2017-05

『機動戦士ガンダムAGE』DVD(ブルーレイ)第10巻の感想

『機動戦士ガンダムAGE』DVD(ブルーレイ)第10巻の感想

  ライバル不在のキオだからこそ出来る、戦争そのものと対立

 キオには明確なライバルとしてのキャラクターが存在しない。フリット編で築かれたライバル関係の基本的構図は、アセム編で“対立の多重構造”として発展し、その描写は「これぞ2世代ガンダム」と思わせる充実振りであった。
 しかし、キオ編はその流れをほとんど引き継ぐことなくスタートした。キオは「アセムの息子である前に、フリットの孫」=「フリットの意志を継ぐ者」という位置付けで登場し、どこかフリット編の別バージョンが始まったかのような印象すら受けた。

 戦闘が始まれば、その局面に応じた対立は生じるのだが、キオに一貫したライバル(フリットに対するデシル、アセムに対するゼハート)になりそうなキャラクターがいないことに、キオ編当初は不自然な感じを抱いた。最も対立する機会が多い敵指揮官ゼハートは、いずれ再登場するアセムとのライバル関係を再構築することは確実なのだ…。
 「対立の無いところにドラマは無い」と言われる。では、キオが何と対立してドラマを生み出していたかと振り返ってみれば、それは“戦争そのもの”であったことに気付く。

 キオが慕っていたシャナルアが死んだのは何故か?
 戦争だからだ。
 キオは「シャナルアが死んだのはヴェイガンが彼女をスパイに仕立てたからだ」とゼハートを責めたが、ゼハートは「スパイなど古来から戦争では当然のこと」と受け流した。確かにゼハートの言う通りであり、戦時下において(否、戦時下でなくとも)両陣営が互いにスパイを送り込むことなど常識である。キオが責めるべきはゼハートでもヴェイガンではなく、戦争という状況そのものであったのだ。

 そして、ヴェイガンの一市民であるルウの死。
 ヴェイガンの現状では、ルウを救うことが出来ない。
 地球連邦は、ルウを救おうなどと考えてもいない。
 ヴェイガンにも地球連邦にも救われなかった小さな命との交流を経て、キオは自分の成すべきことを見出していく。

 『ガンダムAGE』の3人の主人公には、それぞれ与えられた役割がある。
 フリットは、問題を提起する役割。
 アセムは、問題を継続する役割。
 キオは、問題を解決する役割。

 アセム編は問題を継続するために、フリット編を発展的に反復することが許されたのだが、キオ編は問題を解決しなければならない。アセム編の対立構造がいくら面白かったからと言っても、キオ編でそれを繰り返すわけにはいかないのだ。

 問題の答えを出すためには、個人的なライバルと対立してドラマを紡ぐよりも優先させなければならないことがある。それが“最後の主人公”に課せられた役割。
 このことが明確になっていく流れが、このDVDには収められている。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。