2017-10

『バルトの楽園』

『バルトの楽園』
  2006年の映画館で観た映画:17本目
  映画を観た日:2006年7月1日(土)


 “映画1000円の日”の2本目。
 本来、お気に入りの女優が主演でもしていない限り、恋愛映画を含めた人間ドラマ系の映画は劇場では観ないことにしている。単なるドラマなら、何も大きなスクリーンに映す必要はないと思うからだ。
 一般的な人間ドラマに、画面の大きさは関係ない。映画館で観ようが、家のTVで見ようが同じである。一般的な人間ドラマの臨場感なら、集中(感情移入)さえしていれば、TVの36インチワイドでも得ることが出来る。映画館の大スクリーンと家の36インチワイドTVで差が出るのは、スケールの大きな映像や緻密な映像が映し出されたときに生み出される迫力に関してだ。即ち、画面の物理的なサイズに拠る、映像のパワーそのものである。
 
 だから、原則として人間ドラマ系の映画を劇場で観ることはしない。
 その原則を曲げてこの『バルトの楽園』を劇場で観た訳は、“映画1000円の日”だったということもあるが、純粋に心温まる作品を欲していたからだ。
 このところ、いわゆる「いい話」を劇場で観ていなかった。TVに流れるニュースもギスギスしたものばかりが目に付く。そのTVで『セイザーX』の最終回を見てホロリとなったあと、「ああ、そう言えば『いぬのえいが』を劇場で観たときはボロボロに泣いたなぁ」と思い出したのだ。

 この映画では、ボロ泣きするようなことはなかったが、くすくす笑ったり、じーんと来たりして、心が温まった。人間は、捨てたものではないという気持ちになった。
 ちなみに、この映画の上映中、私の3つ隣の席の客が携帯電話を何度もバイブレーションさせ(ブーンブーンという振動音がハッキリ聞こえる)、遂にはその電話に出てボソボソ話し出すという重大なマナー違反を犯した。いつもの私だったら血管がブチ切れるぐらい頭に来るのだが、この日は「困った人だなぁ」と不快に思う程度で済んだ。
 この映画の暖かさが、私の心をいつもより丸くしていたのだと思う。

 それにしても、「生きて捕虜の辱めを受けず」とか最初に言い出した馬鹿者は、一体どこの誰なのだろう。日本に“戦国時代”と呼ばれる時代があった以上、その当時、一般の兵士に「敵の捕虜になるくらいなら自決せよ」などという命令が下されていなかったことは明白である。そんなことをしていたら、兵士はあっという間に数を減らし、“戦国時代”など成り立たない。
 将棋に、相手から奪った駒を自分の戦力に出来るというルールがあることから分かるように、日本には敵を皆殺しにするような文化は原則として存在しない。結果的に負けて生き残るのは恥ではなく、敗残兵は次の戦いのための貴重な戦力だったのだ。
 例え他国との戦争の場合であっても、自国の人的戦力の維持のため、敗残兵に生きて国に帰ってきてもらうというのは思想として当然である。
 それなのに、いつの頃か「生きて捕虜の辱めを受けず」とか言い出した愚か者が現れたわけである。情報漏洩を恐れていたのかどうかは知らないが、正常な頭の持ち主なら、逆に嘘の情報を教えるとか、捕虜交換の際に相手の情報を少しでも持ち帰るということを考える筈だ。

 指導者が、自軍の兵士が敵の捕虜になることを恐れるということは、要するに自分の管理能力に自信がないということである。
 この映画で、日本軍が最終的に敗れた理由が、良く分かった。
 同時にこの映画は、私の中に新しい希望を生んだ。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。