2017-11

『ドリームガールズ』

『ドリームガールズ』
  2007年の映画館で観た映画:4本目
  映画を観た日:2007年3月10日(土)

 衝撃を受けた。
 私は、ハロプロを中心とする日本歌謡曲の現役ファンだが、この映画で描かれたレベルとの違いに愕然とした。

 もちろん、この映画はミュージカルを元にした完全なフィクションであってドキュメンタリーではない。しかし、実在のグループ『シュープリームス』とその中心にいたダイアナ・ロスをモデルにしていることもまた事実である。そして、この映画でディーナを演じているのが元『ディスティニー・チャイルド』のビヨンセ・ノウルズとなれば、この映画にリアリティを感じないわけにはいかないし、それが全て錯覚であるとはとても言えないだろう。

 私はハロプロ勢だけに注目しているわけではなく、MonTVやMステなどの日本の歌番組も、それなりにチェックしている。ただし、そこで見るのはほとんどが日本人歌手だ。何かの番組でビヨンセのステージを観たこともあるが、そういったことは滅多にない。基本的に、国内以外の音楽シーンには関心が無いのだ(一時期、K-POPをチェックした時期はあった)。
 そんな私が、ある日ふとこの映画を観て一番強く感じたことは、
「日本の歌謡曲は、所詮アメリカ製歌謡曲の劣化コピーでなかいのか」
ということだ。

 まず、日本の女性歌手の歌唱力というものを改めて考えさせられた。
 ベリ工(Berryz工房)や℃-uteといった16歳以下の若年層グループは論外として、メロン記念日やごっちん(後藤真希)といったアダルト路線を打ち出しているグループも、この映画で『ザ・ドリームズ』を演じたメンバーと同じステージに立ったら、まるっきり勝負にならないという気がする。
 これはハロプロ勢に限った話ではない。安室、あゆ、くぅちゃん、その他誰でも良いが、『ザ・ドリームズ』と並べて見劣りしない女性歌手が、日本にいるだろうか? 
 勝ち負けは二の次として、何とかなりそうな気がするのは、ボンボラ(BON-BON BLANCO)ぐらいしか思い浮かばない。とにかく、身体能力の違いによる基礎的な歌唱力において、日本人歌手は大きく劣っていると感じた。
 ちなみに『ザ・ドリームズ』を演じたメンバーの年齢(公開当時)は、ビヨンセ・ノウルズとジェニファー・ハドソンが26歳、アニカ・ノニ・ローズとシャロン・リールは34歳だと思われる。撮影当時は、もう1歳若かったかもしれない。ビヨンセとジェニファーに関しては、決して年齢のアドバンテージがあるとは言えない。

 しかし、そういった感覚は、むしろ単なる第一印象に過ぎなかった。
「日本の歌謡曲は、所詮アメリカ製歌謡曲の劣化コピーでなかいのか」
と思えたのは、日本の歌謡曲の本質的な音楽性、日本の楽曲の魂に関することなのだ。

 メロンやごっちんが歌っている歌が、主にロックに分類されるものであり、それが今日R&Bあるいはソウルミュージックと呼ばれていることは、音楽知識に疎い私でも何となく知っていた。しかし、その原点である1960年代のアメリカの黒人音楽については、今まで全く知らなかったし知ろうともしてこなかった。
 だから、この映画を観て、ガーンとなった。
 この映画が描いている音楽が、R&Bのオリジナルに他ならないのではないか。
 私が今日聴いている日本の歌謡曲のほとんどは、この時代のアメリカの楽曲に対してコピーにコピーを重ね、アレンジにアレンジを重ねて生み出された、言うなれば「コピーとアレンジの成れの果て」なのではないのか。

 昨日までそれなりに楽しんで聴いていたハロプロの楽曲が、突然輝きを失い、「何重にも手垢が付いた劣化コピー」という正体が見えてしまったような気がした。
 映画のストーリーが進むにつれ、
「俺は、立派なオリジナルが数々の苦難を経て生まれたことも知らず、その“劣化コピー”であるハロプロの楽曲を能天気に聴いていたのか」
と愕然たる気持ちに陥った。座席の柔らかなシートの背中に、硬直した自分の身体が沈み込んでいくような思いを味わった。

 同時に、ソウルミュージックの尻尾に触れることが出来たような気もした。
 気持ちを音楽に乗せることが、自然に出来る。
 ほとばしる感情を、そのまま歌にすることが出来る。
 昂ぶる魂が、生身の喉を通ることで歌に変わる。
 そうして生まれた歌を、音楽を、文字通りソウルミュージックというのだ。
 劇中で、ザ・ドリームスを解雇されることとなったエフィーが『AND I AM TELLING YOU I’M NOT GOING』を歌い上げるシーンでは、悲しみの感情の奔流が、芸術にまで昇華していく現場を目撃したような感慨を得た。

 まず先に、魂ありき。
 普段自分が耳にしている日本の歌謡曲は、その原点を失って、歌のための歌というか、気分を紛らわすための手段としての歌に成り下がっているような気がした。
 もしそうだとしたら、日本の、日本人の、自分自身のソウルミュージックとは何なのだろうか。
 そんな、自分の音楽的なアイデンティティを考えさせる映画だった。
 もちろん音楽やテーマ性だけではなく、映像やストーリーを含めた総合的な完成度が高い。優秀な娯楽作品に仕上がっており、今年のベスト映画の最有力候補である。
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コメント

J-POPとハロプロ

 つんく氏がよく、「ビートルズを参考にしている」と言ってますよね。それは大言壮語でもなんでもなく、ほんとに真摯にそうなんだと思います。
 60年代、アメリカの黒人音楽(ソウル、ブルース、R&B)に圧倒されて、それをイギリスの自分たちのポップなものとして吸収して再構築した代表例がビートルズです。
 つんく氏個人に属するかどうかはわかりませんが、はやりの洋楽だけではなく、童謡や演歌、フォークやニューミュージック、そしてアイドルポップス等、日本文化のなかで根付いてきた様々な音楽を取り入れて行こうという姿勢は、ハロプロ系の音楽に顕著です。
 アメリカ発のMTV文化に盲従して自国のオリジナルな音楽が衰退しつつある欧米諸国に比べると、日本の音楽界では、日本文化に根付いてきた音楽文化というものを掘り起こして行くという姿勢が残っていて、そう棄てたもんじゃないと思います。

ハロプロ系の音楽に魂を探す

 fujihiroさん、コメントありがとうございます。
 この映画を観たリアルタイムのインパクトを重視して、ハロプロを含むJ-POP全体に対して否定的な記事を書きましたが、これが私の考えの全てでは有りません。
 例えば日本アニメも、日本で始まった当初、技術的にはディズニーの劣化コピーであり、内容的にも最初に漫画ありきだったと思うのですが、今日では逆にディズニーやハリウッド映画から真似されるところまで発展しました。
 日本の歌謡曲(死語?)も、米国とは社会も文化も言語体系も異なる以上、単にアメリカ製歌謡曲を模倣しているだけではなく日本流に作り直している部分は必ずあるわけで、それを飽くまでもパクリだと切り捨てるか再構築だと評価するかは捉えかたで違ってくると思います。
 記事にや日記にも書いた通り、私は音楽には無知でこの手のことを今まで考えたこともなかったので、言葉が足りていない部分があります。別の記事で、自分なりにもう一度考えを整理してみたいと思っています。
 ビートルズに関する記述は、参考になりました。重ねて御礼申し上げます。

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『ドリームガールズ』

製作年度:2006年上映時間:130分監督:ビル・コンドン出演:ジェイミー・フォックス 、ビヨンセ・ノウルズ 、エディ・マーフィ 、ジェニファー・ハドソン 、アニカ・ノニ・ローズ 、ダニー・グローヴァーオススメ度:★★★★☆ストーリー:1962年、アメリカの自動車産業の

【2007-27】ドリームガールズ(DREAMGIRLS)

才能もあり情熱もあるでもそれだけでは──夢はつかめない輝くために失う何かがあるしかし夢だけは──永遠に生き続ける

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。