2017-10

『コンスタンティン』

『コンスタンティン』
  2005年の映画館で観た映画:8本目
  映画を観た日:2005年5月7日(土)


 ヘビースモーカーの悪魔払い師が、死に至る肺癌を患うも、他ならぬ悪魔の大ボスに癌組織を摘出してもらって一命を取り留め、禁煙に成功する話。
 そんな印象が残ってしまう(それはそれで本当なのだが)映画だった。
 キリスト教のキの字も信じちゃいない私にとっては、映画を観ている間は主人公が“救世主”だとは意識できなかった。映画を観終えてパンフレットを読んだとき、ああ、『マトリックス』と同じく“世界を救う男”の物語だったんだと思えた。
 キリスト教的世界観を保有していない私には、サタンの息子がこの世に誕生したところで、世界が滅ぶとは到底思えないのである。よって、それを阻止した主人公が救世主であるとも思えない。「運命の槍」と言われても、何のことやら?で、全然ピンと来ないのだ。

 だからといって、この映画が面白くなかったかというと、そうではない。普通のホラー・アクション映画として、充分に楽しめた。
 フルCGと思われる地獄の映像も、場面転換処理を挟んで使用されることにより、より自然に(あるいは“負”自然に)観ることが出来たし、独特のリアリティが感じられた。CGの“絶対値”的なクオリティもさることながら、こういった“相対値”的なクオリティも重要であると強く認識させられた。邦画も、こういうところは大いに学ぶ(真似る)べきだ。

 一番お気に入りの映像は、空を飛ぶデーモンが登場したシーン。街の明かりが一つずつ消えていって、マリア像だか何だかの照明だけが残り、そこにいる主人公たちを狙ってコウモリみたいな?デーモンが集まってくる。
 街の明かりが一気に消えれば、日常の延長である停電をイメージしてしまうが、一つまた一つ日常を切り離すように消えていく照明は、日常が非日常へとジワジワ段階的に侵食されていく様子をイメージさせた。そこへ飛来したデーモンも、闇に紛れてハッキリとは見えない。この「暗闇に、何だか良くわからないけど怖いモノが蠢いている」という演出は人間の普遍的な恐怖感に訴えるものであり、効果的なのだ。
 こういったシーンの後で「地獄と天国がせめぎ合う狭間に、この世が存在している」といった台詞が出ると、宗教観を超えた説得力を感じてしまう。

 そういえば、ちょっと気になった点が一つ。ボウリング場の「BOWL BOWL BOWL」というネオンが「BOWL BOW BOWL」と点灯していたように記憶しているが、何か意味があったのだろうか?
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。