原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その3】
原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その3】
その昔、原発施設でアルバイトしたときの思い出
チェレンコフ光を、生でバッチリ見てきました!
この記事は、
原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと
原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】
の続きである。
私は、学生時代(20年以上前)に原子力関連設備でアルバイトをした経験がある。実質的にはアルバイトであったが、名目上は学校のお墨付きを受けた夏休みの研修であった。そのため、単なるバイトでは見せてもらえないようなモノも見せてもらったし、写真も撮らせてもらった。
その中でも、チェレンコフ光を放つ、今まさに稼動中の原子炉の炉心を生で見て、その写真を自分で撮ったことは、一生忘れられない思い出だ。
これが、そのときの写真である。
【Fig.1 チェレンコフ光を放つ、稼動中の原子炉の炉心】

上の写真は、炉心内の照明を点灯した状態のもの。
下の写真は、炉心内の照明を消灯した状態のもの。即ち、純粋にチェレンコフ光のみが照らし出した、稼動中の原子炉の炉心である。
チェレンコフ光が青白い光であることは知っていたので、実際に見ても驚きはしなかった。別に変わった光ではなく、「ああ、綺麗だなぁ」という感じである。
もちろん、この写真に写っている炉心は、充分な厚みの水の層の上から撮影されたものだ。
「チェレンコフ光を見た者は黒焦げになる」とか思っている人もいるようだが、充分な対策を施した状態であれば、このように肉眼で見ても問題は無い。私はこの写真を撮影して20年以上が経った今でも生きているし、つい最近の健康診断で「全て異常なし」の結果が出たばかりである。
当然ながら、当時このバイトを始めるにあたっては、事前に血液検査を行って白血球の数等を調べているし、事後も同様である。もちろん、そのときも何ら異常は無かった。
【Fig.2 原子炉の上に立つ私】

Fig.1の写真を撮った場所は、多分、この付近だったと思う(何しろ20年以上も前のことなので、断言は出来ない)。Fig.2は原子炉格納容器の上の部分であり、ここのどこかに開口部があり(Fig.3に写っている丸い部分?)、そこから炉心を見下ろしたのだと思う。
【Fig.3 原子炉の上(開口部?)】

稼動中の原子炉を擁する設備で私がアルバイトをした理由は、始めに書いたようにそれが学校指定の夏休みの研修だったからである。もっと正確に言うと、学校指定の夏休みの研修の中に原子力設備のバイトが挙げられており、それを私が選択したのだ。
原子力設備のバイトと言っても、実際に原発内部を掃除するといったハードなものではない。研修レポートのタイトルは、確か『CP/Mを使ったデータベースの構築』とか、そんな感じだったと思う。実際には「原子力実験データのデータベース」へのデータ入力作業がほとんどで、たまにCP/Mをチョコチョコいじって感触を掴むといった程度のものだった。
【Fig.4 アルバイトに励む私】

パソコンの形が、20年以上の時の流れを彷彿させる。フロッピーも写っているが、本当に“ぺらぺら”な5インチだ。もちろん、私もまだ10代と若い。
私が原発の安全性を基本的に信頼しているのは、このアルバイトの影響が強い。例えば、これ。
【Fig.5 原子炉設備入り口に立つ私】

原子炉がある区画の入り口である。もの凄くゴツくて、ぶ厚かった。戦車が突っ込んで来ようが、対戦車ミサイルが何発か直撃しようが、少なくとも内部には全然ダメージが出ないように感じられた。当時は爆弾テロとかを連想することはなかったが、ここに立ったときは、
「あ、ここよりも街中のガソリンスタンドの方がよっぽど危ないわ」
と思ったものだ。建物の外壁もゴツイ造りで、まるでシェルターのようだった。
チェレンコフ光とともに強烈に記憶に残っているのが、ガイガーカウンター。
それは原子力設備の出口、チェックゲートのような場所に設置されており、球体の内側に手を突っ込んで測定するような構造になっていた。初めて原子力設備を見学させてもらった帰り、言われるままに私が自分の両手を球形の測定部に突っ込むと
バリッバリバリッ、バリバリバリッッ
というアノ独特の音が、もう大音響で響き渡ったのである。
そりゃもう、ビックリするわな、ああも激しくバリバリ鳴れば。
まるで感電したように直立不動状態となった私の背後で、
「はい、被爆量◇◇、全然問題なし」
と指導担当の方が、サクッと言われた。ホントにもう、漫才のオチのように、サクッと。
ガイガーカウンターはその後も使ったと思うのだが、この最初の1回目の場面しか覚えていない。とにかく、デカイ音がした。指導担当の方がガイガーカウンターの音量を目一杯上げて、私を驚かそうとしたのかと思えるほどだ。もっとも、当時の私が単にビビリだっただけかも知れないが。まぁ、別に今でもビビリですけど。
もう一つ忘れられないことは、実験用の炉心に被爆量測定器を落っことしたこと。
【Fig.6 剥き出しの原子炉炉心】

炉心といっても、前出のチェレンコフ光を撮影した原子炉の炉心ではない。それとは別の、剥き出しになっている原子炉の炉心である。Fig.6は、私が「落し物」をした炉心と、同じタイプの炉心の写真である。ただし、この炉心には水が張られていない。
私は身に着ける被爆量測定器として、万年筆タイプのものと、フィルムバッチと呼ばれるバッチタイプのものを渡されていた。バッチの方はピンでしっかりと留めていたが、万年筆タイプの方は胸ポケットに普通の万年筆のように挿しているだけだった。
私の「落し物」は、万年筆タイプの被爆量測定器だ。「静電容量タイプ」といった説明を受けた記憶がある。
そのとき、私は剥き出しの原子炉炉心の上に渡してある渡り板の上に乗り、指導担当の方から説明を受けていた。指を指されたその方向を覗き込んだ瞬間、胸ポケットから万年筆タイプの被爆測定器が滑り落ち、チャポンと音を立てると炉心の中に沈んでいった。
(うわっ、ヤバイ!)
私は一瞬にして全身から血の気が引いた。モノホンの原子炉の炉心に、万年筆タイプの被爆測定器を落っことしてしまったのだ。
「あ〜あ。ま、でも気にしなくていいよ」
「は?」
「みんな、一度は落とすから」
私は、恐る恐るもう一度炉心を覗き込み、炉心の底、私が万年筆タイプの被爆測定器を落っことした付近を見た。そこには、たくさんの「落し物」が沈んでおり、自分の落とした物がどれだか分からないような有様だった。確か、赤いボールペンも沈んでいたような気がする。
原子炉とはいえ、出力の極めて小さな実験炉であったためか、設備内の雰囲気はとてもリラックスしたものであった。
私の指導担当の方は、非常に気さくな人で、服装もラフだった。夏休み期間だということもあり、Tシャツに短パン姿で足元はサンダル、しかもビーチサンダルみたいな感じのサンダル。
ちなみに私は写真の通り、襟付きのシャツとスラックス(両方とも自前)という服装に、原子力マーク付きの黄色いシューズを借りて履いていた。
このバイト中に聞いた話で、印象に残っているものが二つある。
一つは、“原子炉ジプシー”の話。原子炉の保全作業は、危険を承知で作業を請け負った人間が、命をすり減らしながら行っているというのだ。
危険な作業は無人化できないのかという私の問いかけに対し、指導担当の方は
「そういう点では、原子炉は“原始炉”だから」
と苦笑いしながら答えていた。
工場の保全技師を8年以上務めた今なら、この意味が良く分かる。原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】でも書いたように、自らの作業着に黒い油汚れを作りつつ設備保全の実作業のキャリアを重ねなければ、保全性の良い設備を設計するのは困難なのだ。
もう一つは、「クーラーから排出されるドレイン水(排水)は、放射能が高い」という話。原子力関連設備内の放射線量をあちこちで測定していたら、クーラーのドレイン口で飛び抜けて高い数値が計測されたというのだ。
しかしこれは、何も原子力関連設備内のクーラーに限ったことではない。
クーラーは、実は集塵機でもあり、空気中の塵を内部に集積させている。地球の土、水、植物、木材、建材等の生活環境中には、天然放射能と呼ばれる放射性核種が広く分布しており、空気中の塵もその例外ではない。塵も積もれば何とやらで、クーラーのドレイン口は周囲より飛び抜けて高い放射能を示すようになるらしい。
「この原子力設備の中で、最も放射能が高い廃棄物は、事務所のクーラーのドレイン水だ」
と指導担当の方は笑っていたが、果たしてどこまで冗談だったのだろうか。
しかし、それよりも私にとって衝撃的だったのは、“盆踊り大会”だった。
バイト(研修)中のある日、私は指導担当の方から、バスの回数券のようなものを頂いた。よく見ると、その券には【焼きそば】とか【お好み焼き】とかの文字が印刷してある。
「もうすぐ盆踊り大会があるから、そこで使って」
と言われたときは、近くの公園かどこかで盆踊り大会が催されるものだとばかり思っていた。
しかし、信じられないことに、その盆踊り大会は「原子力施設の柵内」で開催されたのである。
言うまでも無く、「原子力施設の柵内」は、普段は関係者以外立ち入り禁止である。
何しろ、門のところには「ただいまの放射線測定値…◇◇」という電光表示板が設置されており、リアルタイムで測定値が表示されているのだ。
普通の工場とはワケが違う。稼動中のホンモノの原子炉を擁する施設である。
普通、関係者でもない限り、誰もそんな施設には近寄らないだろう。
それが、盆踊りの当日は…
「原子力施設の柵内」に、周辺の住民の皆さん(大人から子供まで)が大集合!
まだ明るいうちから売店も出ていて、まるで学園祭のような雰囲気である。
その店で売られているアイスは「メルトダウン・アイス」?(いえ、普通のアイスです)
あそこで売られている青白い飲み物は「チェレンコフ・ソーダ」?(いえ、普通のソーダです)
あの売店で焼いているホットケーキは「イエローケーキ」?(いえ、普通のお好み焼きです)
…確かに普通の売店が普通にお好み焼きとか売ってますが、ここは「原子力施設の柵内」なんですよ!
ちょっと、住民の皆さん! すぐそこの建物の中には、実験用とはいえ核燃料が装填された原子炉があるんですけど!
周辺住民の皆さんで賑わう通りを、私は軽い目眩を感じながら歩いていた。すると私の前に、焼きそばの売店が現れた。そこで鉄板をジュージューいわせながら焼きそばを焼いていた男性は…私の指導担当その人であった。私は、思わず訴えかけるようにこう言った。
「…こんなんで、いいんですか?」
指導担当の方は、焼きそばを焼く手を休めずに、ハッキリと答えた。
「こんなもんよ、こんなもん!」
あらかじめ支給されていた【焼きそば券】を使って、焼きそばを手に入れたのかどうかは、覚えていない。
暗くなってから始まった盆踊りは、普通に「オバQ音頭」とかだったと思う(「チャイナシンドローム音頭」とかは、やってなかった)。
冗談のようだが、これは全て本当の話である。
今回は、思い出話に終始してしまった。原子力発電のリスクの件は、いずれ別の記事で書いてみたい。
その昔、原発施設でアルバイトしたときの思い出
チェレンコフ光を、生でバッチリ見てきました!
この記事は、
原発に関して、意外に知られてない(かも知れない)こと
原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】
の続きである。
私は、学生時代(20年以上前)に原子力関連設備でアルバイトをした経験がある。実質的にはアルバイトであったが、名目上は学校のお墨付きを受けた夏休みの研修であった。そのため、単なるバイトでは見せてもらえないようなモノも見せてもらったし、写真も撮らせてもらった。
その中でも、チェレンコフ光を放つ、今まさに稼動中の原子炉の炉心を生で見て、その写真を自分で撮ったことは、一生忘れられない思い出だ。
これが、そのときの写真である。
【Fig.1 チェレンコフ光を放つ、稼動中の原子炉の炉心】

上の写真は、炉心内の照明を点灯した状態のもの。
下の写真は、炉心内の照明を消灯した状態のもの。即ち、純粋にチェレンコフ光のみが照らし出した、稼動中の原子炉の炉心である。
チェレンコフ光が青白い光であることは知っていたので、実際に見ても驚きはしなかった。別に変わった光ではなく、「ああ、綺麗だなぁ」という感じである。
もちろん、この写真に写っている炉心は、充分な厚みの水の層の上から撮影されたものだ。
「チェレンコフ光を見た者は黒焦げになる」とか思っている人もいるようだが、充分な対策を施した状態であれば、このように肉眼で見ても問題は無い。私はこの写真を撮影して20年以上が経った今でも生きているし、つい最近の健康診断で「全て異常なし」の結果が出たばかりである。
当然ながら、当時このバイトを始めるにあたっては、事前に血液検査を行って白血球の数等を調べているし、事後も同様である。もちろん、そのときも何ら異常は無かった。
【Fig.2 原子炉の上に立つ私】

Fig.1の写真を撮った場所は、多分、この付近だったと思う(何しろ20年以上も前のことなので、断言は出来ない)。Fig.2は原子炉格納容器の上の部分であり、ここのどこかに開口部があり(Fig.3に写っている丸い部分?)、そこから炉心を見下ろしたのだと思う。
【Fig.3 原子炉の上(開口部?)】

稼動中の原子炉を擁する設備で私がアルバイトをした理由は、始めに書いたようにそれが学校指定の夏休みの研修だったからである。もっと正確に言うと、学校指定の夏休みの研修の中に原子力設備のバイトが挙げられており、それを私が選択したのだ。
原子力設備のバイトと言っても、実際に原発内部を掃除するといったハードなものではない。研修レポートのタイトルは、確か『CP/Mを使ったデータベースの構築』とか、そんな感じだったと思う。実際には「原子力実験データのデータベース」へのデータ入力作業がほとんどで、たまにCP/Mをチョコチョコいじって感触を掴むといった程度のものだった。
【Fig.4 アルバイトに励む私】

パソコンの形が、20年以上の時の流れを彷彿させる。フロッピーも写っているが、本当に“ぺらぺら”な5インチだ。もちろん、私もまだ10代と若い。
私が原発の安全性を基本的に信頼しているのは、このアルバイトの影響が強い。例えば、これ。
【Fig.5 原子炉設備入り口に立つ私】

原子炉がある区画の入り口である。もの凄くゴツくて、ぶ厚かった。戦車が突っ込んで来ようが、対戦車ミサイルが何発か直撃しようが、少なくとも内部には全然ダメージが出ないように感じられた。当時は爆弾テロとかを連想することはなかったが、ここに立ったときは、
「あ、ここよりも街中のガソリンスタンドの方がよっぽど危ないわ」
と思ったものだ。建物の外壁もゴツイ造りで、まるでシェルターのようだった。
チェレンコフ光とともに強烈に記憶に残っているのが、ガイガーカウンター。
それは原子力設備の出口、チェックゲートのような場所に設置されており、球体の内側に手を突っ込んで測定するような構造になっていた。初めて原子力設備を見学させてもらった帰り、言われるままに私が自分の両手を球形の測定部に突っ込むと
バリッバリバリッ、バリバリバリッッ
というアノ独特の音が、もう大音響で響き渡ったのである。
そりゃもう、ビックリするわな、ああも激しくバリバリ鳴れば。
まるで感電したように直立不動状態となった私の背後で、
「はい、被爆量◇◇、全然問題なし」
と指導担当の方が、サクッと言われた。ホントにもう、漫才のオチのように、サクッと。
ガイガーカウンターはその後も使ったと思うのだが、この最初の1回目の場面しか覚えていない。とにかく、デカイ音がした。指導担当の方がガイガーカウンターの音量を目一杯上げて、私を驚かそうとしたのかと思えるほどだ。もっとも、当時の私が単にビビリだっただけかも知れないが。まぁ、別に今でもビビリですけど。
もう一つ忘れられないことは、実験用の炉心に被爆量測定器を落っことしたこと。
【Fig.6 剥き出しの原子炉炉心】

炉心といっても、前出のチェレンコフ光を撮影した原子炉の炉心ではない。それとは別の、剥き出しになっている原子炉の炉心である。Fig.6は、私が「落し物」をした炉心と、同じタイプの炉心の写真である。ただし、この炉心には水が張られていない。
私は身に着ける被爆量測定器として、万年筆タイプのものと、フィルムバッチと呼ばれるバッチタイプのものを渡されていた。バッチの方はピンでしっかりと留めていたが、万年筆タイプの方は胸ポケットに普通の万年筆のように挿しているだけだった。
私の「落し物」は、万年筆タイプの被爆量測定器だ。「静電容量タイプ」といった説明を受けた記憶がある。
そのとき、私は剥き出しの原子炉炉心の上に渡してある渡り板の上に乗り、指導担当の方から説明を受けていた。指を指されたその方向を覗き込んだ瞬間、胸ポケットから万年筆タイプの被爆測定器が滑り落ち、チャポンと音を立てると炉心の中に沈んでいった。
(うわっ、ヤバイ!)
私は一瞬にして全身から血の気が引いた。モノホンの原子炉の炉心に、万年筆タイプの被爆測定器を落っことしてしまったのだ。
「あ〜あ。ま、でも気にしなくていいよ」
「は?」
「みんな、一度は落とすから」
私は、恐る恐るもう一度炉心を覗き込み、炉心の底、私が万年筆タイプの被爆測定器を落っことした付近を見た。そこには、たくさんの「落し物」が沈んでおり、自分の落とした物がどれだか分からないような有様だった。確か、赤いボールペンも沈んでいたような気がする。
原子炉とはいえ、出力の極めて小さな実験炉であったためか、設備内の雰囲気はとてもリラックスしたものであった。
私の指導担当の方は、非常に気さくな人で、服装もラフだった。夏休み期間だということもあり、Tシャツに短パン姿で足元はサンダル、しかもビーチサンダルみたいな感じのサンダル。
ちなみに私は写真の通り、襟付きのシャツとスラックス(両方とも自前)という服装に、原子力マーク付きの黄色いシューズを借りて履いていた。
このバイト中に聞いた話で、印象に残っているものが二つある。
一つは、“原子炉ジプシー”の話。原子炉の保全作業は、危険を承知で作業を請け負った人間が、命をすり減らしながら行っているというのだ。
危険な作業は無人化できないのかという私の問いかけに対し、指導担当の方は
「そういう点では、原子炉は“原始炉”だから」
と苦笑いしながら答えていた。
工場の保全技師を8年以上務めた今なら、この意味が良く分かる。原発に関して、意外に知られていない(かも知れない)こと 【その2】でも書いたように、自らの作業着に黒い油汚れを作りつつ設備保全の実作業のキャリアを重ねなければ、保全性の良い設備を設計するのは困難なのだ。
もう一つは、「クーラーから排出されるドレイン水(排水)は、放射能が高い」という話。原子力関連設備内の放射線量をあちこちで測定していたら、クーラーのドレイン口で飛び抜けて高い数値が計測されたというのだ。
しかしこれは、何も原子力関連設備内のクーラーに限ったことではない。
クーラーは、実は集塵機でもあり、空気中の塵を内部に集積させている。地球の土、水、植物、木材、建材等の生活環境中には、天然放射能と呼ばれる放射性核種が広く分布しており、空気中の塵もその例外ではない。塵も積もれば何とやらで、クーラーのドレイン口は周囲より飛び抜けて高い放射能を示すようになるらしい。
「この原子力設備の中で、最も放射能が高い廃棄物は、事務所のクーラーのドレイン水だ」
と指導担当の方は笑っていたが、果たしてどこまで冗談だったのだろうか。
しかし、それよりも私にとって衝撃的だったのは、“盆踊り大会”だった。
バイト(研修)中のある日、私は指導担当の方から、バスの回数券のようなものを頂いた。よく見ると、その券には【焼きそば】とか【お好み焼き】とかの文字が印刷してある。
「もうすぐ盆踊り大会があるから、そこで使って」
と言われたときは、近くの公園かどこかで盆踊り大会が催されるものだとばかり思っていた。
しかし、信じられないことに、その盆踊り大会は「原子力施設の柵内」で開催されたのである。
言うまでも無く、「原子力施設の柵内」は、普段は関係者以外立ち入り禁止である。
何しろ、門のところには「ただいまの放射線測定値…◇◇」という電光表示板が設置されており、リアルタイムで測定値が表示されているのだ。
普通の工場とはワケが違う。稼動中のホンモノの原子炉を擁する施設である。
普通、関係者でもない限り、誰もそんな施設には近寄らないだろう。
それが、盆踊りの当日は…
「原子力施設の柵内」に、周辺の住民の皆さん(大人から子供まで)が大集合!
まだ明るいうちから売店も出ていて、まるで学園祭のような雰囲気である。
その店で売られているアイスは「メルトダウン・アイス」?(いえ、普通のアイスです)
あそこで売られている青白い飲み物は「チェレンコフ・ソーダ」?(いえ、普通のソーダです)
あの売店で焼いているホットケーキは「イエローケーキ」?(いえ、普通のお好み焼きです)
…確かに普通の売店が普通にお好み焼きとか売ってますが、ここは「原子力施設の柵内」なんですよ!
ちょっと、住民の皆さん! すぐそこの建物の中には、実験用とはいえ核燃料が装填された原子炉があるんですけど!
周辺住民の皆さんで賑わう通りを、私は軽い目眩を感じながら歩いていた。すると私の前に、焼きそばの売店が現れた。そこで鉄板をジュージューいわせながら焼きそばを焼いていた男性は…私の指導担当その人であった。私は、思わず訴えかけるようにこう言った。
「…こんなんで、いいんですか?」
指導担当の方は、焼きそばを焼く手を休めずに、ハッキリと答えた。
「こんなもんよ、こんなもん!」
あらかじめ支給されていた【焼きそば券】を使って、焼きそばを手に入れたのかどうかは、覚えていない。
暗くなってから始まった盆踊りは、普通に「オバQ音頭」とかだったと思う(「チャイナシンドローム音頭」とかは、やってなかった)。
冗談のようだが、これは全て本当の話である。
今回は、思い出話に終始してしまった。原子力発電のリスクの件は、いずれ別の記事で書いてみたい。
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