2017-08

『ザ・リング2』

『ザ・リング2』
  2005年の映画館で観た映画:14本目
  映画を観た日:2005年7月1日(金)


 日本人にとって、一番怖いのは「ジャパニーズホラー」。

 狼男もドラキュラもゾンビも、所詮日本とは縁のない存在だ。キリスト教的な悪魔や化け物の類も、キリスト教のキの字も信じていない私にとっては、一過性のキャラクターでしかない。映画を観終われば、その怖さも消えてなくなる。「だって俺とは関係ないもんな」

 関係があるのは、日本由来の恐怖である。この映画には、それがあった。
 映画を観終わって、館内のトイレに行ったとき、普段とは違う雰囲気を感じた。「水」に対する怖さが、心身から抜け切っていないのだ。いつもなら映画を観終わった開放感から、ホッと一息つけるところなのだが、水洗設備の列を目の前にした私は、開放感どころか緊張感を感じていた。
 ずっと昔からある、心の中に組み込まれた恐怖に関する回路が、目の前の現実に反応していた。恐怖に反応する回路のスイッチが、まだ完全には切れていなかったのだ。恐怖は、体の外にあるのではない。恐怖はいつも、自分の心の中にある。

 日本の怪獣映画、即ち「ウレタンか何かで出来たヌイグルミの中に人が入ってミニチュアのビルを壊したり、ヌイグルミ同士で戦うことを売りにした映画」は、21世紀に入ってこれといった進歩も見せないまま衰退した。KAIJUというキャラクターを主役に据えた映画は、「ジャパニーズモンスター」というブランドを築くことなく終わった。
 その一方で、日本のホラー映画は、遂に日本人監督をハリウッド・メジャーにデビューさせるところまで辿り着いた。「ジャパニーズホラー」が、一つのブランドとして認められつつある。単なるモノ珍しさ等ではなく、日本人の感性が生んだ恐怖映画の一つのスタイルとして、その地位を築き始めているのだ。

 視覚効果主体の、観終わったら容易にリセットできるホラー映画も決して悪くはない。しかし、心の中にジワジワと入り込んで恐怖という染みを作り、それを洗い流すのに少し時間がかかるようなホラー映画も、味わいがある。感性に裏づけされた恐怖を心に宿すという快感は、ジェットコースターのような反射的恐怖から得られる快感とは、また一味違うのだ。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。