2017-06

『機動戦士ガンダムAGE』第11話から第14話の感想(その4)

『機動戦士ガンダムAGE』第11話から第14話の感想(その4)

 『機動戦士ガンダムAGE』ブルーレイ(DVD)ディスクの第4巻に収録されると思われる、第11話から第14話までの感想の、4番目の記事である。結局、1話ごとの感想みたいになってしまった。本当は4話分を渾然一体にした感想をグワーッと書き殴りたいのだが。前置き(→ こちら)は、この回を特に意識して書いた記事である。


 第14話『悲しみの閃光』

 ドラマを盛り上げるには悪役が必要である。例え、そのドラマが“勧善懲悪もの”ではないとしても。
 ガンダムシリーズの中でも低年齢層にフレンドリーな作風と言える『ガンダムAGE』の悪役が、その低年齢層と同じ年頃の子供キャラであるということには驚かされる。悪役として描かれてきたデシルではあるが、この回は「戦場での命のやり取りをゲームとしか思わない、非人間的で醜悪な子供」であることが、これでもかとばかりに強調されている。対戦型ゲームが好きな低年齢層の視聴者に対する反面教師としては、強烈過ぎるキャラだ。

 また、悪役ならずとも、主人公にとって乗り越えるべき存在となるキャラは、同世代か年上である方が自然な印象を受けるものだ。アムロにとってのシャアやランバ・ラルが、そうであったように。このパターンから外れているという意味でも、デシルは特異なキャラである。
 少年であるフリットから見ても子供であるデシルは、「姿は子供であるが、“中身”(脳、あるいはそこに入力されている精神)は大人」ではないかと思えた時期もあった。しかし、この回を観た限りでは、Xラウンダーとして覚醒してはいるものの、正真正銘の子供だという印象を受ける。

 そして、デシル以上に驚かされたのが、ユリンの登場。
 私は全くネタばれ無しでこの回を観ていたため、ユリンが新型モビルスーツに乗ってフリットのガンダムの前に現れるとは全く予想していなかった。
 しかも「フリット…やっと会えた」と悲しげに囁くユリンには、強化人間のように記憶を操作された様子も無く、正気を保っているように見えるから尚更である。
「え?え? コレどういうこと?どういうこと?」
 想定外の展開を映し出すTVの前で、私はフリット並みとはいかないまでも、激しく動揺した。かなりの程度で、フリットとシンクロしていた。
 ユリンの乗る新型モビルスーツは弥勒菩薩像を連想させ、そのモビルスーツから放たれたビットはまるで蓮の花のようである。本来慈悲深さの象徴であるデザインが、無慈悲な攻撃を仕掛ける映像を観て、混乱に拍車がかかる。
「ユリンは家族をUEに殺されたと言っていたが、実はユリンの家族自体がUEからの脱走兵だったのでは?」
「いや、UEからの脱走兵どころか、地球に潜入していたUEの“家族単位”のスパイで…」
 ユリンはデシルの能力の増幅装置として機能しているに過ぎず、ユリン自身はモビルスーツもビットも動かしていないことが分かった後も、ユリンが戦場にいる現実が受け入れられない。そしてユリンのモビルスーツが、フリットのガンダムを身を挺して守った瞬間、
「…そりゃねーだろ…」
呆然となった。

 アムロとララァは出会うのが遅すぎた。だから、悲劇的な別れを招いたんじゃなかったのか。
 早い段階で出会っていれば、悲劇は回避できたんじゃなかったのか。
 フリットとユリンは早い段階で出会えていたのに、なぜこんな悲劇的な別れをしなければならないのか。
 遅くてもダメで、早くてもダメだというなら、救いは一体どこにあるのか。
 これでは、二人が余りにも可哀相すぎるではないか。
 それとも、早すぎた出会いが悲劇に繋がったとでも言うのか。

 「ボクは負けてない」を連呼し、幼児性を露にしたデシルに対し、フリットは止めを刺すことができなかった。モビルスーツを失えば子供でしかないデシルを感じ取ったフリットの脳裏に蘇った記憶は、デシルと年齢が同じ頃の自分が「ガンダムが救世主になる」と無邪気に信じていたことだった。
「何が救世主だ…」
と呻くフリットの姿は、「目の前にいる子供」であるデシルを殺さなかった代わりに「子供だった頃の自分」を呪っているようにも映った。そんなフリットを見て、「今の自分の未熟さを責めることはともかく、子供の頃の自分の純粋な優しさ(救世主になるという思いは優しさから生まれている)を殺して欲しくない」と思わずにはいられなかった。

 満身創痍となったスパローからタイタスへと換装したのも束の間、そのタイタスも要塞の入り口をこじ開けたことと引き換えに壊れてしまう。
 あとはもう、“ただのガンダム”であるノーマルしか残っていない。
 果たしてこの先、AGE-1ノーマルだけで戦って生き残れるのか?と思う一方…
 “ただのガンダム”であるAGE-1ノーマルこそが、ガンダムの本来の姿であるとも感じる。
 最後は結局、ガンダムの素での力で戦い抜くしかない…
 この展開には、昂ぶるものがある。
 しかも、宇宙要塞の中で待ち構えているのは、ファーストガンダムにおけるソロモン攻略戦に登場したモビルアーマー・ビグザムを思わせるシルエットを有した、巨大なモビルスーツなのだ。

 そういった昂ぶりも、怒りによって鬼のような形相となったフリットの凄みの前では薄れていく。
 朴訥だった少年さえも、鬼に変えてしまうのが戦争なのだ。
 『機動戦士ガンダムAGE』は、戦後から戦争へと突入していく時代を描いていることを実感した。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sinden.blog6.fc2.com/tb.php/1359-0e47fdad

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。