2017-08

『響鬼』とその周辺を1年間観続けた印象~特撮文化における「恥」と「理性」

書く気のあるうちに『響鬼』を総括する 【その3】

『響鬼』とその周辺を1年間観続けた印象
     ~特撮文化における「恥」と「理性」~


                「解っていなかった」中学時代の私

 『響鬼』は子供向け番組である。
 『響鬼』は主に子供向け玩具を視聴者に購入してもらうことで、商業的に成り立っている。
 例え親の受けが良くても、子供が欲しがらない「決して安くはない玩具」を、親が積極的に買い与える可能性は極めて低い。だから『響鬼』は子供に観てもらうこと、子供に人気が出ることを最優先する必要がある。
 コアターゲットは、3才から8才まで。『響鬼』のメインスポンサーであるバンダイは、顧客に対して行なったアンケートの調査結果を公開しており、この辺に関してはハッキリしている。
 アンケート結果をみると、9才以上は戦隊も仮面ライダーも観ていないようである。9才以上で『響鬼』を観ている人は、子供と一緒に見ている親・特撮ファン(予備軍含む)・出演俳優目当てで観ている人…などであろう。
 例えて言うなら、彼らは『PRIDE』という格闘技イベントにおける未就学児の観客のようなものだ。基本的には「存在しなくても支障のない客層=無視してよい存在」である。実際に『響鬼』の視聴率や玩具の売り上げが低迷したことを鑑みれば、これは正にその通りとしか言いようがない。
 少なくとも高校生以上の年齢層は、このことに気付いて然るべきだ。例え自分自身が『響鬼』を楽しんで観ていたとしても、『響鬼』という商業作品にとって、自分は基本的には「対象外」であることを、充分に理解できる筈である。

 「少なくとも高校生以上」という個所を、「少なくとも中学生以上」と書かない理由は、私の中学時代の経験に拠る。
 私はファーストガンダム直撃世代(リアルタイム放送時に中学生だった=主人公のアムロと同世代)である。リアルタイム放送時の私は、番組のメインスポンサーが「小学生以下を対象にしたとしか思えない玩具」を扱っていることを意識できていたにもかかわらず、番組自体は中学生(自分の世代)をターゲットにしていると思い込んでいた(ある意味これは正解でもあるのだが)。
 アニメ会社の思惑はともかくとして、番組スポンサーのターゲット層から自分が除外されている(ように見える)ことに関しては、「解っていない」視聴者だったのだ。当時「何故、中学生(以上)向け商品のCMがメインじゃないんだろう」等の疑問は、全く抱かなかった。
 これは私だけでなく、リアルタイム放映時の中学生ファンの大半が陥っていた状況だと思う。何しろ、『ガンダム』はエポックメイキングな作品であり、前例(視聴者荷とっては免疫)の存在しない作品だったのだ。
 『ガンダム』が玩具の売れ行き不振等の理由で打ち切りになっていたことを、雑誌で知ったのも中学生のときだったが、それは番組放送終了後のことである。雑誌の情報を得て、初めて私は「スポンサーの商品が売れなければ番組の商業的立脚点が失われる」ことを明確に認識した。それ以前にも番組視聴率とか番組スポンサーについて何となく知ってはいたと思うが、仕組みとしてハッキリ理解したと言えるのはこのときからである。
 翌年の『イデオン』のときもまだ中学生だったが、玩具CMを観て「今度もヤバそう(売れなさそう)だな」と感じ、唐突な最終回を観て「やっぱり打ち切られたか」と思ったものである。
 
                「中学生集団」か、「壊れた大人」か

 前置きが長くなってしまったが、私が『響鬼』とその周辺を1年間観続けて最も印象的だったのは、『響鬼』が子供向け作品として失敗したことを理解していないとしか思えない、一部のファンの振る舞いなのである。
 『響鬼』を自分のブログで批評するのは自分もやっていることなので理解できるが、劇場版の公式ブログのコメント欄にTV版の苦情を書き込む人がいたことには驚かされた。非公式なBBSの劇場版スレッドに、ではない。劇場版の公式ブログのコメント欄へ、である。
 これは、単に非常識というレベルではない。まともな精神状態の人間なら、例え感情に突き動かされそうになっても、理性がそれにブレーキをかける筈である。それが出来ないということは、人間として壊れているということだ。最初に目にしたとき、私は一種の恐怖感すら感じた。

 これらは酔っ払った人が勢いで書き込んだのかも知れないし、ごく少数の人が大量に書き込んだのかも知れない。しかし、その後「たのみこむ」に寄せられた『響鬼』の製作体制への発案に対する賛同者の数を見ると、酔っ払いが書き込んだとか、ごく少数の人が書き込んだものという可能性は低そうに思える。
 劇場版の公式ブログのコメント欄にTV版の苦情を書き込んだ人や、「たのみこむ」に寄せられた『響鬼』の製作体制への発案に対する賛同者の年齢は良く分からない。彼らが中学生集団である可能性もある。自分の過去を振り返ると、中学生に大人の判断能力や振る舞いを期待するのは、時と場合によっては無理なこともある。
 しかし、どうも彼らが中学生集団であるとは思えない。根拠は薄いのだが、高校生以上もけっこうな割合で存在しているような気がする。
 その薄い根拠とは、「たのみこむ」の件の発案者が社会人であることや、高校生以上が書いていると思われるブログに同様な意図の記事が散見されるといったことである。私が読んでいるブログは20/週程度なので、一寸気になってしまう。
 「たのみこむ」の件の賛同者は数百のレベルなので、『響鬼』の記事を書いているブロガーやその読者の総数と比較すると、決して多いとは言えないだろう。数百という数が、氷山の一角だとも思わない。『響鬼』の視聴率は、30話以降は若干ではあるが上がっているようなのだ。一寸気になってしまうのは、飽くまでも「数百の賛同者に占める高校生以上の割合」である。

          「『響鬼』は俺のモノだ」と叫ぶ「無責任な子供」たち

 「たのみこむ」に寄せられた『響鬼』の製作体制への発案や、それに対する賛同は、劇場版の公式ブログのコメント欄にTV版の苦情を書き込むという行為と比べればまともだが、それでも非常識あるいは幼稚である。もっとハッキリ言えば、無責任である。
 彼らが、「『響鬼』は視聴率20%を越える人気番組で、関連商品も爆発的に売れて万事順調だったのに、ある日突然、製作体制が変更になった」と勘違いしているとは、ちょっと思えない。
 高校生以上なら、「『響鬼』は、旧スタッフ体制下で何らかの大きな問題が発生したから、新スタッフに交代した」と想像するのが普通だろう。
 その問題が解決されないまま、旧スタッフを復帰させられるわけがない(裏を返せば、視聴者の思惑とは関係なくその問題が解決し、旧スタッフが復帰する可能性はある。しかし、それは飽くまでも番組側の都合だ)。
 問題の内容を熟知し、その解決策を提示した上で旧スタッフの復帰を「たのみこむ」というのなら分かるが、問題そのものを無視して旧スタッフの復帰を要求し、その見返りというのが「各々がDVDの購入を約束する」だけというのは、まるで4コマギャグ漫画のオチのようだ。
 問題を解決せずに旧スタッフを復帰させたら、番組製作が破綻して、最悪の場合『響鬼』は放映が中断する危険性がある。そんなリスクを番組側に背負い込ませようと言うのか? 番組の放送継続よりもDVDの売り上げを優先するなど、有り得ないではないか。
 ついでに言えば、旧スタッフの復帰など行なわなくても、DVDは普通に売れるだろう。「旧スタッフを復帰させないとDVDが全く売れない」という明確な根拠でもあれば話は別だが、もしそんな根拠があれば(視聴率の急激な低下など)、他所から頼まれる前に番組側が自ら方針を変える筈だ。
 こんな発案(または賛同)は、子供が無責任な我儘を言って大人を困らせることと同質であると思う。

 責任ある態度としては、「旧スタッフによる問題のうち、金銭に換算できるものに関しては、その全額を責任を持って我々が補填するので、旧スタッフを復帰させて欲しい」といったところだろう。
 そこまでするのは無理だとしても、「製作コストの一定割合を負担するので、旧スタッフによるVシネマをTV放送とは別個に製作して欲しい」とか、常識的なアプローチが出来た筈である。もちろん、「製作コストの一定割合」というのは「発売されたら必ず買います」などといった子供じみた話ではない。「Vシネマファンド」といったものを一人あたり10万円なり100万円なり申し込むとか、そういう類の話である。
 ちなみに、映画『忍-SHINOBI』は、「映画ファンド」によって5億円の資金を調達している。(参照した記事のURL↓)
 http://www.shinobi-movie.com/fund/
 http://www.shochiku.co.jp/guide/information/20050325.html

                   「路上の涙」と「卓上の指」

 Jリーグの『横浜フリューゲルス』というチームは、事実上消滅した。フリューゲルス(F)がなくなる前、Fのサポーターが路上で涙ながらにチームの存続を訴えていた姿を、ニュースで目にした人も多いだろう。私はFのファンでも何でもなかったが、サポーターの行動には、文字通り「リアル」を見た。
 プロ野球でも、球団合併の際、同様の光景が見られたことがあった。
 『響鬼』のファンが「旧製作スタッフの復帰」を路上で訴えたことがあるのか、私は寡聞にして知らないが、Fのサポーターの体を張った路上の行為と比べると、『響鬼』のファンのネット上の行為は何とも空虚なものだと思える。
 「自分の欲しいものは手にいれたいが、自分の手は汚したくない」といった、現実から遊離した欲求。
 「旧製作スタッフの復帰」というガチガチな現実の事象を、ネット越しの「匿名のお願い」で解決しようという、仮想現実的発想。
キーボードを叩くことで済む範囲にしか及ばない、お手軽な活動。
 やっていることは、所詮ブログやBBSの延長である。
 だから、自分も所詮彼らと同じ穴の狢なのだと思うと、気まずく、恥ずかしく、何ともカッコ悪かった。自分のブログに『響鬼』の批判記事を書くことも、彼らの行為と五十歩百歩なのだと思うと、わびしさを禁じえなかった。(普通の子供並みに玩具を買っていても、「子供の心が残っている」と自覚していても、対象外である層に属していることには変わりはない)

 現実に身を晒すことが当たり前のスポーツファンと、現実と接点を持とうとしない『響鬼』旧製作スタッフ支持者。この行動の差は、何なのか。
 「そこまでしなければならない問題ではない」から「この程度のことをする」という「程度の差」なのか。それとも両者には「本質的な違い」があるのか。
 一つ言えることは、Jリーグやプロ野球に対して、サポーターや大人のファンが「自分は見る側の主体である」と考えることは間違っていない(サポーターの場合は特に)ということだ。しかし、『響鬼』旧製作スタッフ支持者は、そうではない。彼らが3才から8才までの年齢層であるならば、話は別だが。

 あるいは…もしかしたら、本当に私が知らないだけなのだろうか?
 「『響鬼』のテコ入れに抗議するファングループ」が、トラックで玩具屋の前に乗り付けて、売れ残っている『響鬼』の玩具を全部買い取って行くとか、そういう「事件」があったのだろうか? 大人の『響鬼』ファンのそういう体を張った活動が、TVのニュースで報道されていたのに、私が見逃していただけなのだろうか? 

                        「恥」と「理性」

 日本のTV特撮の歴史を振り返ると、子供向け番組を中心に発展してきたという事実がある。
 例えば、『ブルースワット』を観ていたファンなら、このことを明確に認識している筈だ。
 TV特撮が「子供向け番組という枠の中でどこまでやれるのか」という可能性に挑戦してきた一方で、「子供向け番組という枠による限界」にぶつかって放送途中にテコ入れや路線変更が行なわれてきた経緯を、そこに見た筈だからだ。(最近の『ネクサス』に至っては、テコ入れどころか打ち切りであった)
 こういうことは、以前からあったことである。そしてその度に、高校生以上の特撮ファンは、自分が子供向け番組というその「枠」の外側に立つ、対象外の存在であることもまた、意識してきた筈である。
 特撮ファンである私は「特撮番組は、子供向けということで不当に低く評価されている!」という現状へのコンプレックスと、「自分も子供の頃は、子供向け番組としての特撮作品を素直に楽しんでいた」という過去への郷愁の狭間で揺れながら、特撮の未来の姿に思いを馳せて来た。
 特撮という文化の中に、特撮ファン自体を含めるとすると、特撮という文化は「恥の文化」という側面を秘めていたと思う。「恥」とは、現実を客観的に認識する「理性」の生み出す認識であり、自覚である。
 劇場版の公式ブログの件で私が感じた一種の恐怖感は、この「理性」の欠如に由来するものだ。「恥」のないところには、「理性」もまた存在しない。そんなことを改めて思った。

                   一株主として意見する道

 ちなみに私は、東宝のゴジラ映画製作方針に一言でも意見したいと考えて、一時期真剣に東宝の株の購入を検討していた時期がある。どういう根拠だったのかまでは覚えていないが、軍資金の目標額を120万円に設定していた(職場の「株に詳しい人」に相談したこと自体はハッキリ覚えている)。結局、しがないサラリーマンにとってはハードルが高く、目標額に達する前に熱意の方がしぼんでしまって、株の購入は実現しなかった。
 中途半端に貯まった軍資金は、わざわざ新たに郵貯の口座を作ってそこに入れた。私なりの敗戦処理である。でも、手付かずのまま残っているという意味では、今でも可能性は残っている。
 東映やバンダイの株主総会の出席権って、どうなっているのだろう…などと思いを巡らせている今日この頃である。
 例え小口の株主でも、数百人が徒党を組めば、会社に意見する機会が得られるのではないだろうか。そして、会社も少しはその意見に耳を傾けるのではないだろうか。
 「そこまでする気持ちがあるのか」と言われたら、正直、自分でも分からないのだが。

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関連記事 「完全新生」仕切り直し!『響鬼2』は、このスタイルで放映せよ!! の一部を抜粋↓

「いつもの和食を頼んだら、それはもう無いと言って洋食が出てきた」とか憤慨していた人。
 あなた、その和食、金を払って食べていたんですか?
 もし払っていたとしても、店と「年間和食提供契約」でも結んでいたんですか?
 欲しいものがあれば、それ相応の対価を支払うのが当然である。
 そして、例え対価を支払ったとしても、契約外の項目に関しては何も保証されないのだ。
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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。