中川翔子コンサート マジカルツアー 2009
中川翔子コンサート マジカルツアー 2009
会場 :千葉県文化会館
公演日:2009年3月27日(金) 18:30〜
会場 :JCBホール
公演日:2009年5月5日(火) 18:30〜
2公演とも、しょこたんの歌唱力は去年よりも向上していたと思う。特にバラード系は素晴らしかった。
JCBホールでは、しょこたんの喉の強さにも驚かされた。かなり長いMCのあと、水分を全く補給せずに歌をこなす。MCの間、聞いているこっちは喉を潤さずにはいられないほど場内の空気は乾燥していたのに…。それとも、ステージ上だけ何らかの方法で加湿されていたのか?
身体も細すぎず太すぎずのグッドシェープで、健康的かつ美しかった。
“バッカルコーン”を含むステージパフォーマンス全体が安定しており、スタミナも充分という感じがした。今回のコンディション(体重および体脂肪率)が、しょこたんのベストなのではないか。
筋力も向上していた。「“魔法の箒”に跨るために足腰を鍛えた」と言いつつステージでやって見せたスクワットのフォームの良さには感心した。何気にやって見せたが、あの正規のフォームであれだけスイスイ出来るのは、相当な脚力がある証拠である。
しょこたんは、運動神経は普通の人より劣っているかも知れないが、筋力や平衡感覚に関しては普通の人より秀でていると思う。
今回のツアーでは、しょこたんは松田聖子の楽曲を歌わなかった。松田聖子直撃世代の私としては実に残念。
アニソンの比重も、去年より低下していた。
この2点によって、今回は「松田聖子リスペクト歌手」でもなく、「アニソン歌手」でもない、「純然たる女性歌手・中川翔子」を前面に出したという印象が残った。
さて、しょこたんの歌手としての素晴らしさは、歌唱力やルックスだけに留まらない。
ステージでパフォーマンス中のしょこたんは、
「楽しいオーラ」
「楽しい光線」
とでも呼ぶべきものを、全身から放射しまくっている。
「ステージの上で、お客さんを前にして、歌ったり踊ったりするのが本当に楽しくて仕方がない!」
ということが、客席までビンビン伝わってくるのだ。
しょこたんは、観客を盛り上げようとか考える前に、先ず自分自身が楽しんでいる。
ステージ上のしょこたんは純粋なのだ。
これが、観ている側としては快い。
極論すれば、「観客を盛り上げよう」といった考えは邪念である。そういう意思が見え隠れすればするほど、見ている側としては冷めてしまう。
私にとって「盛り上がる」のは結果であって、手段でもなければ目的でもない。
「盛り上がる」という団体行動をとるためにコンサート会場に来ているわけではない。
私は何よりも先ず、しょこたんの生歌を聴くためにコンサート会場に来ている。それが目的だ。
同じ歌を聴いても、微笑む人もいれば涙を流す人もいるだろう。
同じ歌を聴いても、微笑むときもあれば涙を流すときもあるだろう。
古来、歌には魂が宿ると考えられていたと聞いたことがあるが、それは聴く側の人間にも“歌を聴く魂”が宿っていることが大前提であろう。
同じ人が同じ歌を聴いても、笑うときもあれば泣くときもあるというのは、そういうことなのだ。
同じ歌を聴いたら、ロボットみたいに毎回同じ反応をするというのは、本来人間のすることではないと思う。
しょこたんは、
「歌は、歌うたびに変わる」
という意味のことを、ステージ上で語っていた。
私は、それを聞いて、本当に嬉しかった。私も、
「歌は、聴くたびに変わる」
と思っているから。
会場 :千葉県文化会館
公演日:2009年3月27日(金) 18:30〜
会場 :JCBホール
公演日:2009年5月5日(火) 18:30〜
2公演とも、しょこたんの歌唱力は去年よりも向上していたと思う。特にバラード系は素晴らしかった。
JCBホールでは、しょこたんの喉の強さにも驚かされた。かなり長いMCのあと、水分を全く補給せずに歌をこなす。MCの間、聞いているこっちは喉を潤さずにはいられないほど場内の空気は乾燥していたのに…。それとも、ステージ上だけ何らかの方法で加湿されていたのか?
身体も細すぎず太すぎずのグッドシェープで、健康的かつ美しかった。
“バッカルコーン”を含むステージパフォーマンス全体が安定しており、スタミナも充分という感じがした。今回のコンディション(体重および体脂肪率)が、しょこたんのベストなのではないか。
筋力も向上していた。「“魔法の箒”に跨るために足腰を鍛えた」と言いつつステージでやって見せたスクワットのフォームの良さには感心した。何気にやって見せたが、あの正規のフォームであれだけスイスイ出来るのは、相当な脚力がある証拠である。
しょこたんは、運動神経は普通の人より劣っているかも知れないが、筋力や平衡感覚に関しては普通の人より秀でていると思う。
今回のツアーでは、しょこたんは松田聖子の楽曲を歌わなかった。松田聖子直撃世代の私としては実に残念。
アニソンの比重も、去年より低下していた。
この2点によって、今回は「松田聖子リスペクト歌手」でもなく、「アニソン歌手」でもない、「純然たる女性歌手・中川翔子」を前面に出したという印象が残った。
さて、しょこたんの歌手としての素晴らしさは、歌唱力やルックスだけに留まらない。
ステージでパフォーマンス中のしょこたんは、
「楽しいオーラ」
「楽しい光線」
とでも呼ぶべきものを、全身から放射しまくっている。
「ステージの上で、お客さんを前にして、歌ったり踊ったりするのが本当に楽しくて仕方がない!」
ということが、客席までビンビン伝わってくるのだ。
しょこたんは、観客を盛り上げようとか考える前に、先ず自分自身が楽しんでいる。
ステージ上のしょこたんは純粋なのだ。
これが、観ている側としては快い。
極論すれば、「観客を盛り上げよう」といった考えは邪念である。そういう意思が見え隠れすればするほど、見ている側としては冷めてしまう。
私にとって「盛り上がる」のは結果であって、手段でもなければ目的でもない。
「盛り上がる」という団体行動をとるためにコンサート会場に来ているわけではない。
私は何よりも先ず、しょこたんの生歌を聴くためにコンサート会場に来ている。それが目的だ。
同じ歌を聴いても、微笑む人もいれば涙を流す人もいるだろう。
同じ歌を聴いても、微笑むときもあれば涙を流すときもあるだろう。
古来、歌には魂が宿ると考えられていたと聞いたことがあるが、それは聴く側の人間にも“歌を聴く魂”が宿っていることが大前提であろう。
同じ人が同じ歌を聴いても、笑うときもあれば泣くときもあるというのは、そういうことなのだ。
同じ歌を聴いたら、ロボットみたいに毎回同じ反応をするというのは、本来人間のすることではないと思う。
しょこたんは、
「歌は、歌うたびに変わる」
という意味のことを、ステージ上で語っていた。
私は、それを聞いて、本当に嬉しかった。私も、
「歌は、聴くたびに変わる」
と思っているから。

