2017-07

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その3) ~ “着ただけ”でも、「コスプレは自己満足」だからOKなのか? ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その3)
~“着ただけ”でも、「コスプレは自己満足」だからOKなのか?~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その2)~ コスプレの世界は矛盾に満ちている? ~』 の続きである。

 コスプレの世界には、相反する二つの考え方がある。
 一つは、“完コス”=“完全なコスプレ”を目指す(理想とする)考え方。
 もう一つは、「コスプレは趣味=自己満足であるから、他人の目を気にする必要はない」という現実的な考え方。
 理想と現実は往々にして一致しないものだが、コスプレの場合は一見そのベクトルが真逆であるように見え、異様に映る。

 しかし、この相反する考えは、もう一つの考え方によって繋ぐことが出来る。
 それは、「キャラに近付く努力をする」「キャラに対する愛情表現」という考え方だ。
 「キャラに近付く努力」をしていれば、結果的にキャラのイメージからはかけ離れていようとも、そのコスは許される。
 「キャラに対する愛情」があれば、結果的にキャラのイメージからはかけ離れていようとも、そのコスは許される。つまり、

「“完コス”を目指して自分なりに努力したが、結果的にはキャラのイメージからはかけ離れたコスになってしまった。でも、キャラに対する愛情表現であることに偽りはない」

という場合、それは許されるといわけだ。
 裏を返せば、「コスプレは趣味=自己満足であるから、他人の目を気にする必要はない」という考え方は、「キャラに近付く努力をする」「キャラに対する愛情がある」ことが大前提であるということになる。
 しかし、逆に、

「特にキャラに対して愛情はない」かつ“着ただけ”のコスが、結果として“完コス”になっている

場合は、どんな評価をされるのだろうか。もっと直接的に言えば、

(A)「キャラに愛情を抱き、“完コス”を目指して自分なりに努力したが、結果的にはキャラのイメージからはかけ離れたコスになっている」ケース
(B)「特にキャラに対して愛情はなく、かつ“着ただけ”のコスだが、結果として“完コス”になっている」ケース

は、どちらが高い評価を受けるのだろうか?
 一般的な評価が高いのは、当然(B)だろう。さて、レイヤーが(A)と(B)を比べた場合、どちらをより高く評価するのだろうか?

 あるいは、「コスプレは趣味=自己満足であるから、他人の目を気にする必要はない」という考えを持つレイヤーは、そもそもどんなレイヤーを見ても“評価”という判断を行わないのだろうか? いや、評価どころか「他人の目を気にしない」ということは「他人を気にしない」ことでもあって、自分以外のレイヤーには全く無関心ということなのだろうか?

 コスプレイベントが、「他人の目を気にしない」「他人を気にしない」、即ち自分以外のレイヤーには無関心という人間の集まりであるならば、レイヤーが他のレイヤーの写真を撮ったりすることは基本的には起こり得ない筈である。
 私個人は、そういうレイヤーではない。他人の目を気にするし、他のレイヤーを気にする。

 あらら、ここから漸く本論に入ろうというのに、お腹がグーグー鳴り始めたではないか。
 本論は、また別記事にて。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。