2009-12

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「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた(その3)

「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた(その3)

 この記事は、この記事は、『「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた(その2)』の続きである。
 
 私が考えた、『仮面ライダーW』のオリジナルキャラ、鳴滝香(なるたき かおる)。左翔太郎と似た衣装を着ているが、全くの別キャラ。仮面ライダースカル2号に変身する謎めいたオッサン(鳴海壮吉と同い年)という設定。

仮面ライダースカル2号_11
 ちょっと、ハン・ソロを意識してみました。

仮面ライダースカル2号_12
 銃口から立ち昇る煙をフッと吹き流しているところ。もちろん、実際には煙は出ていませんが。

 本人曰く、
「フィリップの救出を鳴海壮吉に依頼したのは、この私」
「ロストドライバーとスカルメモリは、フィリップ救出のために必要になると思って、私が鳴海壮吉に供与した」
 果たして、この男の言葉は真実なのか?

 …とまぁ、こんな感じの、オリジナル設定のオッサンキャラのコスなのだ。
 フィリップ救出の依頼人の件も、劇場版(ビギンズナイト)では一切語られていないで、絡めてみた。この件は、今後TVで明かされていくようなので、期待している。(ディケイドみたいに、「最後の真相は劇場版で!」だったら苦情の電話を入れますよ)

仮面ライダースカル2号_14
 テーマは「怪しさ」。仮面ライダーも、本来は“怪人”であり、怪しさという属性を持つ。Wだって、基本的にはドーパントであり、いわゆる怪人属性を有しているのだ。

仮面ライダースカル2号_15
 奇跡的に上手く撮れた1枚。タイマーボタンを自分で押さなきゃならない自画撮りで、この状態を作り出すのは非常に困難。
 流石に「メモリを6本挿せる新しい変身ベルト」の登場は無いと思うけれど、ダブルドライバーにオプションが付いて3本刺しが出来るようになるというのは有り得るか? メモリが新メモリなら、音声ガイダンスが被らないようにすることも出来るわけだし。
「サイクロン! ジョーカー! ライトニング!」とかね。キカイダーのダブルオーみたいなデザインなら、3本刺しを表現できるもんな。

仮面ライダースカル2号_13
 影が上手く目の周囲に入ってくれました。敵か味方か?! スカルライダー2号!
 変身前、スーツ姿でネクタイを締めていたライダーは過去にもいたけれど、翔太郎のように常時着用のキャラは初めてかな? ネクタイはサラリーマンのシンボル=子供にとってはお父さんのイメージ。変身の際、ネクタイが翻ってそのままマフラーに変化するというのも見てみたい。

仮面ライダースカル2号_16
 この画像は、実は撮影の始めに撮ったもの。バンダイ製の黒い中折れハット(58cm)は私にはキツイので、5分も被っていたら額に跡が付いてしまう。頭の大きい男性は、60cmの類似品を買った方が良いと思う。私も買い直さなきゃ、コスプレイベントで被れない…トホホ。

 鳴滝香(なるたき かおる)という名前は、『仮面ライダーディケイド』の鳴滝と、『仮面ライダー龍騎』の香川英行(擬似ライダーシステムの開発者にしてオルタナティブ・ゼロに変身する男)を合わせたもの。両者とも眼鏡をかけたオッサンだし、鳴海と「鳴」の字が被っているし、イイ感じでしょ。

 気が向いたら、グレーを基調にしたバージョンのコスも、やってみるかも。グレーの背広は、星名一臣のコスのために買ったものが使えるし、グレーっぽいシャツは仕事着として持っているし。
 オッサンレイヤーここに有り!…なんちゃって。
 ああ、でもコスプレって、やっぱりお金がかかる趣味だなぁ…
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2010年のコスプレ計画

2010年のコスプレ計画

 寒さに弱いから、とりあえず春になるまではシーズンオフ。ワンダーフェスティバル 2010[冬]も、幕張だから行かない(コスプレゾーンは多分屋外、凍えてしまう)
 駅から徒歩5分以内で行ける屋内会場(暖房良好)でイベントがあれば、行くかも知れないけれど…(「翔太郎ベストを着たオリジナルオッサンキャラ」に関しては、出す気満々)。
 というわけで、ここでは春以降の計画を立ててみる。

----------------------------------------
3月
・3月28日:特撮オンリーイベント
 当初は『ゲキレンジャー』のオリジナルキャラのノースリーブバージョンをやろうと思っていたけれど、再考するに、「3月末にノースリーブ」は屋内でも無理。
 その代わり、『仮面ライダーW』のオリジナルキャラ(詳細は → こちら)をやる(初出し)。これなら3月末の室内でも大丈夫。外気温的に、薄手のコートの中に着込んで行けるので、効率も良い。スカルメモリ、メタルメモリ、スカルマグナムを持って行く。
 同人誌は、腐女子向けでないもの(BLネタ皆無のもの)を4~8冊程度買いたいところだ。予算は、公式下敷き等のグッズと合わせて8000円程度に収める。絶対に“万越え”しないこと!


4月
・4月1日:しょこたんコンサート
 『仮面ライダーW』のオリジナルキャラ。飽く迄も「しょこたんのコンサートのついで」なので、他人から「左翔太郎モドキ」と思われても構わない(むしろ「霧島五郎モドキ」と思われるかも)。いちおうスカルメモリはポケットに入れておく(コンサート中に“暴発”しないように電池を抜く)が、スカルマグナムは持って行かない。
 ※コンサートで使うピンクのペンライト(公式応援グッズ)を忘れないこと

・4月中旬:イベント未定
 『仮面ライダーW』のオリジナルキャラと、オリジナル激獣拳士の長袖バージョン。オリジナル激獣拳士は、まだ寒いので長袖バージョン。


5月
・5月5日:しょこたんのコンサート
 『仮面ライダーW』のオリジナルキャラ。

・5月4、5日のどちらか:イベント未定
 しょこたんのコンサートとの合わせ技でイベント参加。
 『仮面ライダーW』のオリジナルキャラと、オリジナル激獣拳士のノースリーブバージョン(ノースリーブとしては初出し)。

・5月23日:しょこたんコンサート
 『仮面ライダーW』のオリジナルキャラ。


6月
・6月中旬以降:イベント未定
 カーディアス・ビスト(初出し)。出来れば、『ガンダムユニコーン』の合わせに参加したい。

【追記】・6月27日:ガンダム00オンリーイベント
     イアン・ヴァスティ(1期)。出来れば、1期のトレミー合わせに参加したい。


7月
・7月上旬:イベント未定
 カーディアス・ビスト。出来れば、『ガンダムユニコーン』の合わせに参加したい。


8月
・8月のどこか:イベント未定(暑いので、冷房の効いた屋内)
 『仮面ライダーW』最後の放映月なので、盛り上げる意味も込めてオリジナルキャラのグレー系バージョン(グレー系としては初出し)。屋内なので(日焼けを気にせず)オリジナル激獣拳士のノースリーブバージョンもやる。


9月
・9月中旬:イベント未定(腹出しコスなので、出来れば屋内)
 ブラックピューマ(初出し)。

・9月下旬:イベント未定(腹出しコスなので、出来れば屋内)
 ブラックピューマ


10月
・10月のどこか:イベント未定
 カーディアス・ビスト。出来れば、『ガンダムユニコーン』の合わせに参加したい。


11月
・11月上旬:イベント未定(寒いので、出来れば屋内)
 カーディアス・ビスト。出来れば、『ガンダムユニコーン』の合わせに参加したい。
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 キャラとしては、以下の通り。
(1)『仮面ライダーW』のオリジナルキャラのブラック系バージョンとグレー系バージョン
(2)オリジナル激獣拳士の長袖バージョンとノースリーブバージョン
(3)カーディアス・ビスト
(4)ブラックピューマ
※(5)イアン・ヴァスティ
※(6)星名一臣(スーツ)

 カーディアス・ビストに関しては、本当は『ガンダムユニコーン』のDVDが発売される3月に出したいのだが、いかんせん衣装のインナーの資料がないので発注できない。DVD1巻の発売直後に発注したとしても、イベントで出せるのは6月になるだろう。

 そして2010年には、『ガンダム00』の映画が公開される…らしい。もし、イアン・ヴァスティが映画に登場しており、かつ私の手持ちの衣装でコスが可能ならば、これもやる。映画が本当に公開の運びになれば、多分合わせの募集もあるだろうから、出来ればそれに参加する。

 あと、『しゅごキャラ!』で男性OKの合わせがあったら参加したい。ブラックピューマ(ブラック専務)ではなく、スーツ姿の星名一臣として。と言うよりも、むしろカメラマンとして。そのココロは、「ヨルのしゅごたまを釣り糸で吊れるようにしてあるので、それを使って写真を撮りたい」である。

 そうそう、2010年は『ガンダムコスプレフェスティバル』はあるのだろうか?
 いちおう、『ガンダムユニコーン』のDVD発売と『ガンダム00』の映画公開がある年なのだが。
 今年の10月の『ガンダムコスプレフェスティバル』は、『ガンダムエキスポ』による燃え尽き症候群とリナレス敗北鮮烈予知夢(数時間後にまさかの的中)のダブルショックで行けなかった。2010年はカーディアスをやる予定にしているから、開催して欲しいな。

「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた(その2)

「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた(その2)

 この記事は、『「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた』の続きである。
 
 私が考えた、鳴滝香(なるたき かおる)という『仮面ライダーW』のオリジナルキャラの話を続けよう。
 「ダブルドライバーやその専用メモリの開発者」というのは本人の弁であり、本当かどうかは分からない。しかし彼は、ロストドライバーIIと称するダブルドライバーと同型のドライバーおよび各種メモリを所有しており、単身で仮面ライダースカル2号に変身するのだ。
(左翔太郎と似た衣装を着ているが、全くの別キャラ。仮面ライダースカル(1号)に変身した鳴海壮吉と同い年という設定のオッサンキャラ)

仮面ライダースカル2号_5
 突っ立ってばかりでは芸がないので、駆け出しながら変身シーケンスに入るイメージで撮った1枚。

仮面ライダースカル2号_6.jpg
 「スカル!」 撮り疲れた頃に撮ったので雑になっちゃった…。次に撮る時は最初にコレをやろうっと。

仮面ライダースカル2号_7
 仮面ライダー2号風に、腰を落としてポージング。

仮面ライダースカル2号_8
 どこかで見たようなポーズの理由は後述。

仮面ライダースカル2号_9
 手の表情が気に入っています。影もイイ感じで映っており、「スカルライダーに変身する男」の怪奇性を出せて満足。ちなみに、「スカル! メタル!」は、DXダブルドライバーで再現できます。スカルメモリは、変身ギミックとしては武装メモリではなく属性メモリなんだな。

 仮面ライダースカル2号の基本形態は、「スカルメタル」という設定。当然ながら、スカル側が黒、メタル側が銀のカラーリングとなる。
 スカルマグナムとメタルシャフトを同時に使用する事が出来るため、射撃戦と打突戦の両方に対応可能な、いわゆるマルチタイプ。
 また、スカルマグナムをメタルシャフトの先端にドッキングさせた状態でスカルマグナムを撃つことも出来る(射撃操作はシャフト側で行う)。この状態で、スカルマグナムのマキスシマムドライブをゼロ距離発動させる荒技が、スカルメタルの真の切り札。Wの「ヒートトリガーのゼロ距離射撃」とは異なり、自分はほぼノーダメージで済む。

 仮面ライダースカル2号なのに、「W」の文字をイメージさせる変身ポーズを取っているのはワケがある。当初は、『シュシュトリアン』の月子の変身ポーズを参考に、「S」の字をイメージした変身ポーズにするつもりだった。ところが、帽子を被って鏡を見た瞬間、
「これではまるで、“アイアンキングに変身する人を地味にしたコスプレ”ではないか!」
と思ったのだ。
 特撮オンリーのコスプレイベントにこのコスで参加したら、そういう目で見られる方もいらっしゃるんじゃないかしらん。そんな高齢レイヤーやマニアックな特撮レイヤーと現場で遭遇する確率は低いと思うけれど、同人の中には、あるいは…。よって、変身ポーズは「アイアンショック!」を意識したものとなったのである。

 スカルマグナムは変身前でも使用することが可能(鳴滝香が、そう念じながらスカルメモリの起動スイッチを手動操作することによって、反対側の手の中にスカルマグナムが出現する)。

仮面ライダースカル2号_10
 いかにもオッサンレイヤーという感じ。こういう画像を見ると「このコスをイベントで出してやろう」というヤル気が沸いてくる。

  残りの画像は、(その3)で。

「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた

「仮面ライダースカル2号に変身する男にしてダブルドライバーの開発者」のコスプレをしてみた

 “おやっさん”こと鳴海壮吉が、ロストドライバーとスカルメモリを手に入れた経緯は?
 ロストドライバーやダブルドライバー、その専用メモリは、誰が何のために造ったのか?
 なぜ、ミュージアムの幹部のベルトやガイアメモリとは異なる仕様になっているのか?
…これらが、『仮面ライダーW』の劇場版(ビギンズナイト)で明かされると期待していたのだが、完全に裏切られてしまった。

 しょうがないから、自分でオリジナルキャラを考えて補完してみた。

 鳴滝香(なるたき かおる)
 ダブルドライバーやその専用メモリの開発者にして、自身も仮面ライダースカル2号に変身する男。
 年齢は、仮面ライダースカル(1号)に変身した鳴海壮吉と同い年、即ちオッサン。
 かつてはミュージアムの一員であったが、ダブルドライバーの完成を期に組織を裏切ることを決意。ビギンズナイトの際、爆発に巻き込まれて自分が死んだように偽装した上で、組織から脱走した。

仮面ライダースカル2号_1

仮面ライダースカル2号_2

仮面ライダースカル2号_3

 衣装は風都で流通している市販品を着ているだけであり、左翔太郎に似ているのは単なる偶然である…

…なぁんちゃって。
見ての通り、ベストとネクタイと帽子はバンダイで買ったものです。つまり“純正品”。
翔太郎ベストのタグ

 ベストは、役者と私の体格が同じ(身長175cmの痩せ型)なので「役者サイズ」を買ったら、本当にピッタリ。いや、むしろピッチリと言うべきか。
 こりゃあ、ちょっと太ったらアウトだわ。
 でも、ベストの効果で二の腕が太く見えるため(個人的な印象)、満足度高し!
 帽子を被った状態でも、左翔太郎のイメージは全くない。ここまで違っていれば、「オッサンが左翔太郎のコスをしている、イメージが壊れる!」とか勘違いされることもないだろう。

 そもそも私は“左翔太郎”になりたいとは思っていない(詳しくは → こちら)。それでも「左翔太郎が着ている服」は、やはり1つのアイテムだ。『仮面ライダーW』の世界における「仮面ライダーに変身する男」としての、1つの記号だ。
 それがオリジナルサイズで自分にピッタリだと、
「俺も本物(別キャラとしてなら)」
だと思える。
「カメラに映し出されていないだけで、風都に実在しているキャラクター」
になれたという気分になる。

 だから今回、“翔太郎ベスト”を着た瞬間、
「あ、俺、男性レイヤーで良かったな!」
と思った。
「この衣装は、男のための衣装だ」
と思えたから。
 男性レイヤーならば「身長175cmの痩せ型」は珍しくないけれど、女性レイヤー(男装レイヤー)では、ごく一部でしょ。(身長160cmの男装レイヤーが胸潰しをした状態では、この役者サイズの“翔太郎ベスト”は似合わないと思う。勿論、着られないことはないけれど)
 それに私はリアルにオッサンだから、仕事で着るスーツやシャツを持っている。今回のコスには、それをそのまま使うことが出来た(女性の場合はスーツもシャツも合わせ(ボタン)が逆なので使えない場合がほとんど)。だから、コスしても「なんちゃって」感はほとんど感じない。むしろ「これで仕事着のバリエーションが増えたな」という感じだ。グレーのネクタイも含めて。

 このように今回のコスは、私の仕事着(本物)がベースになっている。
 左翔太郎の衣装も、あれは彼なりの(探偵としての)仕事着なのだと思う。
 だから今回のコスは、仕事着としての“本物コス”だと言える。「俺も本物(別キャラとしてなら)」と思えたのは、この点も大きい。

 所詮絵でしかないアニメキャラのスーツ姿とは違って、実写キャラのスーツ姿には本物の男性のリアリティが伴う。2次元キャラのコスとは違って、「現実の(厚底ブーツ等でごまかしたものではなく、ナチュラルな)身長・体格」が説得力を持つ特撮コスは、男性レイヤー向きのコスだと実感した。
 これは素直に嬉しい。普段は男性キャラの衣装でも女性サイズしか売っていなかったりして地団太踏まされているから、喜びもひとしおである。

仮面ライダースカル2号ナチュラル_1

仮面ライダースカル2号ナチュラル_2

仮面ライダースカル2号ナチュラル_3

 いっぱい写真を撮ったので、「その2」に続く。

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その4) 「自分に似合っていないキャラのコスをしても、楽しくないし、満足できない」

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その4)
「自分に似合っていないキャラのコスをしても、楽しくないし、満足できない」

 この記事は、『自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その3)』の続きである。

「自分が好きなキャラをやる」のがコスプレの原則だ。
 同時に、
「自分に似合うキャラをやる」のもコスプレの原則だ。

「自分が好きなキャラのコスをやり、それが自分に似合っている」
 これがコスプレの理想形であることが、レイヤー全体の共通認識だと考えて間違いあるまい。

 では、「自分が好きなキャラが、自分に似合わなかった場合」はどうするのか? 私は、
「自分が好きなキャラでも、自分に似合わなかったらやらない」のがコスプレの原則だと思う。
 これは、
「自分がコスプレをすることで、そのキャラのイメージを壊さない」ことがコスプレの原則であることと、ほぼ同義である。
 ただし、「キャラのイメージを壊さないコスプレ」が、具体的にはどういうものなのかという基準が統一されているわけではない。これを解消するため、私はコスプレにライセンス制が導入されるべきだと考えている(その記事は → こちら)。

 ネット上で見かける誤った論法として
「自分が好きなキャラでも、自分に似合わなかったらやらない」

「自分が好きなキャラではないけれど、自分に似合っているから仕方なくやる」
の二つを、あたかもセットであるかのように論じるというものがある。
 ボケるのもいい加減にしろと言いたい。
 こういう一見ボケたことを言っている輩は、実は「自分が似合わないコスをしてキャラのイメージを壊している」ことを正当化したがっているだけなのだ。
 例えば、被りなしの合わせで、既に自分の好きなキャラが埋まっていたとき、わざわざ自分の好きではないキャラの衣装を入手してまで参加しようとするレイヤーがいるだろうか? まずいないだろう。

「自分が好きなキャラでも、自分に似合わなかったらやらない」と決めたレイヤーが、自分の好きでもないキャラのコスをするなど、まず有り得ないではないか。
「自分が好きなキャラでも、自分に似合わなかったらやらない」とセットになるのは、
「それ以外の好きなキャラの中から、自分に似合うキャラを探す」である。

 例えば、私の場合はこうだ。
 今日、『機動戦士ガンダムUC』を読破した。特にこのキャラが好きというキャラはいなかったが、最も感情移入できたのはジンネマンである。ジンネマンが、私と似たルックスのキャラであるならば、私は彼のコスをするだろう。
 しかし私とジンネマンは、オッサンというキャラクターと性格の面では似通っているものの、ルックスは全く違う。だから私はジンネマンのコスはしない。それだけのことである。
「ジンネマンに感情移入は出来たけど、コスは出来ないな」
 本当に只それだけのことなのだ。当然のことだが、キャラに感情移入することとコスすることは、基本的には全く別々の事象である。

 これは別に私に限った話ではないだろう。
 普段、本を読んだりアニメを観たりするのは、コスプレのネタ探しのためではない。
 コスプレ(オリジナルコスを除く)は、本を読んだりアニメを観たことの結果であり、その逆ではないのだ。

 そもそも、自分に似合っていないコスをして、本当に楽しいのか?
 自分に似合っていないコスをして、本当に満足できるのか?
 「コスプレは自己満足だ」とよく言うが、それは本当の自己満足などではなく、「自己嫌悪」を「自己満足」という言葉で「自己欺瞞」しているだけではないのか?
 コスプレした後、自己嫌悪や後悔の念が沸き上がったりしてこないのか?

 一つの作品を好きになった場合、好きなキャラ(あるいは感情移入できるキャラ)が一人しかいないということは、まずないだろう。「自分には似合わない」と分かっているキャラをやるよりも、自分に似合うキャラをやった方が普通に楽しいと思うのだが。

 さて、ジンネマンのコスをしないと決めた私が次に思ったことは、
「カーディアスとブライト、さてどちらのコスをしようかな?」
ということだ。
 どちらのキャラにも感情移入できたし、どちらもそこそこ自分に合ったキャラ(どちらかと言えば痩せ型&面長のオッサン)でもある。出来れば両方やりたいところだが、予算の関係上そういうわけにもいかない。

 衣装のデザインや色味に関しては、カーディアスの方が気に入っている。しかし、カーディアスはイケメンキャラではないにしろ、“彫りが深い顔立ち”というイメージであることが気になる。私は典型的な極東モンゴロイドなのだ。
 でも、合わせの最有力候補となるバナージには、“彫りが深い顔立ち”というイメージはない。バナージのレイヤー(当然ながら日本人と仮定)とのバランスを考えると、私の顔でも大丈夫かなぁと思える。年齢的には、私は間違いなく現役レイヤーの中で最年長クラスなので、カーディアスをやるのに相応しいと言える。

 でも、応用の利くキャラとしては、ブライトなんだよな~、う~む(←打算する貧乏人の唸り)

 以上、「自分に似合っていないキャラのコスをしても、楽しくないし、満足できないもんな」がコンセプトのオッサンレイヤーもいるんだぞ、という話でした。

2009年はハロプロが過去最悪となった年だった

2009年はハロプロが過去最悪となった年だった

 事実上の再結成があると思っていたMilkyWay(ミルキィウェイ)は解散したっきりだし、
 ℃-uteはメンバーが2人減ってしまったし、
 小春(久住小春)は卒業しちゃうし、
 ℃-uteはブレイクの機を逃したどころか楽曲的には干されたような状況だったし、
 モー娘。はAKBに完全に逆転されてしまったし。
 ついでに、まのえり(真野恵里菜)は事務所がずっと推し続けた割にはパッとしないし。

 振り返ってみれば2009年は、私が本格的にハロプロファンになった2005年以降で、ハロプロが最悪となった年だった。
 
 えりかや小春の卒業は、彼女達にとってプラスになる可能性があるから、寂しいと“思う”反面、これで良かったと“考える”ことも出来る。
 しかし、MilkyWayの解散、℃-uteの扱いの悪さ、モー娘。の沈下はどうにもならない。
 特に、℃-ute推しの私としては、℃-uteの件がツライ。だって、

   Bye Bye Bye!
   暑中お見舞い申し上げます
   EVERYDAY 絶好調!!
   SHOCK!

なんだもん。
(『SHOCK!』は2010年の曲となるが、既にDohhh UP!(ド・アップ)でPVが公開されているから、加えてみた)
 カバー曲『暑中お見舞い申し上げます』以外は、全部ハズレじゃん。『SHOCK!』なんか、曲もダンスもやっつけ仕事としか思えない。もうガッカリである。

 アップフロントは、もう℃-uteを諦めたということか?
 来年の春にメジャーデビューさせるスマイレージにリソースを集中させるというのならそれも良いが、今年のまのえりのイマイチ振りを見ると、悲観的にならざるを得ない。

 本気で一般層を相手にしなければ、ダメなんだって。
 まのえりの場合、結局、既存のハロプロファンの中で「共食い」をさせているだけなんだから、ブレイクなんて出来るわけがない。

 まいまい(里田まい)や、さゆ(道重さゆみ)のブレイクの仕方を見れば、明らかではないか。
 のの(辻希美)の再ブレイクも同様だ。
 現時点で既にハロプロのファンになっている人間を相手にしたって、ファンが増えるワケが無い。
 全く新しいファンか、モー娘。の黄金期にファンであった人を呼び戻すかしないと、ハロプロに未来は無い。

 言い方を変えると、縮小再生産を続ける未来しかない。
 スマイレージが上がった分、それ以上にモー娘。やベリキューが下がる未来しか来ない。

 アップフロントが本当に℃-uteを諦めたのなら、℃-uteにクズ曲を押し付けるのではなく、ベリキュー自体を諦めて完全に再編成するべきだ。(詳しくは → こちら

 それとも、ハロプロは20年計画で“老人向けアイドル市場”を確立させるつもりなのだろうか。(詳しくは → こちら

 あと2年間は現場でハロプロを観続けるので、その間に出来るだけ面白い展開を作って欲しいものである。
 余りにも哀しい展開が続くと、私もハロプロを諦めて、その2年間をAKBに振り向けざるを得ないから。

筋トレのローテーション(2009年12月~2010年4月)

筋トレのローテーション(2009年12月~2010年4月)

 毎日寝る前に30分間(23:00~23:30)を柔軟体操に充てるため、1日あたりの夜の筋トレ時間を少し減らすことにした。夜の筋トレを19:00~20:30、夕食を20:40~21:00に済ませば、23:00までに2時間を確保できる。


月      … 昼:腹       夜:胸、背中、腹
火      … 昼:肩       夜:腕、肩、首
水      … 昼:カーフ     夜:脚、腹
木      … 昼:腕(二頭のみ) 夜:首(前・左・右・後)
金(月と同じ)… 昼:腹       夜:胸、背中、腹
土(火と同じ)… 昼:肩       夜:腕、肩、首
日      …【柔軟のみ】


 このローテーションの良いところは、土曜のメニューを日曜に振り替えても、月曜のメニューを変える必要がないことだ。「肩の翌日に胸(ベンチプレス)」をやるのは好ましくないが、絶対にダメというわけではない。これが「脚(スクワット)の翌日に背中(チンニング)」だと、私の場合は腰にキてしまうので、絶対にダメである。

 ベンチプレスは現在52.5kgで2セット(11レップ、7レップ)組めている。2010年2月末までに55kgで、4月末までに57.5kgで同じセットを組むことを目標とする。ギックリ腰をやる直前は57.5kgでセットを組む途中だったので、多分出来ると思う。
 3月末にノースリーブのコスをする予定なので、とにかく無理はせず、故障しないよう継続したい。そのためには、筋トレした当日に柔軟体操を行うことが必要なのだ。

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その3) 「カラオケで1曲歌うとき、その曲の歌手を詳しく知っていないと歌っちゃダメなのか?」

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その3)
「カラオケで1曲歌うとき、その曲の歌手を詳しく知っていないと歌っちゃダメなのか?」

 この記事は、『自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その2)』の続きである。

 今回は「着ただけ」に関して。
 ファッション感覚のコスプレは、レイヤー一般から「着ただけ」として忌み嫌われているようだ。しかし私は、ファッション感覚でコスプレしても、本人が気に入っており、外見上のクオリティが高ければ、構わないと思う。

 私にとって“究極のコスプレ”とは、「実写化されたとき、そのキャラに配役されること」である。
 仮に、『機動戦士ガンダム00』が実写映画化されたとする。当然ながら、キャスティングされる俳優のほとんどは、外国人ということになる。この外国人俳優達は、キャスティングが決定した時点では、誰一人として原作アニメの『機動戦士ガンダム00』を観ていないということも十分に有り得るだろう。
 さて、製作発表の時点で、各キャラの衣装を着た外国人俳優達は、レイヤー一般から「着ただけ」として酷評されるのだろうか?

 もちろん、原作のイメージとかけ離れたキャスティングであるならば、レイヤーのみならずファン全般から大ブーイングを受けるだろう。
 しかし逆に、原作のイメージとドンピシャリの「よくもまぁ、ここまでイメージ通りの役者を見つけてきたなぁ」といったキャスティングであれば、現時点でその外国人俳優達がコスプレで言うところの「着ただけ」であったとしても、大半のレイヤーは納得するに違いない。「まるで本物みたい」だと。

 これは、一般的な「着ただけ」コスプレにも水平展開できる論理だ。
 作品は1話しか観ていないが、キャラと衣装を見て気に入ったので、コスプレしてみた。その結果、ビジュアル的にクオリティの高いコスになっているのなら、それで良いではないか。
 何故なら、“実写映画化の製作発表の場における「着ただけ」コス”と、実質的には何も変わらないからだ。両者とも、作品に関する知識や、キャラに対する愛情はまだこれからといった段階だろう。それでも「本人が気に入っている」「結果としてクオリティの高いコスになっている」のなら、非難するには当たらないと思う。

 カラオケで1曲歌うとき、「その曲を歌っている歌手の大ファンでなければ、歌う資格が無い」のだろうか?
 たまたま、その1曲だけ気に入っているだけで、その曲を歌っている歌手については良く知らないという場合も許されているのではないか?
 コスプレだって、それと同じで構わない。私は、そう思う。

 ファッション性の高いコス衣装が、その作品の著作権者によって日常用の衣装として販売されている例は既にある。(バンダイによる仮面ライダー関連衣装の販売がそうだし、多分他にもあるだろう)
「キャラに成りきる」のではなく、
「好みのファッション」として、コス衣装を日常的に着用するわけである。

 「コスプレの市民権」は、意外にこういうところから確立されていくように思える。

 つまり、コスプレが市民権を確立した暁には、レイヤーの90%が「着ただけ」という状況になっているかも知れないのだ。それによって「本人に似合っているコスプレ」の割合が大幅に増えたとしたら、コスプレの質はむしろ向上したと言えるのではないだろうか。

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その2) 「コスプレをしないと作品を語り合えないなんて、おかしいだろ?」

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる(その2)
「コスプレをしないと作品を語り合えないなんて、おかしいだろ?」

 この記事は、『自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる』の続きである。

 私がコスプレをしている理由は、男性レイヤーのカウントを1人分維持するためと、自分が好きなキャラを実写化した姿を自分自身で提示確認するためである。

 コスプレをする理由に、「レイヤー同士で作品を語り合う」等の交流が挙げられることがある。
 では、人はコスプレをしなければ作品を語り合うことが出来ないのか?
 答えは否。お喋りで、文章で、イラストで、漫画で、人はコスプレをしなくても作品を語り合い、交流することは出来る。

 私にとって「レイヤー同士で作品を語り合う」等の交流は、飽く迄も、コスプレをした“結果”の一つであり、コスプレの“目的”ではない。「作品を語り合いたいから」という“理由”でコスプレをすることには、不自然さを感じる。

 「作品を語り合いたい」のなら、その作品の同人サークルに入って活動した方が、遥かに効率が良いではないか。同人サークルなら、コス衣装など準備せずとも交流が成り立つ。文章を書いて送るだけなら、ほとんど只に近いコストで出来る。もちろん、定期的にオフ会を開いて交流することも可能だ。
 高1から30過ぎまでサークル活動を継続していた私は、
「作品を語り合うためにコスプレをする必要は無い」
と断言できる。

 同人に比べると、コスプレは本当に金がかかる。文章主体の同人活動と比べると、時間もかかる。「作品を語り合う」ための手段としてコスプレを選ぶことに対して、首を傾げたくなるのは私だけだろうか?
 逆に、「同人の売り子が客にアピールするためにコスプレする」という流れは自然であり、十分理解できる。ビジュアル的には地味な同人活動を補完するためのコスプレならば、ある意味、二次創作として理想的ですらあると思う。

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる

自分自身の「コスプレのコンセプト」を確認してみる

 「コスプレをやりたくてレイヤーになったわけではない」私(詳しくは → こちら)にとって、「コスプレをする・見る」動機とは何だろうか? それは、
「このキャラを、実写で見てみたい」という“アニメファン兼映画(実写)ファン”の感覚である。

 私にとって、コスプレとは「キャラクターを忠実に再現すること」ではない。
 「キャラに成りきること」でもない(ごく一部例外あり)。
 私にとって、コスプレとは
「このキャラを実写化するとしたら、自分ならこうする」という提示なのだ。
 当然、私が見たいと思うコスプレも同様である。
「このキャラを実写化するとしたら、こうなって欲しい」
という姿を求めて、コスプレ画像を検索したりするのである。

 だから、「実写キャラ(俳優が演じたキャラ)」のコスプレに関しては、するのも見るのも基本的には興味が無い。
 既に実写化されて、本物(俳優が演じたキャラ)が存在するのだから、それ以外の人間が何をやっても所詮モノ真似である。モノ真似コスは、一部の例外を除けば好きではない。
 その例外とは、以下の通り。

(1)変身後のヒーローや、怪人、怪獣、ロボットなどのコスプレ
(2)ブルース・リーなど、ごく一部のキャラのコスプレ
(3)自分が好きな女性キャラで、それなりにクオリティの高いコスプレ

 (1)と(2)は、要するに「○○ごっこ遊び(なりきり遊び)」である。私にとって「コスプレとはキャラに成りきることではない」のだが、この(1)と(2)だけは例外である。
 重要なのは、例えば玩具のダブルドライバー(変身ベルト)を締めて「ヘンシン!」とやるのは、「左翔太郎」に成りきっているわけではないということだ。飽く迄も「仮面ライダーWに変身する自分」に成りきっているのだ。自分が仮面ライダーWに変身できるのなら、それは別に左翔太郎である必要はない。これは『特撮キャラ(変身前)のコスに違和感を感じることに関して』でも書いたが、多分チビッコも含めた男子共通の感覚だと思う。

 ブルース・リーに関しては、自分でも良く分からないのだが、基本的にモノマネで良いからやりたい。あの黄色いトラックスーツを着て、普通にポーズを取ってみたいと思う。これは本当に例外中の例外である。

(3)は、単純に男性(オッサン)心理である。自分が好きな女性キャラなら(ビジュアル重視で)別バージョンでも見てみたいということである。

 (1)~(3)は飽く迄も例外であり、実写キャラに関するコスは、オリジナルキャラ(いわゆる捏造キャラ)が基本となる。『仮面ライダーW』の場合、「左翔太郎のコス」をやりたいとは思わない。やりたいのは「仮面ライダーWに変身できる、もう1人の自分」というオリジナルキャラなのだ。

 この“オリジナル”感覚は、2次元キャラのコスをする場合にも存在する。
 既に書いたように、私のコスプレは「実写化」と同義である。
 2次元でカッコ良かったデザインを、そのまま3次元化してもカッコ良くなるとは限らない。初代ガンダムの股関節のように、そのまま3次元化するのが不合理なものもある。極端なことを言えば、アニメは所詮「絵に描いた嘘」なんだから、忠実に3次元化すればかえって嘘っぽくなる(不自然になる)部分も少なくないと思う。

 「実写化」に際して、よりリアルに適するように、原作をアレンジする。
 そして「実写化」のベースが自分自身である以上、自分自身に似合うよう、原作をアレンジする。
 このような「自分をベースにして実写化した、自分バージョンの○○」が、私のコスプレのコンセプトである。

 原作をいくら忠実に再現したとしても、そこにリアリティがなければ、意味が無い。
 原作をいくら忠実に再現したとしても、それが自分に似合っていなかったら意味が無い。
 かと言って、原作の原型を留めないような姿になってしまったら、意味が無い。
 原作のイメージを壊さない範囲で、いかにリアリティを持たせ、かつ自分に最適化したアレンジを施すか。その点における創意工夫が、レイヤーの腕の見せ所だと私は考えている。

 コスプレの完成度が本人込みである以上、同じキャラのコスであっても、最適化の方法は十人十色になるのが自然だと思う。
 「完コス」=「完全なコス」という言葉をあえて使うならば、それは「原作のイメージを壊さない範囲で、その人にとって最適化されたアレンジが施されているコス」という意味で使いたい。そこには、原作に対する単なる忠実性とは別の次元の、リアリティ(本物感)がある筈だ。

 実際には、そこまで突き詰めたコスなど、なかなか出来るものではない。ただ、自分なりの理想は忘れないようにしたい。その理想と現実の間で、妥協点を探れば良い。妥協と現実はイコールではないのだ。「そのままの現実」よりも、例え1ミリでも「理想」に向ってにじり寄った結果が、「妥協点」なのである。

コスプレイベントが「男性禁止」主流になった方が、男性レイヤーには好都合? ~ コスプレイベントにおける男性の規制に関する逆転の発想 ~

コスプレイベントが「男性禁止」主流になった方が、男性レイヤーには好都合? 
~ コスプレイベントにおける男性の規制に関する逆転の発想 ~

 女装(男性レイヤーが女装コスをすること)禁止のコスプレイベントが多いらしいことは以前から知っていた。コスプレイヤーズアーカイブの質問箱にも、それに関する質問( → こちら)が出されていた。私も回答に加わっているが、その件に関して、ここで改めて述べてみたい。

 もしも、男装(女性レイヤーが男装コスをすること)レイヤーが、男子更衣室に侵入したとして、コスプレイベントの多くが男装禁止になるだろうか?

 もしも、男装レイヤーが男子トイレに侵入したとして、コスプレイベントの多くが男装禁止になるだろうか?

 答えは否である。例え上記の問題が発生しようとも、問題を起こしたレイヤー個人が排除されることはありこそすれ、男装コスそのものが禁止されることは、現時点では有り得ない。
 何故なら、男装禁止にしたら、コスプレイベント自体が成立しなくなるおそれがあるからだ。

 極端な話、もしも上記の問題が繰り返し発生した場合は、コスプレイベントが男装禁止になるのではなく、男性の参加が禁止される方向で事態が推移するだろう。
 何故なら、男性禁止のイベントであれば、男子更衣室の問題は起こり得ない。男子トイレの問題も、会場を占有している場合は起こり得ない(通常のイベントでも、男子トイレが女子トイレに転用されているケースがあるくらいだ!)。

 男性が被害に遭うことを防ぐため、イベントから男性を排除する。
 本末転倒も甚だしいが、現実に起こったとしても不思議ではない。
 実際の話、レイヤーにおける男性の割合は10%以下。男性禁止(女性オンリー)にしても、コスプレイベントは普通に成立するのである。
 よって、「男性がいることで問題が発生するのであれば、最初から男性を排除してしまおう」いう方向に進む可能性は十分にある。要するに、マイノリティは排除され易いのだ。

 ちなみに、苦情の問題にしても、基本的には同様である。
 仮に、イベントに参加している男性レイヤーの50%が男装コスに苦情を出したとしても、その数はイベント参加者全体の5%以下にしかならない。
 一方、イベントに参加している女性レイヤーの11%が女装コスに苦情を出したとすると、その数はイベント参加者全体の9.9%以上となる。
 どちらが重要視されるかは、言うまでもないだろう。多数決では、端から勝負にならないのだ。

 しかし、そういう状況が返って良い結果を招く可能性もある。

 仮にコスプレイベントの多くが「男性禁止」になった場合、少数の「男性許可」イベントに、男性参加者が集中することになる。現時点でも、女装が許可されているイベントに女装レイヤーが多く見られるが、それと同じことが男性参加者全体に起こるわけだ。
 個人的には、むしろこの方が良いのではないかと思う。
 関東では東京で月に1、2回だけ「男性許可」イベントが開催され、男性レイヤー(女装レイヤー含む)と男性カメラマンがそこに集中するようになれば、いろいろなメリットが期待できるからだ。

 まず、単純に男性参加者の割合が増えることが期待できる。既に述べたように、現状ではイベントにおける男性レイヤーの割合は10%以下だが、この割合が20%あるいは30%まで上昇する可能性がある。
 男性レイヤーの割合が増えれば、男性レイヤー同士の交流がやり易くなる。
 男性主催の合わせも、やり易くなる(メンバーが集まり易くなる)。

 また、男性カメラマンも集中するので、男性カメラマンを歓迎するタイプの女性レイヤーも集中することが期待できる。過度な露出は規制しなければならないが、「男性の視線を集めてやろうじゃないか」的な気合の入ったコス自体は歓迎されるべきである。
 そして「男性カメラマンを歓迎する」わけではないにしろ、「男性許可」イベントに参加する女性レイヤーならば、男性が苦手だというタイプは少ないだろう。このことからも、男性主催の合わせにメンバー(女性レイヤー含む)が集まり易くなることが期待出来る。

 なお、男子トイレが複数ある会場を使える場合は、そのうち1つを女装レイヤー専用とすることも可能だ。私は、しょこたん(中川翔子)の武道館ライブの際、この必要性を強く感じた。
 しょこたんの武道館ライブでは、客の男女比が半々であるにもかかわらず、男子トイレの一部が女性トイレに転用されてしまった。そのため、男子トイレに長蛇の列が出来てしまい、そこで私はセーラー服を着た女装レイヤーの真後ろに並ぶことになってしまったのだ。しかも長時間。

 私も不愉快だったが、男子トイレの列に長時間並ばさせられた女装レイヤーも苦痛だったに違いない。その女装レイヤーが、ちゃんとした女装をしていたから、尚更そう感じた。
 女装レイヤーは、男子トイレでも女子トイレでもなく、“女装トイレ”を使うべきなのだ。女子トイレを転用するのがベストだとは思うが、いかに男性参加者が集中したイベントであっても、男性の比率が女性を上回ることはあるまい。よって、“女装トイレ”は複数ある男子トイレのうち1つを転用することになるだろう。

 かつて少数派だった男装コスが、今日多数派になっているのは何故か?
 それは、大規模イベントでコスプレが全面禁止されてしまった時期に、やおい(今で言う腐女子)系の小規模イベントに女性レイヤーが集中し、そこで男装コスが盛んに行われるようになったからだと考えられる。もしも、大規模イベントでコスプレが全面禁止されるという事態が生じていなかったら、今日のように男装レイヤーが増えていなかったのかも知れない。

 パラダイムシフトと言う程のことではないが、こうした流れで男性レイヤーの活動スタイルが変わってくる可能性はあると思う。経緯はどうあれ、少ないリソースの集中運用が成されるようになれば、良い結果が生まれるだろう。
 近い将来コスプレイベントが「男性禁止」主流になってきたとしても、むしろチャンスと捉え、悲観しないことだ。

コスプレの、これからの十数年に期待すること ~ ライセンス制コスプレとフリーコスプレの共存共栄 ~

コスプレの、これからの十数年に期待すること 
 ~ ライセンス制コスプレとフリーコスプレの共存共栄 ~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その7) ~ コスプレをライセンス制(許認可制)にしてみたら? ~』の続きである。

 この十数年で、コスプレは大きく変わった。
 私が1994年の夏コミに参加したとき、コスプレの男女比がどちらかに大きく偏っているという印象は受けなかった。 おそらく、半々程度だったのだろう。
 同時に、男装コスというジャンルの存在に気付かなかった。おそらく、男装コスは全体としては少数派だったのだろう。

 詳細はともかく、この記憶を大まかに裏付ける複数の証言もあるので(その証言は → こちら )、この十数年でコスプレが大きく変わったことは紛れもない事実だと確信している。
 だから十数年後、コスプレが今とは大きく変わったとしても不思議ではない。
 変わるとしたら、どう変わっていくのだろうか。
 個人的に期待していることを、書いてみよう。

コスプレ統一基準(ライセンス制)の導入によるコスプレの二分化(棲み分け)

 現時点では、「著作権が存在する個別のキャラクターのコスプレ」であっても、そこに統一された基準(そのキャラをコスする際に課せられる具体的条件)というものが存在しない。だから、コスプレイベントに参加した場合、時としてキャラのイメージを壊すコスプレに遭遇することがある。
 こういうことを全然気にしないレイヤーがいる一方で、私のように気にするレイヤーもいる。

 そこで、ライセンス制の導入である。
 各キャラごとにコスプレに関する条件を公表し、レイヤーはその条件に従うこと誓うことで、そのキャラのコスをするライセンスを得る。ライセンス制のコスプレイベントでは、このライセンスを持っているレイヤーのみが参加を許されるという仕組みである。
 例えば、セーラームーンの場合、

・BMIが16.0以上23.5以下であること
・コスプレ中は、飲酒喫煙をしないこと(喫煙コーナーで喫煙することも禁止)
・その他、キャラクターのイメージを壊す行為をしないこと
・ライセンスを所有していることを根拠に、自分の優位性を主張しないこと


 BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
であるので、身長160cmで60kgであっても23.4となる。筋肉質で体重が重い女性であっても、そこそこ締まっていればクリアできると思うがどうだろうか。
 私がライセンス制の導入を希望する理由は、

フリーのコスプレ…「コスプレは自己満足だから、他人の目を気にする必要は無い」とするコスプレ
ライセンス制のコスプレ…「コスプレはキャラのイメージを壊さないよう、ある程度は他人の目を気にする必要がある」とするコスプレ

を分けたほうが、コスプレをより楽しめると思うからだ。
 コスプレイベントを、そのときの自分の気持ちや状況で使い分けることが出来るようになった方が、より楽しめる。そういう期待があるからだ。

 フリーのコスプレイベントとライセンス制のコスプレイベントに分かれている以上、私のような「力士体形のセーラームーンは勘弁してくれ」と思っている人間は、ライセンス制のイベントを選ぶだろう。
 これは裏を返せば、フリーのコスプレイベントに参加して「力士体形のセーラームーン」と遭遇したとしても、文句を言うのは筋違いだということである。他人のコスに文句を言う人は、そもそもフリーのコスプレイベントに参加するべきではないのだ。
 つまり、フリーのコスプレイベントに参加するレイヤーには、「他人の目を気にする必要は無い」という環境が保障されるのである。(ただし、イベントごとに定められたルールや、ゴミのポイ捨て禁止等の常識的マナーを守らなければならないのは当然である)

 これは、明確なメリットである。
 大袈裟に言えば、これによってコスプレ人口の増加が期待できる。

「コスプレをしたいけれど、他人の目が気になってイベント参加に踏み切ることが出来ない」
「コスプレイベントに参加したが、他人から批判されてイベントに参加することが怖くなってしまった」

 そういうレイヤーは、フリーのコスプレイベントに堂々と参加できるようになるのだ。
 また、普段は人の目を気にしてコスプレをしており、ライセンス制のイベントに参加しているレイヤーでも、

「自分には無理なキャラだと分かっているが、今回だけは思い切ってコスプレしたい…でも、やっぱり人の目が気になる」

という状況になるかも知れない。フリーのイベントは、そういうジレンマの受け皿としても機能する。
 他人のコスプレを見てイメージを壊されるリスクもあるが、自分自身も無理なコスプレをしているのだから、お互い様である。そういうふうに覚悟を決めて、フリーのイベントに参加するのも一つのやり方である。

 あるいは、
「私は、何が何でもライセンス制のイベントにしか参加しない」
ということをモチベーションにするというのも、一つのやり方である。
 セーラームーンの例だと、
「BMIが16.0以上23.5以下から外れてしまったから、ライセンスを返上してフリーのイベントに参加する」
のではなく、
「BMIが16.0以上23.5以下に入るように体を戻し、ライセンス制のイベントに参加する」
というわけだ。

 ライセンス制が、フリーよりも上というわけではない。
 ライセンスの例で示した通り「ライセンスを所有していることを根拠に、自分の優位性を主張しないこと」が、ライセンスを持つことの条件なのだ。
 ライセンス制とフリーは飽く迄も考え方の違いであり、また、固定されるものでもない。
 既に述べたように、あるキャラに関してはライセンス参加し、別のキャラに関してはフリー参加することも出来る。ケースバイケースで、自分の欲する環境を自由に選べるということなのだ。

 選択肢が基本的には存在しない現状と比較して、より良い状況だと思う。実現を期待する。

『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE対戦2010』 【丸の内TOEI(1) 初日舞台挨拶】

『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE対戦2010』
      映画を観た日:2009年12月12日(土)
      【丸の内TOEI(1) 初日舞台挨拶】

 久々の舞台挨拶付き映画鑑賞。過去経験した舞台挨拶付き映画鑑賞は、全て映画祭でのゴジラ映画だったから、普通の映画館では今回が初めて。

 だから、一番驚いたのはプレスや関係者の割合が多かったこと。
 映画祭でのゴジラ映画においても、今回と同じかそれ以上のプレスや関係者が来ていたとは思うけど、何しろ会場が丸の内TOEI(1)とは比較にならないほど大きかったので、全然気にならなかった。
 今回は、プレスや関係者を全員客席に座らせたら1階席の半分が埋まるんじゃないかって…、イヤそれは大袈裟としても、4分の1程度は埋まったんじゃないかな実際。何だか身内の発表会みたいな雰囲気だった。

 もう一つ驚いたことは、観客におけるオバサンの割合の多さ。周りを見たら、
「オバサン率、高っ」
 イケメン揃いの舞台挨拶だから、もうちょっと若い女性が多いと思っていたけど、見事にオバサンメインになっていたね~。
 今回の客の年齢層で最も多かったのは、「25才以上35才未満の女性」だったと思う。これは正に、ハロプロコンサート会場の女性版ですよ。平均年齢が30才を越えているかどうかは微妙だったところも、ハロプロの客層と同じ。ついでに、中高生がほとんどいないところも同じ。

 オッサンは意外に多くて、3割はいたと思う。子供はやはり少なめで1割程度。残りの約6割がオバサンかな。オバサンの中には子供を連れた普通のお母さん風の方もいたけど、普通のお母さんがわざわざ割高な舞台挨拶の回のチケットを買わないよな。

 9時半過ぎに会場入りしたら、グッズ売り場に長蛇の列が出来ていたのも、ハロプロの現場みたいで可笑しかった。Wのリストバンドがラインナップされていなかったのが残念。次回のW劇場版に期待する。
 通常のグッズだけでなく、何気に置いてあるガシャポンにまで大人が並んでいて、ほぼフル回転状態だった。オバサンも結構買っていたから、ストラップの類でも入っていたのかな?(パンフレットの広告ではガイアメモリが入っていることになっているけれど、オバサンはガイアメモリを欲しがらんだろう)

 ちなみに、グッズ列で私の前に並んでいたのは、イケメンの若い「父・息子」の2人組。劇場版に出演しても良い位のイケメンだった。
 あと、“おやっさん”のコスプレをしていたチビッコがいて微笑ましかった。ちゃんとスカルマグナムも持っていたし、いわゆる完コスですよ。バンダイファッションネットでは“おやっさん”の衣装は売られていないようなので、多分お母さんが市販品で揃えたんだろうな。近くにいた女性客もが「カワイイ~」「カワイイ~」って言ってました。

 舞台挨拶で驚いたのは、客席からの歓声が一番大きかったのが吉川晃司さんだったこと。
 今日集まったオバサンの何割かは、吉川さん目当てということなのか?

 ただ、個人的には、吉川さんに対する印象はもの凄くイイ!
 何と言っても同い年なんだもん!
 昭和ライダーブームの洗礼を浴びた、言わば“同期”ですよ。
 「学校でライダースナック禁止」の話を出されてときは、「おおッ」となった。社会現象となったライダーブームを体験した、“同期”なんだ!と思えて。
 当時は、単なるライダーブームではなく特撮自体が黄金期だったから、吉川さんの口から「ハカイダーみたい」とい言葉もスラッと出るし。
 パンフレットでも
「(スカルライダーのラストのシーンで)ガイアメモリで身体が変化していて強化服の設定じゃないから、顔だけ出しても良いのかな?」
と、子供たちの解釈を気にしておられ、強く共感した。こういう細かいところまで意識出来るのも、昭和ライダー世代ならではだと思う。

 吉川さん以外の出演者に関してには、山本ひかるさんが亜樹子キャラを前面に出したトークをしていたことが印象的。一杯一杯ではあるものの、「ネタをしっかり仕込んで来たな」という感じで好感が持てた。衣装も亜樹子としての衣装としても使える感じだったし、とにかく可愛らしくて似合っていた。いっそ、舞台の上でも桐山さんにスリッパで突っ込んで欲しかった。
 逆に、森カンナさんは髪型も衣装も役柄とは正反対だったのでガッカリ。あの時点では、モー娘。のジュンジュンの方が夏海に似ていたと思う。しかも、森さんは舞台に立っている時間のほとんどが「宙の一点を見詰めたまま微動だにせず」という状態で、「一体どこと“交信”してるんですか?」と訊きたくなった。

 フォトセッションのコーナーでは、Wとディケイドも舞台に登場。やっぱり特撮映画の舞台挨拶には、これがないとね。ただ、ディケイドのスーツの生地にレオタードが使われており、Wと比べて見劣りがしたのがチョット残念。

 舞台挨拶は、フォトセッションを除けば20分程度と短い時間であったが、なかなか楽しかった。
 チケットを買った当初は「腐女子がウザかったらどうしよう」とか不安を感じていたが、大きな問題はなかった。まぁ、「女性ってホントにお喋りが好きな生き物だなぁ」と思うことはあったが、それは特に腐女子に限った話でもないし。
 今後も、自分の都合の良い日に舞台挨拶があったら、エントリーしてみるつもりだ。

 さて、肝心の映画であるが、W目当てで来ていた私にとっては、やや不満の残る内容であった。


                 【以下、ネタばれあり】


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原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その7) ~ コスプレをライセンス制(許認可制)にしてみたら? ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その7)
  ~ コスプレをライセンス制(許認可制)にしてみたら? ~

 この記事は、 『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その6) ~ 他人のコスプレを見たとき、何に違和感(嫌悪)を感じるのか ~』の続きである。

 コスプレを、以下の要素に分けた場合、見る側は何を重視し、何を軽視しているのだろうか?

(1)顔(頭部)
(2)体形、身長
(3)衣装、アイテム
(4)性別
(5)年齢
(6)ポーズ、雰囲気、振る舞い、キャラに対する知識や愛情

 私の場合、最も軽視しているのは「年齢」である。
 『しゅごキャラ!』の登場人物の多くは小学生だが、それを高校生がコスすること自体は問題視しない。問題視するのは、「付けまつげがバサバサしていて不自然」等の、濃いメイク(厚化粧)に関してである。小学生を装うためにゴテゴテした厚化粧をするというは明らかに矛盾している。

 『プリキュア』に関しても同様である。
と言うより、せっちゃん(キュアパッション)が中学生で通っているという原作の設定の方に無理を感じる。声も大人っぽいし、キュアパッションのコスに関しては、本物の女子中学生よりも、大人の女性の方が向いていると思う。
 例えば、元モー娘。のリーダー、かおりんこと飯田圭織は28才であり、既婚者でもある。それでも、かおりんが現時点でも美人でスタイルが良く、浮世離れした面と情熱的な面を兼ね備えたキャラであることに変わりはない。
 かおりんがキュアパッションのコスをした場合、私は支持する。28才が中学生キャラのコスをしていることになるが、断固支持する。イベントで、かおりんがキュアパッションのコスをしていたら、絶対に写真を撮りに行くだろう。
 断っておくが、かおりんのファンだったという理由で撮りに行くのではない。飽く迄も、キュアパッションのコスとしてクオリティが高いと思うから撮りに行くのだ。

 若い人がオッサンのコスをすることに対しても、イメージを壊す行為だとは思わない。
 これは、「コスプレの基本は仮装」という意識が根底にあるからだろう。仮装において、「子供が付け髭をつけて大人を装うこと」はタブーではない。
 このように、私は老若男女を問わず、コスにおける年齢の差異は重視しない。

 では逆に、重視する項目は何か?
 私の場合、それは体形である(身長は、さほど重視しない)。
「力士体形のセーラームーン」の類だけは、本当に勘弁して欲しいと思う。
「三十路のオバサンのセーラームーン」は、小皺が目立とうともスタイルを維持できていればOK(何しろこっちは四十路レイヤーなので、三十路でも年下)だが、「力士体形のセーラームーン」は若くて目鼻立ちが整っていても絶対無理である。

 でも、男装コスの場合は、「力士体形の○○」であっても、何となく許せるから不思議だ。
 これはおそらく、女性芸能人が「力士の着ぐるみ(顔は露出)」を着て実際に相撲をとる(ゲームをする)映像を見慣れているせいだと思う。

 また、これも個人的な印象だが、
「男装コスの場合、キャラよりも明らかに太めである方が、よりキャラのイメージに近くなる(しっかりした体付きであることによって、男性的イメージが底上げされる)」
が挙げられる。
 裏を返せば、
「細身の男性キャラのコスを女性が行う場合、その女性がキャラと同じくらい細身だと、全然男性に見えないのでキャラのイメージから遠ざかる」
となる。

 これは、単に画像を見ている段階では気付かなかったことである。
 しかし、イベントの現場で実際に動いている男装レイヤーを見て、私は実感した。
 細身の男装レイヤーは、こちらがリアルタイムで脳内補正をかけて見たところで、普通の女性以外の何者にも見えない(性格が元々男っぽい女性のみ、例外)。対照的に、太めの男装レイヤーは、何となく男性キャラが様になって見えてくる(そこそこ男性を装えている感じがしてくる)のだ。
 ただ、男性キャラでも中性的なキャラである場合は、細身の男装レイヤーでも雰囲気作り次第では何とかなると思う。

 『しゅごキャラ!』の件でも触れたが、キャラに不似合いな濃いメイク(厚化粧)は、「キャラに近づける努力」ではなく「キャラのイメージを壊す行為」だと言いたい。
 例えば、『ガンダム00』のトレミークルーのコスを、濃いノーズシャドー等を使った“特殊メイク”で表現することには、明確な嫌悪感を覚える。「濃いノーズシャドーを使えば、男らしく見える」というケースは、特殊な場合に限定される。それをコスプレイベントにおけるトレミークルーのコスでやられても、気色悪いだけだ。

 何を以って「キャラのイメージを壊す行為」とするかは、人によって違いがある。
 だから、いっそのこと「コスプレをライセンス制(許認可制)にしてみたら?」と思うことがある。
 著作権者が、各キャラに対して「コスプレする際の条件」を公表し、レイヤーはその条件に従うこと誓わない限り、そのキャラのコスをすることが許されないという仕組みである。
 例えば、セーラームーンの場合、「BMIが16以上24以下」という条件を公表する。例えそれが強制力を持たない、いわゆる紳士協定であったとしても、キャラのイメージを守る効果は生じると思うのだが。

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その6) ~ 他人のコスプレを見たとき、何に違和感(嫌悪)を感じるのか ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その6)
 ~ 他人のコスを見たとき、何に違和感(嫌悪)を感じるのか ~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その5) ~ 「自分の好きなキャラを自分で汚す」という一線 ~』の続きである。

 あの原寸大の“お台場ガンダム”ですら、
「2次元キャラを、原作通り忠実に3次元化」していたわけではない。
 でも、あの“お台場ガンダム”を見たガンダムファンの中に、
「原作とは異なるアレンジだらけだ。ガンダムのイメージを壊された」
と嘆いた者が、一体何パーセントいたと言うのだろうか? 私のようなファーストガンダムリアルタイム世代の中でも、そんな人は圧倒的少数派であると請合える。

 こうした例は、コスプレの場合にも有り得る。
「2次元キャラを3次元の生身の人間が再現するという時点で、完コス=完全なコスプレには成り得ない」とする考え方がある一方で、
「無作為抽出された原作ファンの90%以上が支持するコスプレ」
も有り得る。
 裏を返せば、コスプレにおいて「支持しない」とか「イメージを壊された」という場合は、そのコスのどの部分においてそうなっているのだろうか。項目として挙げてみよう。

(1)顔(頭部)
(2)体形、身長
(3)衣装、アイテム
(4)性別
(5)年齢
(6)ポーズ、雰囲気、振る舞い、キャラに対する知識や愛情

 ちなみに、お台場ガンダムの場合は、

(1-G)顔(頭部)は忠実に再現
(2-G)体形、身長は忠実に再現
(3-G)ボディはシルエット的には忠実だがアレンジ多し。アイテムは全部省略(火器・シールドなし、サーベルはランドセルに固定されたまま)
(4-G)性別は関係なし
(5-G)年齢は関係なし(“肌”の材質感は、見た目には問題なし)
(6-G)ポーズ、雰囲気、振る舞いは最小限で十分な効果を出した(完全自立直立しているだけでも凄い)。キャラに対する知識や愛情は関係なし

となる(ちなみに、年齢性別が関係ないという点は、着ぐるみコスに関しても言えることだ)。
 これらうち、どれを重要視するかは、見る人によって変わってくる。
 また、見る人が同じであっても、見る状況によって、どれを重要視するかが変わってくる。
 これはもちろん、お台場ガンダムだけでなく、コスプレ全般に関して言えることである。
 見る状況とは、以下の4パターンである。

(A)画像で見る
(B)現場で「見かけた」という程度
(C)現場で接近して見る(短時間)
(D)現場で接近して見る(長時間)

 私の経験上、(A)から(C)の場合は、(1)から(4)が重視される。
 例えば、自分より背が高いキャラのコスをしているレイヤーが自分より小柄だったりすると、最初は
「俺より小さいのか…」
とガッカリする。

 しかし、人間とは、慣れる生き物なのだ。熱い風呂に慣れるが如く、時間が経つにつれて最初の違和感は薄れていく。その代わりに、最初は違和感に阻まれて伝わってこなかったことに気付き出す。
「あ、背は低いけど、雰囲気はキャラに近いものがあるな」
「あ、この角度から見ると、けっこう似てるわ」
とか、どんどん肯定的な感情が沸いてくる。会話を交わして、そのレイヤーが持っているキャラに対する知識や愛情が伝わってくると、当然ながら印象は更に良くなる。つまり、時間が経つにつれ、相対的に(6)の重要度が高くなってくるのだ。

 逆に、「ポーズ、雰囲気、振る舞い、キャラに対する知識や愛情」が悪い場合は、一気に評価が下がる。
 例えば、外見上は完コスのセーラームーンであっても、煙草を吸っているところを見てしまったら、もうイメージぶち壊しである。その場所が、喫煙コーナーであったとしてもだ。コスプレをしているときは、一般社会のルール・マナーを守るだけでは不十分な場合もあるのだ。

 次の記事では、個人的な「好みの問題」に関して言及したい。

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その5) ~ 「自分の好きなキャラを自分で汚す」という一線 ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その5)
    ~ 「自分の好きなキャラを自分で汚す」という一線 ~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その4) ~ 「完コス」という名の「自己満足」 ~』の続きである。

「美女・美男子キャラのコスは、ある程度ルックスの良いレイヤーにしか、やって欲しくない」
 自分がレイヤーになる以前は、そう思っていた人も多いのではないか?
 同様に、
「背の高いキャラのコスを、背が低いレイヤーには、やって欲しくない」
「背の低いキャラのコスを、背が高いレイヤーには、やって欲しくない」
と思っていた人も多いのではないか?

 少なくとも、私はそうであった。
 コスプレを“見る側”としては、
「キャラのイメージを壊すコスプレはNG」
と思うのが当然であろう。誰だって、自分がキャラに抱いているイメージを傷付けられたくはないのだ。

 しかし、いざ自分がコスプレを“やる側”になった場合、こういった“見る側”だったときの論理は引っ込めてしまう場合が多いらしい。何故なら、自分がコスを“やる側”になった場合、“見る側”だったときの論理は、自分自身に対する手枷足枷になってしまうからである。
「趣味なんだから、他人の目を気にする必要は無い。自分がやりたいコスをすればいい」
 立場が変われば、まるで手のひらを返すがごとく、言い分も変わるというわけだ。

 私個人は、コスプレをやりたくてレイヤーになったわけではない(詳しくは → こちら)ので、キャラのイメージを壊しまでコスをしようとは思わない。
 正確に言えば、一度だけ、自分には無理だと思われるキャラ(シャア)のコスを自宅限定でやってみて、やはり駄目だということを確認した。自分の感覚が正しいことが実証できたので、もう「これは無理=キャラのイメージを壊す」というコスを試すつもりはない。

 もちろん、一般的なレイヤーでも、コスを初めて間もない頃は
「原作キャラのイメージを壊してまでコスするというのは、レイヤーのエゴだ」
と思って、コスしたいキャラがあっても諦めたり、あるいは自宅限定コスで我慢していた人もいるだろう。しかし、それがいつの間にか
「これぐらいなら大丈夫だろう」
「他の人もやっているから許されるだろう」
という気持ちに流され、最終的には
「趣味なんだから、他人の目を気にする必要は無い。自分がやりたいコスをやって、自分が楽しめばそれでいい」
という、ある意味、開き直りの境地に達するのではないだろうか。

 とは言うものの、レイヤーの全てが「やりたいコスは何でもやる」という無制限主義者というわけではないだろう。程度の違いはあれ、自分のコスに何らか自己規制を設けているレイヤーの方がむしろ多いのではないか。
 そしてそれは、他人の目というよりも、自分の気持ち、即ち「自分として、このキャラは、やってはいけない」という内なる声に従うということなのではないか。ある一線を越えたとき、それが「自分の好きなキャラを自分で汚す」という行為になってしまうことを、他ならぬ自分自身で防いでいるのだ。
 
 例え他人が「大丈夫」と言ってくれたとしても、自分が納得出来なければ(自分自身を説得することが出来なければ)、それをしない。これは、自分を自分で律することであり、「他人の目が気になるから云々」という感情とは異なる。
 ただし、その「越えてはならぬ一線」のレベルが個人個人でバラバラであるため、パッと見ではそのレイヤーが無制限主義者なのか、そうではないのかが分からない。ある人には、それが「一線を越えてしまったコス」に見えても、そのコスをしている当人にとっては「一線を越えていないコス」であるというケースは、往々にして有り得る。

 漸く本題に入ってきた。次の記事では、本格的に本題を論じたい。

『サンライズ ロボットアニメ大鑑』! 私はこのCDを待っていた!

『サンライズ ロボットアニメ大鑑』! 私はこのCDを待っていた!

 いつか出るだろうと待ち続けて十余年、ついに『サンライズ ロボットアニメ大鑑』が発売された!
 いやホント、30才から35才位の間は、それなりに探したもん、

 『無敵ロボ トライダーG7』のオープニングテーマ(主題歌)&エンディングテーマのオリジナルを!
 「トライダーG7のテーマ」と、「俺は社長だ」を!

サンライズロボットアニメ大鑑

 やっと手に入れたよ~、嬉しいよ~ 
 ロボットアニメの黄金期が脳裏に蘇るぜ!

 このCDを聴いている今、俺らの世代は、本当にロボットアニメに恵まれていたんだと心底実感できる。
 ガンダムだけじゃなかったんだよ、俺らの時代は。
 毎年毎年、こんな素晴らしいロボットアニメを観ることが出来ていたなんて、今から考えると奇跡だ。俺らの青春時代は、紛れもなく奇跡の時代だった。

 『最強ロボ ダイオージャ』『太陽の牙 ダグラム』のオープニングテーマ(主題歌)&エンディングテーマも持っていなかったので、私にとっては本当に貴重なCDである。
 実際、名曲揃いなんだよなぁ。
 保存用に、もう1つ買っておこうかな…

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その4) ~ 「完コス」という名の「自己満足」 ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その4)
           ~ 「完コス」という名の「自己満足」 ~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その3) ~ “着ただけ”でも、「コスプレは自己満足」だからOKなのか? ~』の続きである。

 普通に考えたら、「完コス」と「自己満足コス」は対立概念である。
 しかし、完コスの定義によっては、「完コス」と「自己満足コス」は同義に成り得る。この激しい矛盾もまた、今日のコスプレの特徴である。

 例えば、厚底ブーツ。

 原作のキャラは身長175cm。ブーツを履いているが、それは決して厚底などではない場合。
 身長160cmのレイヤーは、15cm(+α)の厚底ブーツを履いてそのキャラのコスすることで、完コスを達成できるのか?
 答えは否である。当たり前だが、「厚底ブーツを履いていないキャラを、厚底ブーツを履いて表現した」という時点で、既に完璧ではない(ただし、外見上、厚底を履いていることが全く分からない場合は除く)。

 では、身長160cmのレイヤーが、普通のブーツを履いて、身長175cm+αを再現できない状態でそのキャラのコスをした場合、完コスだと言えるのか?
 これも、答えは否。身長160cmは、身長175cmと比べると明らかに小さい。実際にパッと見れば、「あ、小さい」ということはすぐに分かる。

 となると、15cm(+α)のシークレットブーツ(外見上は普通のブーツだが、内部がハイヒール構造になっている)を履くしかないのだが、そうしたところで完コスには成り得ない場合がほとんどだ。何故なら、身長160cmと身長175cmの人間の間には、骨格自体のサイズ差があるからだ。
 15cm(+α)のシークレットブーツを履いて身長を175cmレベル合わせたところで、上半身の大きさが175cmレベルに膨らむわけではない。人一倍顔が大きいとか、肩幅が広いという人でない限り、シークレットブーツを履いて身長を合わせても完コスにはならないのだ。

 ただし、男女ペアのコスで、男性がシークレットブーツを履いている場合は、この限りではない。平均的な男女であれば、身長が同じであっても男性の方が上半身が逞しい。女性がハイヒールを履いた分を、男性がシークレットブーツで相殺するといったケースなら、男女ペアで並んでいる限りは不自然に映らないだろう。この場合は、シークレットブーツを履いて身長差を調整していても、完コスが有り得る(厳密には「完コスであると見せかけることが出来る」と言うべきか)。

 上記のように、(僅かな例外を除けば)キャラよりも15cmも身長が低かったら、もうその時点で完コスなど有り得ない。
 こう考えるのなら、「完コス」と「自己満足コス」は対立概念である。
 しかし、レイヤーの中には
「身長が足りなくても、厚底を履くことで完コスにすることが出来る」
あるいは、
「厚底で身長を合わせることが、完コスの条件」
と考えているように思える人もいる。

 これは、明らかに欺瞞である。
 完コスという概念を、自分にとって都合が良いように歪めている。
 なぜそんなことをするかと言えば、そうすることで自分が満足できるからである。
 これは要するに、自己満足である。
 完コスという名前を付けただけの、単なる自己満足である。

 この「完コスと称した自己満足」のパターンは、厚底ブーツの使用だけに留まらない。
 そもそも、女装レイヤーによる男装コスの多くは、完コスなど基本的に達成不可能であろう。第二次性徴が現れた後の女性が、完全に「男性に見える」など、余程“素質”に恵まれていなければ有り得ないではないか。これはもちろん、男性レイヤーによる女装コスに関しても、同様のことが言える。

 私は、特殊な例外を除き、男装コスや女装コスにおける完コスは存在しないと思う。
 言い方を変えれば、特殊な例外を除き、男装コスや女装コスは自己満足の域を出ない。
 そこに、完コスという言葉を持ち込むのなら、それは「完コスと称した自己満足」となる。

 あるいは、本当の「完コス」以外に、自己満足基準での「完コス」が存在し、その「完コス」同士が対立概念なのだと言うべきなのかも知れない。
 つまり、自己満足基準での「完コス」とは、「本当の完コス」を成し得ることができない「その他大勢のコスプレイヤー」という集団が共有している、共同幻想というわけだ。

 それこそが、コスプレという世界に存在する“矛盾”という特徴なのかも知れない。
 趣味の世界は多数あれど、こんな矛盾を抱えている世界は、コスプレぐらいしかないのでは…と思ってしまう。その辺に転がっている「ダブルスタンダード」と呼ばれる代物よりは、遥かに強烈な矛盾だろう。

 …というわけで、今回はこれまで。(その5)こそは、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?』の本題について語ってみたい。

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その3) ~ “着ただけ”でも、「コスプレは自己満足」だからOKなのか? ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その3)
~“着ただけ”でも、「コスプレは自己満足」だからOKなのか?~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その2)~ コスプレの世界は矛盾に満ちている? ~』 の続きである。

 コスプレの世界には、相反する二つの考え方がある。
 一つは、“完コス”=“完全なコスプレ”を目指す(理想とする)考え方。
 もう一つは、「コスプレは趣味=自己満足であるから、他人の目を気にする必要はない」という現実的な考え方。
 理想と現実は往々にして一致しないものだが、コスプレの場合は一見そのベクトルが真逆であるように見え、異様に映る。

 しかし、この相反する考えは、もう一つの考え方によって繋ぐことが出来る。
 それは、「キャラに近付く努力をする」「キャラに対する愛情表現」という考え方だ。
 「キャラに近付く努力」をしていれば、結果的にキャラのイメージからはかけ離れていようとも、そのコスは許される。
 「キャラに対する愛情」があれば、結果的にキャラのイメージからはかけ離れていようとも、そのコスは許される。つまり、

「“完コス”を目指して自分なりに努力したが、結果的にはキャラのイメージからはかけ離れたコスになってしまった。でも、キャラに対する愛情表現であることに偽りはない」

という場合、それは許されるといわけだ。
 裏を返せば、「コスプレは趣味=自己満足であるから、他人の目を気にする必要はない」という考え方は、「キャラに近付く努力をする」「キャラに対する愛情がある」ことが大前提であるということになる。
 しかし、逆に、

「特にキャラに対して愛情はない」かつ“着ただけ”のコスが、結果として“完コス”になっている

場合は、どんな評価をされるのだろうか。もっと直接的に言えば、

(A)「キャラに愛情を抱き、“完コス”を目指して自分なりに努力したが、結果的にはキャラのイメージからはかけ離れたコスになっている」ケース
(B)「特にキャラに対して愛情はなく、かつ“着ただけ”のコスだが、結果として“完コス”になっている」ケース

は、どちらが高い評価を受けるのだろうか?
 一般的な評価が高いのは、当然(B)だろう。さて、レイヤーが(A)と(B)を比べた場合、どちらをより高く評価するのだろうか?

 あるいは、「コスプレは趣味=自己満足であるから、他人の目を気にする必要はない」という考えを持つレイヤーは、そもそもどんなレイヤーを見ても“評価”という判断を行わないのだろうか? いや、評価どころか「他人の目を気にしない」ということは「他人を気にしない」ことでもあって、自分以外のレイヤーには全く無関心ということなのだろうか?

 コスプレイベントが、「他人の目を気にしない」「他人を気にしない」、即ち自分以外のレイヤーには無関心という人間の集まりであるならば、レイヤーが他のレイヤーの写真を撮ったりすることは基本的には起こり得ない筈である。
 私個人は、そういうレイヤーではない。他人の目を気にするし、他のレイヤーを気にする。

 あらら、ここから漸く本論に入ろうというのに、お腹がグーグー鳴り始めたではないか。
 本論は、また別記事にて。

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その2) ~ コスプレの世界は矛盾に満ちている? ~

原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?(その2)
        ~ コスプレの世界は矛盾に満ちている? ~

 この記事は、『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?』の続きである。

 コスプレイヤーズアーカイブの知恵袋に、『キャラに合ってない身長、体系のコスをする人は回りから見てどうですか?』という質問が出されている。そこには現時点で18件という多数の回答が寄せられており、そこには私の回答も含まれている。

 この18件の回答の中で、「他人が、“身長・体形が合っていないキャラのコスをする”ことに、現時点でも否定的な考えを持っている」と表明しているのは、私一人だけである。これは、非常に興味深い。何故なら、コスプレイヤーは総体として“完コス”=“完全なコスプレ”という評価基準を共有しているからだ。

「原作(公式設定や客観的イメージ)を忠実に再現していること」
 これが、コスプレにおいて絶対的な評価基準となることは明らかである。もちろん擬人化とかウケ狙いとか、敢えて絶対的な評価基準を外したコスも存在するが、飽く迄も傍流である。
 私が抱いた興味とは、コスプレイヤーが総体として

(1)“完コス”=“完全なコスプレ”という評価基準を共有している
(2)相方募集の際には、「キャラに近付く努力をしていること」を条件に挙げる
(3)「他人が、“身長・体形が合っていないキャラのコスをする”こと」に、否定的な考えを表明しない

といった、一見すると矛盾した状況を呈しているように見えることである。
 矛盾ということでは、

(4)女性レイヤーによる男装が多いにも関わらず、“完コス”という評価基準を共有している

こと自体が、そもそも矛盾している。
 職業上の必要性もないのに「女性が男性キャラの完コスをする」という発想自体が、常識で考えれば不自然である。普通に考えたら「女性が男性キャラに成りきれるわけがないから、“完コス”という概念はタブー」となっている方が自然である。コスプレイヤーの90%以上を占める女性レイヤーにとっては、そっちの方が絶対に楽な筈なのだが、実際にはそうなっていない。また、

(5)コスプレは趣味=自己満足であり、他人の目を気にする必要はない

という考えは、レイヤーがコスプレイベントへ参加(他人の目に晒される場所でコスプレをする)する行為と矛盾している。コスプレが自己満足であるならば、わざわざ他人の目に晒される場所へ行ってコスプレする必要性など全くない筈だ。
 通常のコスプレイベントにコスプレ参加するのは、しょこたんのコンサートにコスプレ参加するのとはワケが違う。不特定多数の他人の目に晒される場所にわざわざ出向く理由は、本来、不特定多数の他人に見てもらうこと以外には有り得ない。それでいて「コスプレは自己満足だから、他人の目を気にする必要はない」とするのは完全に矛盾している。

 『原作のイメージを壊すコスプレは犯罪か?』というテーマに入る前の、導入の部分で文字数を使ってしまった。本論は、また記事を改めて書くことにする。

劇場版ライダー舞台挨拶の回のチケット当選記念コス

劇場版ライダー舞台挨拶の回チケット当選記念コス

 ダメ元で申込んだ、劇場版ライダー舞台挨拶の回のチケット。結果は…

■抽選結果
仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイドMOVIE大戦2010/初日舞台挨拶〔東京・神奈川〕
エントリー方式:希望順位エントリー
<第1希望> 当選

 やったー! ちょっと気が早いような気がしますが、発券も済ませました。
今年の運を使い切ったぜ!

 ええ、まぁこれで今年の運は使い果たしましたよ。
 でも、当日劇場でインフルやら風邪やらをもらうのだけは勘弁な…
…ということで、今回の当選を記念して、私服を使ったコス?をしてみました。

 ジョーカー!(腕の文字に注目)
ジョーカー!

 こっちもジョーカー!(ジョーカーメモリも2本あります)
こっちもジョーカー!

 ダブルジョーカー!(ただしガイダンスは単なる「ジョーカー!」)
ダブルジョーカー!

 この服は、『仮面ライダー剣』が放送されていた当時、近所の店でたまたま見つけて買ったもの。もちろん、『剣』に登場するキャラのジョーカーを意識して買ったのです。
 手にメモリを持ったとき、発光させることを忘れていたので、撮り足したのがコレ。
アルビノジョーカー?
 
 私服コスということで、正真正銘のノーメイク。やっぱりスッピンだと顔のシミは目立つし、眉毛が薄いな~。ま、44才のオッサンのスッピンですから(眉が薄いのは多分昔からだと思うけど)。

 『W&ディケイドMOVIE大戦2010』は通常の前売券も買ってある(その記事は → こちら)ので、同じ映画を2回観ることになる。さて、2回目はいつ観に行こうかな?

ハロプロにおける世代交代の失敗を振り返る ~ 女性アイドルに2度目のブレイクは無い? ~

ハロプロにおける世代交代の失敗を振り返る
    ~ 女性アイドルに2度目のブレイクは無い? ~

 モー娘。はCD売上5万枚を達成してメジャーデビューを果たし、ピーク時はミリオンセラーをも達成した。間違いなく、ブレイクを果たしたアイドル(グループ)である。
 しかし現在のモー娘。は、メジャーデビューの条件だった5万枚の売上を達成することすら出来なくなっている。また、メンバーの加入と脱退が繰り返されたことにより、今のモー娘。にはデビュー当時のメンバーはもちろん、ミリオンセラー達成時のメンバーが1人も残っていない。つまり、現在のモー娘。は、ブレイクしていたときとは全く別物になっているのだ。

 デビューから10年以上が経過し、デビュー時よりも人気が落ちているとなれば、例えメンバーが総入れ替えされているとは言っても、世間一般からは「既に終わった(過去の人)」というイメージで見られるのも無理はない。
 「モー娘。」という知名度だけは残っているが、こういう状態からもう一度ブレイクさせるというのは、むしろ無名のアイドルをブレイクさせることよりも難しいのではないだろうか。なまじ「モー娘。」という知名度が残っている分、「既に終わった(過去の人)」というイメージもまた、ネガティブな先入観として強烈に付きまとうからだ。

 仮にモー娘。が、まだ人気が十分高かった時期に突然解散していれば、「再結成による二度目のブレイク」も有り得たかも知れない。OGの中には、いまだにそれなりの人気(需要)がある者もいたりするのだ。
 しかし、モー娘。は解散することなく活動し続け、漸減した売上(需要)は、とうとうデビュー当時を割り込んでしまった。こうなった以上、モー娘。の2度目のブレイクというのは、まず望めないだろう。だから、今更モー娘。に梃入れを行うべきではない。

 ハロプロの中でブレイクが可能なのは、モー娘。以外の、まだ「既に終わった(過去の人)」というイメージを持たれていないアイドルなのだ。
 一時期、ブレイクを期待していたのは、℃-uteである。
 2007年末に℃-uteが日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞したとき、私は2008~2009年に℃-uteがブレイクする可能性を感じた。

 もしも2008~2009年にかけて、ハロプロが持てるリソースを℃-uteに集中投入し、全力を挙げて売り出していれば、2009年末の時点でAKBがアイドルシーンを独走するという状態には至っていなかったに違いない。
 これは、確信を持って言える。
 ℃-uteのブレイクに失敗したことが、結果的にAKBのブレイク成功をアシストしたのだ。

 ℃-uteが受賞した日本レコード大賞最優秀新人賞は、メジャーなタイトルである。これを以って、
「2008年のハロプロは、℃-uteが主役です!」
とし、大々的に売り出すことは、十分に筋が通った行為である。
 『ハロモニ@』は、2008年9月までは存続していたのだ。2008年の『ハロモニ@』を、℃-uteを主役に据えた番組、℃-uteを売り込む番組として使うということが、何故出来なかったのか? 2008年年初の時点で、モー娘。の再ブレイクなど幻想に等しい(『みかん』の売上が4万枚を割り込んだ)ということは、誰でも分かっていた筈なのに。

 2008年以降、℃-uteは強力に売り出されることも無く、ブレイクのチャンスを逃した。
 ハロプロ内部での政権交代は起こらず、その代わりにハロプロとAKBの間で政権交代が起こった。
 おそらく、2011年までは、AKBの覇権が続くだろう。
 AKBが、モー娘。同様「メジャーアイドルとしての寿命は6年」であるならば、2006年にCDデビューしたAKBは、2012年には明確な(2003年のモー娘。と同程度の)人気低迷期に入る。
 だから、ハロプロに政権奪還(政権再交代)のチャンスが訪れるのも、2012年ということになる。

 アイドル政権再交代が可能となる時期が、TVのアナログ放送終了後1年以内に訪れるということは興味深い。地デジの普及を味方につけたアイドルが、政権を獲得することになるのだろうか。

2010年が、ハロプロにとって“真の革命元年”となるためには

2010年が、ハロプロにとって“真の革命元年”となるためには

 2009年のハロプロの低迷の理由は明らかである。一つは、新規ファンを獲得するための活動を怠ったこと。もう一つは、限りあるリソースを、ハロプロ全体に満遍なく使ってしまったこと。
 2010年以降は新規ファンを獲得するための活動を主軸に据えると共に、「加速させるグループ」と「惰性で進むグループ」の切り分けを明確にして、メリハリのあるリソース運用を行うべきである。
 先ずは、モー娘。に使うリソースを最低限にまで絞ることから始めよう。


1.モー娘。のメロン化
 モー娘。は現メンバーで固定(ただし留学生に関しては別枠扱い)し、基本的にはメロンと同路線とする。当面は新たな展開を一切行わず、現状のメンバーに付いている固定ファンの維持のみに注力する(低コストの練習を継続し、クオリティ向上に努める)。
 バスツアー等のFCイベントは充実させる。
 TV・雑誌メディアへの露出チャンスは全て、後述するエクセレンツへ譲る(ただし道重は例外)。


2.ベリキューの解体・再編成、+真野恵里菜
 ベリキューの現状での飛躍は無理。
 真野恵里菜も、現状ではソロ歌手としてのブレイクは無理。
 真野とスマイレージは、セットで売り出しても効果が薄い。
 よって、ベリキューを解体し、その再編成に真野を組み込む。

(1)新グループ【エクセレンツ(eXcellentz)】

 …女性ファンおよび中高生ファン(新規ファン)獲得を最大の目的とし、ハロプロのリソースを最大限注ぎ込む。ハロプロで唯一の、「加速させるグループ」。
 しょこたん(中川翔子)のような「25才になっても武道館でライブが出来る(観客は20代が中心、男女比は半々)」という地位を目指す。

矢島舞美(1992年2月7日生)
真野恵里菜(1991年4月11日生)
須藤茉麻(1992年7月3日生)
熊井友理奈(1993年8月3日生)

・コンセプトは、モデルのような上品な美しさ。女性が憧れるアイドル。
・ファッション雑誌とのタイアップを行い、衣装もその系統のものを着る。
・個人のビジュアルとダンスの美しさに特化したグループ。
・メンバーは以下の個人テーマを持ち、パフォーマンスに反映させる。
  矢島=激しさを秘めた美
  真野=可愛らしさを秘めた美
  須藤=母性を秘めた美
  熊井=芸術を秘めた美
・最初は、道重や里田、モー娘。OGのオマケとして、とにかくTVに多く出演する。一般層の目を引く素材なので、見られる機会さえあれば、着実に認知されていく。
・TV『美女対談』を終了させ、その枠で、エクセレンツが主役の番組を放送する。
・CD発売イベント等のイベントは、女性ファンおよび中高生ファンに限定する。1回のイベント規模を小さくし、全国各地で数多く行う。
・その際、出来るだけ、化粧品やファッション商品(男性向け含む)とのタイアップを展開する(グループのイメージ作りのためと、ライトなファンや通りすがりの一般層が集まりやすいイベント環境を作り出すため)。
・歌手ではなく、モデルや女優としての活動も積極的に行う。ハロプロに来た女優の仕事は、基本的には全てエクセレンツが受けるようにする。


(2)既存グループ【Buono!】

 …既存のグループではあるが、ベリキューの解体によりメンバーはBuono!専従となる。
 コストを最小化したアプローチによる新規ファン獲得を行う。

嗣永桃子(1992年3月6日生)
夏焼雅(1992年8月25日生)
鈴木愛理(1994年4月12日生)

・ゴスパンクという基本コンセプトは継承。
・歌唱力に特化したグループとし、ダンスパフォーマンスは半減させる(ライブにおける歌唱力を最優先させる)。
・学園祭への出演を最優先させ、新規の学生層のファンを獲得する。
・学園祭の次に、ハロプロ以外のライブイベントを優先し、新規の“音楽ファン”を獲得する。
・「ハロプロ枠外活動」による知名度アップ・新規ファン獲得と同時に、「ハロプロ外」でも通用する実力を養う。
・アイドルであることを脱し、実力派アーティストになる。メンバーに恋人がいる場合、積極的に公表する。元彼の話題も解禁する。
・アニメとのタイアップはスマイレージに譲る。


(3)新グループ【ベリキュー】

 …既存のベリキューは、一旦解散する。新グループ『ベリキュー』が、かつてのベリキューのファンと、かつてのミルキーウェイのファンの受け皿となる。
 ただし、モー娘。同様「惰性で進むグループ」であり、注ぎ込むリソースは最低限にまで絞り込む。

清水佐紀(1991年11月22日生)※リーダー
吉川友(1992年5月1日生)
徳永千奈美(1992年5月22日生)
北原沙弥香(1993年11月29日生)
中島早貴(1994年2月5日生)※サブリーダー
菅谷梨沙子(1994年4月4日生)
岡井千聖(1994年6月21日生)
萩原舞(1996年2月7日生)

・メジャーデビューはさせるが、低コスト路線に徹する(カネをかけられない分を、メンバーの技能でカバーする)。
・モー娘。同様、新規ファン開拓などの新たな活動はせず、既存ファンの維持のみに注力する。
・バスツアー等のFCイベントは充実させる。
・アニメとのタイアップは原則としてスマイレージに譲る。


(4)既存グループ【スマイレージ(S/mileage)】

 …Buono!がアイドルであることを辞め、ハロプロ枠外の活動が多くなるので、それによって空いたポジションを引き継ぐ。
 「加速させるグループ」でも「惰性で進むグループ」でもなく、「速度を維持するグループ」。それは、「加速できる時を待つグループ」でもある。

和田彩花(1994年8月1日生)
前田憂佳(1994年12月28日生)
福田花音(1995年3月12日生)
小川紗季(1996年11月18日生)

・アニメとのタイアップは、基本的には全てスマイレージに担当させる。当然、『しゅごキャラ!』のエンディングテーマも担当する。
・イベントやコンサートは、現しゅごキャラエッグとセットで行う(効果が高い)。
・2012年、AKBが落ち目になったときこそ、スマイレージがブレイクするチャンス。


(5)解散 … ガーディアンズ4は解散し、その分のリソースを他へ回す。


3.まとめ

 優先順位は以下の通り。

最上位  エクセレンツ
中間   Buono! および スマイレージ
最下位  モー娘。 および ベリキュー

 中間という順位は、最上位に回すリソースが予定よりも増えた場合、最下位に落ちることになる。
 最上位を犠牲にして中間を守るということは有り得ない。
 私が望むのは、そういった「組織として勝ちに行く」姿勢を貫くハロプロなのだ。

2009年は、ハロプロがAKBに逆転された年として記憶されることになる

2009年は、ハロプロがAKBに逆転された年として記憶されることになる

「2009年は、ベリキューのどちらかが、モー娘。を逆転する年」になると思っていた。
 しかし、そうはならずに、
「2009年は、AKBがハロプロを逆転した年」になってしまった。
 今や人気においては、ハロプロが束になってもAKBには敵わない状態である。

 ベリキューとモー娘。を足しても21人なのだから負けて当然…と言いたいところだが、AKBの主力も人数的にはそんなところだろう。
 この状況が、一時的なものとは思えない。来年はもちろん、2011年一杯までは、AKBの覇権が続くだろう。AKBがスキャンダルで自滅すれば話は別だが。

 ℃-uteイチ推しの私としては、2009年に℃-uteがブレイクできなかったことが残念でならない。何故アップフロントは、「2009年は℃-uteにリソースを集中させる」という方針を取らなかったのだろう? 
 娘。ベリキューにまんべんなくリソースを振り分けた結果、娘。は漸減、ベリキューは微増。
 AKBの躍進と比較すると、ハロプロ全体が沈下したという最悪の結果となってしまった。

 今年一年、ハロプロは本当に方向性というものが全く見えてこなかった。
 私にとって、モー娘。は『ペッパー警部』以降、何の印象もない。つまり、2009年は何の印象もない。元モー娘。ファンの私ですらこうなのだから、紅白に出場できる筈もない。
 惰性で行けるところまで行くというのも確かに堅実ではあるが、それならリソースをもっと節約できていないとダメである。何でモー娘。が2009年に4枚もシングルを出したのか? 2枚で十分である。今年最大の失策だと思う。劇とかやっていれば良いものを…

 その一方で、ブレイクするには今年が最後のチャンスだった℃-uteが、これまた惰性の如くシングル3枚とゲキハロと来たもんだ。
 そりゃ、AKBが代わりにブレイクするわな。

 ただ、℃-uteは5人編成になったことで、来年にも僅かに望みを繋いでいる。
 ダンスに関しては、5人という人数が最強のフォーメーションを組めると思うからだ。
 正直に言うと、同じ5人でも、えりかが残って千聖が抜けた構成の方がバランスが良かったが、これは今更変えられるものではない。今の5人で、アイドル最強のダンスパフォーマンスを見せつけて欲しい。

 人気で負けても、実力では負けない。
 2010年から2011年一杯までは、ハロプロにとって雌伏のときとなろう。
 2012年になって、AKBのアイドルとしての寿命が終わり始めたら、ハロプロに再逆転のチャンスが訪れる。
 そのとき、AKBをトップの座から引き摺り下ろすのは、ハロプロの誰なのか?

 現役高校生アイドルグループのスマイレージか?
 別人のように歌唱力が向上した真野恵里菜か?
 それとも、解体・再編成を施された新体制のベリキューか?

 もしもハロプロが人気で負けたことに続き、実力でも負けてしまったならば、私もハロプロに対する情熱を失うだろう。
 頑張れ、ハロプロ。
 2010年は覚悟を決め、「人気のAKB、実力のハロプロ」の年とするのだ。そうしなければ、2012年の再逆転はない。

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震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。

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