2017-08

『響鬼』および仮面ライダーシリーズの終盤の視聴率に関して

『響鬼』および仮面ライダーシリーズの終盤の視聴率に関して
             『響鬼』の終盤の選択は正しかった!?
~視聴率における『剣』の落ち込みと『響鬼』の踏ん張りの理由~


 あなたは、子供の頃に観た仮面ライダーシリーズの最終回の内容を覚えているだろうか?
 私は、たった1つしか覚えていない。
 それは、『アマゾン』の最終回。アマゾンが正装して船に乗り込む場面は、ハッキリと覚えている。しかし、当時の私は既に9歳になっていた。これくらいは覚えていて当然である。
 前のシリーズのライダー(3作品)も、最終回は多分観ていると思うのだが、全く思い出せない(見逃したという記憶もない)。リアルタイムで1度しか見ていない『マジンガーZ』の最終回は覚えているし、ライダーと同じ時期に再放送されていた『ウルトラマン』の最終回も覚えているというのに、これは一体どうしたころだろう?
 当時のライダー作品に対して、終盤に入った頃には関心が薄れてしまっており、そのため記憶に残っていないのだろうか?

 一般的に、仮面ライダーシリーズの終盤の人気は、どういう傾向にあるのか?
 これは、視聴率の推移を見るのが手っ取り早い。

視聴率Fig.1

 Fig.1は、『仮面ライダー』、『仮面ライダーBLACK』、『仮面ライダーBLACK RX』および平成ライダーシリーズの、最後の13回分(最終1クール)の視聴率推移のグラフである。最初のプロットは、全話の平均視聴率だ。(『響鬼』は45話までのデータを使用)
 これを見ると、『仮面ライダー』と“それ以外”としか言いようがない。いかに第1作目の人気が高かったかが分かる。
 第1作目は、いったん下がった視聴率がラストに向けて回復していったようだ。ラスト8話は連続20%越え、最終回は25%越えなのだから、平成ライダーシリーズの人気とは比較にならない。

視聴率Fig.2

 Fig.2は、Fig.1から『仮面ライダー』を除いたものである。
 一番高めで推移している『アギト』と、一番低めで推移している『剣』が群れから区別できるが、それ以外はゴチャゴチャした一団という印象を受ける。
 『仮面ライダーBLACK』、『仮面ライダーBLACK RX』と平成ライダーシリーズは、終盤の視聴率推移に関しては似たようなものであることが分かる。視聴率の平均値に関しても、『BLACK』2作と、平成ライダーシリーズのうち3作は、かなり近い値になっている。
 また、最終回を迎えたときに、右肩上がりになっていない作品が一つもない点にも注目しておこう。

視聴率Fig.3

 Fig.3は、Fig.2から『BLACK』2作を除いたもの、すなわち平成ライダーシリーズだけにしたものである。ようやく見やすくなってきた。
 平成ライダーシリーズは、最終回の数話前で視聴率が落ちる傾向があるように見える。
 もちろん、視聴率は常にある範囲内で変動しており、視聴率が落ちるのは何も最終回の数話前に限ったことではない。しかし普通に考えると、最終回まであと数話というところまできたら、視聴率は横ばいで推移しても良さそうなものである。
 ただし、『クウガ』は落ち込んでいる2回分以外は、全て平均値を上回って推移している。これは他の作品と大きく異なる傾向だ。
 あと、『555』も、平均値を挟んで上下しているように見える。
 『響鬼』も、現時点では平均値付近で踏ん張っているように見える。
 明らかに落ち込んでいるのは『剣』である。
 『剣』ほど酷くはないが、『龍騎』は終盤苦戦し、『アギト』も終盤はどちらかと言えば苦戦したと言えるだろう。

視聴率Fig.4

 Fig.4は、前年の『剣』と、今年の『響鬼』だけにしたものだ。
 『剣』と比較すると、『響鬼』の善戦ぶりが窺える。全話の平均視聴率は両者ともほぼ同じなのに、終盤の推移を見ると、明らかに『響鬼』が上回っている。

 「平成ライダーシリーズは、最終回の数話前で視聴率が落ちる傾向があるように見える」と書いたが、これは単なる私の印象である。また、これが仮に統計学的に有意なものであったとしても、その原因は様々だろう。
 連続TV番組の視聴率が落ちる原因としては、内的原因と外的要因がある。
 内的原因では、作品の内容のマンネリ化や、逆に大きな変化があったことで視聴者が離れていくといったことが挙げられる。要するに「面白くなくなったから観なくなった」ということ。
 外的要因では、裏番組に視聴者を持っていかれるとか、その時間帯に塾に行くなどの別のイベントが発生して視聴者を取られてしまうといったことが挙げられる。

 平成ライダーシリーズの終盤に起きている視聴率の低下は、どうなのだろう。
 一つは、1年間も同じヒーローを見続けていれば、終盤は飽きてくるというのがあると思う。12月にもなれば、次のライダーや戦隊の記事が、児童誌の特集として組まれているだろう(余談だが、ネタばれ嫌いな私にとって、この時期の児童誌の表紙は天敵である)。平成ライダーシリーズの主たる視聴者であるチビッコの関心は新ヒーローに移り、約1年続いてきたヒーローは終盤で人気が下がってくるというわけだ。
 あと、これは別に裏を取ったわけではないのだが、人気映画の公開のタイミングで平成ライダーシリーズの視聴率の低下が起きているように思う。最近の例を挙げると、有楽町で公開された『ハリーポッター』は、日本語吹き替え版の上映が朝1回目の回だけだった。これを観ようと思ったら、朝のライダーはパスしなければならない。日本語吹き替え版という要素を外して考えても、「映画を観てから昼食」というスケジュールを組もうとすると、同様のケースになることが多いのではないか。

 さて、実はここからが本題である。
 『剣』と『響鬼』の、現時点における視聴率の差は、何が原因なのか?
 私は『響鬼』よりも『剣』の方を高く評価している。特に終盤における作品的な面白さは、圧倒的に『剣』の方が上回っていると思う。
 しかし、私の眼からすると作品的な面白さでは『剣』を下回っている『響鬼』が、視聴率では逆に上回っているのだ。この逆転現象に、強い疑問を感じていた。
 ちなみに私は、29話以前の『響鬼』よりも30話以降の『響鬼』を面白いと感じている。感性に関しては、『響鬼』の主たる視聴者であるチビッコたちに近いはずなのだ。それなのに、この終盤にきてドタバタして観のある『響鬼』が、終盤の盛り上がりに見るべきものがあった『剣』よりも人気が高い理由がわからない。

 ところが先日、77maru77さんのブログ『響鬼を語ろう』の記事 【四十五之巻 散華する斬鬼(その2)】 を読んで、その疑問が解けた。

 『剣』は、子供が作品に飽きてくる終盤にきて、「人類の危機」とか「敵組織の崩壊」とかを描き始めたから、視聴率が落ち込んだのだ。
 子供にとっては、「世界がどうにかなる」とか「組織がどうのこうの」よりも、「自分の好きな人が死んじゃう」方が重要なのである。
 これに対して『響鬼』は、この数話「人類を滅ぼすオロチ現象」ではなく、「ザンキとトドロキの師弟の死活問題」を中心に描いてきた。だから、視聴率が落ち込まずに持ちこたえているのだ。

 また、今回の件に関しては、何故かコロッと忘れてしまっていたのが、キャラクターの子供人気である。
 『響鬼』には、トドロキという「子供キャラ」がいる。トドロキは、劇中ではまるで子供のように振舞う「子供キャラ」であると同時に、仮面ライダー轟鬼に変身する「お兄さんキャラ」でもある。チビッコ視聴者からすれば、「それじゃダメだよ」と言える程度の隙があり、なおかつ決めるときはカッコ良く決めてくれる。親近感と憧れの両方を抱ける、王道キャラクターなのだ。
 一方、『剣』の始は、確かに強くてカッコイイが、それは「近寄りがたい種類のカッコ良さ」である。加えて正体がジョーカーとなれば、「カッコイイけど怖い」存在だ。親近感も憧れも抱きにくいキャラクターであり、本来は王道の真逆をいくアンチヒーローである。

 「トドロキのピンチ」と、「始のピンチ」。どちらがチビッコ視聴者を惹きつけるか、言うまでもないだろう。
 また、そのピンチとセットで描かれていたのが、『剣』では「人類の危機」、『響鬼』では「ザンキさんが死んじゃう」である。これも、どちらがチビッコ視聴者にアピールするかは明白だ。

 蛇足ながら、いわゆる腐女子の方々がザンキの全裸シーンを喜んでおられたが、あれはチビッコ向けの演出であろう。未就学児向けの番組で、男性が裸やそれに近い状態になるという描写は珍しくない。『8時だヨ ! 全員集合』で加藤茶が「ちょっとだけよ」とやったり、『いなかっぺ大将』で主人公が何かというとフンドシ一丁になっていたのがその代表例だろう。
 大人はヌードを観ると興奮するが、子供にはおそらくそれとはまた別のロジック(加藤茶の「ウンコチンチン」といった子供向けシモネタにも通じるもの)があり、「裸のシーン」がウケるのだ。

 さて、童心に返ったところで、もう一つ思い出したことがある。
 「子供の頃、何が楽しみでヒーロー番組を観ていたか?」ということだ。
 正義とか何か? 悪とは何か? ヒーローが如何にして人類の危機を救うのか?
 そんな大局的なことなど、子供は考えて観ていない。少なくとも私はそうだった。
 思い起こせば、私が楽しみにしていたのは、
「ヒーローは、どんな技を使うのか?」
「次は、どんな新しい敵が登場するのか?」
「その敵は、どんな能力をもっていて、どれくらい強いのか?」
「ヒーローは、その敵をどのようにして倒すのか?」
…などである。

 ここで、『剣』の犯したもう一つの失敗が見えてくる。
 終盤、「新しい敵」が登場しなくなるのだ。
 大人は、ダークローチの無限発生は「人類滅亡の危機」と等価であり、「ジョーカーが最終勝者になった場合は、その時点で世界の全てがリセットされる」という良く出来た設定だと頭で理解できる。そして、これから「人類滅亡を回避するドラマ」が始まると思うから、楽しんで観ていられるのだ。
 しかし子供としては、数は多いが芸のないダークローチばかり見せられたら、面白くないだろう。ヒーローであるブレイドは、「具体的な強敵」と戦っているのではなく、「大量発生という現象」と戦っているのだ。ボスキャラが魅力的な「キャラクター」ではなく「現象」というのは、子供にはちょっとツライものがあるのではないか。

 『クウガ』は、最終話までの13回のうち、視聴率が平均値を割り込んだのは2回だけである。これは、『剣』とは正反対の結果だ。
 『クウガ』では、グロンギという組織的な敵を相手にしながら、ルールによって「1対1」の戦いが行なわれていた。戦いの中心は飽くまでも「個人対個人」であり、「個人対組織」ではない。これが最後の最後まで貫かれた。最終的にはクウガと敵のボスキャラが雌雄を決するというストーリーは、子供でも十分理解できたし、予想も出来ただろう。ここでいう「予想」とは「期待」のことだ。
「次は、どんな新しい敵が登場するのか?」
「その敵は、どんな能力をもっていて、どれくらい強いのか?」
という楽しみが、最後まで持続したのだ。
 おまけに、クウガの最終・最強フォームの登場も、その最終決戦まで引っ張るという念の入れようだった。玩具の売り上げ的には最悪の展開だが、視聴率を稼ぐには最高の手段のうち一つと言える。

 『響鬼』の弦師弟の最終エピソードは、オロチという敵の大量発生という「現象」を背景にして描かれてはいるものの、

(1)轟鬼が、オトロシという単体の敵にまさかの惨敗を喫し、再起不能の重傷を負うという「個人的」な脱落
(2)ザンキとトドロキの「1対1」のドラマ
(3)ザンキが命の危険を顧みず、変身して戦うという「個人的」な暴走
(4)復活したトドロキがザンキとタッグを組んで戦うという「1対1」のドラマ
(5)ザンキ「個人」の死

というように、組織や現象ではなく、飽くまでも個人のイベントや「1対1(個人対個人)」のイベントを前面に出している。

 もしもトドロキが、重傷を負って「個人的」に戦線から脱落しなかったら?
 もしも、ザンキが暴走とも言える「個人プレー」で戦線に復帰しなかったら?
 もしも、ザンキの死と引き換えにトドロキが復活するという「1対1」の「死:復活」劇がなかったら?
 『響鬼』は『剣』同様、早い段階から「組織対組織」のドラマになり、視聴率が落ち込んでいた可能性が高かったのではないか?
 少なくとも45話の時点では『響鬼』の視聴率は落ち込んでおらず、『剣』の失敗を繰り返すという最悪の結果を避けることに成功している。

 29話で一度破綻してしまった『響鬼』に対し、30話以降に成すべきことは何だったのか?
 そして実際に、何が成されたのか?
 結局、当たり前のことが成されただけなのだ。
 すなわち、30話以降は「コアターゲットは未就学児である」ということを、改めて設定し直した。
 『響鬼』の現状は、「スーパーヒーロータイムの『仮面ライダー』は、チビッコに楽しんでもらうことを最優先して作る」という、本当に当たり前のことが反映されているだけなのだ。
 そしてそれが唯一無二の正解であり、「スーパーヒーロータイムの『仮面ライダー』」に、それ以外の答えなど最初から存在していないのである。
 それを楽しむ権利を有しているのは、本来はリアルタイムの子供たちだけだ。
 特権は、我々には無い。今回、そのことを改めて認識させられた。
 しかし、嘆くことはない。「夜9時以降の特権」は、子供ではなく我々に有るのだから。
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コメント

こういうことでしたか

こんばんは。TB、ありがとうございます。

一体どこがヒントになったのかと"??"が乱れ飛んでいましたが、「人類最大の危機なのに狭い範囲だけの話に感じた」ってところが、震電さん的には電球を点灯させるスイッチだったのですね(笑)。
好き嫌いでいえば、私も終盤、急に最大の危機になるパターンはあまり好きではないので(他のライダーはよくわからないので、戦隊もので、ですけど。)、こどもたちがそっぽ向くのは分かる気がします。
「チェンジマン」で敵側のすごーく渋いキャラが、終盤、戦いの矛盾に気付きつつも最後まで自分の役割を演じ通し、レッドとの一騎打ちで散ったのを思い出します。かっこよかった…。
こどもにも共感でき、大人の心にも響くものって、難しいけどきっとあると思います。
"ヒーロータイム"にも、いろんな可能性をみつけてがんばってほしいな。

最近、「牙狼」がかなり気になっています(笑)。

そういうことなんです

 コメントありがとうございます。
 『チェンジマン』は、女性メンバーが二人いるということと主題歌がカッコイイということは知っていますが…多分、第1話くらいしか見てません。戦隊ものは、ほとんどの場合、第1話と合体ロボぐらいしかチェックしていないのです。

 例外は『タイムレンジャー』です。私は元々SFファンなので、SF仕立てのストーリーが気に入って、最後まで見ていました。ドルネロの悪役っぽい最期、ヒーローの仮面が割れて素顔が覗くといった演出も好きでした。
 でも、この作品も子供受けは悪かったみたいです。うーん、難しい難しい。

 『響鬼』に関しては、オレ流『響鬼』のプロットみたいなものをチョロッと書いてみようかな、と思っています。具体例な提案も、一応まとめて提示しておかないと。

 『牙狼』は、スカパーで来年から放送開始しますね。いいことだ!

終盤には

視聴率論大変興味深く読ませて頂きました

仮面ライダーの終盤というと時期的に年末年始に当たると思うのです
クウガ、アギトは特番があったように記憶していますが
特番の影響、生活習慣の変動などの影響は無いでしょうか

Re:終盤には

 yoda_of_jedimasterさん、コメントありがとうございました。
 『クウガ』の特番(新春スペシャル)の視聴率は、正月番組に埋もれて余り知られていなかったようで、視聴率は悪いです。私も観た記憶がありません。
 特番の影響は無いと思います。子供の生活習慣も、ここ数年で大きく変わったわけではないと思えるので、関係ないのでは。

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 写真撮影時40歳。
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