2017-08

ウラジミール・クリチコ vs スルタン・イブラギモフ

WOWOW 『Excite Mach(エキサイトマッチ)』
    2008年2月26日 20:00~ 放送分
ウラジミール・クリチコ vs スルタン・イブラギモフ
~ IBF世界ヘビー級王座・WBO世界ヘビー級王座 統一戦 ~


 クリチコの左ジャブには威力はあったが、勇気はなかった。
 この試合は、それに尽きると思う。

 クリチコの肉体は王座を統一した。
 しかし、クリチコの精神は王座統一を成し得ないまま試合を終えてしまったのだ。
 試合後、無言でリングに立つ彼の表情(肉体と精神が交わる場所)が、そのことを雄弁に物語っていた。

 プロである以上、大きな報酬に大きな義務が課せられるのは当然だ。
 しかし私はそういうカネの話以前の問題として、純粋に「大きな力には大きな責任が伴う」という意味での、「頂点に立つ者が果たすべき使命」という観点から、この試合を批判したい。

 4大統括団体(世界主要4団体、メジャータイトル管理認定団体)のうち2つの団体のヘビー級王座を統一するべく行なわれたこの試合は、まさに世紀の凡戦であった。
 『エキサイトマッチ』のタイムリーオンエアで、ここまで期待ハズレとしか言い様のない試合内容だったことが過去にあったかどうか、今の私にはちょっと思い出せない。

 WBO王者のイブラギモフは、確かにヘビー級では珍しいサウスポーである。
 だがIBF王者のクリチコは、サウスポーのヘビー級王者クリス・バードに2度勝ち、彼から王座を奪取している。しかも、現王座を奪い取った試合では、圧倒的な内容でTKO勝ちしている。
 バードとイブラギモフはサウスポーであること以外にも、技巧派であり、パワーではなくスピードで勝負するタイプということでも共通している。更に、両者とも上体の反応速度やハンドスピードに関しては長けてはいるが、フットワークは余り使わず、相手のサイドに回り込むなどの速い動きは見せない点でも共通している。

 つまり両者とも、クリチコの視界から突然消え去り、彼の死角から急所へ一撃を打ち込むという芸当は出来ないのだ。速いことは速いが、常に見える位置からしかパンチを打ってこない。
 そんな彼らに対し、クリチコはリーチの長さと身体のサイズ、そして圧倒的なパワー差という強力なアドバンテージを持っている。また、クリチコはスピードにおいても決して劣っておらず、ヘビー級の中ではむしろ速い方だと言えるだろう。

 イブラギモフがカウンターという武器を持ったサウスポーだとは言え、同じくサウスポーであるディフェンスマスター・バードを打ち崩して完全攻略したクリチコが、12ラウンドかかって打ち倒せない相手だとはどうしても思えない。
 クリチコが体重を絞り、スピードに対応できるコンディションを作り上げることに成功していたとなれば尚更である。

 8ラウンド以降は、クリチコにもKOする気持ちがあったと信じたい。
 しかし、その時点で彼は、慎重に闘うことに時間を使い過ぎていた。
 彼の肉体は既に、慎重に闘う守備的なリズムに支配されており、攻撃的なリズムへシフトすることが出来なくなっていたのだろう。

 解説のジョーさんは、クリチコに対し、
「右は70%の力で打てば良い」
と言われていたが、私に言わせれば
「右は50%の力で打てば良い」

 右ストレートではなく、右ジャブで良いのだ。
 左ジャブ→右ストレートではなく、左ジャブ→右ジャブとコンパクトに打てば良い。
 もちろん、クリチコの右にイブラギモフが左を合わせてくることを考えた上での動きである。
 4ラウンドも様子を見れば、イブラギモフが狙うカウンター(左ストレート)は、タイミングや軌道がある程度読める筈だ。それでも左ジャブ→右ストレートを打つことにリスクを感じているなら、左ジャブ→右ジャブと、よりリスクの小さい形で打つのだ。

 そして、左ジャブ→右ジャブから左フックを返す。
 あるいは、左ジャブ→右ジャブから左のボディストレート。これは右ジャブから一旦小さくステップバックして間合いを広げてから打っても良い(イブラギモフがカウンターを狙って踏み込んでくる場合)。クリーンヒットとまではいかなくても、拳が届いて当たれば良いのだ。結果的にダッキングをしてボディへストレートを伸ばす格好となり、イブラギモフから見た場合、やりにくさが増す。

 イブラギモフが左ジャブ→右ジャブの右ジャブをダッキングでかわすようになったら、左ジャブ→右ショートアッパーに切り替える。この右アッパーも50%のパワーで打つ。そこから少し身体の位置を変えて左をフォローする。
 右を使わず、左ジャブ→左フックという連打でも、クリチコは身体の位置を変えられる。イブラギモフのダッキングに合わせ、サイドにステップを踏んで上から打ち降ろすように引っ掛ければ、カウンターは喰わない。

 何も、正面からバチバチに打ち合うようなリスキーな闘いをしろと言っているのではない。
 ダウンの経験を重ね、良い意味で「ダウン慣れ」してきた(ダウンしてもパニックを起こさず、自分を冷静に立て直せる)とは言え、やはりクリチコはヘビー級としては打たれ弱い。これは「唐突に起きるスタミナ切れ」と同様、クリチコの弱点である。そんな彼には、むしろローリスクな戦法でKO勝ちを収めるノウハウを確立して欲しいと思っている。
 だから、パワー50%で良いから、小さく小さく(コンパクト&コンパクト)で良いから、もっとコンビネーションを交えた攻撃を展開して欲しかった。攻めることによるリスクやスタミナの消費を最小限に抑えた、工夫した攻め方を見せて欲しかった。

 そうやって工夫を重ねて攻めれば、そこに勇気を見出すことが出来る。
 恐怖を工夫で乗り越えるのも、一つの勇気の形である。
 純然たる技術の中に、私はそういった精神面を求めている。
 そして、本物の技術には、常に勇気が宿っていると思う。

 その意味で、クリチコが左ジャブだけでイブラギモフをKOするつもりで戦い抜いたのなら、それでも良かった。結果的にKOできなかったとしても、その決意と覚悟には拍手を送る。
 しかし、この試合のクリチコは、そうではなかった。最初に書いた通り、クリチコの左ジャブには威力はあったが、勇気はなかった。

 イブラギモフがカウンター戦法を諦めて攻勢に転じたときも、クリチコの対応は悪かった。
 背の低いイブラギモフが、クリチコのワンツーをダッキングでかわして懐に入ろうとすることなど、試合前から容易に想像できるではないか。何故それをショートアッパーで迎え撃つ(その後は即上から覆い被さっても良い)とか、フックを引っ掛けてサイドに出るとか、積極的にやろうとしなかったのか。

 左一本槍から、倒すためのワンツーへという切り替えは、過去の試合では成功していた。今回、その切り替えに身体がついていかなかった理由は、既に述べたように「ジャブのみ、右は打たない」という戦闘スタイルに時間を長くかけ過ぎたせいだと思う。
それならば何故今回は、その時間が長くなってしまったのか?

 やはり、イブラギモフにコーリー・サンダースの幻影を見ていたのだろうか。
 強力な左ストレート(イブラギモフの場合カウンターとなることが条件)を武器とするという点においては、両者は共通している。
 ウラジミール・クリチコはバードには連勝したが、サンダースにはリベンジしていない。「サンダースを倒したクリチコ」は、兄のビタリなのだ。

 レイモン・ブリュースターにウラジミールが負けたときも、サンダース戦と同様に「まさかの敗戦」と称された。だが、ウラジミールはその後TKOでブリュースターに借りをキッチリ返している。またそれ以前に、同タイプのファイターであるサミュエル・ピーターにダウンを奪われながらも逆転で判定勝ちしており、ブリュースター型ファイターに対する恐怖心は克服していた。

 ウラジミール・クリチコは、「左ストレートの恐怖」を払拭できないまま、イブラギモフの統一戦に臨んだのだろうか。もしそうだったとしたら、今回の勝利でその恐怖を自己の支配下に置いて欲しい。「左ストレートの恐怖」は、コンディショニングと技術でコントロールできる試合要因の一つにしか過ぎないことを、イブラギモフ戦で証明できたのだから。

 今回の統一戦に勝利したことで、ウラジミール・クリチコは、2団体のヘビー級のベルトマイスターとなった。
 彼はこれで、世界のヘビー級王座の半分を手に入れたことになる。
 最強の男は、世界の全てを手に入れる義務がある。
 ウラジミールが世界の残り半分も手に入れるのか、あるいは「もう1人のクリチコ」である兄ビタリが、弟と世界を半分ずつ分け合うのだろうか。
 そしてクリチコ兄弟と、“大巨人”ニコライ・ワルーエフとの試合は実現するのか?
 今、ボクシングのヘビー級は、どこか神話の世界を思わせる様相を呈している。

 “パウンド・フォー・パウンド”という概念は、所詮空想でしか存在し得ない。現実的に最強であるのは、やはりヘビー級のチャンピオンである。
 ボクシングの頂点とも言うべきヘビー級。
 その頂点に君臨するボクサーは、世界にただ1人であるべきだ。
 4つのチャンピオンベルトを束ね、真の世界最強のボクサーが決まる瞬間が、今年2008年のうちに訪れるような予感…それが、世界中のボクシングファンの心をくすぐっている。
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コメント

ウラジミールはこのままというかいつまで防衛戦するんだ!、という感じですね。はやくヘイとやって欲しいですが… ヘビー級のコンデンターにクリチコ兄弟を倒せそうな選手いないんですよね…

 どの格闘技にも言えることですが、ヘビー級は選手層が薄いので、クリチコ兄弟のような「防衛するのに有利なスタイル」の選手が君臨すると、長期政権になる確率がグッと高くなりますね。
 レノックス・ルイスが「神の声を聞いた」とか言って、カムバックしてくれませんかねぇ。

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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。