2017-08

『仮面ライダー THE FIRST』

『仮面ライダー THE FIRST』
  2005年の映画館で観た映画:28本目
  映画を観た日:2005年11月6日(日)

 予想していた通り、仮面ライダーの映画としては、もう全然ダメだった。
 『仮面ライダー THE FIRST』は、余程の理由がない限り、わざわざ映画館で観るような作品ではない。はっきり言って駄作である。
 もっとも、今回は『妖怪大戦争』の時とは違って最初から全然期待していなかったので、腹も立たない。映画『仮面ライダー THE FIRST』に関して に書いたように、「この程度ならVシネマでやりゃあいいのに」と思いつつも、黄川田さんがライダーを演じるならと思って劇場まで足を運んだのだ。そうしたら、内容は本当にVシネマだった。予算もVシネマ級なのではないだろうか。
 この映画は、劇場版『響鬼』(『マジレン』との2本立て)と比較すると、上映される映画館が極端に少なく、渋谷TOEIでも平日はレイトショーのみだったりするのだが、それで大正解だ。Vシネマレベルの作品を、昼間から劇場でやっていたら駄目である。

                  (これ以降、ネタばれ有り)
 腹は立たなかったと書いたが、一つだけ引っかかることはあった。それは、タイトル。
 『仮面ライダー THE FIRST』ではなく、『仮面ライダー THE LOVE STORY』にするべきだった。『仮面ライダー THE FIRST』は、ただの恋愛ドラマなのだから。
 「THE FIRST」と聞けば、ライダーファンなら1作目のTV版『仮面ライダー』か、漫画版の1作目の『仮面ライダー』の雰囲気を期待するだろう。しかし、『仮面ライダー THE FIRST』からは、そのどちらの雰囲気も感じられない。多分「過去の作品は関係なく、最初のライダー」という意味での「THE FIRST」なのだろうが、それにしても完成度が低かった。

 まず、ビジュアルの統一感がない。
 TV版『仮面ライダー』は、ライダーと怪人に「手袋・ブーツ・ベルト」の三点セットという共通項があり、デザインは大きく違っているものの、一定の統一感があった。漫画版の場合は、漫画ならではの「改造人間の肉体感」で、統一感があった。『仮面ライダー THE FIRST』には、この統一感がないのだ。
 『仮面ライダー THE FIRST』のライダーの印象は「手袋・ブーツ・プロテクター」であるのに対し、怪人側の印象には明確な共通項がない。蜘蛛男は「マスク」が印象的だし、蛇女とコブラ男は「革ジャン」という印象が強い。蝙蝠男は全体的にこれといった印象がない。戦闘員は、何故かガスマスクだし、全キャラクターがバラバラなのだ。そのため戦闘シーンでは、全然関係のない者達が集まってドタバタやっているようにしか見えない。『龍騎』におけるライダーたちのように、デザインに一定の共通項を設けるべきだった。その共通項とは、やはり「プロテクター」だろう。

 次に、戦闘シーンの迫力の無さ。
 パンフレットによると、怪人が着ている服は強化服という設定らしいが、そういう演出はライダーを含めて一切ない。そのため、コブラ男なら「凝った革ジャン」という風にしかみえない。お洒落には見えるが、戦闘服というイメージには程遠い。
 戦闘シーンに迫力がないのは、アクションが軽すぎるというのもあるが、やはりプロテクターから火花が散ったり、プロテクターが損傷したりというダメージ表現がないことも大きいと思う。革ジャンから火花が散っても「?」だし、革ジャンが破れても「服が破れた→ただのケンカ」だ。
 映画なんだから、マスク越しに大量に血を吐くとか、TVでは観られない描写があるかと思ったら、それもない。
 ラストの攻防もメリハリがなく、最初劣勢だったライダーが逆転する理由が分らない。勝利に説得力が無いのでカタルシスも無い。
 ライダーの視力かベルトのパワーで相手の弱点を見出すとか、ライダーの強力な連携技を土壇場で思いついてカウンターを決めるとか、そういったひと工夫が何故できないのだろうか。

 物語は悪い意味で『響鬼』っぽく、ショッカーもライダーも不自然なくらいマッタリしている。裏切り者の追跡劇といった切迫感・躍動感は微塵もない。
 その代わり、少年少女のありがちなラブストーリーに、たっぷり時間をかけている。少年少女が最初からコブラ男&蛇女で、飽くまでも「コブラ男&蛇女のデート」というノリの映像だったら、まだ意義も見出せる(笑顔で「私たちは誇り高きショッカーの一員なんだからぁ!」と語らうとか)のだが、そうではない。「優しい少女は実はショッカーの幹部」というお約束っぽい展開ですらない。本当に普通のラブストーリーなのに、すごく尺を使っているのだ。シーンの繋がりが悪かったこともあり、映画館で観ていて「手違いで未編集のフィルムが回っているのでは?」と思えてしまった。

 もちろん、変身シーンというものがなく、「変身」のカタルシスが皆無であることも問題である。あれでは、ハッタリも説得力も、ケレン味も合理性も、何もない。リアルさを追及したわけでもなく、思わず「お前、そのヘルメット(ライダーの場合)どこから出した?」とツッコミたくなるようなシーンには、苦笑いさせられた。せめて、バイクのヘルメットがメタモルフォーゼしてライダーのヘルメット(マスク)になるとか、少しでも辻褄を合わせる努力をして欲しかった。

 このように全編ダメ出しせざるを得ない駄作ではあるが、黄川田さんはカッコ良かったので、当初の目的に関しては適っている。変身ポーズがなかったのは残念だが。
 蛇女役となる小林涼子さんが可愛いかったのは、嬉しい誤算といったところか。バレエをやっていて脚が高く上がり、吊りも含めてアクションシーンの75%を担当したそうなので、今後の活躍に期待したい。顔が小さく、身長は高くないのに8頭身はありそう。いったい何を食べたらああいうプロポーションになるのだろうか。現在高1とのことで、『響鬼』で若き女鬼を演じ、「顔だけ変身解除」をしても様になるだろうと思えた。その意味で、あきら役には秋山奈々さんよりも小林涼子さんの方が適役だったと思う。

 それにしても、この映画は、誰に向けて作られた作品だったのだろう?
 『仮面ライダーSPIRITS』のような、コアなポリシーが感じられない。
 1作目のTV版や漫画版の『仮面ライダー』の内容を出来るだけ損なわず、かつよりリアルに、より大人向けにして、現代の特撮技術を用いて描く。そんな映画は、やはりファンの頭の中にしか存在しないのだろうか。
 『仮面ライダーSPIRITS』が実写映画化されるのは無理だとしても、歴代のライダーを今の技術でリアルバージョンにした姿は見てみたい。もちろんフィギュアではなく、実際に人が入ったスーツで。どこかが企画でやってくれないかな? (『ガイバー』は、WOWOWでアニメ化された際にスーツが作られているんだよなー)
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コメント

1stの正体

こんにちは。自分も見てきました。
少々厳しい意見かとは思いますが、全く同じ意見のところも多々あります。逆にそうでないところもありますが、内容については個人的な好き嫌いもあるでしょうから特にどうこう言うつもりはありません。

ただ、ひとつだけ擁護するべき点があるとするならば、これをVシネと称した部分。
そのように感じたのも当たり前の話で、この映画は元々Vシネマとして製作されたものだからです。

映画として公開されたのは、単純にハクをつけるためです。
映画という事であればマスコミでの露出もぜんぜん違うし、一般へアピールする力が大きく変わります。
DVD発売時にも映画とVシネでは販売店、レンタル店、共に入荷する数がはっきり違います。
ですから、たとえ上映館が少なくても、とにかく小屋にかけて「映画」という肩書きを得るほうがよかったわけです。
しかし、映画会社としての東映は、すでに一年のラインナップと上映スケジュールをおおかた決めてしまっているわけで、東映ビデオが出来上がった作品を持ってきたからといって、じゃあすぐ上映、というわけにはいきません。劇場が空いてないのですから。
幸い、シネコンが各地に普及しているので、ある程度は上映館を確保できたようです。シネコンが無い時代だったら、「関東の一部劇場でのみ限定上映」とか「ミニシアター系で短期間だけひっそり上映」とかいう状態だった事でしょう。
上映館の少なさに対して、ライダーというタイトルに集客力が無い、と解釈しておられるようですが、実情は必ずしもそういうことだけではないのです。
むしろ、状況を考えれば、よくこれだけ確保できたものだと思いますよ。

ZOの時は、一般向け作品として一本立て上映するために製作していたのに、最終的には尺を削ってまんがまつり形式で公開されました。それだけの力は無い、とみなされたのです。
それに対し、今回は単独タイトルで公開された最初のライダー映画です。
Vシネとして製作されながら、映画へと繰り上がって単品公開されるほど、ライダーというコンテンツが認められるようになったわけで、視点を変えれば、マイナーどころか以前よりも明らかにメジャーになってきている、と解釈する事も出来るわけです。

また、Vシネであるということを念頭において見れば、印象も変わってくるでしょう。
そうはいっても、全てを無条件に受け入れるつもりもありませんけどね。

物事には色々な見方がある、というお話でした。

ああ、やっぱり!

 コメントありがとうございます。
 やっぱりVシネマだったんですか! と言うか、Vシネマで当然、という感じです。
 もともと映画として上映するに値しないと判断されたこと、それが上映される運びになったがTOEIではレイトショーどまりだったことが、ライダーというコンテンツの集客力の無さに他ならないと思います。
 TV劇場版のヒットに便乗するかたちで劇場公開に持ち込みながら、この程度に終わったことは、ライダー映画に汚点を残したと思えます。
 ハクを付けてDVDの出荷枚数を増やしても、売り上げ増に結びつく可能性は極めて低い(一般層が買うとは思えない)し、レンタルが伸びるのは、長期的にはむしろ逆効果だと思えます。レンタルが増えるとしたらやはり子供中心でしょうし、子供が見たらガッカリする内容だと思えるからです。
 VシネマはVシネマらしく、奇をてらわずにジックリ1本ずつ作っていて、内容に伴った人気が出たところで劇場化に持ち込むという手順を踏まないと、結局小さめの打ち上げ花火に終わるのではないでしょうか。
  『ゼブラーマン』もVシネマみたいでしたが、上手くお祭りみたいにしたので、メディアの反応は 『仮面ライダー THE FIRST』の比じゃなかったと思います。ああいう企画をライダーに持ってくるというなら、良いと思うのですが。

う~ん。

そこまでネガティブに見るのもどうかと思いますが。
繰り返しますが、レイトショーなのは小屋が空いてないからでしょう。
私の住む広島では、一館のみの上映ですが、一日五回上映ですし、シネコンですけど比較的大きいスクリーンで上映されてますよ。

それに、じっくり一本づつなんて悠長な事は言っていられないでしょう。
シリーズ化するにしても、まず最初の一本が稼いでくれないと話にならないのですから。真・仮面ライダーという前例もあることですしね。

恋愛映画方向に大きく振ったつくりは非常に疑問ですが、それはプロデューサーが意図的にやっていることなので、劇場公開云々とは無関係ですし。
当初の企画では、仮面ライダーSPIRITS的なものにする、という事でしたが、むしろもっと素直にSPIRITSの映画化とかでも良かったようにも思いますけどねえ。
ただし、一般層へもライダーを広げていこうとする、という考え方そのものは、決して間違っていないと思うのですよ。
でも、一般に広げる最良の方法は、ストレートにカッコイイ仮面ライダーを見せる事が一番だと思うのです。
ゼブラーマンはカッコよかったですから。

全体としては不満も多いですが、一方で見るべきところも多々あると思いますよ。
自分のみに言った回では、子供も多く入っていましたが、意外と退屈せずに、真剣に見入っていましたよ。終わった後も、割とみな非常に満足そうでした。ちょっと意外でしたが。

駄作だと思っているので

 『忍者ハットリくん THE MOVIE』は、ドーンと作ってドーンと公開して、興収19.3億円で2004年度の興収9位になりました。映画のハットリくんもカッコ良かったし、興行としてもカッコ良かった。
 これに比べたら、『仮面ライダー THE FIRST』はカッコ悪いですよ。小金を稼ごうとバタバタしている感じで。やるんなら『ハットリくん』みたいに正々堂々とやったら、という感じです。
 レイトショーの件ですが、丸の内TOEIではレイトショーすらやっていません(それで正解だと思いますが)。広島の上映も、表現を変えれば、たまたま小屋が空いていたということでしょう。

 『仮面ライダー THE FIRST』が、一般層へもライダーを広げていこうと考えて作られたものなのかどうかは知りません。ただ、ライダーにせよ何にせよ、奇をてらわずにジックリ1本ずつ作るしか、長期的な成功は有り得ない。そしてそれだけが、その作品を一般層へ広げていく唯一の道だと、私は考えます。(もちろんタイアップとか有名人の起用とかの営業努力的なことも必要ですが)
 宮崎アニメ映画と平成ゴジラ映画の辿った道を比べてみて、そう考えます。宮崎アニメ映画は、ナウシカとかラピュタの頃は、平成ゴジラ映画より遥かに成績が低かったのですが、一般層に通用するクオリティで作り続けたことで、一つのブランドを確立するに至りました。
 ジャパニーズ・ホラーと平成ゴジラ映画の辿った道を比べても、同じことが言えると思います。

 クオリティの向上なく作り続けられた平成ゴジラ映画は、子供客の親がゴジラ世代から外れたetcによる客離れを食い止められず、記念すべき50周年には興行的惨敗を喫しました。
 TVの平成ライダーシリーズも、子供客の親がライダー世代から外れるにしたがって人気は右肩下がりです(http://sinden.blog6.fc2.com/blog-entry-106.html)。平成ゴジラが得たようなバブル人気は、期待できそうにありません。
 市場からニーズのない作品を作ったところでコケるのは当然ですし、何かの間違いで売れてしまうほど、ライダー作品の置かれた状況は甘くありません。ターゲット不明のVシネマをごく一部の劇場にかけてハクを付けるのも結構ですが、そんなことやってる場合かしらという気がします。

 ライダーを一般向け映画にするということは、一般層からリピーター(シリーズの2作目も観に行く)が生まれるような作品にするということだと思います。
 ドラマは重要ですが、それは実際に劇場に足を運んでもらって初めて伝わること。ですから、一般向け「映画」としてまず必要なのは、「パッと見の凄さ」。それは例えば、「皺がほとんどない仮面ライダースーツ」とか、「TVでは絶対見られないようなクオリティの変身シーン」という映像。そのどちらも、『仮面ライダー THE FIRST』にはありません。
 私は『仮面ライダー THE FIRST』を駄作だと思っています。ライダー作品的に良い点があったら教えて欲しいです。

まず言っておきたいのは、私個人は作品として「THE FIRST」を必ずしも高く評価してはいません。駄作とまでは思っていませんが。
一方で、震電様が駄作と感じた事についても、否定するつもりはありません。
個人の評価はあくまで個人の感覚に左右されるものですから、人によって違うのが当たり前です。
私は私の気持ちを他人に押し付ける気はありませんが、他人の評価を無条件に受け入れる気もないです。他人がいかに駄作と断じたものでも好きなものは好きだし、同時に他人が駄作と感じた事そのものは事実なのですから、それに対して文句を言うつもりはありません。

自分が気になったのは、震電様の文章から、「駄作だからレイトショーで良い」といった具合に、「駄作だから見れなくてもいい、見なくても良い」といったようなニュアンスが感じられた事です。
震電様が駄作と感じた事を否定する気はないですけど、だからといって映画の存在そのものを「汚点」として抹消するべきであるかのような書き方をするのは、ちょっと違うのではないかと思うのですよ。

駄作と思っている人が一方で、面白かったと喜んでいる人もいるわけです。あるいはその中間、という人もいます。
ネットでの評判を見る限りでは、「色々好きなところもあるが、総体としては問題あり」という人が多いようです。私もそうです。
全部にせよ一部にせよ、喜んでいる人がいる以上は、この作品には存在するだけの価値はあったのです。

私は、常に様々な形で世に露出しつづける事がキャラクターコンテンツを存続させる重要な要素だと思っています。
平成ゴジラにしてもそうですが、大事なのは「休止期間をどう乗り切るか」「再スタートをどう演出するか」であって、作品そのものの出来不出来は、関係ないとまでは言いませんが、必ずしも重要でない場合が多々あります。
駄作だからダメ、というのなら平成ゴジラなんか駄作のオンパレードなのにヒットしていました。
再スタートしてからが厳しかったのは、ゴジラというキャラクターを子供たちの間に浸透させられなかったことが最大の問題でしょう。

駄作だからダメだと切って捨てるのではなくて、どのような形であれ、ライダーが世に出ることに意義があると私は思います。
世間一般での認知度を高め、ファン層の裾野を広げて行く事に価値があると思うのです。今まで存在しなかった枠を果敢に切り開いた事は、少なくとも評価すべきだと思いますよ。
じっくり作る、と口で言うのは簡単ですが、何もないところからは何も出てくることはありません。私自身の好き嫌いとりあえず横へおいといて、とにかくどんな手を使っても稼いでもらって、今後の「仮面ライダー」へと繋げていって欲しい、というのが正直な気持ちです。
(単純に続編を作れといっているのではありません)
じっくりといっても、具体的にどうじっくり作るのかも全くわかりません。
何らかのアクションを起こしていって、じっくり次へつなげていくのではダメなのでしょうか。ゼブラーマンもハットリくんも、一発だけで終わってしまっていますが。

個人的には今回の映画がタイトルの価値を下げるほど悪いとは思いませんし。
ただ、それはまた別の話ですので…。

例が出ているので一寸だけ触れておくと、「皺がほとんどない仮面ライダースーツ」は、個人的には別にどうでもいいです。むしろライダーらしく、細部まで「バイク乗りスーツ風」にこだわった今回の映画のほうがツボにはまりまくりで好きです。ただし、映画のストーリー上、ショッカーがサイクロンを用意したわけではないので、なぜバイク乗り風味なのか必然性が無く、説得力に欠けるのは残念。とはいえ、脚本決定稿よりもデザインが先行していたくさいので、それが事実ならあまり責めるのは酷かも。

「TVでは絶対見られないようなクオリティの変身シーン」
これは私も見たいです。ただし自分の場合はクオリティというよりビジュアルとしての魅力があるかどうか、が大事だと思います。
ですから今回の映画も、個人的にはそう悪く無いと感じました。原作のイメージで「変身」よりも「仮面である事」にこだわり、なおかつテンポも崩さないように考えた結果だと思いますし。
クライマックスで一回くらいは本気変身を見せて欲しかったな、というのは正直な感想ですが。


最後にもう一点。
作品そのものの出来不出来と、個人的な好き嫌いは、必ずしも一致しません。
出来はいいけど好きじゃない作品というものは確かに存在します。
私個人の例で言えば、「もののけ姫」なんかがそうです。
逆に、明らかに出来は悪いけれども大好きな作品も存在します。
私個人の例では、「マイティジャック」とか「ガンヘッド」とか。
ある意味、昭和ライダーにもそういう部分があります。

作品の出来不出来と世間でヒットするかどうかも、必ずしも一致しません。
出来が良くても不発の映画もあるし、クズなのに大ヒットする場合もあります。
重要なのは認知度であり、浸透度でしょう。
「好き(嫌い)であること」「出来がいい(悪い)こと」「ヒットする(しない)こと」
これらは、互いに無関係ではありませんが、意外に世間で思われているほど関係あるわけでもないのです。

見るまでは映画の中身はわからない。
それならなおさら、映画公開することで露出を増やし「今は大人向けのカッコイイ仮面ライダーがあるんだ」というイメージを一般に刷り込むチャンスだと思うのですが。

例外を狙うのではなく、本道を目指すべき

 出来が良くてもヒットしない場合もあるし、駄作なのに大ヒットする場合もあります。
 繰り返しますが、宮崎アニメ映画と平成ゴジラ映画がまさにそれでした。
 で、両者は結局どうなったのか。
 「休止期間」や「再スタート」は、むしろ宮崎アニメ映画について回っているのに、さほど問題になっていないのは何故でしょう?

 『スターウォーズ』や『ターミネーター』も、最初は映画の規模のわりには低予算であることが見て取れる作品でしたが、最大限計算して作られていました。宮崎アニメ映画もそうですが、ジックリ作るとはそういうことです。
 これらの作品の1作目が、『仮面ライダー THE FIRST』のようなクオリティで公開されていたら、シリーズや次回作の成功はあったでしょうか?
 また、これらの作品に関して、「休止期間」や「再スタート」の問題は?

 ハリウッド映画の『バットマン』等のヒーロー映画は、公開される間隔がかなり長いですが、私はあれで良いと思います。毎年『THE FIRST』のような映画を提供するのではなく、何年かに一度『BEGINS』のような作品を提供するべきだと思います。
 毎年公開するのは、TV番組の劇場版だけで充分です。

 私は「駄作だからレイトショーで良い」とハッキリ言っているつもりですし、Vシネマを劇場でかけること自体、映画ファンには迷惑な行為だと思っています(映画祭などは別にして)。ちゃんと「映画」として作られた作品の上映機会を奪っているわけですから。

 日本の特撮映画は、いい加減に「駄作スパイラル」から抜け出すことを真剣に考えるべきだと思います。『ローレライ』で、その一歩が踏み出せているとは思うのですが。

駄作を切り捨てないと、良作は得にくい

 少しづつでも良い作品が提供されていく状況というのは、駄作が淘汰される環境でなければ生じにくいと思います。
 「悪貨は良貨を駆逐する」。何故かと言えば、悪貨を作るほうが良貨を作るより簡単で、大量に作れるからでしょう。選ぶ方も、悪貨に埋もれた良貨を見つけることが出来ずに、心ならずも悪貨を手にすることで良貨の駆逐に荷担してしまう。
 「駄作が良作を駆逐する」。映画は、いかに駄作でも悪貨のようにポンポン作ることはできません(映画最盛期はどうだったかは知りませんが)から、良作が駄作に埋もれてしまうほどのことは起きないでしょう。しかし、駄作を作ることが比較的簡単でラクなのは確かです。何も考えずにホイホイ作れば、早く安くラクに駄作が出来るのが普通です。

 ファンが、「色々好きなところもあるが、総体としては問題あり」という作品を切り捨てなかったら、どうなるのか。製作者側は、「受け入れてもらえた(売れた)からOK」と判断し、次回作も基本的には同じようなものを作ろうとするのではないでしょうか。
 もちろん製作者側が自主的に作品の質を上げていくこともあり得ます。平成ゴジラシリーズでも、向上が全く無かったとは言えません。それでもやはりあの程度です。クレームに基づく改善ならともかく、自主的な向上は「求められていない変化」であるリスクを伴いますから、難しい部分もあると思います。

 ファンサイドが、積極的に駄作を淘汰しなければならない。駄作を見ない、金を使わないようにしなければ、良作は生まれにくい。私はそう考えます。
 駄作は、一般層の観客にマイナスのイメージを与え(「二度とこの手の映画は見ないぞ」と決心する人もいるでしょう)、ファン層の裾野を狭めます。
 ファンが駄作を切り捨てていかないと、結果的に一般層の客を切り捨てることになると思います。
 物事にはプラスとマイナスの要素がありますが、それを差し引きしてプラスになるものだけが残るようにしていかないと、ジャンル全体としてはどんどん先細って行くと思います。
 今、国産の一般向けヒーロー映画というジャンルは、ほとんど存在しません。「一般向けの国産怪獣映画」のニーズがほとんど存在しないのと同様、「国産の一般向けヒーロー映画」のニーズも無いのかも知れません。
 だからといって、プラスとマイナスで差し引きマイナスとなる作品を歓迎しているようでは、それこそ未来はないと思います。そこに一つしか席が無いとしたら、駄作には退席してもらい、良作に座って欲しいです。

 私は『仮面ライダー THE FIRST』が商業的に失敗し、製作者側が「一部で評価される部分もあったが、総体としてはこれでは駄目なのだ」と考えることを期待しています。
 そのために、『仮面ライダー THE FIRST』のレンタルやセルには一切金を使わないつもりです。
 黄川田さんや小林涼子さんには申し訳ない気がしますが、彼らには、プラスとマイナスで差し引きプラスとなるヒーロー映画で会いたいと思います。(ヒーロー映画ではありませんが、小林さんの出演する『ヘレン』は観に行くことを決めています)

おれは欠点も割り引いて、そこそこ楽しめましたが、ただ、他人に奨められるレベルの映画ではないな、とは思いました(笑) これが「テレビシリーズ・第一話」の二時間スペシャルだったら、かなり凄いんですけど。
「やりたいことはわかるんだけど…」と、自分の脳内で割り引いて観ないといけないうちは、「スパイダーマン」や「バットマン」みたいには、なれませんね。
仮面ライダーは、下手に人気があるせいで、子どもにも、大人にも、両方にいい顔をしないといけないのが、最大の壁なのかな… 「FIRST」も、子どもが観るには、変身ポーズや必殺技がないのが退屈だろうし、大人が観るには、話の細部のリアリティが甘い。むずかしいところですね。

これで終わりです

いろいろ書きましたし、まだまだ書きたりない事もたくさんあります。宮崎アニメとゴジラ映画についても、思うところは多々あります。しかし、これで終わりにします。

震電様と私では、映画を含めた映像作品全般、またそれを公開するメディアというものに対する根本的な考え方そのものが全く異なるようですので、これ以上の議論はするだけ無駄だと思います。グダグダ書いても迷惑でしょうし、お互いに理解し合えることは永久になさそうですから。

私は駄作も好きです。
ただよくできているだけの作品より、愛すべき駄作のほうがむしろ好きです。
駄作を駄作として認め、そのうえでなおかつ愛しつづけることが問題だというのなら、私にはこれ以上語る言葉はありません。
「クオリティ」なる言葉をどのような意味で使っておられるのかは私には知るよしもありませんが、少なくとも私には受け入れられる意見ではありません。
じっくり作って予算的にも技術的にも高いレベルにある「千と千尋の物語」よりも、素人に毛が生えたような人間を使って短期間でえいやっと作った「カリオストロの城」のほうが私は好きです。
誰が見てもすごい大作よりも、むしろしょぼい小規模作品や、ダメなクズ映画に魅力を感じることがよくあります。
そういう気持ちを理解できない、(世間一般で言うところの)良作にしか興味は無い、そして駄作は存在しないほうがいい、というのであれば、もう百万言を費やしても無駄でしょう。

細部では色々と指摘したい部分がありますが、根本の部分で大きな齟齬がある以上は議論にならないでしょう。
無駄な労力を費やして、迷惑な行為を続けるようなマネは控える事にします。
失礼致しました。


さようなら。

コメントありがとうございます

>まこさん

 コメントありがとうございます。
 私は大人のライダーファンですが、変身ポーズを見たかったです(笑)。
 「テレビシリーズ・第一話」の二時間スペシャルだったら良かったというのは同感です。Vシネマの予算で、ライダー映画を万人向けにするのは難しいので、『仮面ライダーSPIRITS』を実写映画化するといった、「ライダーファン限定」の作りにした方が良かったと思います。


>鋼鉄ドリルさん

 「クオリティ」という言葉は、「ジックリ作られている」=「最大限計算して作られている」=「一般層にも受け入れられる(脳内フォロー不要の出来)」という意味で使っています。
 「千と千尋の物語」と「カリオストロの城」に、作品総体としてもクオリティの差はないと思います(色数とかコマ数という要素においては差があるでしょう)。作品のクオリティというのは、誰が作ったかではなく、どんな出来栄えになっているかで決まります。『ゴジラ』1作目も素人に毛が生えたような人間を使って作ったという側面がありますが、クオリティはシリーズ最高だと思います。
 
 『バトルヒーター』という作品をご存知でしょうか。低予算B級映画ですが、クオリティが高い作品です。未見でしたら、是非ご覧になってください。

震電さんの言うとおり駄作は駄作として駆逐していくように見る方もはっきり
評価して駄作を安易に作ったり、公開できにくいような環境にしないと映画の
発展につながると思います。
ただ鋼鉄ドリルさんのように駄作だけど好き人がなんと言おうと好きなものは好きと言い切れるコアなファンがいてもいいと思うし愛される駄作がってもいいと思います。
映画を製作する側も最初から駄作を作ろうと思って作ってる人なんかいないと思うし
、『仮面ライダー THE FIRST』も一般ウケするように恋愛要素入れてみたけど失敗してしまったみたいに良かれと思ってやったことが結果ダメだったり、逆に新しいことにチャレンジして成功することだってあるでしょう。
結局何事もやってみないとわからないのでは。やってみた結果、宮崎アニメは成功したけど『仮面ライダー THE FIRST』は「これどうかな?」って結果に終わったということだと思います。
見る方も作る方も映画文化の発展のためにはそれなりの意識を持つべきでしょう。
でもどんなに作る側ががんばっても「駄作」と呼ばれる作品は無くならないと思うしそんな「駄作」でも「でも好き」という人もいなくならないと思います。そういったことも含めて映画といえるのではないでしょうか。

TBありがとうございます

TBありがとうございます。
みなさん同じような感想ですよね

もうひとひねりも ふたひねりも欲しかったですね

コメントありがとうございます

>おけまるさん

 コメントありがとうございます。
 仰るとおり、駄作も含めて全て映画です。作る側が頑張っても駄作になることもあるでしょうし、そういう作品を好きになることもあると思います。
 ただ、国産のヒーロー映画という領域には、愛すべき駄作を許容するゆとりがあんまりないのも事実だと思います。ましてやライダーというタイトルを背負った作品ならば、もっとちゃんと練ってから撮ってくれよというのが今回の印象です。


>たぼさん

 コメントありがとうございます。私も、「改造人間」という設定が生かせてなかったと思います。「ラブストーリーの登場人物が、たまたま改造人間だった(になった)」みたいな工夫のないドラマにはガッカリです。

 きんです。震電さん、お久しぶりです。響鬼は白倉P・井上脚本になっちゃって、
複雑な思いをしてます。

 でも、彼らの「FIRST」には期待してたのです。が、やはりVシネマの予算では
あんなものですか。

 原作の「服を着る」シチュエーションの方が変身より好きなので、ライダー服は
ちゃんとサイクロンから出してほしかったです。あれじゃ手品ですよ。改造シーンも、
あんなでかいドリルでどんな改造うけたのやら。

 「愛すべき駄作」もわからないではないですが、この作品のせいで小説版の
「誕生・1971」の映画化は確実に遠のきました。あれを映画化するのかと思って
いたのに。そういう意味ではこの作品の罪は深いと思います。

 響鬼も一般受けするための実験作と言えますが、ジュブナイルに的を絞ったので、
この方向で玩具会社の喜ぶ演出を少し加えれば、成功するかも?と思えます。
しかし、FIRSTはLOVE要素を入れたかったようだけど、それならば、あすかを見て
一目ぼれで脳改造から覚めるくらいでないと駄目でしょう。まあ、あの女優さんじゃ無理ですか。いろいろ言いたいことはあるけどこんなところで。

 あっでも板尾クモ倒すときのサイクロンからのライダーキックは好きですよ。あと、
2号は「最後の敵」で良かったんじゃない?ではこんなところで、失礼します。

『誕生・1971』

 きんさん、お久し振りです。
 そうですね、『仮面ライダーSPIRITS』の映画化の可能性はまだ残っていると思いますが、『誕生・1971』の方は限りなくゼロ…とは言わないまでも、本当に遠のいた感があります。
 半ば怪人化した肉体をスーツと仮面(ヘルメット)で覆い隠すというハードなイメージこそ、TV以外の媒体のライダーで実現するに相応しかったと思います。
 ベルトの風車が「魔人の吐息」のように、熱い熱をブゥゥゥーンと吐き出して陽炎のように周囲の景色を歪めるとか、観たかったです。正義のベルトか?悪魔のベルトか?みたいなイメージで。

 やっぱり、中途半端なことをやっていたのでは、結局どのメディアにもファンにも響かないですよ。どうせVシネマの予算作だったのだから、もっと思い切って「原作イメージの仮面ライダー」をやって欲しかったと思います。

 あの「芯すら出ていない貧乏臭いドリル」が、『THE FIRST』を象徴していました。
 『THE FIRST』よりも『響鬼』の方が思い切ったことをやっており、実験作という意味では、より意義があったと思います。

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。