2017-11

『機動戦士ガンダムAGE』第35話から第38話の感想(その4)

『機動戦士ガンダムAGE』第35話から第38話の感想(その4)

 第38話『逃亡者キオ』

 イゼルカントを「邪悪な魔王」と呼んだフリットの感覚。それは…
 アメリカ・イギリスを「鬼畜米英」と呼んだ、第二次世界大戦当時の日本人の感覚に通じる。
 かつて日本人は、アメリカやイギリスを「絶対に倒さなければならない敵」と信じて戦争をしていたのだ。キオ編のフリットは、そんなかつての日本人のメタファーであるとも言える。

 歴史は繰り返す。
 ここで言うのは、『ガンダムAGE』の歴史だ。
 フリットが戦争の中でユリンという同世代の少女と出会ったように、キオもまた戦争の中で、ルウという同世代の少女と出会った。少年と少女の心は通じ合ったが、二人の時間は長くは続かなかった。少女の早過ぎる死に、少年は直面するのだ。

「この辺りで一番景色が綺麗なところ」
と言って、ルウがキオを連れて行った場所、“ジャンクの丘”。そこでキオが目にした景色は、密集した住宅地を見下ろしただけの、殺風景とも言えるものだった。
 そのときキオの表情が曇ったのは、決して景色が期待外れだったからではない。こんな景色を美しいと感じてしまうヴェイガンの貧しい環境に、心を痛めたからなのだ。そして、ルウ達が憧れる地球という場所で、自分が特に感謝をすることもなく当たり前に暮らしていたことに対して、罪悪感を抱いてしまったのだ。

 ルウの死に直面した後、彼女が自分の余命が僅かであることを知りながら綴った“未来の日記”を読んで、キオの涙が止まらない。拭っても拭っても、心の中でページを捲るたびに、また涙が溢れてくる。
 だが、そんなキオの前に立ち塞がるのは、ヴェイガンのガンダムなのだった…

 エンディングで歌われている歌詞に
「過去の涙が現実(いま)を導き出す 全ては守るべき明日へと」
という一節がある。
 フリットもキオも、心を通じ合った少女を失ったことで涙を流し、それに導かれて進んで行く。
 しかし、二人の進む先は違っている。
 いや、それ以前に、流した涙そのものが違うのかも知れない。
 フリットの涙は、悲しみの涙であると同時に、憎しみの涙でもあった。
 キオの涙は、悲しみの涙であると同時に、優しさの涙でもあった。
 キオは、ヴェイガンであるルウ達にも、地球の素晴らしさを分け与えてあげたいと心のどこかで思ったのだろう。

 戦争の本質が「それは俺のものだ」と言い合って奪い合うことでしかないとしたら、平和の本質とは何なのか。
 永遠に続く戦争が無いように、永遠に続く平和も無い。だとしたら、『ガンダム』という作品も、「戦争と戦争の間に挟まれた平和な時代」に生まれた作品ということになる。『ガンダムAGE』を観ていると、ふとそんなことまで思ってしまう。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。