2017-09

梅田えりかが℃-uteとハロプロを卒業する件に関して

梅田えりかが℃-uteとハロプロを卒業する件に関して

 結局、えりか(梅田えりか)の「女性的な美しさ」は最後まで突出したままで、他のメンバーは追いつけなかった。
 ここ1年で身体が出来上がってきた愛理(鈴木愛理)、身長がグングン伸びてきたハギティ(萩原舞)も、えりかとの「美しさの距離」を縮めるには至らなかった。えりかと同級生である和風美少女の舞美(矢島舞美)でさえ、「大人の女性」という面に関しては明らかな格差があった。

 9月12日、市川市文化会館における℃-uteのステージで、えりかの存在は今まで以上に突出していた。℃-uteのメンバーの中で、唯一人、女性としてほぼ完成している「大人の女性」の雰囲気を強烈に放射していた。まるで、今まで意図的に抑えていた「女性のオーラ」を解放したかのようだった。

 特筆すべきは、肌を露出していない時は色っぽさが、肌を露出している時は綺麗さが前面に出ていたということだ。これは、「女性から見た女性」として理想の姿ではないかと、男性の私は想像する。

 えりかの身体は、いわゆるモデル体形の身体に仕上がっていたのだ。
 手脚が長く、クビレがハッキリしたボディラインなので、肌の露出が少ない衣装を着ていると、大人の女性の色っぽさが前面に出る。比較的ゆったりした衣装に身を包み、女性特有の柔らかな動きで舞い踊るえりかは、本当に色っぽい。
 それが、ヘソ出しミニスカのステージ衣装になると、スラッと伸びた長い脚が無機質さすら感じさせる。ギリシャ彫刻のような「純粋な綺麗さ」が前面に出て、セクシーさは二の次となる。色っぽいと言うよりも、とにかく芸術的に綺麗なのだ。

 服を着ているときは、肉感的なセクシーさが前面に出る。
 服を脱いだときには、芸術品的な美しさが前面に出る。
 相反する魅力を逆転性によって体現できる、まさにモデルとして理想的なキャラクター。
 えりかは今、そういう女性になっている。

 ℃-uteで身に着けた柔らかなダンスの動きは、モデルとしてのポージングにも応用できる筈だ。
 また、えりかなら、モデルと歌手を両立させることも考えているだろう。パシイベで
「何でも出来る人になりたい」
と言っていたのだから。

 ℃-uteとハロプロを卒業したら、彼氏と腕を組んで堂々と街を歩いても、誰も文句を言えなくなる。女性としての自由度が一つ増えるわけだ。
 えりかには、そんなことも含めて女を磨き、素敵な女性になっていって欲しい。
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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。