2017-04

『機動戦士ガンダムAGE』ブルーレイ(DVD)ディスク第10巻の感想

『機動戦士ガンダムAGE』ブルーレイ(DVD)ディスク第10巻の感想

永遠に続く戦争が無いように、永遠に続く平和も無いとしたら、『ガンダム』シリーズは「次の戦争が始まる前の、平和な時代」に生まれた作品群なのか?

 今まで1話ごとにupしていた感想を、某所のレビュー用にまとめてみる。
 ついでに、このレビュー用記事を書いた人、即ち私の画像もup。
コスプレ_ガンダムAGE_フリット・アスノ(アセム編)_9
 撮影 by よしさん


 第35話『呪われし秘宝』

 今回は、「アセムが生きていた」ことにまつわる人間模様が良く描かれていた。
 アセムの親であるフリット、妹であるユノア。そして息子でありながら、アセムの記憶をほとんど持たずに育ったキオ。
 13年前のアセムをよく知る、かつての仲間、ロディとオブライト。
 アセムを知らない、ディーヴァのクルー達。
 その中で、噂をする者、それに乗らない者。
 キオとフリットの会話に聞き耳を立てていたメカニックマン達の中には、ウットビットのようにアセムのことを知ろうとする者もいる。あるいはセリックのように、フリットにその件で物申す者も。メッセージカプセルから再生された映像にアセムの姿を認めた瞬間、ロディが思わず「アセム…」と声を上げていたのも印象的。

 今回、「呪われし秘宝」の異名を持ち、戦争の行く末を左右するとされるEXA-DBの存在が明らかになった。現在は行方不明になっているそれを、連邦もヴェイガンも以前から秘密裏に捜索し続けているというのだ。
 その説明の中で、ゼハートがサラッと「80年前、イゼルカントは地球圏にて腐敗した連邦の調査を行っていた」という旨を語っている。80年前と言えば、フリットが生まれる10年前である。やはり、イゼルカント(彼を含むヴェイガンからの潜入部隊)と、アスノ家には何か関係があるのだろうか。

 モビルスーツ戦では、ガンダムAGE-3オービタルが初登場。オープニングでの印象は「ボディのボリュームはΖΖガンダム風のまま、ボディのラインをΖガンダム風にしたようなガンダム」だったが、本編で見るとΖガンダムっぽさをほとんど感じない。砂漠戦・広範囲掃射型のフォートレスが一寸ドムっぽかったこともあり、普通に宇宙戦・高機動型のAGE-3という感じ。

 ザナルド専用の重モビルスーツ・ザムドラーグが尻尾を使った一撃でAGE-3オービタルの動きを止め、
「攻撃方法はビームや剣だけではないのだよ!」
と言い放ったシーンは、ある意味カッコ良かった。ヴェイガン側のモビルスーツのキャラが立ったと思えた瞬間である。


 第36話『奪われるガンダム』

 『Ζガンダム』から始まった“奪われるガンダム”というイベント。もっとも、ファーストガンダムでもジオン側はガンダムの鹵獲を狙っており、セイラが無断で操縦し出撃したときのガンダムは実際に鹵獲の危機に直面した。
 そして『ガンダムAGE』第35話は、サブタイトルもズバリそのもの『奪われるガンダム』。ヴェイガン側の作戦にまんまと嵌り、ガンダムAGE-3が本当に奪われてしまうのだ。しかも、パイロットのキオも一緒に。だから今回は『奪われたキオ』でもあるわけだ。

 ガンダムAGE-3鹵獲を巡る攻防戦では、家族の絆で互いを思いやるキオとフリットの行動が裏目に出て失敗し、互いを思いやるどころか仲間割れ寸前だったザナルドとゼハートの行動が功を奏するという対照的な展開。
 目の前でキオを奪われたフリットは、ディーヴァに180度回頭しての砲撃を命じるが、前方の敵からの攻撃を受けている状態でのそれは、文字通りの自殺行為。
 戦闘が終わってみれば、キオとAGE-3は奪われ、AGE-1は大破に近い中破、他のモビルスーツやディーヴァにも少なからぬ損傷が出た。主人公サイドの、明らかな敗北である。

 敗北を喫した後の、ディーヴァ内の描写が良かった。
 先ず、激しい損傷をリアルに描き込まれたAGE-1が良い。激戦を無言で物語っている。
 そんな状態のAGE-1を前にして、今すぐにでもキオを奪い返しに行きたいフリットは、メカニッククルーに無茶を言い、宥めに来た娘のユノアにも当り散らす。
 その様子を、少し離れた場所から黙って見つめるパイロット達。
 そこから視線を移した先には、AGE-1同様、損傷をリアルに描き込まれたディーヴァのモビルスーツと、それを修理するメカニッククルー達の姿が…。
 この現場の“重い空気”を感じさせる描き方が良い。そして、そんな現場を救ったのが、屈託の無い子供達だったという流れも。つまり、ディーヴァという戦艦の中に一つの小さな社会が存在するというリアリティが感じられるのだ。

 その後、マッドーナ工房での点描もテンポが良い。
 ララパーリーとフリット、ララパーリーとロディという軽い流れから、フリットとアセムという重い流れ。そこから、ララパーリーが仲介する形で話がまとまり、ガンダムの換装パーツが引き渡されるという伏線まで張られている。

 それ以外にも、自分のダメ艦長振りを嘆くナトーラをセリックが慰めたり、ザナルドの件で納得がいかないフラムに対し、彼女の功績をさり気なく褒めるゼハートとか、細かい描写が効いていた。

 今回、後半はすっかり“居ない人”だったキオが、最後に囚われの身となった姿で登場。敵艦の中、ガンダムから降ろされて独房入りとなったキオは、怯えて震える1人の子供でしかない。これこそ、「君は、生き延びることが出来るか」という状況。「ガンダムさえ手に入れば、パイロットには用は無い」とか言われたら、それまでだもんなぁ…。そりゃ震えもするわ。


 第37話『ヴェイガンの世界』

 『ガンダムAGE』に登場する3人の主人公の中で、キオは最も損な役どころと言えるのかも知れない。何しろ、3人の中では全話を通じての出番が最も少ないのだ。
 『ガンダムAGE』の物語の時間軸は単純に過去から未来へと進んでいるため、キオはフリット編にもアセム編にも全く登場する機会が無かった。1人目の主人公であるフリットはアセム編にもキオ編にも副主人公として最初から登場し、アセムもキオ編の途中から物語のキャスティングボートを握る存在として派手な復帰を果たしている。フリットとアセムが明確な対立関係にあるため、キオはその間に挟まれた格好になって、今ひとつパッとしなかった。

 そんなキオが、“シャナルワ編”以来、主人公として最大級の活躍の場を与えられた。ヴェイガンの本拠地であるセカンドムーンを、たった一人で体験することになったのだ。ヴェイガンの一般社会は、今まで具体的に描かれたことが無かった。イゼルカントはキオに「地球圏の代表としてヴェイガンの世界を見てもらう」と言ったが、TVの前にいる私達からすれば、「視聴者を代表としてヴェイガンの世界を見てもらう」ことになるわけだ。
 キオ編の第1話の感想で、「キオが“戦争を終わらせる世代”であるならば、アセム以上にヴェイガンとの交流を持つ必要がある」と書いたが、こんな大胆な展開が待っているとは予想していなかった。

 イゼルカントが語った戦争の理由。それは、現実における日本が他国との間で争っている領土問題と基本的には同じである。
 キオから見れば「地球を奪う」という行為が、ヴェイガンから見れば「地球を取り返す」正当な行為となる。両者とも「その領土は我々のもの」と言って譲らない。地球とヴェイガンの戦争は、現実の国家間でも起こりうる領土戦争でもあるのだ。

 キオは、ディーンとルウに出会ったことで、ヴェイガン市民の窮状を知る。地球ではごく当たり前のことが、ヴェイガンの市民にとっては羨望と妬みの対象になるのだ。
 イゼルカント邸に戻ったキオは、出された夕食に手を出さない。その夕食は、地球人の感覚からすれば決して豪華ではなく、ファミレスで普通に出てくる程度の料理である。しかし、ディーン達の粗食を知ったキオは、手を出せないのだ。

 以前、
【フリットが「過程が丁寧に描写されたパトリック・ザラ」という面を成立させたのだから…
イゼルカントには「理念が明確に描写されたギレン・ザビ」という面を成立させて欲しい。】
と書いたことがあった。実際、その通りになってきたので嬉しい。
 ファーストガンダムでは、末端の戦士の描写が濃厚だった半面、軍上層部やザビ家内部の描写は比較的淡白だった。『ガンダムAGE』でイゼルカントの過去やイデオロギーが明確に描かれたことは、評価に値する。

 それにしても、キオがイゼルカントの息子と似ているのは単なる偶然なのか?
 それとも、直接の血縁関係を暗示しているのか?
 復讐に取り付かれたフリットの暴走を止めるには、「フリットの母親は、実はイゼルカントの妹だった!」といった衝撃の展開が必要である気もするのだが。


 第38話『逃亡者キオ』

 イゼルカントを「邪悪な魔王」と呼んだフリットの感覚。それは…
 アメリカ・イギリスを「鬼畜米英」と呼んだ、第二次世界大戦当時の日本人の感覚に通じる。
 かつて、日本人はアメリカやイギリスを「絶対に倒さなければならない敵」と信じて戦争をしていたのだ。キオ編のフリットは、そんなかつての日本人のメタファーであるとも言える。

 歴史は繰り返す。
 ここで言うのは、『ガンダムAGE』の歴史だ。
 フリットが戦争の中でユリンという同世代の少女と出会ったように、キオもまた戦争の中で、ルウという同世代の少女と出会った。少年と少女の心は通じ合ったが、二人の時間は長くは続かなかった。少女の早過ぎる死に、少年は直面するのだ。

「この辺りで一番景色が綺麗なところ」
と言って、ルウがキオを連れて行った場所、“ジャンクの丘”。そこでキオが目にした景色は、密集した住宅地を見下ろしただけの、殺風景とも言えるものだった。
 そのときキオの表情が曇ったのは、決して景色が期待外れだったからではない。こんな景色を美しいと感じてしまうヴェイガンの貧しい環境に、心を痛めたからなのだ。そして、ルウ達が憧れる地球という場所で、自分が特に感謝をすることもなく当たり前に暮らしていたことに対して、罪悪感を抱いてしまったのだ。

 ルウの死に直面した後、彼女が自分の余命が僅かであることを知りながら綴った“未来の日記”。そこに書かれていたことを思い出して、キオの涙が止まらない。拭っても拭っても、心の中でページを捲るたびに、また涙が溢れてくる。
 だが、そんなキオの前に立ち塞がるのは、ヴェイガンのガンダムなのだった…

 エンディングで歌われている歌詞に
「過去の涙が現実(いま)を導き出す 全ては守るべき明日へと」
という一節がある。
 フリットもキオも、心を通じ合った少女を失ったことで涙を流し、それに導かれて進んで行く。
しかし、二人の進む先は違っている。
 いや、それ以前に、流した涙そのものが違うのかも知れない。
 フリットの涙は、悲しみの涙であると同時に、憎しみの涙でもあった。
 キオの涙は、悲しみの涙であると同時に、優しさの涙でもあった。
 キオは、ヴェイガンであるルウ達にも、地球の素晴らしさを分け与えてあげたいと心のどこかで思ったのだろう。

 戦争の本質が「それは俺のものだ」と言い合って奪い合うことでしかないとしたら、平和の本質とは何なのか。
 永遠に続く戦争が無いように、永遠に続く平和も無い。だとしたら、『ガンダム』という作品も、「戦争と戦争の間に挟まれた平和な時代」に生まれた作品ということになる。『ガンダムAGE』を観ていると、ふとそんなことまで思ってしまう。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sinden.blog6.fc2.com/tb.php/1438-d66390d3

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。