2017-08

初代ゴジラに関する考察

初代ゴジラに関する考察
(1999年10月13日(水)頃に書いた文章に後日加筆修正したもの)

 ※以下の文章は、私個人のイメージであり、事実とは異なる部分があることを予めご了承下さい。

 初代ゴジラは「概念」だ。あのとき東宝は、努力そして偶然という幸運によって、ゴジラという「概念」生み出したのだ。
 原始の海から、最初の生物が生まれたときのように。
 始めに巨大な怪物ありき。それが企画のスタートだった。その巨大な怪物が日本を襲うのも、日本の大衆娯楽映画として妥当な成り行きだ。 核ウンヌンは、巨大な怪物を登場させるための方便に過ぎない。
 何しろ日本では初めての試みだから、過去の海外の作品を参考にしつつも、独自の多種多様な意見が出る。とても絞り込めない。どうするか。全部取り入れる。この時点で、ゴジラは「生物」でも「怨霊」でもなくなった。
 ゴジラは「巨大な怪物の最小公倍数」という「大きな概念」となったのだ。

 このゴジラと類似例として、『禁断の惑星』の「イドの怪物」、そして『エイリアン』一作目のエイリアンなどがあげられる。特にエイリアンは、生物だという表向きの設定を持ちながら、「完全無欠の怪物」という概念を宿した一種のシンボル(あるいは究極の生物という設定を持たされたデザイン)であるというところから、ゴジラに通じる部分が多きい。ゴジラの場合、その「概念」は、「人気恐竜の良いとこ取り」を基調にしたデザインの中に注入され、動き出すことになった。

 ゴジラという「概念」は、形で言えば「球」、色で言えば「黒」である。全てを取り入れた結果だ。
 この「概念」を端的に表せば、それは「日本を苦しめるもの」だ。
 ゴジラは「日本を苦しめるもの」の集合体であるから、日本を襲い、日本人を苦しめるのだ。疑問の余地のない、究極の同義反復である。
 「日本を苦しめるもの」。台風。戦争。空襲。原水爆。放射能。僅かだが共通点がある。それらは皆、海から(海を越えて)来る。ゴジラもまた、海からやってきた。
 「日本を苦しめるもの」。地震。火山。荒ぶる神。日本人は、山岳信仰がある。ゴジラが初めてその姿を現したのは、山の陰からである。
 「日本を苦しめるもの」。人間。天変地異も、決して全てを奪わない。日本を焼け野原にしたのは、戦争だけである。それは、人間による行為である。日本を最も苦しめたものは、人間である。
 初代ゴジラは、人間でもあるのだ。直立した人間に近いあの姿勢は、人間を示している。当時、イグアノドンやティラノサウルスが、上体を直立させて尻尾を引きずる姿勢をとっていたのは、何故か? それは我々人間が、2足歩行をする遥か昔の地球の王者に、自分の姿を求めたからである。
 我々は結果として、「日本を苦しめるもの」にも、我々人間の姿を求めたのである。人間の皮を被った悪魔など存在しないことを、我々は心のどこかで知っている。存在するのは、悪魔の皮を被った人間なのだ。
 ゴジラが最期に見せた白骨化した姿は、ゴジラという「概念」の芯に、人間が入っていたことの証である。死んだ人間が髑髏や白骨を晒すように、ゴジラも最期に自分の正体の一部を晒したのだ。

 では、ゴジラは死んだのか。
 「概念」であるゴジラが死ぬことはない。ただ、一時的に打ち消されただけである。
 「日本を苦しめるもの」のうち、潜在的に最も大きな部分を占めるのは「原水爆」である。これを超える概念である「超核兵器=オキシジェンデストロイヤー」の前には、ゴジラという概念は打ち消される。例えるなら、カードゲームでキングがエースに打ち消されるのと同様である。便宜上、映画の中でゴジラの死が描かれてはいるものの、実際には、概念の記号的な処理がなされたに過ぎない。
 それが初代ゴジラなのだ。

 だから、「初代ゴジラのリメイク」を謳った作品は一つもない。『84』や『2000』は、あくまでも「初代ゴジラの続編」を謳ったに過ぎない。その意味では『ゴジ逆』とスタンスは同じである。
 何故、「初代ゴジラのリメイク」を謳った作品は一つもないのか。それは、「初代ゴジラ」をリメイクしても、「初代ゴジラ」にしかなりようがないからである。「初代ゴジラ」をリメイクするならば、その概念をそのまま継承することになり、それは「最小公倍数」であり、即ち「球」であり「黒」であるということだ。
 「球」は何度作り直しても、その大きさこそ違え、見た目が「球」であることに違いはない。
 ゴジラの概念を「アジアを苦しめるもの」「先進国を苦しめるもの」「人類を苦しめるもの」「地球を苦しめるもの」とスケールアップしたところで、本質的には何も変わらない。ゴジラはゴジラを超える概念によってのみ打ち消されるという記号式は変わらない。その度に「アジアを苦しめるもの」「先進国を苦しめるもの」「人類を苦しめるもの」「地球を苦しめるもの」という概念を飲み込み、永遠に肥大し続けるほかない。
 それが「初代ゴジラ」という「最小公倍数」が持つ宿命である。

 トライスターが、この初代ゴジラという概念を採用しなかったことは、結果的には英断であったとも言える。
 トライスターの初代ゴジラは、東宝の初代ゴジラとは逆に、「巨大な怪物の最大公約数」という「小さな概念」を採用したのだ。
 「最大公約数」と「最小公倍数」。我々日本人から見れば、「大きな概念」の方が「小さな概念」よりも優れて入るように思える。しかし、それは錯覚である。
 「小さな概念」でのスタートは、削ぎ落とされたものであるが故、リメイクや続編に新しい可能性を見いだせるという大きな長所がある。

 我々の初代ゴジラは、スタート時点で既に終極点であったのだ。我々は、最初に「球」がクルリと一回転するのを見てしまったのだ。
 その結果、我々は完璧な「概念」の一部を切り取ることによってしか、新しいゴジラを作り出すことが出来なかった。逆に言えば、完璧である「球」をあえて切り取り、変形させることによって、初代とは異なった「球ではない別の形」のゴジラを造り出したのだ。
 「絶対的な存在」という概念を捨ててアンギラスの存在を許し、「相対的な存在」に変形した『ゴジ逆』。
 「怨霊」その他の概念を捨てて「帰巣本能を持つ生物」という枠組みに収まった『84』。
 初代ゴジラという概念から何かを捨てなければ、新しいものを得られないのだ。
 
 初代ゴジラをリメイクしようという試みを、誰も考えなかったわけではない。関係者やファンの多くが考えたであろうし、例えば、私もその1人である。
 以下に示すのは、『VSキングギドラ』公開後、SFサークルの会報に寄せた一文である。

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 『ゴジラ』第一作目が誕生したのは1954年である。長崎、広島に原水爆が投下されて日本が無条件降伏、太平洋戦争が終結したのが1945年。『ゴジラ』第一作目は、空襲、原水爆、敗戦という現象の生々しさが、まだ残留している世界が生み出した作品なのだ。
 また1950年には、日本海を挟んだ隣国朝鮮で戦争が勃発、53年まで続いた。この戦争で日本経済は大いに潤ったのである。
 日本の歴史を紐解いて何が言いたいのかと言うと、すなわち、『ゴジラ』第一作目当時の日本およびその近辺には(“ゴジラ”はいなかったが)“戦争がいた”のである。ゴジラが映画の中で存在することの説得力を持ちえたのは、映画を作った人々が、現実に“戦争がいた”世界を日常として生きていたからに他ならない。作中の「また疎開かね…」という台詞が、それを端的に表現している。
 ゴジラを単に戦争(戦災をもたらすもの)の象徴と決めてかかるわけではない。が、あのモノクロ映画の中に“ゴジラがいる”ことを実感できるのは、当時の現実世界とあの映画が妄想のパイプで繋がっていたからだと私は確信する。
 現在、私たちが住んでいる日本には、戦争の姿は跡形もなく消えている。せいぜいTVで湾岸戦争を見て喜んでいる程度である。
 つまり、映画の中で(ひょっとしたら現実でも)新宿が焼け野原になろうが、大阪が火の海になろうが、所詮は対岸の火事なのだ。映画を作る人間も見る人間も、戦災で焼け出された経験などないのだから、説得力のある映像を作れないし、感情移入して見ることもできない。
 現代の現実世界とゴジラを妄想のパイプで繋ぐことさえできれば、ゴジラは現代に蘇る。
 イチバン手っ取り早いのは、もう一度日本が本土空襲されてICBMの二、三発も打ち込まれ、全土一面焼け野原になり、国民全員が戦災の恐怖を骨の髄まで味わうことだ。しかしそれでは製作費のかさむゴジラ映画を作ることが難しくなってしまう。そこで次に考えられることは、現在の日本人が恐怖感を抱いている対象にゴジラを当てはめることである。
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 ちなみに、朝鮮戦争当時、米軍は原水爆を使用する作戦も検討していた。
 そして現時点でも、核兵器は存在し、その拡散は続いている。
 核は、あの日以来日本を苦しめてはいないが、いつも私たちの傍にいる。
 
 初代ゴジラは「概念」である。「生物」でも「怨霊」でもなく、「原水爆」でもない。それらを全て含む「日本を苦しめるもの」という概念である。
 初代ゴジラがリメイクされる日は、果たしてくるのだろうか。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。