2017-10

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飯田圭織ディナーショー(広尾ラ・クロシェット)

飯田圭織ディナーショー 
    会場: 広尾ラ・クロシェット
    公演日:2007年2月10日(土) 開演:13:30~


             二度目の「かおりん・広尾ディナーショー」

 かおりんこと、飯田圭織のディナーショーは、私にとって今回が3回目となる。
 昨年のクリスマスコンサート(その記事は→こちら)にも参席(しかも最前列!)したので、かおりん主役のイベントとしてはこれで4回目。なお、「広尾ラ・クロシェットのディナーショー」としては2回目である。
 前回の広尾のディナーショー(その記事は→こちら)では、

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 公演日:2006/10/01(日)
 会場:広尾ラ・クロシェット
 開場/開演:13:00/13:30
 出演者:飯田圭織
 枚数:1枚
 座席番号:6番
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という事前情報から最前列を予想していたにもか関わらず、実際には奥から2番目のテーブルだったため、当日は失意のあまりその場で頭の中が一瞬真っ白になってしまった(白髪もその瞬間に二本ほど増えたと思う)。
 広尾のディナーショーにおける座席番号は、一番奥(ステージから一番遠い場所)のテーブルから割り振られているため、私の場合は奥から2番目のテーブルの席に着くことになったのだ。
 しかし、今回は

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 公演日:2007/02/10(土)
 会場:広尾ラ・クロシェット
 開場/開演:13:00/13:30
 出演者:飯田圭織
 枚数:1枚
 座席番号:13番
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である。1テーブル4人とすると、奥から4番目、これは前から数えれば2番目辺りに相当する筈だ。
 その予想は的中した。今回の私の席は、前から2番目のテーブルの壁際の席。前回は、座席の列で言うならば8列目か9列目といったところかだったが、今回は4列目か5列目。まぁ、良席の部類に入るだろう。通路側ではないので、かおりんが客席の方に歩いてくるときは損なポジションとなるが、そのかわりステージを見るときは前の人が邪魔にならず、視野を確保できるのだ。

                 “かおりんイチ推し”の方と同席

 今回嬉しかったことは、それ以外にもある。
 同席となった客のうち2人が、かおりんを(ほぼ)イチ推ししている方だったのだ(残りの一名の方に関しては未確認)。
 2005年のサンシャインシティプリンスホテルでのディナーショー(その記事は→こちら)でも、前回の広尾のディナーショーでも、同席の客は皆、かおりんイチ推しではなかった。前回の広尾のときなどは、
「“飯田圭織も好き”という人が来ているだけで、“飯田圭織イチ推し”という人は、ほとんどいないと思いますよ」
と言われる始末だった。
 今回の広尾では、私も含めて少なくとも3人の“かおりんイチ推し”がいたのだ。それでもマイノリティであることには変わりがない(かおりんのイベントなのに…でも、CDの売り上げを考えると…)と思うが、孤独ではないということが分かっただけでも嬉しかった。

 ちなみに、一人は三十代後半と思われる背の高い方で、DDが基本&かおりんイチ推しだと仰っていた。本当にDDで「ポッシボーまで観に行きますから」とのこと。ただし、外見は一見ごく普通のサラリーマンで、話す内容からも“理論派”を感じた。
 特に、ハロプロ勢のCDの売り上げや人気(の低下)に関する件で、「それでも歌やダンスの実力からすると、現在の娘。は、黄金期よりもむしろレベルが高いですよ」と断言された辺りは、良識あるオールドファンといった印象を受けた。
 「ライブ(ハウス)のときは、ベリ工のファンが一番危ない」という話を聞けた。とにかく前へ前へと行きたがって、相当なモッシュになるそうだ。「メロンのライブより遥かに危ない」とのこと。しかも、ベリ工ライブの客に若い人が多いからそうなるというわけではないないそうだ。
 私が思うに、これは端的に言えば「がっついているオッサン」が多いということなのではないだろうか。私は雅が高校生になったらベリ工のイベントにも行こうかと思っているのだけれど、要注意ですな、コレは。

 もう一人はまだ二十代と思われる、なかなかイケメンの方。年齢だけではなくルックスでも「オッサン」ではなく明らかに「お兄さん」で通用するタイプだった。髪型も今風で「もしかしたら雑誌のモデルとかをされている方かな?」と思えるほど、ルックスが良かった。ハロプロファンには珍しい(貴重な)タイプの方だと思う。
 かおりんとナッチが同率でイチ推しだと仰っていた。広尾ディナーショーでは会員証を忘れてきても“顔パス”で入場を許可されるほどの常連だそうだ(本人も、広尾の入場チェックをするスタッフの顔を覚えているとのこと)。
 この方も理論派で、「久住小春の人気が本物ならば、『僕らが生きる MY ASIA』の売り上げは、月島きらり名義のシングルと、娘。のシングルの売り上げの中間に入ってくるのではないか」と指摘されていたのが印象的。
 ちなみに、ショーが終わって席を立たれるとき「お先に失礼します」と一声かけて下さった。私はグズグズして人より後に動き出すことが多いのだが、もし次の機会に先に場を去ることがあったら、こうした一言を忘れないようにしたいと思った。

 客全体に関して言えば、今回は前回の広尾のときよりも客の年齢層が高かったように感じられた。普段のハロプロのイベントが二十代後半から三十代前半だとすると、今回は三十代前半から後半。私のような40歳オーバーも結構多かったと思う。こんなに年齢層が高めなのは、2005年のサンシャインシティプリンスホテルでのディナーショー以来である。

                 料理は2回連続で合格

 ディナー(時間帯から言えばランチなのだが)の内容は、前回とは全く違っていた。てっきり前回と同じ鶏肉メイン(トリモモ肉のソテー)だと思っていた鶏肉好きの私は、事前にメニューを見て、ちょっとガッカリ。
 でも、内容的には普通に美味しかったので、満足した。前菜に出てきた「田舎風お肉のパテ」は、コレステロール満載!という感じがしたが、まぁ不味くはなかった。
 ちなみに、かおりんは「バレンタインを意識して、デザートにチョコレートを取り入れて貰えるように申し入れをした」と話していたが、前回(10月)もデザートは「チョコレートのムース」だったぞ? と言うわけで、私はバレンタインなど全然意識せず、普通にバクバク食べてました。
 今回は、パンのお代わりがなかった。私は「田舎風お肉のパテ」がコッテリしてしたせいか、腹八分目までは入った感じがしたが、普段普通の量を食べている人は、もう一品欲しかったところだろう。
 あと、これは前回もそうだったと思うが、正方形のテーブルに4人が着く形式だったため、テーブルの四隅に置いてあるフォーク類やナプキンのどれが(右側か左側か)自分用のものか分からないので戸惑った。正解は、ナプキンは左手側隅にあるもの、フォーク類は左右隅の自分に近い側のものが自分用。普段はほとんど箸しか使わない私は、こういう点でちょっと精神的に疲れてしまうのであった。

                  安定感は増した、しかし…

 さて、食事を終え、いよいよ、かおりんの登場。
 最初に登場した際の衣装は、黒いドレス。黒い衣装を着たかおりんは、初めて見たような気がする。その意味で新鮮であり、また良く似合っていたと思う。
 前回の広尾の反省から、今回は余り考えずにショーを楽しもうと心がけた。
 そのため、鑑賞の基準が甘くなっていた部分もあると思うが、「明らかに下手」と感じた歌曲は特になかった。去年のクリスマスコンサートのことを併せて考えると、全体的な安定度は増したようにも思える。もっともこれは、かおりんの実力が向上したと言うより、かおりんが(例え好きであっても)上手く歌えないタイプの曲を外した結果のようだった。

 と言うのも、前回同様、ゲストのルカさんとの実力差は歴然としていたからである。
 かおりんがマライア・キャリーの『Without You』を歌っているときは、「あ、今日一番声が出ているし、上手く歌えている」と思えたのだが、途中でルカさんに交替する形になると、その歌唱力の差は明白。「この日一番」と思えたかおりんへの評価は、相対的に一気に下がる格好になってしまった。

 私は音楽に関しては素人なので、感覚的なことしか言えない。
 かおりんの歌声は「前に出てこない」が、ルカさんの歌声は「前に出ている」。
 かおりんの歌声は、口から出たらすぐに「拡散してしまう」が、ルカさんの声には空間に対する「貫通力がある」。
 「貫通力のある声」とは、単なる大声のことではない。声に一本芯が通っている、まるで「槍のような歌声」なのだ。声は目に見えないので、「声のビーム」という表現の方が適切かも知れない。

 一方、かおりんの歌声は、言うなれば射程距離の短い、まるで「霧吹き」のようなものである。風が吹いたら、ほんのすぐそこまでにも届かなくなってしまうような、悪い意味で「拡散してしまう」歌声なのだ。
 声量がないと言うより、結果として歌声が希薄。
特に日本語で歌っているときは、不自然に喉を絞っている感じがする。体格からして声量が出せない筈がない。喉で不自然に声を絞っているから、喉から出るときに声が散らばって薄く広がっている感じがするのだ。
 ちゃんとした歌唱用の発声をすれば、水がホースから勢いよくビューッと流れ出るように声が出る。それなのに、喉に霧吹き用ノズルが入っているものだから、水が霧となって拡散してしまい、前に出る勢いを失っているようなイメージである。

 この「喉にある霧吹き用のノズル」とは、なのこえさんの言われるところの「松田聖子唱法」 である。
 「松田聖子唱法」即ち「松田聖子流の歌い方」そのものが悪いということではない。それが、かおりんには合っていないということなのだ。例えば、かつてのホームラン王・王貞治選手の一本足打法は、高い実績を出した優秀な打法である。しかし、全ての野球選手が一本足打法を取り入れるべきかといえば、決してそうではない。一本足打法にしたら打率が極端に下がる選手もいるだろう。「松田聖子唱法」も基本的にはそれと同じだ。

 かおりんは、日本語の歌を歌うときは、まるで松田聖子の物真似のような歌い方で歌っている(「松田聖子唱法」で歌っている)ことが多い。そういうときのかおりんは、声が前に出ていない。歌声が薄い。
 一方、かおりんが外国語の歌を歌っているときは、「松田聖子唱法」にはなっていない。その結果、日本語の歌を歌っているときと比べれば、声が前に出ている。
 これは前回に続き、今回もそう感じたことだ。この原因に関しては前回の記事に書いてのでここでは繰り返さない。
 意図的にやっていることなのか無意識にそうなってしまうのかは分からないが、この「松田聖子唱法」という「かおりんにとっての欠点」を克服しないと、飯田圭織は本当の意味でのプロの歌手にはなれないというのが私の正直な評価である。

 CDでも、アルバム『オサヴリオ』に収録されている曲を聴くと、あることに気付く。
 5曲目の『エヘ ヤ』までは(1曲目の『オサヴリオ』は特にそうだが)、外国語で歌っているという実感がある。それが、6曲目の『ダウン・タウン』になると、印象がガラッと変わる。まるで「変な日本語」で歌っているような感じに聞こえるのだ。
 これは、発音も関係しているかも知れないが、それよりも歌い方が5曲目までとは違っていることが大きい。6曲目の『ダウン・タウン』は、かおりんの日本語的な歌い方、即ち「松田聖子歌唱法」になっているのだ。外国語の歌詞を日本語のリズムで歌っているものだから、発音以前の問題で不自然な感じになっている。

 もう一つ気になるのは、かおりんの腹部(直腹筋)の動きである。
 黒のドレスは腰周りの密着性が高く、そこだけ見れば一種のボディコンであった。薄い布一枚の下に、かおりんの腹部(直腹筋)のラインがそのまま出ているような感じだった。
 そこで私は、かおりんが歌っているときに、出来るだけその腹部(直腹筋)の動きに注目した。特に、息継ぎのタイミングや声を絞り出すシーケンスで腹部(直腹筋)がどう動くかに注目した。
 結果、全くと言ってよいほど動きが見られなかった。俗に「腹から声を出す」とよく言うが、普通に腹式呼吸をしていても腹部(直腹筋)はそれなりに動くものである。歌っている最中にあんなに動きがなくて良いものなのか、疑問に感じた。

 ちなみに、ルカさんは腹部のラインが出ないような衣装を着ていたので、残念ながら腹部(直腹筋)の動きを確認することは出来なかった。(女性には珍しく上腕三頭筋から三角筋後部が発達しており、何らかの筋力トレーニングを積んできたことは察っせられた)

                  かおりんも“留学”すべきだ

 今回ルカさんからは、アルゼンチンでダンスを主に学んできたことが報告された。
 かおりんは、そういった話題に対して無邪気な子供のように反応しており、本当に他人事としか受け止めていない様子だった。まぁ確かに他人ではあるが、ルカさんと自分の歌手としての実力差を認識できているのなら、自分も半年ぐらい海外留学して歌の勉強をするとか思い立って欲しい。

 かおりんには素質がある。
 168cmという身長がまず素質の一つだ。そしてスマートな体型をしているが、骨格は決して細くない。本人も二の腕の逞しさを話のネタにしている通り、比較的筋肉の付きやすいタイプである。
 今回、昨年末のクリスマスコンサートの時よりも体重を増やして(戻して)おり、ベストコンディションを作り上げていた。腕も脚も、細くもなければ太くもない。腰のクビレも適切で、バランスの良いプロポーションには芸術品のような美しさがあった。
 こんな短期間で体を仕上げることができるのだから、かおりんは普通の人よりも素質の面では恵まれている。歌手に必要な筋肉(主にインナーマッスル系か?)を比較的短期間で発達させることも、やれば出来る筈だ。

 かおりんも今年で26歳。30歳過ぎても歌手を続ける意思があるのなら、もうそろそろ本格的な向上心というものに目覚めて欲しい。せっかく地中海レーベルに属し、外国語の歌を歌うという機会を得ているのだ。「松田聖子唱法」ではなく、本来かおりんが持っている実力を発揮することが出来る「飯田圭織唱法」を体得して欲しい。

 一ファンとして正直なことを言えば、かおりんには歌手は廃業して女優に専念して欲しいというのが本音である。しかし、それはかおりん本人の望むところではないだろう。そうであるならば、歌手として、現在の歌唱力に満足して欲しくない。ルカさんとの差を、少しでも縮めてもらいたい。
 ファンは優しくても、現実は厳しい。
 残酷なまでの実力差は、時としてファンの心を苦しめるものだということに気付いて欲しい。

                    写真写り、成功?

 前回は黒っぽい上着を着たまま撮影に望んでしまい、大失敗となってしまったツーショット写真。
 同じ失敗は二度としないと心に誓っていた今回、果たして結果は?

20070210広尾ディナーショー

 お似合いの夫婦…と言いたいところだが、何か私、ウェイター(それも、ちょっと疲れたウェイター)みたいに見える…のは気のせいか? 
 服が淡い色同士なので、その点はイイ感じだと思うのだが。
 何気に同じポーズなのが、ちょっと嬉しい。まぁ、利き腕が同じ者同士なので、普通にしているとこうなるのだろう。
 今回の反省点は、ズボンが黒っぽいために背景に溶け込んでしまったこと。でも、持っている背広は、夏・冬共に黒っぽいんだよなぁ。こうなったら、明るい色の背広を買うしかない!?

 かおりんは、やっぱり背が高かった。前回は、どういう訳かかおりんが小さく見えてしまったが、やはり何かの錯覚だった。ピンと背筋を伸ばしたかおりんを目の前にしたその瞬間、
「あ、やっぱり背ぇ高い! 目ぇパッチリしてて大きい!」
という印象が頭の中を駆け抜けた。目の前で見ても、本当にお人形さんのような女性。それが、かおりんだった。

 数秒後には、撮ったばかりのポラロイド写真を、2月10日にしては暖かすぎる風に当てて乾かしながら、夢のような瞬間を反芻している自分がいた。
 来るときは上り坂だった道が、帰るときは下り坂になっていることさえ、今の自分を祝福してくれているように感じる。そんな緩やかな冬の午後に背中を押され、私は何時間か前とは逆の方向にその道を歩いて行くのだった。
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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。

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