クリス・バード VS ウラディミール・クリチコ
WOWOW『エキサイトマッチ』 2006年4月24日 放送分
クリス・バード VS ウラディミール・クリチコ
コーリー・サンダースにKO負けするまでは、ウラディミール・クリチコが敗北する姿なんて想像できなかった。ジャミール・マクラインは、確か体格面ではウラディミールよりむしろ勝っていたような気がするが、それでも試合内容は一方的だった。まさに「向かうところ敵無し」の安泰王者。
そんな彼が、自分より一回りどころか二回りぐらい小さいバードに負けるなど、全く思わなかっただろう。コーリー・サンダースにまさかのKO負けを喫するまでは。
それが今では、クリス・バードとの対戦でも、試合開始前からハラハラドキドキさせられるようになっている。いなされ続けての自滅に等しい逆転負けという、レイモン・ブリュースター戦の悪夢の再現が頭を過ぎるのだ。ある意味、安定した長期政権を築くであろうと思われていた時期よりは、試合前の興奮度が大きい。
もちろん、ウラディミールの敗北を期待しているわけではない。バードも好きなボクサーではあるが、やはりヒーローとしての華があるのはウラディミールだ。兄のビタリが引退した今、彼にかける期待は大きい。
冷静に考えれば、ウラディミールに特別な不安材料はない。彼はこのところ「ダウン慣れ」してきており、コーリー・サンダース戦のときのように「ダウンしてパニックに陥る」というケースはまず考えられない。また、洗練された強打は健在で、あのタフなサミュエル・ピーターを一発でグラつかせたコンパクトな左フックは記憶に新しい。
それでも、相手は曲者のバード。安心という心理状態からは、ほど遠いかった。
1ラウンド目にバードがウラディミールのボディへ左ストレートを集める気配を見せると、早くも不安が頭をもたげてくる。
だが2ラウンド、ウラディミールのノーモーションのワンツーが、バードの高いガードの合間を縫ってクリーンヒット。その後も、ウラディミールの左を五月蝿そうに払い続けるバードの顔面に、再びワンツーが入る。更に、今度はいきなりの右ストレートがノーモーションで。
バードは、ロープ際でブレイクがあった際にリング外へ向けて言葉を吐き捨てるなど、明らかに苛ついている様子。こんなにあっさりとクリーンヒットを貰うとは思ってもいなかったのか。
一方のウラディミールも、ラウンドが終わると溜息をつきながら思いつめたような表情でコーナーに戻っていく。
まだ、どちらが支配しているとも言えない空気のまま、3ラウンド目を迎える。
ウラディミールのうるさい左ジャブをかいくぐり、自分の距離を保ちたいバード。
しかし、そうやってバードが距離を詰めてくると、ウラディミールは上から彼の後頭部を押さえ込んで引き寄せる。ウラディミールの長いリーチが、中間距離を一気に潰してクリンチに持ち込んでしまうのだ。まるで、パンチの距離を首相撲で潰す、ムエタイの選手のような戦法だ。
バードは「反則だろ!」といった感じで、しきりにレフェリーにアピールする。確かにこれをやられては、バードは自分の距離でボクシングが出来ない。
バードがウラディミールの距離に留まっていると、長いリーチをコンパクトに使ったノーモーションのワンツーが飛んで来る。クリンチ戦法で集中力を欠いているのか、バードは、これを捌ききれずに何発か被弾する。
コーナーに戻っても、バードの苛立ちは収まらない。背後からセコンドに何か言われて「分かってるよ!」と声を荒げる。
バードのディフェンスには、一つ欠点がある。パーリング・ストッピング・ブロッキングといったガードと、ヘッドスリッピング・ダッキング・スウェーといったボディワークには長けているのだが、自分の体を丸ごと安全なポジションに移動させるフットワークが乏しい。
これは欠点ではなく、戦略と言うべきかも知れない。あえて自分の身を相手のパンチが届く危険な場所に置き続け、相手に手数を出させてスタミナを消耗させることが、バードのスタイルでもあるからだ。
しかし、そのスタイルで相手のパンチを捌き切れず、ダメージが蓄積してきているのなら、フットワークを使ってでも避けるべきである。
ウラディミールは、ヒット&アウェイと呼ぶには小さすぎる動きで、距離を保っている。コンパクトなパンチを出して少し前進した分、すぐに後に退がることで元の間合いを回復するのだ。
相手が接近して来ることで相手の距離になりそうなときはクリンチで密着し、自分からパンチを当てて距離が詰まったときはバックステップで離れる。ウラディミールの距離の支配が、試合の流れを決め始めていた。
5ラウンド40秒過ぎ、ウラディミールが放った教科書通りのワンツーがクリーンヒットして、バードがダウン。その後、ウラディミールがこの試合初めて集中打し、倒しにかかる。しかし、バードは身体を柳のようにしならせ、それを凌ぐ。フックを強振するウラディミールの拳も空を切ることが多い。
チャンピオンは、ダウン後の約2分間を守りきることに成功した。
そして、6ラウンドも。
しかし、巨体を駆る挑戦者も、7ラウンドになって尚スタミナを維持していた。
後退するチャンピオンを追い続けながら、挑戦者がコンパクトな強打を2発、3発と当て続ける。その直後、チャンピオンがこの試合2度目となるダウン。
立ち上がり、ロープ際を歩きながら回復に努めたバードだったが、レフェリーは試合続行不可能との判断を下した。バードはその判断に不服の意を表したが、それも長くは続かない。バードはほんの数秒で、自分が王座を失ったことを受け入れたのだった。
ウラディミール・クリチコは、チャンピオンの座に返り咲いた。
だが、これでウラディミールが本当に復活したと言えるのだろうか。
今回のバードとは、結果論ではあるが、相性が良かったように見えた。
ウラディミールの真の復活は、レイモン・ブリュースターを挑戦者に迎え、これを明確に退けたときに成される。そう思えるのは、私だけではあるまい。
クリス・バード VS ウラディミール・クリチコ
コーリー・サンダースにKO負けするまでは、ウラディミール・クリチコが敗北する姿なんて想像できなかった。ジャミール・マクラインは、確か体格面ではウラディミールよりむしろ勝っていたような気がするが、それでも試合内容は一方的だった。まさに「向かうところ敵無し」の安泰王者。
そんな彼が、自分より一回りどころか二回りぐらい小さいバードに負けるなど、全く思わなかっただろう。コーリー・サンダースにまさかのKO負けを喫するまでは。
それが今では、クリス・バードとの対戦でも、試合開始前からハラハラドキドキさせられるようになっている。いなされ続けての自滅に等しい逆転負けという、レイモン・ブリュースター戦の悪夢の再現が頭を過ぎるのだ。ある意味、安定した長期政権を築くであろうと思われていた時期よりは、試合前の興奮度が大きい。
もちろん、ウラディミールの敗北を期待しているわけではない。バードも好きなボクサーではあるが、やはりヒーローとしての華があるのはウラディミールだ。兄のビタリが引退した今、彼にかける期待は大きい。
冷静に考えれば、ウラディミールに特別な不安材料はない。彼はこのところ「ダウン慣れ」してきており、コーリー・サンダース戦のときのように「ダウンしてパニックに陥る」というケースはまず考えられない。また、洗練された強打は健在で、あのタフなサミュエル・ピーターを一発でグラつかせたコンパクトな左フックは記憶に新しい。
それでも、相手は曲者のバード。安心という心理状態からは、ほど遠いかった。
1ラウンド目にバードがウラディミールのボディへ左ストレートを集める気配を見せると、早くも不安が頭をもたげてくる。
だが2ラウンド、ウラディミールのノーモーションのワンツーが、バードの高いガードの合間を縫ってクリーンヒット。その後も、ウラディミールの左を五月蝿そうに払い続けるバードの顔面に、再びワンツーが入る。更に、今度はいきなりの右ストレートがノーモーションで。
バードは、ロープ際でブレイクがあった際にリング外へ向けて言葉を吐き捨てるなど、明らかに苛ついている様子。こんなにあっさりとクリーンヒットを貰うとは思ってもいなかったのか。
一方のウラディミールも、ラウンドが終わると溜息をつきながら思いつめたような表情でコーナーに戻っていく。
まだ、どちらが支配しているとも言えない空気のまま、3ラウンド目を迎える。
ウラディミールのうるさい左ジャブをかいくぐり、自分の距離を保ちたいバード。
しかし、そうやってバードが距離を詰めてくると、ウラディミールは上から彼の後頭部を押さえ込んで引き寄せる。ウラディミールの長いリーチが、中間距離を一気に潰してクリンチに持ち込んでしまうのだ。まるで、パンチの距離を首相撲で潰す、ムエタイの選手のような戦法だ。
バードは「反則だろ!」といった感じで、しきりにレフェリーにアピールする。確かにこれをやられては、バードは自分の距離でボクシングが出来ない。
バードがウラディミールの距離に留まっていると、長いリーチをコンパクトに使ったノーモーションのワンツーが飛んで来る。クリンチ戦法で集中力を欠いているのか、バードは、これを捌ききれずに何発か被弾する。
コーナーに戻っても、バードの苛立ちは収まらない。背後からセコンドに何か言われて「分かってるよ!」と声を荒げる。
バードのディフェンスには、一つ欠点がある。パーリング・ストッピング・ブロッキングといったガードと、ヘッドスリッピング・ダッキング・スウェーといったボディワークには長けているのだが、自分の体を丸ごと安全なポジションに移動させるフットワークが乏しい。
これは欠点ではなく、戦略と言うべきかも知れない。あえて自分の身を相手のパンチが届く危険な場所に置き続け、相手に手数を出させてスタミナを消耗させることが、バードのスタイルでもあるからだ。
しかし、そのスタイルで相手のパンチを捌き切れず、ダメージが蓄積してきているのなら、フットワークを使ってでも避けるべきである。
ウラディミールは、ヒット&アウェイと呼ぶには小さすぎる動きで、距離を保っている。コンパクトなパンチを出して少し前進した分、すぐに後に退がることで元の間合いを回復するのだ。
相手が接近して来ることで相手の距離になりそうなときはクリンチで密着し、自分からパンチを当てて距離が詰まったときはバックステップで離れる。ウラディミールの距離の支配が、試合の流れを決め始めていた。
5ラウンド40秒過ぎ、ウラディミールが放った教科書通りのワンツーがクリーンヒットして、バードがダウン。その後、ウラディミールがこの試合初めて集中打し、倒しにかかる。しかし、バードは身体を柳のようにしならせ、それを凌ぐ。フックを強振するウラディミールの拳も空を切ることが多い。
チャンピオンは、ダウン後の約2分間を守りきることに成功した。
そして、6ラウンドも。
しかし、巨体を駆る挑戦者も、7ラウンドになって尚スタミナを維持していた。
後退するチャンピオンを追い続けながら、挑戦者がコンパクトな強打を2発、3発と当て続ける。その直後、チャンピオンがこの試合2度目となるダウン。
立ち上がり、ロープ際を歩きながら回復に努めたバードだったが、レフェリーは試合続行不可能との判断を下した。バードはその判断に不服の意を表したが、それも長くは続かない。バードはほんの数秒で、自分が王座を失ったことを受け入れたのだった。
ウラディミール・クリチコは、チャンピオンの座に返り咲いた。
だが、これでウラディミールが本当に復活したと言えるのだろうか。
今回のバードとは、結果論ではあるが、相性が良かったように見えた。
ウラディミールの真の復活は、レイモン・ブリュースターを挑戦者に迎え、これを明確に退けたときに成される。そう思えるのは、私だけではあるまい。
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