2017-08

『ウォーターホース』

『ウォーターホース』
  2008年の映画館で観た映画:5本目
  映画を観た日:2007年2月11日(月)

 ネス湖のネッシーではなく、ネス湖のウォーターホースの物語。
 リアリティとファンタジーが絶妙なバランスで融合した佳作である。
 早くも今年の映画のベスト1候補に巡り会えたことを幸せに思う。

 物語は、日本人にも御馴染みのネッシーの写真、しかも贋作であることが周知の事実となったものを連想させる写真から始まる。物語の最初の入り口は、夢を否定する生々しいまでのリアリティなのだ。ただし、観客はその「現実的な世界」に入ってすぐに、もう一つの入り口をくぐることになる。一人の老人が、第二次世界大戦当時の話を語り始めるからだ。

 第二次世界大戦という時代背景も、ネッシーの贋作写真と同様、強力なリアリティがある。観客が、物語の中の二つ目のドアをすんなりとくぐることが出来るのは、「第二次世界大戦当時」というリアリティのおかげだ。
 観客は、夢のない現実から、いきなり幻想の世界へ強引に送り込まれるわけではないのだ。物語の導入として、これはとてもスマートである。「現実」と「幻想」を繋ぐものが、「過去という今はもう存在しない事実」なのだ。

 思えば、過去は事実であると同時に、僅かではあるが確実に幻想を含んでいる。そしてそれは現実の人々に認知され、許されている。現実は1秒ごとに確実に過去となり、古くなれば古くなるほど、確実に幻想の含有率を高めていく。それは自然なことなのだ。
 だから、物語の最後には、現実と幻想の世界と繋がる。何故なら、若者が老人の昔話を聴き終えた1秒後には、その「聴き終えた」という現実が過去となり、新しい幻想を生み出し始めるからだ。「現実」から「過去」へと繋がる二重構造を持った物語は、「現在」から「未来」へと繋がる永遠の多重構造を持った物語でもあるのだ。

 CGのレベルに関しては、十分には高いものの最高レベルとは言えない。しかし、作品全体の完成度の高さが、そうした僅かな不満を払拭する。
 一老人の回顧談というという外枠を持つ作品の構造自体が、「近代の御伽噺」という雰囲気を醸し出している良作。子供から大人まで、万人にお勧めだ。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。