2017-10

『硫黄島からの手紙』

『硫黄島からの手紙』
  2006年の映画館で観た映画:31本目
  映画を観た日:2006年12月15日(金)

 『父親たちの星条旗』が「戦勝国の視点による戦争映画」だとすると、『硫黄島からの手紙』は「敗戦国の視点による戦場映画」である。
 『父親たちの星条旗』は「“戦争”を描いた映画」であり、『硫黄島からの手紙』は「“戦場”を描いた映画」とも言えるが、これは偶然ではなく必然である。戦勝国となるアメリカには“戦争”という全体像を見る余裕があったが、敗戦国となる日本は目先の“戦場”を見るだけで精一杯だったということだ。

 「勝者には何も与えるな」という言葉がある。勝者は勝利という最高のものを得ているのだから、それ以外に何も与える必要は無いという意味だ。
 裏を返すと、「敗者には何かを与えよ」となる。
 “日米双方の視点から描いた「硫黄島」二部作”は、まさにそれだ。
 戦勝国アメリカには、“何も与えない”『父親たちの星条旗』を。
 敗戦国日本には、“何かを与える”『硫黄島からの手紙』を。

 このことは、現実の歴史とも符合する。
 戦争に負けた日本は、民主主義が与えられ、核の傘が与えられ、戦後は経済復興に専念することが出来た。日本は、「負けて与えられた」国であり、我々はそういう国の民なのだ。
 一方、戦争に勝ったアメリカは、天皇制や独裁政治体制を新たに得るということにはならなかった。それどころか、勝ったことで戦後の冷戦構造のほとんど半分を背負い込むようになっただけである。冷戦構造が消えた今も、アメリカは世界のどこかに自国の兵器と兵士を送り出し続けている。それがまるで、戦争に勝ったことで背負わされた業であるかのように。

 敗者は、敗北以外に語ることがない。
 敗戦国にとっては、自分の国が戦争に負けたということが全てなのだ。戦場での自国の敗北や、それに伴う悲惨さを語る以外のことが出来ない。「敗者は常に被害者である」という意識の方程式があるからだ。自分が「敗者であると同時に加害者でもある」という意識は非常に希薄であり、そのことを他の国から指摘されると不快感を感じる。
 「敗者には、敗北以外を語らせない」というクリント・イーストウッドの選択は、正しかったと思う。もちろん「勝者が、敗者の敗者たる姿を見ることが娯楽として成立する」とい大前提があってのことではあるが。

 硫黄島が「どれだけ持ち堪えられるか」とか言っている時点で、既に日本には「いかに良い条件で負けるか」という選択肢しか残されていないことは明らかである。にもかかわらず、時代の指導者達は、「いかに敗戦を引き延ばすか」ということしか行なわなかった。
 広島・長崎への原爆投下は、日本が敗戦を引き延ばした結果、実行されたものである。
 硫黄島を守れないということは、日本を守れないということだ。そのことが明らかになった時点で降伏していれば、硫黄島はもちろん、広島・長崎の戦争犠牲者も発生しなかったのだ。

 現実の歴史では、硫黄島の戦いで日本の敗戦の日は引き延ばされ、広島・長崎へ原爆が投下された。何と皮肉で、哀しい現実であろうか。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。