2017-06

『機動戦士ガンダムAGE』第11話から第14話の感想の前置き

『機動戦士ガンダムAGE』第11話から第14話の感想の前置き

 『機動戦士ガンダムAGE』ブルーレイ(DVD)ディスクの第4巻に収録されると思われる、第11話から第14話までの感想を書いてみる。
 先日録画したものを再視聴していてふと思ったことは、
『ガンダムAGE』が面白くないと批判している人は、雑誌等で事前にストーリー等を知っている、即ち自らネタばれ情報を仕入れてから視聴している人ではないか?ということだ。

 私は『ガンダムAGE』に関しては、初期を除きネタばれを極力除外して視聴している。最近は雑誌『ガンダムA』を購入しても『ガンダムAGE』を扱っているページは開かないよう細心の注意を払って取り扱っているし、番組の公式ホームページもほとんど閲覧していない。
 だから、ガンダムAGE-2の姿を初めて見たのはゲイジングビルダーのTVCMだったし、第16話(アスノ編の第1話)で新しくなったオープニングを観たときは、ウルフがオッサンになっていることに衝撃を受けた(フリット編唯一?のイケメンキャラなので、コールドスリープによって年を取らずに登場するのではないかと予想していたのだ)。

 アニメに限らず、TVの連続ドラマを視聴する醍醐味の一つは、そのドラマが予想もしていなかった展開を見せたときに受ける“新鮮な驚き”だと確信する。そして、その“初めて観たときに感じた新鮮な驚き”は脳裏に刻み込まれ、後になってその作品を観返した時に蘇ってくるのだ。

 先日、実際に私は『ガンダムAGE』の第11話から第14話を観返して、そういった思いを強くした。最初に観て「ウワッ」となったところは、観返してもやはり「ウワッ」となるのだ。1度観たから知っている筈の展開に「ウワッ」となるのは、最初に観たときの「ウワッ」となった感覚が蘇ってくるからだと思う。

 それに加えて、最初に観たとき「ウワッ」となった部分に関しては、2度目の鑑賞で新たな発見をする(最初は気付かなかったことに気付いたり、新たな想像が湧く)ことが多い。つまり、最初に植えつけられた「ウワッ」がスイッチになって(2回目以降は単なるショックではなく、適切な興奮作用として機能する)思考の回転が高まるのだ。
 それによって、観る度に新しく気付く部分があったり、想像する部分が膨らんだり、自分の経験を重ね合わせる部分がより多くなったりする。俗に言う「何度観ても泣けるシーン」というのも、これに近いパターンで形成されるのではないか。

 これからどんなストーリーになるか、どんなキャラクターが登場するのか、あるいは消えていくのか。そういったことが観る前から(予告編の範囲を超えて)分かってしまっていては、どんな作品でも、“初めて観るときの面白さ(作品から受けるインパクト)”は半減してしまう。「最初が肝心」とはよく言ったもので、ネタばれによって初めて観たときの面白さが半減していた場合は、後になって観返した時の面白さも半減してしまうのだ。

 もちろん、「最初に観たときは面白くなかった作品が、後日観返したら面白く感じた」というパターンもあるが、これは事の本質が異なるケースがほとんどだろう。「最初に観たときは面白くなかった」理由が、「当時の自分には難しくて理解できなかった」というような、当時の自分の知識や理解力の不足に拠るものであれば、「後日観返したら面白く感じた」ということは有り得る。当時の自分の嗜好と乖離があった場合も同様だろう。しかし、「最初に観たときネタばれしていたので面白くなかった作品」に、そういった変化が起きるだろうか。

 例えば中学生以上の年齢で、初めて観たガンダムが『ガンダムSEED』で、しかもそれがネタばれ無しだった場合。そして、その人が『ガンダムSEED』を相当面白いと感じた場合。
 その場合、その人が後日、ファーストガンダムをネタばれ無しで観たとしても、「ファーストガンダムよりも、やっぱり『ガンダムSEED』の方が面白い」と感じるパターンが多いと思う。もちろん、ファーストガンダムが最初のガンダムであることを知った上で観たとしても尚…という意味だ。
 このケースでは、『ガンダムSEED』(ファーストガンダムをベースにして作られている)を先に観てしまった時点で、ファーストガンダムという作品の要所が既にネタばれしてしまっている。しかも、観た本人にとっては「最初にインパクトを受けた作品が元祖」であるといった認識が無意識のうちに植え付けられてしまう(つまり、「自分にとっての元祖はファーストではなく『SEED』」という一種の確信犯的錯覚)。このため、『ガンダムSEED』に対する評価が差し戻されることは起き難いというわけだ。

 ネタばれに関しては、現代の小中学生は不幸であり、常に“無意識の被害者”であると思う。今日、『ガンダムAGE』をネタばれ無しで楽しむには、それなりの妥協と忍耐が必要だからだ。(状況的には、むしろ社会人より困難かも知れない)
 私がファーストガンダムの本放送をリアルタイムで視聴していた当時は、ネタばれの心配なんか全然なかった。それどころか、予告編でズゴックに撃破されていたのがジムではなくガンダムだと勘違いして、1週間悶々と次回の展開を考えていたこともあったくらいだ(1979年当時は、ビデオデッキすら一般家庭には普及していなかったのである。1980年の年末の時点でも、当時の私のクラスメート40人弱の中で家にビデオデッキがあるのは一人だけだったと思う)。今にして思えばあの頃は、不便さと引き換えに、TVを観ることで集中力と想像力が鍛えられていた、ある意味幸せな時代だったのだ。
 何だか前置きが長くなってしまったが(と言うか、ここまで書いた時点で前置きより本文の方が短くなるような気がしてならない)、このようなことを前提にした上での感想であることを理解してもらいたい。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。