2017-08

『俺は、君のためにこそ死ににいく』

『俺は、君のためにこそ死ににいく』
  2007年の映画館で観た映画:15本目
  映画を観た日:2007年7月14日(土)


 太平洋戦争中の日本は、現在の北朝鮮とソックリだ。
 以前からずっとそう思っていたが、この映画を観て、改めてその思いを強くした。もちろんこの映画が事実ばかりを伝えているわけではないだろう。しかし、現在の北朝鮮のような国家国民でなければ、特攻が正式な軍事作戦として認知実行できるわけがないということは、事実であるに違いない。

 特攻は狂気の戦法である。
 特攻が本当に有効な戦法であるならば、日本軍は開戦当初から特攻を主な戦法に採用していた筈だ。
 特攻が本当に勝利に結びつく戦法であるならば、真珠湾攻撃の際、全機が特攻してでも敵を全滅させるべきであった。
 真珠湾攻撃の際、もしそんな作戦を立案したならば、いかに当時の日本軍であろうとも、狂気の沙汰として却下されただろう。

 しかし狂気の沙汰が、いつしか国民から支持される英雄的行動と見做されるようになっていく。
 それを支えるのは、「祖国を愛する心」すなわち「愛国心」と「宗教」を融合させた、国家規模での一種の洗脳である。

 だから、特攻と自爆テロは本質的には同じものである。
 特攻も自爆テロも、共に「祖国のため」に行う「敵への自爆攻撃」であり、その裏付けは「宗教」なのだ。
 特攻は、その標的のほとんどが軍事関連のものとなったようだが、それは単なる成り行きであってポリシーではない。太平洋戦争時、事実上の無差別攻撃となる戦略爆撃は、枢軸・連合側を問わずに行われていた。民間施設に対する特攻も、戦略上必要とあらば行われていただろう。

 圧倒的に優勢な側、勝利を確実にしている側が、特攻を行うことはない。
 だから「特攻は敗者の戦法」であり、「特攻は弱者の戦法」とも言える。
 それをカミカゼと呼ぶのか、テロと呼ぶのか、聖戦と呼ぶのかは、単に立場が決めているに過ぎないのだ。

 日本で特攻が行われていた時代、させる方、する方だけではなく、見送る方も狂っていた。
 日本全体が狂っていた。
 たった六十何年か前、日本全体が狂っていた時代があったことを、我々日本人は決して忘れてはならない。
 この映画は、そのことを教えてくれる。
 我々は、あの時代にだけは、戻ってはならないのだ。
 例え現代がどんな時代であろうとも、狂気の時代よりは遥かにマシなのだから。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。