2017-08

『機動戦士ガンダムAGE』第39話から第42話の感想(その4)

『機動戦士ガンダムAGE』第39話から第42話の感想(その4)

 第42話『ジラード・スプリガン』

 残り話数も少なくなってきたところで、主人公と同じ能力を持った新キャラクターが、敵サイドに登場する。まるで、ファーストガンダムの『ニュータイプ、シャリア・ブル』を思わせる展開。ただし、唐突に登場した感のあったシャリア・ブルとは違い、ジェラード・スプリガンは以前、“ルナベースに所属する連邦のエースパイロット”として、その名前が挙がっていた。

 “連邦のエースパイロット”と言うからにはXラウンダーだろうと予想していたが、伏線通りに“連邦製ガンダム1号機のパイロット”として登場するものだと思っていた。そして、「何らかの事情でEXA-DBの有力な情報を既に入手している人物」ではないかと推測していたのだが、これもどうやら外れたようだ。
 こうなってくると、残り話数から逆算して、やはりEXA-DBはAGEデバイスの中に存在するのか? それともEXA-DBとは、イゼルカントが側近や地球側を欺くために語った狂言(あるいは実在はしていたものの既に完全に消去されている)なのか?

 キオの立ち位置が明確になったことに合わせ、全キャラクターの対立の構図も鮮明になった。

 フリットは連邦。
 ゼハートはヴェイガン。
 スプリガンは、連邦を見限ってヴェイガンに付いた。

 立場こそ違うものの、この3者は相互理解を否定し、対話を拒んでいることで共通している。
 “ヴェイガン殲滅に憑り付かれた男”フリットと、“イゼルカントの理想に心酔した男”ゼハートが合わせ鏡であるのはアセム編からの継続であるが、ここへ来てスプリガンという“もう1人の合わせ鏡”が登場したことは面白い。
 フリットが「敵(ヴェイガン)か、味方(連邦)か」という二元論に突き動かされているように、スプリガンも「敵(連邦)の敵は、味方(ウェイガン)」という二元論に駆られて行動している。この二人もまた、合わせ鏡なのだ。

 だから、スプリガンは相互理解を訴えるキオを拒絶する一方で、
「レイナ・スプリガンという女は、もうどこにも存在しない!」と断じるフリットに対し、
「…そうよ、私はレイナじゃない」と同調するのだ。
 自分を救おうとする者を否定し、自分を殺そうとする者を肯定するとは、何と皮肉なことだろう。

 そして、別の観点から共通点を挙げると、

 キオは連邦からヴェイガンを経由し、連邦に戻った。
 ゼハートはヴェイガンから連邦を経由し、ヴェイガンに戻った。
 アセムは連邦から海賊を経由し、海賊に留まった。

 この3者は、連邦とヴェイガンの双方を知っているという共通点がある。
 しかし3者とも、この戦争に対する闘いの姿勢は違っている。
 そして、フリット、ゼハート、スプリガン、キオ、アセムの中で、アセムだけがXラウンダーではないという点も興味深い。
 仮にもし、Xラウンダーが普通の人類を救うとしたら、Xラウンダーを救うのは誰なのか?
 Xラウンダーを越えたXラウンダーか? 否、普通の人類だろう。
 一握りの天才が多数の凡人を救うとしたら、多数の凡人こそが一握りの天才を救わなければならない。
 一握りの天才と多数の凡人を選別し、一握りの天才のみを救ったとしても、その先にあるのは、一握りの天才の中から一つまみの超天才を選別する世界でしかない。

 だから、フリットとイゼルカントもまた、実は合わせ鏡なのではないだろうか。
「最後の一人まで、敵を殲滅する」という2元論は、「最後の一人まで、人間を選別する」という2元論へと行き着く。徹底的な現実主義と、究極の理想主義が、実は同じ狂気の賜物だとしたら、これもまた皮肉である。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sinden.blog6.fc2.com/tb.php/1415-f8417516

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。