2017-11

『機動戦士ガンダム』を映画化することが出来たのは、どの層の人気のお陰なのか?(その2) ~ 30年前、リアルタイムで視聴していたファンの記憶を辿る ~

『機動戦士ガンダム』を映画化することが出来たのは、どの層の人気のお陰なのか?(その2)
~ 30年前、リアルタイムで視聴していたファンの記憶を辿る ~

※この記事は、「『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)を1979年から1981年頃まで(再放送を含む)の期間に視聴していた人(リアルタイム視聴者)に限定して、コメントやトラックバックを求めています。
 ちょっとしたことでも結構ですので「当時のガンダムに関することで、割とハッキリ覚えていること」がありましたら、気軽にコメントやトラックバックをお寄せ下さい。その際、「1979年4月の時点で中学○年生でした」等の学年表記をして頂けると幸いです※


 『機動戦士ガンダム』を映画化することが出来たのは、どの層の人気のお陰なのか? の続きなのだ。

 「放送当時」のガンダムの人気に関して、私は結構ハッキリと記憶している件がある。
 私が中学二年生または中学三年生のとき(1979年4月~1981年3月の間のどこか)、私のクラス(男子約20人、女子約20人)に関しては、
 ・男子生徒は、17人か18人がガンダムを観ていた
 ・女子生徒は、3人か4人がガンダムを観ていた
ということだ。

 何故こんな具体的な数字を挙げることが出来るかと言うと、私自身が実際にクラス内でパパパッと訊いて回ったからである(男子に関して)。何故そんなことをしたかと言うと、休み時間の会話の流れの中で「この人はガンダムを観ていないだろうな」と思っていた男子生徒から「ガンダム観てるよ」と言われ、驚いたからである。

 私はその当時から「ガンダムはマニアックなアニメ」だと思っていたので、クラス内でガンダムを観ているのは少数派だと思っていた。それが、観ていなさそうな人(クラスメート)から普通に「観ているよ」と言われたので、「これは、もしや…」と思って、その場でパパパッと男子生徒全員に「ガンダム観てる?」と訊いて回ったのだ。確か、2人か3人「観ていない」と答えたクラスメートがいたものの、他は全員「観ている」との返答だった。
 当時「ガンダムって、こんなに人気があるのか!」と驚き、そして嬉しくなったことを覚えている。今になって思えば、私の世代は小学生のときに『マジンガーZ』の洗礼を受けているので、中学生になってもロボットアニメを観ることに抵抗がなかったのだろう。もっとも、私のように夢中になって観ている生徒は、やはり少数派だったように思う。

 ちなみに、女子生徒に関しては全員にパパパッと訊いて回ったわけではなく、何かのついでにポツポツと訊いているうちに「クラス内でガンダムを観ている女子生徒は(3人か4人)だな」という認識を得た記憶がある(2人だけという記憶はないし、5人以上という記憶もない)。なお、私のように夢中になって観ている生徒は、女子生徒に関しては1人もいなかったと思う。
 当時日記をつけていた訳ではないけれど、この記憶には結構自信がある。
 大まかに言って、男女合わせて「クラス内の、約半数の生徒がガンダムを観ていた」のだ。これは、かなりの人気である。

 私の通っていた中学校は、名古屋テレビ受信圏内にあるごく普通の学校だ。私のクラスで起こっていたことが、名古屋テレビ受信圏内における特殊な1例だったとは到底思えない。同時期、名古屋テレビ受信圏内の中学校では、どこも似たような状態だったと考えるのが自然だ。
 このことから、その時期「ガンダムは、名古屋テレビ受信圏内において、中学生に対する人気がかなり高かった」と考えられる。

 問題は、それが1979年4月~1980年1月までの本放送の時期だったのか、その後の再放送の時期だったかである。既に書いたように、私が中2から中3の間の出来事であることは確かなので、「1979年4月~1981年3月の間のどこか」であることは間違いない。また、本放送であるにしろ再放送であるにしろ、放送開始後少なくとも1ヶ月は経過していたと思うので、「1979年5月~1981年3月の間のどこか」ということになる。

 男子生徒全員にパパパッと「ガンダム観てる?」と訊いて回っていたとき、自分やクラスメートが夏服を着ていたか冬服を着ていたかまでは、残念ながら覚えていないんだよな~。
 教室で、T君がシャーペンをガンダムの操縦桿に見立てて「コクピット内のアムロの真似」をして見せたことや、Y君と『ガルマ 散る』の回の話をしたこと自体は、鮮明に覚えているのだが。
 ちなみに、K君は私と同じくらいガンダムを熱心に観ており、帰り際に「勝利の栄光を君に!」と敬礼をかましてくることもあった。そういうガンパロ(ガンダムパロディの略)遊びを、当時は中学校で割と普通にやっていたのだ。

 ここで、ガンダムに関する事柄を、時系列で列挙してみる。()内は、そのときの私の学年である。


TV『機動戦士ガンダム』
 本放送期間 1979年4月7日(中学2年生)~ 1980年1月26日(中学2年生)

バンダイ模型がガンプラの商品化権を取得 1979年12月(中学2年生)

TV『機動戦士ガンダム』
 再放送期間 1980年4月頃?(中学3年生)~ 1981年1月頃?(中学3年生)

映画『機動戦士ガンダム』 製作検討開始 1980年7月頃?(中学3年生)

ガンプラ「1/144 ガンダム」 発売開始 1980年7月(中学3年生)

映画『機動戦士ガンダム』 製作発表 1980年10月(中学3年生)

映画『機動戦士ガンダム』 公開日 1981年3月14日(中学3年生※卒業目前)

映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士』 公開日 1981年7月11(高校1年生)

 ※映画『機動戦士ガンダム』と映画『機動戦士ガンダムII 哀・戦士』の合計動員数340万人

書籍(ガンプラ本)「HOW TO BUILD GUNDAM」 発売 1981年7月(高校1年生)

映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』 公開日 1982年3月13日(高校1年生※卒業目前)

 ※映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』 配給収入 12.9億円

書籍(ガンプラ本)「HOW TO BUILD GUNDAM2」 発売 1982年5月(高校2年生)


 前記事で書いた通り、「ガンダムは、ガンプラの発売によって一気に人気が出た」というのは誤解を招く表現であり、使うべきではない。
 時系列が示すとおり、ガンプラが発売される以前に、ガンダムの人気は既にある程度まで高まっていたのだ。そうでなければ、1980年7月以前に、松竹がガンダム映画化の交渉のテーブルに着くワケがない。「再放送の視聴率が一定以上の数字を出し続けている」等の人気実績が、ガンプラが発売される以前に既に出ていたということだ。

 (4)「ガンダムは放送当時、女性ファンが多かった」かどうか等に関しては、また別記事にて。
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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。