた理由(わけ)』と銘打たれたら、「その理由(わけ)は?」と知りたくなるのが人情である。単純であるが、強力な動機付けだ。

 この作品は、SFやファンタジーとは無縁な単なる日常生活を描いており、その意味ではわざわざ映画にしなくてもTVドラマの2時間枠でも十分な題材である。しかし、その視点の置き方や映像表現は映画的であり、映画館で観るに値する作品に仕上がっていた。この辺の見せ方が、洋画は上手い。
 邦画だと、日常を描くと飽く迄もドップリと日常に浸った造りになってしまい、“映画”という非日常的な視点や切り口を取り込めない場合が多いと思う。まるで、「日常を描く際に、非日常的な視点を持ち込んではいけない」と思い込んでいるかのようだ。もちろん、実相寺監督のように「非日常的な視点こそ、日常の本質を暴き出すことが出来る」と考えていた監督はいたし、今もいるとは思うのだが。

 アニーをナニー(子守)として雇った婦人を“ミセスX”として記号化して表現し、以降“ミスターX”、“X家”と記号化表現が一貫して続いたのも、本来特定されるべき一個の日常を普遍化させる映画的な処理として面白かった。その一方で、アニーが感情移入していくグレイヤー(X家の一人息子)には、“X”ではない、“二人だけの秘密の名前”が与えられるのも好対照である。

 日本にはナニー(子守)という職業には馴染みがないけれど、保育園や幼稚園は私が子供の頃から存在している。私も、1年だけだが幼稚園に通った。
 「アメリカの金持ちが、自分の子供を自分で育てない」という姿は日本人には奇異に映るが、「日本の中流層が、3歳の子供を7時から19時まで保育所に預けている」という姿は、外国人の目にはどう映るのだろうか。いつのころからか、「0歳保育」というのもあるらしいし。

 私の感覚からすると、「0歳保育」はグロテスクなのだ。養鶏所が「ブロイラー生産工場」であるという感覚と同様、0歳保育は「乳幼児生産工場」と思える。実際の「日本の0歳保育」の現場を描いた映画も、観てみたいものである。
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