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2009-11

『機動戦士ガンダム』を映画化することが出来たのは、どの層の人気のお陰なのか? ~ 30年前、リアルタイムで視聴していたファンの記憶を辿る ~

『機動戦士ガンダム』を映画化することが出来たのは、どの層の人気のお陰なのか?
~ 30年前、リアルタイムで視聴していたファンの記憶を辿る ~

※この記事は、「『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)を1979年から1981年頃まで(再放送を含む)の期間に視聴していた人(リアルタイム視聴者)に限定して、コメントやトラックバックを求めています。
 ちょっとしたことでも結構ですので「当時のガンダムに関することで、割とハッキリ覚えていること」がありましたら、気軽にコメントやトラックバックをお寄せ下さい。その際、「1979年4月の時点で中学○年生でした」等の学年表記をして頂けると幸いです※


 30年前のことともなると、誤った情報を流す人や、それを信じてしまう人も出てくる。
 当時を知っている人間にとっては、実に嘆かわしい。
 『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)に関しては、以下のような誤情報をネットで見かけたことがある。

(1)「ガンダムが“打ち切り”になったというのは嘘」
(2)「ガンダムはスポンサーが倒産したので“打ち切り”になった」
(3)「ガンダムは放送当時は全く人気がなかったが、ガンプラの発売によって一気に人気が出た」
(4)「ガンダムは放送当時、女性ファンが多かった」

 (1)と(2)は誤りである。
 (3)と(4)は、総体としては誤解を招く記述である。正か誤かのどちらかに振り分けるとすれば、私は“誤”に振り分ける。
 その根拠を、私の記憶と推測を中心にして、少し詳しく語ってみよう。


(1)「ガンダムが“打ち切り”になったというのは嘘」
(2)「ガンダムはスポンサーが倒産したので“打ち切り”になった」
 数年前までは、こうした相反する2つの誤情報をときどき見かけたものだ。30周年が近付くにつれ、どちらも見かけなくなった。

 (2)の「スポンサー」に関しては、メインスポンサーであったクローバーを指していると看做すのが自然。クローバーはガンダムの本放送中には倒産していないので、(2)は完全な誤りである。
 (1)に関しては、近年発行されているガンダム雑誌には「ガンダムは“打ち切り”になった」ことが記事になっているものが多い。放送当時の複数(3名以上?)の関係者が「ガンダムは“打ち切り”になった」と語っているので、(1)は誤りであるとするのが適当だ。

 ちなみに、最初に“打ち切り”の件を明記したのは、放送当時に発行された『アニメック』か『OUT』だと思う。私はリアルタイムで両方の読者だったので、放送当時から「ガンダム“打ち切り”」は周知の事実だった。私が“打ち切り”という言葉を初めて知ったのは、このとき(ガンダム放送当時、中学生のとき)なのだ。


(3)「ガンダムは放送当時は全く人気がなかったが、ガンプラの発売によって一気に人気が出た」
(4)「ガンダムは放送当時、女性ファンが多かった」
 (3)は、
  (3-1)「ガンダムは放送当時は全く人気がなかった」
  (3-2)「ガンダムは、ガンプラの発売によって一気に人気が出た」
の二つに分けて考えなければならないことに加え、
  (A)「放送当時」を「何年何月の時点」と定義するか
  (B)「全く人気がなかった」および「人気が出た」の定量的定義
の二点の定義によって、解釈が異なってくる。
(4)も、(A)および
  (C)「多かった」の定量的定義
  (D)「ファン」の定義
の三点の定義によって、解釈が異なってくる。

 さて、「ガンダムは放送当時は全く人気がなかった」のか?
 これは、視聴率と玩具の売り上げから検証できる。ガンダムの人気の低さの根拠としてよく引き合いに出される数字は「初回放送時の視聴率は名古屋地区で9.1%、関東地区で5.3%」であるが、これは現時点でガンダム最新作である『ガンダム00』のファーストシーズン平均視聴率の4.85%を上回っている。
 「視聴率5.3%」を以って「全く人気がなかった」とすると、『ガンダム00』も「全く人気がない」ことになる。しかし、『ガンダム00』はアニメ雑誌でも一般メディアでも、むしろ「人気作品」扱いされているのが実情ではないか。
 もちろん、1979年当時と現在では、例え同じような放送枠(時間帯)であっても「視聴率5.3%」の価値は微妙に違うだろう。しかし、大幅に違うというわけでもないだろう。

 よって、「ガンダムは放送当時は全く人気がなかった」というのは誤りである。
 適切な表現は、
 「ガンダムは放送当時は前作『無敵鋼人ダイターン3』よりも人気が低かった」
だと思う。
 あるいは、
「『機動戦士ガンダム』は放送当時は『機動戦士ガンダム00』と同程度の人気しかなかった」
「『機動戦士ガンダム』は放送当時から『機動戦士ガンダム00』と同程度の人気はあった」
でも良いだろう。

 「ガンダムは放送当時、同時期の他のアニメ作品と比較すると人気が低かった」
とまで言うには、同時期に放送されていた他の全アニメ作品の視聴率や玩具の売り上げと比較しなければならない。そういうデータを見たことは、私はない。


 「ガンダムは、ガンプラの発売によって一気に人気が出た」のだろうか?
 映画『機動戦士ガンダム』の製作発表(対外発表)は、1980年10月に行われている。
 内部における製作検討が、その3ヶ月前に始まっていたとすると、1980年7月。
 この時期に、既にガンダムにある程度の人気がなければ、松竹からは門前払いの扱いを受けていた筈である。

 ガンプラが発売開始となったのも1980年7月である。
 しかし私の記憶では、ガンプラがブームになったのは、私が中学校を卒業した(1981年3月)後のことである。再放送のCMにガンプラが入っていた記憶はあるが、私が中学在学中は雑誌展開も含め、ガンプラはそれほど話題になっていなかったように思う。
 つまり、私の世代の多くは、ガンプラブームの立役者ではないのだ。私よりも、1学年から5学年ぐらい下の世代が、ガンプラブームの中心となっているのだと思う。彼らは本放送時は中学1年生から小学三年生であった。おそらく彼らは本放送を観てガンダムのファンになったのではなく、再放送または再々放送を観てファンになったのではないだろうか。

 話を戻すと、「ガンプラは発売開始直後から爆発的な売り上げを記録し、それによってガンダムの人気が一気に上昇した」という事実はなかったと思う。もちろん、バンダイがスポンサーになっており、ガンプラの発売が決定していたことを松竹が評価した可能性は十分にある。しかし、まだ発売されていない(または発売間もない)ガンプラの存在が、ガンダム映画化の決め手になったとは考え難い。
 つまり、ガンプラとはほぼ無関係なガンダム人気が、1980年7月以前の時点で、松竹を映画化検討の机に着かせるほどの高まりを見せていたということだ。そしてその人気とは、「再放送の視聴率」と「ガンプラ以外のガンダム関連商品の売り上げ実績」以外に考えられない。

 よって、「ガンダムは、ガンプラの発売によって一気に人気が出た」というのは誤解を招く表現であり、避けるべきである。
 それに代わる適切な表現は、
「ガンダムは再放送された頃から人気が上昇し、映画化とガンプラの発売によって更に人気が上昇した」
だと思う。

 長くなってきたので、続きは別記事にて。
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震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。