2017-10

『劇場版 仮面ライダー電王』

『劇場版 仮面ライダー電王』
  2007年の映画館で観た映画:17本目
  映画を観た日:2007年8月11日(土)


 『仮面ライダー電王 俺、誕生!』は、平成ライダー劇場版の最高傑作である。

 『アギト』以降の劇場版ライダー作品は、新フォームのお披露目がお約束項目となっており、これを組み入れたがために作品として破綻してしまった印象を受けることが多かった。新フォームのお披露目が唐突だったり不可解だったりして、映画の完成度という側面からすると新フォームは邪魔(余計な要素)だったのだ。
 また、TV版と劇場版は飽く迄も「同じ世界観に基づく別の話」であり、劇場版とTV版の間に高いレベルでの関連性や整合性が築かれることはなかった。そういった製作方針は、TV視聴者に劇場版とTV版を比べられた際、そこに矛盾が生まれる(あるいは後に発生する)ことを怖れているかのようにも映った。

 しかし、今回の劇場版『電王』は、そうではない。
 新フォームの登場は作品のバランスを壊しておらず、物語の流れの中で自然に処理されていた。
 作品の相互関係においても、TV版と劇場版は密接にリンクしており、一つの物語として高い整合性を有していた。

 これは、私が8月11日の土曜日に劇場版を観たということも大きい。
 もちろん、これは偶然ではない。はやる心を抑えつつ、キッチリとタイミングを計って劇場に足を運んだのである。(仕事では抜かっても、こういうことに関しては抜かりがない)
 「日曜のTV」の続きをその週の「土曜の映画」で見て、映画を観た翌日の日曜には、その映画の続きをTVで観ていたのである。これはまさに、映画とTVのリアルタイムでの融合ではないか!

 これは裏を返せば、劇場版がTV視聴を前提にして作られており、映画単体では説明不足で不完全な作品になっているということでもある。しかし、“劇場版”とは、得てしてそういうものであろう。これは“劇場版”の欠点などではなく、これこそが“劇場版”の強みなのだと捉えるべきだ。
 実際、劇場版『電王』が非常にテンポの良い流れに仕上がっている理由の一つは、作品の細かい部分の説明をTV放送で済ませてしまっている点にある。どうせ劇場版を(本気で)観に来る客はTVも欠かさず観ているのだから、そういう処理をすることに何ら問題はないのである。

 劇場版『電王』とTV版『電王』は、TV経由で映画を楽しみ、映画経由でTVを楽しめる作品となるように予め設計されていたのだ。「世界観は同じだが、話は別」といった、ある意味TV版から逃げ腰だった過去の劇場版よりも、真っ向勝負で清々しいと思う。

 私は、劇場版平成ライダーのDVDを買ったことは今まで一度もなかった。商業的に応援しようと心に決めていた『響鬼』でさえ、劇場版はTVとの乖離が大き過ぎるゆえ、買おうという気が起こらなかった。
 でも、今回の『電王』は、劇場版DVDの発売が待ち遠しい。

 ちなみに、玩具のデンガッシャーを持っている“電王ファン”ならば、ショートタイプのソードモードとショートタイプのアックスモードを組んだ経験があるはずだ(ショートタイプのアックスモードは、正式なアックスモードより強度が上がって遊び易い)。
 劇場版ライダーであるウイングフォームが、それとほぼ同じ武装で戦う姿を観た時は、子供心に嬉しかった。普通はライダーがやっていることを見た後で自分が真似をして遊ぶのだが、このケースでは、自分が先に発見した遊び方と同じ方法でライダーが戦うのだから。

 もう1人の劇場版ライダーである“チビ電王ソードフォーム”も、なかなかカッコ良かった。TV版で(再)登場しないかなぁ…と思っている今日この頃である。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。