2017-09

『機動戦士ガンダムAGE』第23話から第26話の感想(その1)

『機動戦士ガンダムAGE』第23話から第26話の感想(その1)

 『機動戦士ガンダムAGE』ブルーレイ(DVD)ディスクの第7巻に収録されると思われる、第23話から第26話までの感想を書いてみる。アセム編としては第8話から第11話。アセム編が仮に全16話だとすると、起承転結の“転”の部分に入って来たことになる。

 第23話『疑惑のコロニー』

 前回の第22話では、地球連邦とヴェイガンの間で行われている戦争が、地球という“聖地”の所有を争う領土戦争としての性格を持っていることが描かれていた。
 以前、フリットの口から、ウェイガンは地球連邦側からの和平交渉をことごとく撥ねつけたという旨が語られていたが、その和平の条件に“地球に関する全ての権限をヴェイガンに譲渡する”という項目が入っていたとは到底思えない。

 地球をヴェイガンに渡せば戦争は終わる。しかし、それが出来ないから戦争が続く。
 「地球を渡せ」と言うヴェイガンが正しいのか、「地球は渡せない」と言う地球連邦が正しいのか。
 対立とは、どちらかが間違っているから起こるのか。それとも、どちらも正しいから起こるのか。
 今回は、フリットとアセムの親子の対立を通して、「正しさ」の難しさが描かれている。

 コロニー内にある施設がヴェイガンに協力しているとの報告をウルフから受けたフリットは、その施設を制圧するため、モビルスーツの出撃を命令する。
 しかし、民間施設の密集したコロニー内でモビルスーツ戦を行えば、一般市民にも被害が出る。市民を戦闘の巻き添えにしたくないアセムは「モビルスーツを出すより、他にやれることがある筈」と抗議するが、フリットは完全に却下。納得できないアセムは出撃命令を無視し、身一つでディーバを出て行ってしまう。

 ところが実際には、ヴェイガンに協力していた施設からもヴェイガン側のモビルスーツが出撃していた。もしもディーバ側がモビルスーツ以外の戦力で作戦をスタートさせていたら、ウルフとミレースを救出することが不可能だっただけではなく、到着した部隊そのものが全滅していたところだった。最初からモビルスーツを出撃させるというフリットの判断が、ウルフやミレース達の命を救ったのだ。(アデルをタイタス装備で出撃させたことが、民間施設に対する被害を最小限に抑えようとする配慮だったかどうかは不明)
 しかし、フリットが制圧作戦にモビルスーツを投入したことで、市街地にまで被害が及んだこともまた事実。アセムと彼を追って来たロマリーは、その被害に巻き込まれ、一つ間違えば死んでいたところだった。

 対立したフリットとアセム。どちらも間違いではなかったが、正解でもなかった。
 これはコロニー内戦闘における一局面に過ぎないが、この「どちらも間違いではないが、正解でもない」という状況は、戦争のいたるところで起きているだろうし、それが戦争そのものだとも言える。

 ディーバに戻り、独房入りとなったアセム。ウルフから「逃げ出して何か答えは出たか」と問われ、最後には答に詰まって壁を叩く。大人に囲まれ、大人のやり方や理屈に反抗しながら、成長しようともがく少年の姿がそこにあった。

 そして、軍刑務所から出所したグルーデックが、フリットとの再会を果たす。
 かつては“大人と少年”だったグルーデックとフリット。あれから26年の歳月が過ぎ、今や渋い男同士となった。
 これは、現在進行形で“大人と少年”であるウルフとアセム、あるいはフリットとアセムとは対照的である。同時に、26年後には、ウルフとアセム、あるいはフリットとアセムもまた、渋い男同士となることを想像させる。二つの意味で時間を感じさせる、良い流れだった。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。