2011-12

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『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その6)

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その6)

 最初に大胆な予測をしておく。と言っても、『ガンダムAGE』そのものに関してだけど。
 初代主人公フリットは、AGE-1で例えればノーマル(努力家・優等生)。
 2代目主人公アセムは、AGE-1で例えればスパロー(天才肌・クールガイ)。
 3代目主人公キオは、AGE-1で例えればタイタス(やんちゃ・天然元気印)。

 普通に考えると、
 初代主人公フリットは、戦後から開戦まで
 2代目主人公アセムは、ずっと戦中
 3代目主人公キオは、戦中から終戦まで

…なので、主人公の生きる時代に合わせて、主人公のカラーもそうなるのでは?
 2代目主人公アセムは、戦いの始まりを見たこともなければ終わりを見ることも出来ない人生を送るキャラクターなのだから、クールにもなろうかと。今、改めて設定画を確認したら髪が金髪なので、やはり母親はエミリーなんだろうな。
 3代目主人公キオは、初期の宣材画を見るとアムロ以上に内向的で拗ねた少年っぽいんだけど、長い戦争で疲弊した世界を終戦という形で再生へ向かわせるには、ジュドーみたいな天然系の逞しさを持ったキャラクターが必要だと思う。外見とのギャップがあると、よりインパクトがあるのでは?

 さて、ここからが本題。…て言うか余談みたいな気もするが。
 とりあえず、ファーストガンダムを引き合いに出して『ガンダムAGE』を貶している人は少ないと思う。

ファーストガンダムみたいに、ガンダムを何機も出せ!とか、
ファーストガンダムみたいに、美形の男性キャラを大勢出せ!とか、  
ファーストガンダムみたいに、常にハイテンポでストーリーを進めろ!とか、

ファーストガンダムみたいに、入浴シーンを出せ!とか、

そんなふうに『ガンダムAGE』を貶す人などいるわけが…
…まぁ、最後に挙げた件に関しては「ウルフのシャワーシーンがあって、ミレースとエミリーが一緒にお風呂に入るシーンがないのは如何なものか」という至極当然な意見を胸に秘めている人もいるだろうが、それをわざわざネットで公言する人はやはり稀だろう。
 真面目な話、ストーリーのテンポは似ている感じがするんだわ。ファーストも『ククルス・ドアンの島』(第15話)までは、“ホワイトベース放浪記”みたいな感じで、割とチンタラ話が進んでいたから。大きなイベントとしてはガルマの戦死で、『AGE』だとドン・ボヤージの戦死。
 こういうふうに照らし合わせると、マチルダさんとウッディ大尉が、マッドーナ夫婦とダブって泣けてきますな…。

 次に、『Gガンダム』を引き合いに出して『ガンダムAGE』を貶している人は少ないと思う。

『Gガンダム』みたいに、もっと低年齢層にもフレンドリーに作れ!とか、
そんなふうに『ガンダムAGE』を貶す人などいるわけがないと思う。それに、

初めて観たガンダムが『Gガンダム』だというガンダムファンは、謙虚な人が多いから。

 これは真面目な話、ファースト世代のオッサンから、
「初めて観たガンダムは何ですか」と聞かれて
「『Gガンダム』です」と答えるとき、バツが悪そうにする必要は全くありません。ファースト世代が『Gガンダム』を貶していたのは20世紀の話です(私は貶していませんけどね)。ファースト世代も、いい加減歳を取りました。今となっては、

『Gガンダム』がなければガンダムファンは高齢化だけが進行し、深刻な“ガンダム空白世代”を作ってしまうところだった、

と思っています(多分)。

 そう、だから問題は腐女子なんだよな、言いたくないけど。
 しかし、敢えて言おう、カ… カ…
 …ガマンシテクダサイ!

 もう、正直他所に行って欲しいの。
 アダルトビデオコーナーって、いつの間にか半分は女性向けになってるじゃん。
 女性向けアダルトビデオのコーナーには、BLアニメが上から下までビッシリ置いてあるじゃん。
 美形キャラてんこ盛りの、ソフトなプラトニックBLからハードな…まで。
 そういう場所があるんだから、BL目的でガンダムのところには来ないでね。
 最後は切実なお願いとなってしまいましたが、皆さんいかがでしたでしょうか?(何が?とか、何処に?とかは訊かないで下さい)

 でも本当に『ガンダムAGE』に関して、少なくともフリット編では美形キャラの乱発がなくて良かったわ。グルーデックもラーガンも美形っちゃあ美形なんだけど、あからさまに美形の男性キャラと言えるのは、ウルフとラクトの2人だけだもんね。オッサンキャラも結構出てるし。
 ファーストも、男性の美形キャラと言えばシャアとガルマぐらいのものだった。そりゃシャアの人気が高まるわけだよ、一人しかいなきゃそこに集中するんだから。

 『ガンダムAGE』のキャラのバランスが、『ガンダムUC』同様、ファーストに近くなっていることは本当に喜ばしい。
 『AGE』は、ファーストや『UC』と違って3世代物語なので、1世代当たり2人の美形キャラ登場すると全体では6人の美形キャラを擁することになる。これはもう十分に華やかでしょう。

 とっ散らかった記事になってしまいましたが、以上でオシマイ!
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『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その5)

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その5)

 『ガンダムAGE』はファーストガンダムの正当な後継者である。
 もしも、ファーストガンダムにおけるガンダムが、『ボトムズ』におけるスコープドッグのような“リアルロボットものの中でも最左翼的なキャラクター”であったのなら、今日におけるガンダムの人気はなかった。ファーストガンダムは、リアルロボットものの嚆矢であると同時に、スーパーロボットものとしての魅力も兼ね備えていたからこそ、人気と評価の両方を得ることが出来たのだ。
 『ガンダムAGE』におけるガンダムも、「リアルロボットとスーパーロボットのバランス」を考慮されたキャラクターとなっている。

 …なぁんてカタイ論調?は早々にうっちゃって、ファーストガンダムリアルタイム世代である私の視点で、『ガンダムAGE』の面白さを語ってみたい。

 フリットが、“ガンダム主人公3点セット”と呼ばれている「理系の少年」・「親はガンダム技師」・「パイロットじゃないのにガンダムに乗り込んでパイロットになっちゃう」を揃えているのは前記事にも書いた通り。ちなみにフリットは、アムロみたいに現場の汚れ仕事も厭わずハードウェアをいじくり回すタイプではなく、「自分でやるのは図面までで、後は現場にお任せ」という感じがする。そんなフリットともあと何話かでお別れ?かと思うと、ちょっと寂しい。

 エミリーが、フラウとセイラさんを足して2で割った感じがするのは嬉しい。
 ユリンはララァ的なキャラだが、フリットと速攻で出会ってしまう点は正反対。
 さて、フリットの子供を生むのは一体どっちなんでしょ?(まさか、意表を突いてミレースとか?!)
 一癖ある艦長・グルーデックは登場当初の「いつか裏切るのでは?」というイメージは薄らいできたが、それでもまだ「何かを隠している」感じが残っている。ちょっと記憶にないタイプの艦長であり、気に入っている。オッサンキャラなのでコスプレしたいところなのだが、あのモサモサしたヒゲはハードルが高い…

 モビルスーツに関しては、ガンダムAGE-1ノーマルがRX78に比較的近いデザインとなっていることが意外だった。私が思うに、これは『ガンダムAGE』が“お台場ガンダム”が完成した後に始まった最初のTVシリーズだからなのでは? つまり、「一般人のガンダムのイメージは“お台場ガンダム”なのだから、それに近い感じにしておこう」という意図があったのではないか。

 嬉しかったのはAGE-1タイタス。肩のスパイク技はガンダムハンマー(ハイパーハンマー)を連想させるし、膝のスパイク技はグレートマジンガーのニーインパルスキックの強化版みたいだ。
 別にずっと「ハンマーを出せ!」とか思っていたわけではないけれど、出てくるとやっぱり嬉しくて「次はどこかでジャベリン出してくれるのかな?」とか思ってしまう。
 タイタスがビームラリアットを繰り出す際、控えめな変形ギミックがある(肩のスパイクの際は更に控えめ!)のもロボットらしくて好い。こういうスーパーロボット的なケレン味は、ガンダムの隠し味なのだ。

 戦闘シーンは、コロニー“ファーデーン”内における市街地戦が印象に残る。やはり人やビルという比較対象物があると、モビルスーツのスケール感が伝わってくる。重力下でGエグゼスが軽やかな跳躍を見せるシーンと、タイタスの重量感溢れる取っ組み合い格闘シーンを対比させた演出は見事だった。

 今のところ敵がほぼ正体不明で、その描写が極端に少ないというパターンは、『謎の円盤UFO』(ファーストガンダムが放送された時期と近い時期に再放送されてものを観ていた記憶がある)と同じだ。もっとも、『謎の円盤UFO』のパターンと言えば、『エヴァンゲリオン』が丸ごと踏襲していたイメージが強いのだが。
 最初に敵方を謎とすることで、その謎解きが物語を紡ぐ糸の1つとなるわけだ。それをどこまで引っ張るのだろうか?

 前記事で、「ファーストガンダムが戦時中の世界を描いた作品であることに対し、『ガンダムAGE』では戦後の世界がベースとなっている」と書いた。ファーデーンにおける派閥抗争が、我々の現実世界における紛争の投影であることは言うまでもない。物理的には共存できるにも関わらず、何かしら理由を作って武力衝突を繰り返すという行為は、本当の意味での戦争ではないのだ。
 「敵の敵だから」という理由で武器を与えて支援を行った組織が、いつの間にか「敵」になる。
 「大量破壊兵器が存在するから」という大義名分を喧伝して始めた武力行使が、「大量破壊兵器は存在しなかった」というオチで終わる。
 ファーデーンにおける派閥抗争を茶番劇だったとするならば、我々の現実世界で実際に起こっている、これらの事象は何なのだろう?

 さて、ディーヴァ艦隊がUEとの全面戦闘を始めた先には、どんな展開が待っているのだろうか。『ガンダムAGE』の世界は“戦後の世界”ではなくなるのか、それとも“戦後の世界”であり続けるのか。

 最後に書いときますが、この記事のタイトルに偽りあり。正直、どうでもいいのです。
 ただ、1つ思い出したことがあるので書いておこう。
 『ガンダムAGE』のブルーレイを予約した際、レビューで“星1つ”の評価(5段階評価で1)が多かったのを見て驚いたのだが、同時に既視感を感じた。以前これと似たモノをどこかで見た気がしたのだが、そのときは思い出せなかったのだ。それを先程、思い出すことが出来た→『仮面ライダー響鬼』劇場版の公式ブログのコメント欄

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その4)

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その4)

 『ガンダムAGE』を貶している人達の中には、多様性を喪失した人達がいる。
 『ガンダムAGE』を語る際に、最近の特撮番組を引き合いに出す人を見て、そう思う。
 ロボットアニメと特撮を単純比較するなど、私からすると全く考えられない。ロボットアニメにはロボットアニメとしての面白さがあるし、特撮には特撮としての面白さがあるからだ。何でそんな別物同士を単純比較するんだと驚愕するわけだが、そういう人がロボットアニメや特撮の多様性というものに触れずに育ってきたとすると、合点がいく。

 もう1点、「多様性の喪失」と「情報過多」がセットになってしまっているという不幸が挙げられる。一見、両者は相反するようだがそうではない。作品の数が減少してしまったことで、1つの作品に関して流される情報量は逆に増えるというパターンが起こっているからだ。

 「特撮カンブリア紀」という記事で書いたように、私の世代は特撮番組に多様性があった。ウルトラマンは巨大ヒーローの代表格ではあるが、裏を返せはウルトラマンと言えど巨大ヒーロー番組の中の1つでしかない。仮面ライダーも同様で、数ある等身大ヒーロー番組のうちの1つでしかない。

 もちろん特撮番組だけではなく、ロボットアニメにも同様の多様性が存在していた。スーパーロボットアニメなどは、代表格を決めることすら難しい。エポックメイキングとしては『マジンガーZ』で決まりだろうが、格となるとゲッターもコンバトラーも同格である。
 リアルロボットアニメも同様である。エポックメイキングとしては『機動戦士ガンダム』で間違いないが、格となるとイデオンもボトムズも同格なのだ。

 私の世代は、特撮もロボットアニメも、多様性に溢れていた。その多様性の中で生きてきた。
 ガンダムも、シリーズ化によって多様性を得るに至っている。
 作品に多様性があると、受け手にも多様性が育まれる。
 特撮には特撮というジャンルとしての面白さがあるし、特撮の中にも等身大ヒーローや巨大ヒーローというジャンルごとの面白さがある。私は子供の頃「ライダーとウルトラのどっちが面白いか」と比較した覚えはないし、友達同士で話した記憶も無い。ライダーとウルトラの面白さは基本的に別物であり、互いに比較する対象ではない。それが自然な認識であり、比較するならばライダー同士、ウルトラ同士での比較だった。

 しかし、いつの頃からか特撮もロボットアニメも収斂化が進行し、多様性は失われた。
 等身大ヒーローといえば、「戦隊とそれ以外の何か」の2作品しか放送されないという年も増えた。レスキューシリーズが終わってから、「戦隊とライダー」だけの年が続いているのかな?
 ロボットアニメに関しては…よく知らないけれど特撮と似たり寄ったりなのでは? たまに玩具屋に行く限りでは、そんな印象を受ける。

 そうなると、受け手の方からも多様性が失われてくる。と言うか、感性の多様性が育ちにくい。
 面白さに関する感性も、味覚や視覚といった感覚と同じで、子供の頃から多様性に接していないと、それを認識できなくなると思う。
 どこかの国の料理が、「極度に甘い」か「極度に辛い」の2種類の味付けしかなかったとしたら、その料理を食べて育った人は、「ほのかに甘い」とか「甘酸っぱい」といった微妙な味を認識できないだろう。そういう人にとっての美味しさとは、やはり「極度に甘い」か「極度に辛い」の2種類しかないだろう。
 それと同様、面白さの種類が1つか2つしかないような人が、『ガンダムAGE』を貶しているのだと考えると納得できる。

 ロボットアニメの絶対数が少ないため、その中から比較対象物を見出すことが出来ず、特撮番組までも比較対象の中に入れてしまう。
 そうなると、どうなるのか。
 違いが分からなくなるのである。
 ロボットアニメからも、特撮番組からも、同じ面白さしか感じ取れない。
 どんな作品を観ても、その中から探し出せるのは1つか2つの面白さしかない。
 作品に多様性がないのが当たり前だと思っているから、どんな作品も同じような面白さで構成されなければならないと思ってしまう。
 そして、これに追い討ちをかけるのが「情報過多」がもたらす「判断能力の減退」だ。

 私の過ごした「特撮もロボットアニメも多様性に溢れていた時代」は、事前情報なんかほとんど無かった。
 ファーストガンダムの本放送をリアルタイムで視聴していた人のほとんどは、TV放送の次回予告でシャアのズゴックがジムを撃破した映像を見て「ガンダムが撃破された」と勘違いしたことだろう。ジムというモビルスーツに関する事前情報は事実上ゼロだったと思うし、ビデオはまだ一般家庭に普及していなかった。もちろん、インターネットなんかあるわけない。あのときは、肉眼でリアルタイムに見た、ほんの1、2秒の映像が全てだったのだ。

 だから、翌週の放送までに、その映像の意味を考えた。
 あのガンダム(本当はジム)に乗っていたのは誰なのか? 主人公のアムロが死ぬわけないから、乗っていたのはハヤトかカイか? 
 撃破されたガンダム(本当はジム)の代わりになるモビルスーツは何か? マジンガーZに対するグレートマジンガーのような上位機種が登場するのか? 以前アムロが言っていた「連邦はガンダムよりもっと凄いのを造っていて、僕達はそれが出来るまでのオトリなんだ」という台詞はその伏線だったのか?…

 1週間後には「実はガンダムではなくてジムだった」という勘違いに気付かされるわけだが、情報が極めて限定された状況で、想像力が鍛えられたことは間違いない。
 あれから30年以上が経過した今日、複数のメディアが作品の情報を大量に供給するようになった。それは便利である反面、視聴者が想像力を鍛える機会を奪っている面もあると思う。

 私にとって、『ガンダムAGE』をファーストガンダムと比較するのはごく当たり前のことである。
 アニメの比較対象はアニメの中にあるし、ロボットアニメの比較対象はロボットアニメの中にあるし、ガンダムの比較対象はガンダムの中にある。
 ガンダムの名を冠する作品の評価は、まずそこから始まる。ガンダム作品に、ガンダムとしての面白さがなければ、ガンダム作品である意味が無い。
 「ガンダムとは何か」という問いは禅問答の類となるが、それはガンダムに限らずシリーズ作品全般に課せられる宿命なのだ。

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その3)

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その3)

 『ガンダムAGE』はファーストガンダムの正当な後継者である。
 ただし、ファーストガンダムが戦時中の世界を描いた作品であることに対し、『ガンダムAGE』では戦後の世界がベースである。その戦後の世界では、テロにも似た“UEの襲撃”が始まったところであり、これは冷戦終結後にテロの時代を迎えた“私たちの現実世界”とほぼ同じ構図となっている。
 つまり、『ガンダムAGE』は“現代”を描いた作品でもあるのだ。

 …なぁんてカタイ?話は早々に切り上げて、ファーストガンダムリアルタイム世代である私の視点で、『ガンダムAGE』の面白さを語ってみたい。

 先ず、ガンダムは1機(1つの世代に1機)。これが『ガンダム』の基本であり、ファースト世代としては押えてもらいたいポイントだ。ガンダムは特別な機体なんだから。
 Gエグゼスが「ガンダムに似ているけれどガンダムではない」という機体であるところも好い。これで顔が百式顔だったら、プラモを買うところなんだけどな、うん、惜しい。(AGE_1ノーマルはもう買ったよ)

 前のTVシリーズ『ガンダム00』や『ガンダムSEED』では、“なんちゃらガンダム”が大量発生して“ガンダムインフレ”が起きていた。『ガンダムAGE』がこうした状況を回避することが出来たのは何故か? それは、『ガンダムAGE』が3世代に渡る物語であるからだ。
 1つの世代に1機のガンダムが登場すれば、作品全体では3機のガンダムが登場することになる。しかも、その各ガンダムが3つのタイプに換装するとなれば、合計9機のガンダムが登場したのと同じ商品展開を行うことが出来る。そして、それらを繋ぐアイテムとしてエイジデバイスがあるのだろう。実に上手いやり方だ。

 そう、換装というギミックも『ガンダム』の基本である。
 AGE_1におけるガンダムの換装パターンは、平成ウルトラマン1作目の『ウルトラマンティガ』におけるティガのタイプチェンジを踏襲している。即ち、

平均的なタイプ、パワー重視のタイプ、スピード重視のタイプ

…の3タイプである。ちなみにカラーリングに関してもティガを踏襲しており、パワー重視タイプが赤色メインに、スピード重視タイプが青色メインになる。
 パワー重視のタイタスがノーマルよりも明らかに太い体形になっていて「逞しくなって力強そう」に見える一方、スピード重視のスパローは体全体のバルクではむしろノーマルより増量しているにも関わらず「スマートになって速そう」に見えるのは、デザインとカラーリングの相乗効果の妙と言えよう。
 この換装によって、「ガンダムは単機かつ万能(ガンキャノンやガンタンクとは異なり、格闘戦能力も高い)」という“ガンダムの原点”が守られていることが嬉しい。予約しているタイタスやスパローのプラモが届いたら、「右半身がスパロー、左半身がタイタス」というキカイダータイプ(ゼロワンはその逆)のAGE_1を組んでみたい。ちゃんと立たせられるかなぁ?…

 AGE_1の換装シーンは、正直言って今ひとつ。ファーストでも艦内での換装は“流れ作業”のイメージが強くて今ひとつであったが、空中換装はいかにもロボットアニメという感じで結構カッコ良かった(ちょっと時間がかかり過ぎの感はあったが)。
 『ガンダムAGE』第10話では、ファーストでも描かれなかった“ガンダム単体の宇宙空間換装”が描かれ、しかもそれがスパローの初登場とあってテンションが上がった。しかし、カッコ良さでは、もうひとつ足りない。台詞に関しても、早口でも良いから「レーザーサーチャー同調!」は言って欲しかったし、「スパローへの換装フェーズ開始!」は必要だった。

 ウェア換装時に用いられるフレームは、プラモデルのランナーを連想させて面白いのだが、宇宙空間換装では2セットペアで使用するか、外したウェアをマウント出来るような構造にするべきだ。第10話のように、外したウェアが宇宙空間に放り出されるというのは観ていて不自然である。
 とにかく、換装シーンには
「ガシャン! ガコン! ガキョン! ピキーン! ピルルルル…グォオオン!」
というメカニックなリズムと、エレクトリックなメリハリが欲しい。
 変形合体シーンとは、基本的には合理性と大見得の融合であり、ロボットアニメの見せ場の1つなのだ。『ガンダムAGE』における換装シーンが改善されることを期待している。

 何か一区切り付いたので、残りは次の記事に書く。

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その2)

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?(その2)

 『ガンダムAGE』はファーストガンダムの正当な後継者である。
 主人公のフリットは、ガンダム技師を親に持ち、彼自身もまた少年エンジニアである。
 ガンダムは、他のモビルスーツとは一線を画す性能を誇る特別な機体であり、ただ1機のみが稼動状態にあった。
 主人公のフリットは、エンジニアであってパイロットではなかった。それでも彼は、UE襲撃の最中、自分の意思でガンダムに乗り込み、敵モビルスーツタイプを撃退する。そのときから、彼はガンダムのパイロットとなったのだった…

 前記事( → こちら)に書いた通り、
「ねじれ崩壊を始めたスペースコロニーからの脱出」
を描いた第1話から第3話は、『ガンダム』という名を冠する作品に相応しい、SFアニメの真骨頂を観せてくれた。正に“進化した『ガンダム』”として、世界に誇れるクオリティだ。

 『ガンダムAGE』とファーストガンダムには多くの共通点があるが、『AGE』はファーストの焼き直しではない。例えば、その世界。ファーストが戦中の世界を描いたことに対し、『AGE』は戦後の世界が基本となっている。
 『AGE』の世界では、戦後の世界に、テロにも似た“UEの襲撃”が始まったところであり、これは現在の私たちのリアル世界(東西冷戦構造はピーク時とは比較にならないほど弱まったが、テロの脅威は劇的に強まった)とほぼ同じ構図である。その世界観が、低年齢層にもフレンドリーな作風で描かれており、ファーストガンダムのリアルタイム世代から現時点での低年齢層まで、幅広い世代に受け入れられる作品となっている。

 しかし、どんな作品でも貶す人はいるわけで、その大半はファーストガンダムを観たことがない人なんだろうと思うのだが、まぁその辺りは正直どうでもいいし興味も無い。
「親の顔が見てみたいわ!」
とか言っても、実際に見るつもりなどないのと同じである。ただ、『ガンダムAGE』を楽しめない人達の背景をアレコレ考えるのが面白いのだ。例えば、
『ガンダムAGE』をけなしている人って、『イナズマイレブンGO』も『ダンボール戦機』も観ていないのでは?
…とか。
 つまり、『ガンダムAGE』を貶している人は、普通のアニメファン(アニメが全般的に好きな人)でもなければ、ロボットアニメファンでもない、と思うのだ。

 “ロボットアニメ好き”だったら『ダンボール戦機』は観ているだろう。“ロボットアニメファン”だったら、観ていなけりゃモグリだ。何しろ地上波のゴールデンタイムで放送しているのだから。私はアニメ誌とか全くと言って良いほどチェックしないのだが、『ダンボール戦機』の存在には何かで気付いて、第1話から観ている。

 『ダンボール戦機』を観れば、前番組の『イナズマイレブンGO』の存在にもすぐ気付くだろう。普通にアニメ好きだったら『イナズマイレブン』というサッカーアニメがあることは当然知っている筈だし、それを観たことが無い人でも「ふーん、今は“GO”が付いているのか」とか思って、ちょっと観てみたりするだろう。何しろアニメがゴールデンタイムで2作品連続放送されているなんて、アニメファンにとっては嬉しいことだから。

 私は『イナイレGO』を、さぁや(北原沙弥香)目当てで観始めたから、アニメファンとしては外道なんだけどね。…そう言えば、『ダン戦』も、ひぃちゃん(稲森寿世)が主題歌を歌っているから存在に気付いたような気がする。あらヤダ、本当に外道だわ。

 ま、とにかくキッカケは何であれ、『イナズマイレブンGO』や『ダンボール戦機』を観ていれば、『ガンダムAGE』も普通に受け入れられる可能性が高くなると思う。
 観れば分かるけれど、『イナズマイレブンGO』・『ダンボール戦機』・『ガンダムAGE』は、同じようなタイプの作品なのだ。絵柄も作風も主人公の年齢も似通っているし、マーチャンダイジングも同じ(特に同じロボットアニメである『ダン戦』と『AGE』は、“機体のカスタマイズ”がセールスポイントになっているところまで共通している)。そういう観点では『ポケモン』もそうだろうし、言うなればこれが今のアニメのスタイルなのだ。

 しかし、この「現代のアニメとしてモダンなスタイル」は、『ガンダム』シリーズにあっては実は珍しかったりする。前作のTVシリーズである『ガンダム00』も、2期分割方式であった点を除けばマーチャンダイジングは古典的であった。TVシリーズ以外で現在展開中である『ガンダムUC』も、マルチメディアで時間差展開するという点を除けば、やはり同様に古典的なシステムで商業化されている。
 『ガンダムAGE』は、『ガンダム』シリーズ始まって以来、初めて今風のスタイルで作られている作品なのだ。見方によっては、
「『ガンダム』シリーズが、今風のスタイルに染まってしまった」
とも言えるし、
「『ガンダム』シリーズが、漸く他の現代アニメのスタイルに追いついた」
とも言える。

 私は、『ガンダムAGE』が今風のマーチャンダイジングを前提に作られたことは、当然だと思う。そもそも、ファーストガンダムはガンプラという革命的なマーチャンダイジングを導入することで商業的に大きな成功を成し遂げたのだ(若い人のために補足すると、放送が終了したロボットアニメのプラモデルを新たに売り出すなんて、当時の業界ではまず有り得ない事だった)。
 今、遅れ馳せながら『ガンダム』シリーズが今風のシステムを取り入れた。歴史を振り返ると皮肉な感じもするが、現状の玩具文化を目の当たりにすれば当然であり必然であろう。

 『ガンダム』シリーズより歴史の古い『仮面ライダー』シリーズでさえ、『ディケイド』以降はモダンなスタイルを導入しているのだ。これも先程と同様、
「仮面ライダーが新しい玩具システムに取り込まれた」
と否定的に捉えるか、
「特撮ヒーローがシリーズを存続させるための新しい収入システムを獲得した」
と肯定的に捉えるかは、人に拠る。

 そうした意味で、『ガンダムAGE』はガンダムシリーズにおける一つの実験作とも言えるだろう。
 思い起こせば、ファーストガンダムも実験作…アニメ新世紀のための実験作とも言える作品であった。
 実験とは挑戦である。「ねじれ崩壊を始めたスペースコロニーからの脱出劇」を描くことが出来たのは、そんな挑戦者の意識があってこそなのかも知れない。

 さて、次の記事ではウェア換装等について語ってみたい。

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?

『ガンダムAGE』が賛否両論なのはいいけど、けなしている人は一体何のガンダムと比較しているのだろうか?

 『ガンダムAGE』のブルーレイを予約した際、レビューで“星1つ”の評価(5段階評価で1)が多かったことには驚いた。
 そのとき1番上にあったレビュー(“星1つ”の評価)では、コロニーからコアを離脱させることが
「コロニーを戦艦で引っ張って動かす」
と記されていて、よくもこんな間違いを書けるものだと呆れた(現時点では「一部」とか書き加えられているが、私が見た時点では単に「コロニーを戦艦で引っ張って動かす」だった)。
 そのレビューの下にあるレビュー(“星1つ”の評価)も読んだが、類は類を呼ぶと言うか、たまたまレベルの低い視聴者が集まってしまったのかと思った。

 ちなみに、コロニーのコアは自身の推進力でコロニーから離脱を開始しており、戦艦はコアの姿勢を安定させつつ牽引している。つまり、コア自身のエンジンがメインエンジンで、戦艦は姿勢制御エンジンのようなものである。
 私は、『ガンダムAGE』が3話までに
「コロニーが損傷を受けたことにより、一気にではなく、回転を続けたままジワジワと崩壊していく」
「コロニーのコアを脱出装置として使う」
という二つの描写をしたことで、「SFアニメとして、ファーストガンダムに肩を並べた」と評価している。つまり、上記二つの描写は「コロニー落とし」に匹敵するSFマインドを有しているということだ。

 私は中学2年生のとき、ファーストガンダムの本放送をリアルタイムで観ている。
 第1話を観たとき、「コロニー落とし」という描写を観て「ロボットアニメなのに…SFだ!」と驚嘆したものだが、同時に「オニール型のコロニーをああいうふうに“落とし”て、ほぼ原形を留めたまま地表に到達する筈が無い」とも思った。SF小説として、そういう描写をしたら明らかにリアリティの欠如となる。
 しかし、アニメは絵だ。「コロニー落とし」というアイディアをアニメで表現する場合は、あれで良い…そう思ってニヤリとしたことを覚えている。勿論、第1話を見る前から、オニール型コロニーの知識はあったし、「SFは絵だねぇ」という大元帥の言葉も多分知っていたと思う。確か、『スタジオぬえ』のイラスト集を持っていて、トレース(模写)とかしていたし…

 中1の時点で、私は既に「SFファン(SF小説ファン)」を自覚しており、同時に「ロボットアニメや特撮ヒーローの黄金期のリアルタイムコア層」だったという自覚もあった。リアル(現実)とリアリティ(現実らしさ)の違い、小説のリアリティとアニメ・特撮のリアリティの違いを、親に解説したりしていた(親はすぐに「あんなのウソや」と貶すから)。例えば、
「ロケットパンチが戻って来るときは、伸ばした指先から逆噴射しながら戻って来るのが、絵としては“正しい”」
という解説など。だから、ファーストガンダムで
「ザクがライフルを撃つと、ドラム缶みたいな薬莢が地面に落ちて来て転がる」
「ザクを狙って、有線ミサイルが発射される」
「ガンダムの頭部バルカン砲が、すぐに弾切れになる」
という描写を観て、
「俺たちの“ロボットアニメ”が、遂に“SFアニメ”のレベルに来てくれた!」
と胸を熱くしたものだ。

 そして46才になった今、『ガンダムAGE』で
「コロニーが損傷を受けたことにより、一気にではなく、回転を続けたままジワジワと崩壊していく」
という描写を観て、
「そうだよなぁ、経済的に巨大コロニーを造ったら、“想定外の強風を受けたときフニャフニャ振動する吊り橋”みたいな感じの構造物になるよなぁ。“金属製の茶筒みたいな、大穴が空いても崩壊しないような頑丈な巨大コロニー”なんて、経済的には有り得ないよなぁ」
と相槌を打ったり、
「コロニーのコアを脱出装置として使う」
という描写を観て、
「コロニー市民なら、一人一着のノーマルスーツ(宇宙服)を、家(またはバイクや車)に常備しているのが当然」
「コロニーのコアの内部に、最低限の強度を持たせて軽量化した脱出用のコアを入れておき(ノーマルスーツを着た市民が指定されたシャフト経由で避難する)、いざという時はアポロ宇宙船の先端に付いている脱出ロケットの親分みたいなユニットで、コロニーから引き抜く」
というのも現実に有り得るのではないかと想像したり…。

 『ガンダムAGE』の第1話における、「MS(MSタイプのUE)がコロニーの外壁に“着地”する」カットは、ファースト第1話における同カットの誤りを修正したものとなっている。正に、“進化したガンダム”だ。そこには「『ガンダムAGE』はファーストガンダムの正当な後継者」という自負と、ファーストへのリスペクトを感じさせる。
 その他の点に関しては記事を変えて書くつもりだが、『ガンダムAGE』は、少なくともファーストガンダムのファンには受けが良いはずである。
 低年齢層にフレンドリーな作風は、Gガンダム世代に受けが良いと思われる。

 『ガンダムAGE』をけなしている人は、一体何のガンダムと比較しているのだろうか?
 ファーストガンダムを観たことがないくせに、「俺がガンダムだ!」とか言っている人達か?
 『ガンダムSEED』が、ある意味でファーストガンダムの焼き直しだということを知らない人達か?
 …と書いたものの、そういう人達自体は正直どうでもいいし、興味が無い。『ガンダムAGE』のイベント会場で会ったりするわけじゃないから、何ら実害は無い。そういう人達自体はどうでもいいけれど、アポロ捏造論と同様、そういう考えに至った背景をアレコレ考えるのが面白いのだ。
 まぁ、思い当たるフシはあるので…

『TIGER & BUNNY』のオジサンこと、鏑木・T・虎徹のコスをしてみた

『TIGER & BUNNY』のオジサンこと、鏑木・T・虎徹のコスをしてみた

 私は『タイバニ』に関しては、完全に“遅れて来たファン”である。本放送で『タイバニ』を観始めたのは21話からなのだ。その理由はいたって単純で、アニメ誌を全くと言って良いほどチェックしていないため、『タイバニ』という作品が放映されていることを知らなかったというわけ。

 遅れ馳せながら『タイバニ』を観始めて、コスプレしたいなと思ったのはメカニックの斎藤さん。しかし私は、体形と顔の輪郭の両方とも、斎藤さんとは真逆に近い。私は斎藤さんのコスを諦めざるを得なかった。
 そこで、その代わりと言っては何だが、斎藤さん同様にオッサンキャラである鏑木・T・虎徹のコスをしてみることにした。
鏑木・T・虎徹_111211_1
 斎藤さんと虎徹以外にもオッサンキャラはいるのだが、消去法で残るのは虎徹なのだ。それでも当初は、オッサンキャラとは言え主人公の一人であり、(設定はともかく)絵的には2枚目キャラなのでコスすることを躊躇していた。そんなとき、背中を軽くポンと押して貰ったので、やってみようという気になったのである。

鏑木・T・虎徹_111211_2
 この写真はメイクもウィッグも雑なのだが、自分でもビックリするほど若く写っている。46才には見えないと思う。最終話でワンミニッツとなった虎徹は38才らしいので、この写真に限っては、その年齢で通用するのではないか。
 一眼が壊れてからコンデジのみを使用しているのだが、コンデジの方が細かいシワ等が写らないため若く写るようだ。

鏑木・T・虎徹_111211_4
 今回の虎徹コスは、基本的には私服を組み合わせたものとなっている。ネクタイのみ、バンダイから発売されている正規ライセンス商品である。

鏑木・T・虎徹_111211_5
 今回は「とりあえずやってみた」的なコスなので、メイクは部分的にしかやっていない。鼻は完全にノーメイクなので、見事にテカッている。イベントで虎徹コスをやるときは、テカリ抑えの下地をTゾーンに塗らねばなるまい。(斎藤さんのコスだったら、むしろ鼻はテカッていた方が良いと思うのだが)

鏑木・T・虎徹_111211_6
 今回の虎徹コスの最大の目的は、現在手持ちのメイク道具で顎ヒゲを上手く書くことが出来るか否かを確認することだった。結果としては、「まぁ、こんなところかな…」という感じだ。でも、何の知識もない人が見たら、「顎の黒いの何? 刺青?」てなところだろう。

 リアルにオッサンなのに、ヒゲをメイクで描くというのは、情けない気がする。ヒゲがもっと濃かったら、“本物”を再現できるのに…。しかし、「無いものを嘆いても仕方が無い」。特撮ヒーローであるボウケンレッドが、そんなことを言っていたことを思い出す。
 今までやってきたオッサンキャラ同様、虎徹コスも、自分なりのやり方で楽しもう。主人公だろうが脇役だろうが、オッサンはオッサンなのだから。

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震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。

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