2017-08

『ピッチブラック』

『ピッチブラック』
  2005年(4月17日~)のWOWOWで観た映画:13本目
  映画を観た日:2005年12月2日(金)


 この映画は2000年の作品。1986年の『エイリアン2』を、日本の劇場でリアルタイム鑑賞している私は、この手の映画を無意識のうちに厳しい眼で観てしまう。この『ピッチブラック』も、「『エイリアン2』の亜流」というレッテルを貼ってしまうのだ。
 もちろん、『エイリアン2』にも元ネタがあるのだろうが、私の中では『エイリアン2』がデフォルトに設定されている。後から作られた同系の作品には、この初期値を部分的(瞬間的)にでも凌駕してもらわないと、評価できない。

 『ピッチブラック』は、プロットとしてはそこそこ良く出来ていると思う。乗客を乗せたブロックを非常にも切り捨てようとしたパイロット、警察官を装った賞金稼ぎ、正体不明の殺人犯、その他たまたま乗り合わせた乗客たち。荒涼とした惑星に不時着してしまい、さてどうする…といった流れ。しかし、出来上がった物語は、盛り上がりに欠けるものになっていた。
 まず気付くことは、殺人犯・リディックのキャラが弱いこと。大して強くもないし、大して悪そうにも見えない。中途半端である。アンチ・ヒーローという香りがしない。
 それ以上に問題なのが、女性パイロットに感情移入できないことだ。物語の初っ端で、比較的あっさりと乗客をブロックごと投棄しようとしたのに、その後は身を挺して乗客を救おうとする。不自然なのだ。ご都合主義の香りがする。

 私だったら、リディックは「凶悪犯だが、子供のような純真さも残している」という強烈なキャラにする。女性パイロットに関しても、彼女が乗客を見殺しにしようとしたことを最初からドラマの主軸にすえて、乗客と全面対立させる。その状態で、彼らを「生き残るためには互に協力せざるを得ない状況」に放り込む。サバイバルの過程で彼らが少しずつ対立を乗り越えていき、その要所でリディックが効果的に動くようにする。そうすれば、クライマックスで裏切るか否か葛藤する姿にも共感できるだろう。
 プロレスにしろ映画にしろ、ドラマというものは「過程に感情移入し、結果に納得できる」かどうかなのだ。キャラクターが最後にどんな英雄的行動をとったとしても、そこに至るまでに積み上げてきたものが無ければ、感動は薄い。
 例え安物の花瓶であっても、それがとても大切なものであれば、割れてしまったときの悲しみは大きい。逆に高価な花瓶が割れたとしても、それがどこの誰のものかも知らないものであれば、「あ~あ」で済んでしまうのだ。

 あるいは、「行動に動機が与えられており、現象=結果に説得力がある」かどうか、ということでもある。『ピッチブラック』では、リディックが生き残ったという結果に対して、予定調和以上のものが感じられなかった。
 骨組みは良いのに肉付けが足りない。そんな、ちょっともったいない作品である。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sinden.blog6.fc2.com/tb.php/162-0c799c20

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。