2017-10

ダイナミックグローブ第403回 ホルヘ・リナレス VS ラミロ・ララ

ダイナミックグローブ第403回
       ホルヘ・リナレス VS ラミロ・ララ

  2007年の会場で観た試合:1回目
  観戦日:2007年2月3日(土)

 飢えた肉食獣のいる檻の中に閉じ込められたら、人間はどんな表情になるのだろうか。
 私は笑うと思う。
 死の淵にまで追い詰められた人間は、笑う。
 その状況を受け入れたくないから、笑いへ逃げる。一種の現実逃避だ。
 あるいは、笑うことによって自分で自分に麻酔をかけているのかも知れない。
 飢えた肉食獣に喰い殺される痛みが、少しでも和らぐように。

 この日の試合開始前、ホルヘ・リナレスがリングアナウンサーからコールを受けた後、リング上で行ったり来たりを始めると、後楽園ホールの席を埋め尽くしていた観客の何割かは、それを見て笑った。
 リング上のリナレスの振る舞いは、まるで檻の中の猛獣が見せる動きのようだったからだ。
 今、自分の目の前にあるリングという檻の中に、猛獣が蠢いている。
 そんな異様な現場を目の当たりにして、観客達は今自分が“檻の外”という安全地帯にいることに安堵している。私がリングサイドで呼吸している空気には、明らかにそういった雰囲気が混じっていた。

 研ぎ澄まされたリナレスの肉体からは、肉食獣としてのオーラが強烈に立ち昇っているように見えた。
 リング上で行ったり来たりを繰り返しているリナレスは、人間と猛獣の境界線の上を行ったり来たりしているようでもあった。

 そんなリナレスを見て、私は逆に不安を感じていた。
 ロイ・ジョーンズ・Jrがアントニオ・ターバーにKOされたとき。
 徳山昌守が川嶋勝重にKOされたとき。
 ボクサータイプの選手が、倒す気満々でクラウチング気味に前に出たとき、悲劇は起こっている。
 リナレスにも、同じことが起こるのではないか。

 青コーナーに立つパナマのフェザー級チャンピオンの骨太な体付きからは、一発の怖さが伝わってくる。肉体にシャープさはないが、決して緩んだ身体でもない。ミゲール・コットをダウンさせたリカルド・トーレスも、こんな感じの身体をしてはしなかったか。とにかく、リナレスの世界前哨戦と銘打たれたこの試合の相手が、単なる噛ませ犬だとは到底思えなかった。

 試合が始まると、いつも通りのアウトボクサースタイルで戦うリナレスがいた。前回観戦したときよりも上体を細かく振る動きがやや少ないようにも見受けられるが、クラウチしてこなかったことで、まずは一安心する。

 ジャブをダブルで突くリナレス。
 リナレスのジャブは、現場で見ると巷で言われるほど速くはない。もちろん速いことは速いのだが、速さだけだったら、この日の前座試合に登場した日本人選手もリナレスに匹敵するジャブを放っていた。
 リナレスのジャブの長所は、細かい上体の動きの中から放たれるので、その打ち始めが見切りにくい点にある。また、フットワークを使いながら打つ、あるいは打った後に微妙に身体の位置を変えるので、ジャブに右を被せたり、ジャブの打ち終わりを狙うことが難しい。さらに、ジャブがダブルだったりジャブから切れ目なく左フックに繋げたりとバリエーションがあるため、尚更やっかいである。

 裏を返せば、そういったジャブでなければ、相手に右を被せられたり、打ち終わりを狙われることになる。ジャブに対する対策が確立している現代のボクシングにおいては、単調なジャブはカウンターの餌食となってしまうのだ。各階級の世界チャンピオンを見渡しても、ジャブを有効に使う“ジャバー”は半分以下ではないだろうか。ちなみに日本のホープ・粟生隆寛もジャバーとは対極のタイプであるが、世界的のトップ選手には結構こういうタイプも多い。

 リナレスのジャブを受けて、ラミロ・ララもそういった定石を打ってきた。
 リナレスがジャブを放つと、ララも右を打つ。もう明らかに狙っている。
 そのララの右をリナレスはことごとく外すが、ガードは間に合わないのでヘッドスリップで外している。ちょっとでも反応が遅れたら大変なことになる。その右は、カウンターでリナレスの顔面を直撃する軌道を走っているのだ。

 それでも、リナレスはジャブを突くことを止めない。
 自分のジャブに相手が右を合わせに来ていることは十分承知の上で、2ラウンドに入ってもリナレスはジャブで試合をコントロールし続ける。
 狙われて使えなくなるようなジャブではない。そう言いたげに、ジャブで相手を痛め続けるリナレス。

 3ラウンド開始直後、パナマのフェザー級チャンピオンは猛然とリナレスに襲い掛かった。その数秒後には、この試合初めてのクリーンヒットを、浅くではあるがリナレスの顔面に決めた。
 そしてその1分20秒後、パナマのフェザー級チャンピオンはロープを背にしてリナレスにメッタ打ちにされ、レフェリーに救出されていた。
 リナレスのTKO勝ちである。

 TKOに至る過程で、リナレスがララを連打してロープ伝いにコーナーへ追い詰めていく姿をリングサイド真正面で見たとき、

  仕留める
   この獲物を

という、猛獣の本能を人間の言葉に翻訳したような単語が、私の脳裏を奔り抜けた。
 リナレスの両拳は、まるで牙を剥き出しにした獣の顎門だった。
 本当に、肉食獣が獲物を追い詰めて仕留める現場を目撃したような気分だった。

 試合が終わってリング上で勝利者インタビューを受けるリナレスからは、獣の佇まいは綺麗サッパリ消え失せていた。
 美青年と言っても差し支えのない端正な顔立ちをしたリナレスが、ちょっと変な日本語で、勝利の喜びを語っている。
 それを聞いていると、ほんの少し前までリング上で繰り広げられていた濃密なボクシングの時間帯が、まるで幻だったかのように感じられた。

「今年中に、WBAでもWBCでもいいから、世界タイトルに挑戦したい」
 リナレスは、そういう意味のことを熱っぽく語った。もう世界戦がやりたくてやりたくて仕方がない、ウズウズしているんだということが伝わってきた。
 3月5日発表のWBAランキングでは、リナレスは遂にフェザー級1位にランキングされた。これでもう、クリス・ジョンはリナレスの挑戦を拒めなくなった。あとはもう指名試合の期限が来るまでの“時間の問題”ということになる。
 WBCのフェザー級王者は池仁珍であるが、以前放送されたWOWOWでは、オスカー・ラリオスとの指名挑戦試合を行うか、Sフェザーに上げてマニー・パッキャオと対戦するかまだ決まっていないと伝えられていた。池がパッキャオ戦を選ぶとしても、指名期限内にラリオスと戦うことができなくなれば、王座は剥奪されて決定戦が行われることになる。当然、ランキング1位のラリオスと2位以下の誰かとの対戦ということになるが、それがリナレスになる可能性も有る。

 いずれにせよ、年内にリナレスがWBAタイトルに挑戦する権利を得ることはほぼ確実だろう。
 クリス・ジョンは、マルケス兄(ファン・マヌエル・マルケス)と互角の試合をした実力者であり、インドネシア拳法仕込みと噂される独特なリズムと間合いを持っている。日本で言えば、徳山に似たタイプだと思う。
 いかにリナレスと言えども苦戦は免れないだろう。マルケス兄のように、敵地に乗り込んでの試合となれば尚更である。

 フェザー級のリミットまで落としたとき、今回のようなパフォーマンスが発揮できるかという不安も残る。それでも、ファンとしては信じて期待するしかない。
「ラーメンもホントに好きだけど、やっぱり、日本のご飯、何でも食べたい、試合終わったら。大好き、ホントに」
 ちょっと照れたように笑いながら語る、そんなリナレスが世界チャンピオンになった姿を見たい。
 ホントに、見たい。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。