2009-02

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『ガンダムOO』の、ここがダメだからこう変えろ(その4)

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ
(その4)

 この記事は、 『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ(その3)  の続きである。

 今回は、『ガンダム00』のストーリーの展開と男性キャラの描き方を中心に、どこがダメで、そのダメな点をどう変えておくべきだったのかを書き連ねてみる。

ダメな点(5)…『ガンダム00』は、カッコイイ大人(男)の姿が描かれていないからダメ。
こう変える(5)…セルゲイとハーキュリーを最終話まで生かし、ストーリーのキャスティングボートを握らせる。

 ここで言う“カッコ良さ”とは、ルックスに関するそれではではない。「漢と書いて男と読む」的な感性における“大人(男)の姿のカッコ良さ”である。

 そもそも、所謂イケメンキャラなどは、1人か2人いれば十分なのだ。これは女性キャラクターに関しても同じである。ファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)では、レギュラーの美形キャラはシャアとセイラのダイクン兄妹だけだったことが、それを実証している。

 もしファーストガンダムに於いて、シャア以外に何人もイケメンキャラが登場していたら、その分人気は分散していただろう。今日に至ってもシャアの知名度と人気が高いのは、イケメンキャラとしての人気をシャア一人に集中させたということが大きいのだ(シャアが内面的にも深く描きこまれた人物であった等、他にも要因はあるが、これもリソースの集中運用のなせる業と言える)。

 話を戻そう。『00』を視聴していて、ストーリー展開に関して一番ガックリきたのは、ハーキュリーとセルゲイがあっさり殺されてしまったときである。あの瞬間、残りの話数からすると、ストーリーのキャスティングボートを握っているのはマネキンただ一人としか考えられなくなってしまった。
 もちろん今後、実際にマネキンがキャスティングボートを投じるストーリー展開になるかどうかは分からないのだが、少なくともカタロン側には大きな伏線が張られていないので、現時点ではそれ以外に確固たる予想を立てようがない。想像が膨らまないのだ。

 セルゲイとハーキュリーの最期が余りにも情けなかったこと自体も、大きな問題である。
 ハーキュリーの最期は「想定外の事態にオロオロするオッサン」だったし、セルゲイに至っては只のダメ親父である。二人を殺したアンドレイも、単なるバカ息子でしかない。 
 ダメ親父にバカ息子。そこにハーキュリーを加えた男性キャラが三人が、誰一人としてカッコ良くないのだから、あれは本当に致命的なシーンであった。

 中学生男子をガンダムファンにしたいのなら、男性キャラは基本的にはカッコ良く描かなければならない。前述したように、それは外見的なものではなく、内面的なものである。

 ファーストガンダムを引き合いに出すと、ランバ・ラルはメタボ気味の中年キャラだが、男としてカッコ良かった。ドズルは外見も性格もフランケンシュタイン系のキャラだったが、その最期は男らしかった。
 『戦場は荒野』のジオン軍偵察機パイロットであるとか、『時間よ、とまれ』の若きジオン兵といった脇役キャラも、男としてカッコ良かった。
 あの“やさ男系”の代表格であるカムランでさえ、ホワイトベース出港の際には男としての見せ場があったのだ。

 セルゲイは、アンドレイに誤解されるも、生き延びてハーキュリーと共にクーデター側と合流すべきだった。物語のキャスティングボートは、最後までセルゲイが握っているべきだったのだ。例えば…

 アンドレイの誤解によって連邦から裏切り者の烙印を押されたセルゲイは、ハーキュリー率いるクーデター軍に身を置かざるを得ない。亡き妻への想いと自分を誤解したままの息子に対する想いに揺さぶられながらも、セルゲイは自分の進むべき道を見出していく。
 セルゲイは、クーデター軍とカタロンとの仲立ちをするため、戦闘ではなく交渉の場に活動の場を移す。しかし、アロウズの特殊部隊が放っておく筈もなく、セルゲイは銃弾の中を潜り抜ける日々を続けることになる。
 それでもセルゲイは、最後の最後にマネキンの心を動かし、連邦(アロウズ)の体制を覆すことに成功するのだった…

 …という展開にするべきであった。(もちろん、アンドレイに対しても父親としての務めをキッチリ果たし、親父としてのカッコ良さも見せる)

 沙慈の姉が生きているという設定(サーシェス=グラハムに殺されそうになったところを、以前から接触を持っていたカタロンのメンバーによって助け出される。ただし、沙慈は警察から姉が死んだと知らされ、そう思い込む)なら、カタロン:セルゲイ:マネキンの関係に、沙慈の姉を効果的に絡めることが出来るだろう。

 マリーに関しても、トレミーを降りて沙慈の家にでも住んでいることにすれば、沙慈の姉を通じて潜伏中のセルゲイと再会するという展開を作ることが出来る。また、セルゲイと再会したことによってマリーがトレミーに戻る理由が生まれ、結果的にアレルヤと再会を果たすという流れも悪くない。
 この方が、「ひたすら仇討ちの連鎖が続く」単調で殺伐とした展開よりも、遥かに面白いと思う。

 そして何より、セルゲイやハーキュリーといった男性キャラが立つ。
 モビルスーツ同士の派手な戦闘の裏側で、大人の男達が地べたを這いずり回りながら、世界を救うために戦い続け、最後は見事にその目的を果たす。
 これだよ、これ。
 大人の男のカッコ良さだよ。

 もちろん、セルゲイや沙慈の姉の話を膨らませた分、削らなければならない部分も生じてくる。
 では、どこを削るのか?
 イノベイターの話をバッサリ削れば済むのである。
 この件は、気が向いたら書くことにする(感想文の方で既に大方書いてしまっているので、あんまり書く気がしない)。とりあえず、今回はここまで。
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『ガンダムOO』の、ここがダメだからこう変えろ(その3)

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ
(その3)

 この記事は、 『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ(その2) の続きである。

 今回は、『ガンダム00』のドラマの展開を中心に、どこがダメで、そのダメな点をどう変えておくべきだったのかを書き連ねてみる。
 ここで私が「ダメだから変えろ」と書くのは、中学生以上の男性視聴者、即ちガンプラの主たる購入者と重なる層からの視点であり、一般的な女性のそれではない。

 「中学生以上の男性視聴者」は、ガンプラだけではなく、DVDの購入者でも有り得る。特にこの先ガンダムという商業作品を買い支えていく世代として、中学生男子層の顧客の存在は重要である。私も、中学生のときにファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)のファンになり、今日に至っている。出来るだけ当時の気持ちを思い出して、この記事を書くことにする。

ダメな点(4)…『ガンダム00』は、刹那のライバルキャラが立っていない(キャラが弱い)からダメ。
こう変える(4)…グラハムとサーシェスは同一人物であるという設定にし、キャラを立たせる。

 そもそも、刹那を「4人いるガンダムマイスターの1人」としたこと自体がダメ(「ガンダムのパイロットは4人いるが、ガンダムマイスターは刹那だけ」にするか、ガンダムマイスターという言葉自体をなくして単に「刹那はガンダムバカ」とすべき)だと思うが、その件は割愛する。

 『少年ジャンプ』の法則にもあったと思うが、主人公には強力なライバルが必要である。
 ファーストガンダムの場合、主人公アムロとライバルのシャアの関わりは、物語開始から最期まで、ほぼ一貫して描かれていた。シャアが左遷させられている間は、ランバ・ラルがアムロのライバルとなることで、アムロの成長ドラマは継続した。ファーストガンダムにおける主人公とライバルのドラマは、厚みと重みのあるものだった。

 これに対し、『00』における刹那とグラハムのドラマは軽くて薄く、刹那とサーシェスのドラマは極めて限定的で広がりがない。
 両者とも、典型的なステレオタイプというか、いかにも「こういう機能(役割)のキャラを作ってみました」的な単機能キャラである。物語における単なる駒であり、人物としてのリアリティがない。
 しかし、この2つのキャラクターを合体させれば、ちゃんと生きた人物として動くようになる。つまり、こうだ。

 かつて刹那をゲリラに仕立て上げた人物であるサーシェスは、顔を変え経歴を偽り、グラハムという別の人格になりきって、ユニオン正規軍のエリートパイロットになっていた。
 戦場でグラハムの乗るモビルスーツと対峙した刹那は、その太刀筋からパイロットがサーシェスであることを直感する。グラハムもまた、ガンダムのパイロットが、自分がかつてサーシェスであった頃に教えたゲリラ兵であることを直感。
 何故、傭兵であったサーシェスが、グラハムとして正規軍のエリートパイロットの座に就いているのか? 
 彼一人の力で成し得たのか、他の誰かの協力があってのことなのか?
 サーシェス=グラハムの真の目的とは何か?

 …とまぁ、こんな感じにサーシェスとグラハムを一人にまとめてしまえば、刹那のライバルとしてキャラが立つのである。要するに、サーシェス=グラハムとして多面的な物語を背負わせ、キャラとしての深みを持たせるのである。
 刹那がただのテロリストではないように、サーシェスもまた、ただの傭兵ではダメなのだ。
 グラハムも同様。
 実際の作品では、グラハムをただのエリートパイロットではないようにするために仮面を被らせたのかも知れないが、あれではただの道化である。シャアは、初めから物語を背負っていたからこそ仮面を被っていたのだ。グラハムは逆に、物語を持たせるために仮面を被らされた。この差は余りにも大きい。

 ちなみに、サーシェス=グラハムと刹那とのドラマ展開は、サーシェス=グラハム自身の謎解きが加わる以外は、実際の本編のそれとほぼ同じ流れで良いと思う。例えば…

 サーシェス=グラハムは、「人間は常に争いを行い続けることで栄え、進歩する」というポリシーを持ち、「だから、そういう環境を常に作り続けなければならない。世界の歪みこそ、人間の社会を維持する生命力」という行動を取り続ける。
 対する刹那は、「戦うことしか出来ない自分」が「戦いを根絶するための戦いを続ける」という二重三重の矛盾に悩みながら、周囲(敵味方両方)の人間との関わりの中で成長しながら、答えを見つけていく。

 始めから途中までは、サーシェス=グラハムからの「俺とお前は、同じ破壊者に過ぎない。違うか?」という問いかけに対し、刹那は「それでも構わない」と応じる受けの姿勢で臨む。
 途中から終盤にかけて主導権が刹那に移ってゆき、最終的には「お前は何も変わっていない。でも俺は変わった。俺はもう破壊者じゃない」という攻めの姿勢に転じる。「だから、俺が勝つ!」

 その過程に、セルゲイやハーキュリーといった敵対勢力(ハーキュリーの場合は敵の敵で味方?)の人物が絡んでくると、面白くなる。ファーストガンダムにおける、アムロとランバ・ラルのように。

 次回はその、セルゲイやハーキュリーといったオッサンキャラの活かし方について書いてみたい。
 とりあえず、今回はここまで。

私がイアン・ヴァスティ(『ガンダム00』第2期 ソレスタルビーイング制服)のコスプレをした理由

私がイアン・ヴァスティ(『ガンダム00』第2期 ソレスタルビーイング制服)のコスプレをした理由


 イアン・ヴァスティのコスプレをするとか、ましてやコスプレイベントに参加するなど、ほんの4ヶ月ほど前までは全く考えてもいなかった。

 過去にコスプレらしきことを少しはやっていたものの、飽く迄も「バンダイから発売される戦隊モノまたは仮面ライダーのキャラクター商品」を買って着用するという、ただそれだけのことだった。「コスプレしたい」というよりも、むしろ「特撮番組のマーチャンダイジングにおける大人向き商品に一票を投じる」という気持ちで購入していた。

 しかし2008年は、『ゴーオンジャー』からも『キバ』からも、私が欲しいと思える大人向け商品が発売されなかった(『ゴーオンジャー』のジャケットは、着ると肩が凝りそうな感じがして食指が動かなかった)。結果的に、そのための予算が浮く格好となった。

 そういう状況下で、2009年春に開催される、しょこたん(中川翔子)のコンサートチケットを押さえることに成功した。しょこたんのコンサートでは、観客の一部がコスプレをすることが定番になっている。私自身、ゲキブルーのジャケット(前述の通り、バンダイから発売されている大人向け商品)のみではあるが、会場で着た経験がある。今回も、せっかくだから軽くコスプレしたいという気持ちが沸いた。

 そこで、戦隊やライダーと同様の特撮作品である『レスキューフォース』のキャラクターのコスプレをしようと思ったのだが、諸事情で断念(その記事は → こちら)。この時点で、特撮作品のキャラのコスプレをするという線は消えた。

 特撮でないのなら、後はアニメしかない。私のコスプレは、基本的にはこの二者択一だ。
 2008年に放送されていたアニメで、視聴していた作品は『ガンダム00』だけ。
 しかし『ガンダム00』は、キャラクターが(絵的に)腐女子に迎合していると思えるような気持ち悪い作りになっており、その所為で第1期に関しては感情移入できなかった。
 それでも一応観続けていたのは、『00』が“ガンダム”を冠した作品だったからである。(「刹那がエクシアを丸腰にした状態で人質の引渡しを行う」など、気に入ったエピソードが少数ながら存在したことも事実ではあるが)

 そもそも私は、ファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)をリアルタイムで視聴していた世代である。
 だからファーストガンダムに対する思い入れは、『ガンダム00』とは比較にならないほど大きい。ガンダムのキャラクターのコスプレをするならば、『ガンダム00』ではなくファーストガンダムからキャラクターを選びたいと思った。
 ところが、いざキャラクターを選ぶとなると、既に43才になっている自分(体形は痩せ型)に合ったキャラクター(コスプレしたいキャラクター)というのが、意外に見つからない。とりあえずコスパから発売されている連邦軍の制服(既製品)を買ってみたけれど、もう一つ気分が乗ってこない。

 私はヒントを求め、コスプレに関するネットサーフィンを行った。
 そこで改めて気付かされたことは、コスプレイヤーの男女比が、女性に大きく偏っているという事実だった。『ガンダム00』のコスプレにおいても、男装コス(女性が男性キャラクターのコスプレをする)が大勢を占めている。
 実際に『ガンダムコスプレフェスティバル』に参加してみた経験からも、同じことが言える。まだ文字通り一例でしかないが、コスプレの現場の状況と、モニター越しに確認できる状況は一致していた。

 一方、『ガンダム00』の“視聴者”が、これほど女性に偏っているとは到底考えられない。
 例えば『ガンダムSEED』では、ガンプラが約1年間で累計800万個も出荷されているのだ(参考記事は → こちら)。
 私の経験上、販売店のガンプラのコーナーにいる女性(客)は、圧倒的少数派である。賭けても良いが、ガンプラの購入者に関しては、圧倒的に男性が多い。コスプレの男女比とは、まさに正反対である。
 
 『ガンダム00』視聴者の男女比は知らないけれど、ガンプラの売れ行きからして、男性視聴者が100万とか200万のレベルで存在することは間違いないだろう(私のようにガンプラをほとんど買わない男性視聴者もいるわけだし)。それに対して、女性がその10倍の1000万とか2000万というレベルで存在しているかと言えば、それは視聴率から考えて有り得ない。視聴率は平均4%台なのだから、仮に男性視聴者が200万人いるとすると、女性の視聴者もほぼ同程度だということになる。
 それなのに、『ガンダム00』に関するコスプレイヤーは男性よりも女性の方が圧倒的に多く、その女性の中では男装をしているコスプレイヤーが多い。

 そういう状況をモニター越しに見ているうちに、私は何だかだんだん腹が立ってきた。
 ガンダムマイスターのコスプレをしているのは、ほとんどが女性である。
 それも、パッと見て女性と分かるような人ばっかりなのだ。
 中には、厚底ブーツ(かつてコギャルの代名詞だった)やピンヒールのブーツ(言わずもがな)を履いている女性まで…
 どう見たって「この世界は歪んでいる」。

 男はどうしたんだ、男は?
 二十歳を過ぎた男なら、身長175cmとか普通にいるだろうに。
 ええい、男性視聴者がガンダムマイスターのコスプレをしないから、こういう状況になってしまうのだ!

 もし私があと20才若かったら…
 私があと20才若かったら…
 …あ、ダメだわ。ガンダムマイスターは美形ばっかりだから、私が20才若かったとしても、コスプレできるキャラがいないわ。
 う~ん、だから男性のコスプレイヤーが少ないのか?
 男性レイヤーの少なさは、今のアニメ界における構造的問題を投影したものなのか?

 しかし考えてみれば、美形男性キャラの男装コスをしている女性のコスプレイヤーが、宝塚の女性のように容姿端麗というわけではない。ハッキリ言って、ほとんどが並みのルックスである。
 だから、並みのルックスの男性がガンダムマイスターのコスプレをしたとしても、男装コスをしている女性レイヤーから非難される筋合いはない筈だ。

 なんだ、大丈夫ではないか。
 並みのルックスの男性が、ガンダムマイスターのコスプレをしても大丈夫なのである。
 ええい、やはり若い男性視聴者がガンダムマイスターのコスプレをしないことが問題なのだ!
 若い男性視聴者よ、ガンダムマイスターのコスプレをするのだ!

 …そうやって、いくら私がモニターの前で念じたところで、ガンダムマイスターのコスをする若い男性レイヤーが増えるはずもない。
 何か私にできることはないのか?
 もちろん、40過ぎの私がガンダムマイスターのコスをするのは無理である。
 だが、オッサンがオッサンキャラのコスをすることは、無理ではない…

 『ガンダム00』のオッサンキャラと言えば、イアン・ヴァスティとセルゲイ・スミルノフ。
 私は身長175cmと背は低くはないものの、体つきは華奢であり、両者共に体形の一致度は低い(イアンは設定画を見る限り、2期になってから恰幅が良くなっていように思えた)。しかし、イアン・ヴァスティとセルゲイ・スミルノフ以外に、コスしたいと思えるオッサンキャラはいない。ここは二者択一である。
 プロのエンジニア(電気保全技師)としての実務経験を持つ私は、イアン・ヴァスティを選んだ。

 以上が、私がイアン・ヴァスティのコスプレをした理由である。
 『ガンダム00』の一視聴者ではあるものの、ファンとまではいかない私が、イアン・ヴァスティのコスプレをすることになったのは、自分が不満に感じている現状を例えゼロコンマ以下のパーセンテージであったとしても、確実に変えたいと思ったからだ。
 つまり、我が身を以って、『ガンダム00』の男性レイヤーの数を一人増やすという行動に出たのである。

 子供じみていると思われるだろうか?
(ここで、顔をモニターにぐっと近付ける)
 それでも、オッサンにはオッサンなりの、こだわりというものがあるのだ。

 『ガンダム00』がセカンドシーズンに入ると、エンディングや提供読みの際に腐女子向けと思える絵が出て来なくなったため、作品に対する抵抗感が大幅に減少した。それに、イアンのコスをすることになった所為もあってか、前よりもキャラクターに対して感情移入し易くなった。
 結果的に、今のところ2期は1期よりも楽しめている。(ただし、物語の完成度は1期の方が高かったと思う)

 キャラに感情移入し易くなるためにコスをしたわけではない。
 しかし、結果としてそうなったことは、悪くないと思っている。
 イアンのコスをしなかったら、イアン・ヴァスティの視点で物語を観るという発想が、私の中に生まれることは決してなかったに違いない。
 一見、“着ただけ”のオッサンレイヤーでしかない私にも、この程度の背景はあるのだ。

3月20日(金)、『コスプレ館in晴海 ~卒業おめでとうSP~』に、行けたら行きたい

3月20日(金)、『コスプレ館in晴海 ~卒業おめでとうSP~』に、行けたら行きたい

 当日の天候と体調次第であるが、3月20日(金)に開催される『コスプレ館in晴海 ~卒業おめでとうSP~』にレイヤーとして参加する予定を立てている。キャラは勿論、イアン・ヴァスティ。(今回はジオン軍指揮官のコスはしない)

 3月は、8日(日)にベリーズのコンサートに行く予定なので、そのついでにお台場で開催されるコスプレイベントに参加しようと思っていた。ところがどっこい、時間帯が合わない。コンサートが始まる前に寄るにしろ、終わった後に寄るにしろ、1時間程度しか会場にいられないのだ。これでは忙しない。

 『コスプレイヤーズ アーカイブ』によると、このイベントには、イアン・ヴァスティのコスをする男装レイヤーさんや、ラッセ・アイオンのコスをする男装レイヤーさんがエントリーされており、興味はある。いかんせん、滞在時間が1時間ではどうにも時間不足であり、すれ違いも有り得る。よって、こちらは諦め、8日はベリーズのコンサートに集中することにした。

 3月20日の『コスプレ館in晴海 ~卒業おめでとうSP~』に参加するつもりになったのは、3月8日の代わりという面もあるが、それ以上に舞姫さんの主催する「ガンダム00 2期CB合わせ」の告知を見たことに拠るところが大きい。

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 ガンダム00 2期CB合わせ(被りなし)
             【マリー切実】

       『コスプレイヤーズ アーカイブ』の合わせ募集告知
               ↓
         http://www.cosp.jp/awase_info.aspx?id=2748 

       『Cure』の合わせ募集告知
               ↓
         http://ja.curecos.com/recruiting_board/view?id=22597 
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 募集告知のメッセージにある、
「番組も大詰めですので是非トレミークルーで集合できたらと思い募集をかけさせていただきました」
という案内文に、私は共感を覚えた。

 『ガンダム00』があと2話で完結するという時期に、トレミーのメンバー限定で合わせを行うことで、一種の緊張感や団結意識を共有出来るかも知れない。同じトレミー合わせでも、まだ完結まで余裕があった時期とは雰囲気が違うだろうし、完結してしまった後ではまた雰囲気が違ってくるだろう。

 私は完コス志向ではない(しかもオッサンレイヤー)ので、この合わせにエントリーすることは無理(そもそもイベント参加自体が当日の天候と体調次第)なのだが、トレミーのメンバーが集った大型合わせは見てみたいし、写真も撮りたい。そこで、メッセージにて舞姫さんにその旨を伝えたところ、OKとの返事を頂いた。

 舞姫さんは、私とは親子ほどの年齢差があるし(当然ながら私の方が年上)、合わせのメンバーも今のところ若い女性レイヤーさんばかりである。いささか気恥ずかしいのだが、ここは同じトレミーメンバーのコスをしているレイヤー同士ということで、ちょっとだけお邪魔させてもらうつもりでいる。

 ガンダムコスプレフェスティバルでは、自分から男装レイヤーさんの集団に近付くことは一切しなかった。無意識のうちに完全に避けていた。今回は、そこを意図的に少し変えてみたい。
 もちろん、ネタばれやBLの話は御免被りたいのだが、時にはリスクと引き換えに新しいことをしてみたくなる…冒険だな!

 有楽町駅に10時20分頃に着けば、バスを1本見送ることになったとしても、晴海の会場に11時頃到着できるだろう。入場待ちや男性更衣室待ちでどれくらい時間をロスすることになるかは分からないが、12時頃にはコスに着替えて現場入りしたいところだ。

 当日の天候は、神のみぞ知る。
 風邪をひいたり、ぎっくり腰を再発させないようにして、3月20日を迎えたい。
 そうそう、3月15日以降は、うっかりヒゲを剃ってしまわないように気を付けねば!

イアン・ヴァスティのポーズ

イアン・ヴァスティのポーズ

 次回のガンダムコスプレフェスティバル用に考えてみた。
 2月は(1)しかやっておらず、ワンパターンだった。3パターン程度は、ビシッと決められるようにしたい。腕組みしながら「これでサマになっているのかな?」と不安になるのは楽しくないから。

(1)イアンの設定画ポーズ(真正面)

(2)イアンの設定画ポーズ(半身)

(3)腕組みポーズ

(4)ラッセの設定画ポーズ

(5)腰に手(半ば握り拳)を当てる

(6)筋トレのときによくやる腰を捻ったポーズ(一種の振り向き)

(7)見返り

(8)腕まくりをしている最中の動きを止めたもの

(9)手袋を決め直す動きを止めたもの

(10)顎に手を置いて考え中のポーズ

(11)頭の後で手を組んで斜め上を見て考え中のポーズ

(12)ボレロを脱いで肩に掛ける(半身)

(13)ボレロを脱いで肩に掛ける(見返り)

ガンダムコスプレフェスティバルの反省(その2)

ガンダムコスプレフェスティバルの反省(その2)

 最大の反省点は、既に(その1)で書いたブーツの件だが、他にも三つほどある。
 
(1)名刺を渡すのを忘れた

 名刺を渡すことが出来たのは、親子合わせ(イアン&ミレイナ)をさせてもらったファイリンさんだけである。しかも、これすらファイリンさん主導による名刺交換であった。
 やはり、普段やっていないことをやるのは難しい。私は外回りの仕事を担当したことが全くないので、自分から名刺を渡すという習慣がないのだ。

 これを改善するには、「明確に意識する」しかないだろう。まさか、カメラに名刺ホルダーをぶら下げるわけにはいかないし…。
 ちなみに、名刺を渡すこと自体には大した意味はない。問題は、その次のステップにある。


(2)レイヤーさんに画像upの許可願いをすることを忘れた

 (1)が問題になるのは、こうなってしまうからである。名刺を渡さないので、画像up許可のお願いをするという話の流れが作れなかったのだ。今回、画像upの許諾を得ることが出来たのは、名刺交換をさせてもらったファイリンさんだけ。
 せっかく記事を書いても、画像を付けられないとやっぱり寂しい。これを改善するには「名刺を渡して、画像up許可のお願いをする」という流れを作るしかない。


(3)ポーズを考えていなかった

 今回、多くのレイヤーさんの写真を撮らせてもらって気付いたことは、ポーズをビシッと決めることが出来る方が多いということである。オッサンレイヤーの方も例外ではなかった。
 私は社交辞令込みで4回ほど撮ってもらったが、自分自身で「これでいいのだろうか?」と戸惑いながらシャッター音を聞く感じだった。

 自宅コスにおける“タイマーを使った自分撮り”で、ポージングにはある程度慣れているつもりだったけれども、人に撮ってもらう場合は全く勝手が違っていた。
 人に撮ってもらうとなると、何となく真正面を向いて、棒立ちになってしまう。これは、素人にありがちな反応だと思う。

 とにかく、この日の私は単に斜に構えるということすら、ほとんど出来なかった。
 これを改善するには、自分に合ったポーズを予め見つけておき、そのポーズをズバッと決められるように反復確認して体に覚えさせるしかないだろう。
 練習と言ったら大袈裟だが、やはり日頃やっていないことをパッとやろうとしても出来ない。イベントが週末にあるとしたら、その週の月曜日から毎日1分で良いから鏡の前でポーズを取ってみるのだ。もちろん、その前にどんなポーズにするかを決める必要があるのは言うまでもない。


 以上のような反省を踏まえ、次回のコスプレイベントに臨む。
 もっとも、次回はガンダムオンリーイベントではないので、今回のように気楽に撮ったり撮られたりということにはならないだろう。数少ない機会を逃さないようにして、自分が考えていた通りのことを実行したい。

ガンダムコスプレフェスティバルの反省

ガンダムコスプレフェスティバルの反省

外見は大満足のブーツだったけれども

 ↑のブーツとブーツカバーを自分で使いたいというレイヤーさんがおられましたら、無料で差し上げますので、コメント欄にて、その旨お伝え下さい(当然ながら1名様のみ、コスプレ会場等で手渡し出来る方を優先)。
 ただし、『Cure』か『コスプレイヤーズ アーカイブ』で自分の顔出し画像を公開している女性または女装レイヤー(女装メインの男性)さんで、足のサイズが25.0~26.5、かつ転売目的ではない方に限定させて頂きます。

 さて、私がこんなことを申し出ることになった顛末は、以下の通りです…

****************************************

 ジオン軍指揮官のコスプレのために、私は↑のブーツとブーツカバーを使用した。
 このブーツ、一見すると、何の問題もないように見える。私も会場で実際に履いて歩くまでは「サイズはキツイが、1時間ぐらいは大丈夫だろう」と思っていた。
 しかし実際に歩いて見ると、大いに問題があった。
 もっとも、問題があったのは、これを使った私自身の方である。我ながら考えが浅かったとしか言いようがない。

 足のサイズが26.5である私にとって、このブーツのサイズはキツく、ギリギリOKという状態だった。(26.0でも若干キツイかも? ベストなサイズは25.5か? でも、足が細すぎると似合わない?)
 しかし、問題なのはサイズではない。サイズがキツイのは履けば一発で分かるので、それに関しては覚悟の上だった。

 問題なのは、ヒールの高さである。定規を当てて測ってみると、約7cm。
 比較のために、自分が普段履いているシューズのヒールの高さを測って見たら、約4cmあった。意外に高いことにちょっとビックリ。これだと、ブーツのヒールの高さとの差は3cmしかないことになる。
 普段4cmのヒールで長時間歩いても全く問題ないのだから、それにプラス3cmして7cmになったとしても、1~2時間ぐらいだったら平気だろうと、この時点で高をくくってしまった。

 実際にブーツを履いてみると「たかがプラス3cmの割には、ずいぶん高くなった気がするなぁ」と直感したものの、「たかがプラス3cm」という先入観が、それを楽観的なイメージに変えてしまう。畳の上で何回か足踏みしただけで、「ま、大丈夫だろう」と判断してしまった。

 ところが、私はひどく単純な事実を見落としていた。
 普段履いているシューズのヒールの高さは確かに約4cmだが、爪先の方の高さ(シューズの底の厚み)が約2cmあるのだ。だから、実際に履いたときのシューズ内での“高低差”は2cmに過ぎない。
 一方、ブーツの方はヒールの高さが約7cmで、爪先の方の高さ(ブーツの底の厚み)は約1cm。ブーツ内での“高低差”は6cmあるのだ。

 4cmと7cmの差は「たかが3cm」と思えるが…
 2cmと6cmの差は「実に3倍」と思える。
 そして、その3倍は、実に厳しかった。

 会場で履いて実際に歩いてみると、爪先立ちになって歩いているような感じがする。
 しかも、歩くたびに踵から衝撃がガッツンガッツン、腰に伝わってくる。
 正確に言うと、腰と尾てい骨の中間、骨盤の仙骨辺りに響いてくる。
 生まれて初めて体験する強烈な衝撃であり、畳の上で足踏みしたときとは比較にならない。
 足の裏で衝撃が全く吸収できず、衝撃が床からダイレクトに腰に響いてくるのだ。

 ダメだ…こんなモノを履いて歩き回っていたら、すぐにギックリ腰になってしまう。
 出来るだけ歩かないようにして、このブーツを履いたままジオン軍指揮官のコスプレを続けていたが、1時間が限界だった。
 「1着で1時間以上」という当初の目標は一応達成したが、腰へのダメージは大きかった。本当に大失敗だった。

 次回のガンダムフェスティバルは2009年秋に予定されている。しかし、このブーツを使うのは、もう無理だ。
 そのため、代わりとなるブーツを購入した。今度は、正真正銘男性向きのブーツで、ブーツ内での“高低差”は、普段履いているシューズと同じく約2cm。サイズもほぼピッタリである。色も黒なので、ブーツカバーは必要ない。

****************************************

 そんなわけで、コスプレ用として最初に買ったブーツとブーツカバーは使い道がなくなってしまいました。ブーツは買った時点で既に中古品(約1万円)でしたが、十分使える状態なので、捨てるのはもったいない…。
 冒頭に書いた通りですので、もし欲しい方がいらっしゃいましたら、ご応募下さい。ちなみに、以下の画像はコスプレ屋さんにブーツカバーを発注した際に撮影したものです。映っている足は当然ながら私(身長175cm、体重60kg)の足です。

a1_ブーツを履いた脚
f2_爪先部分の形状
d2_脱いだブーツにメジャーをあてた状態

 …今気付いたけど、仮に矢島美容室のような女装?コスをしたくなったとしても、私はヒールの高い靴は無理なんだなぁ。ううむ、これはチョット残念かも??

『機動戦士ガンダム』第14話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第14話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 スポンサーから要請でもあったのか、11話から「悪のジオン、それを受けて立つ連邦」というニュアンスのナレーションが入るようになっている。
 11話では、番組冒頭ではないものの、
「月の向こう、地球から最も離れた宇宙空間に、数十の宇宙都市が浮かぶ。これこそ、地球を自らの独裁によって治めようとするザビ家の支配する宇宙都市国家・ジオンである」
というナレーションが使われた。

 12話からは、番組冒頭のナレーションでも、
「人類の全てを、自らの独裁の手に治めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ巨大な宇宙都市国家である」
と語らせ、今回の14話では
「全ての人類を、自らの独裁の手に治めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ宇宙都市国家である。ザビ家の総帥ギレン・ザビは、人類を己の前に跪かせるべく、地球連邦に戦いを挑んできた」
と、ギレンを名指しで悪玉呼ばわり。まるで、『マジンガーZ』におけるドクター・ヘル並みの扱いである。最初の頃の
「…宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた」
というナレーションと比べると、随分ニュアンスが変わってきている。

 とは言うものの、ナレーションにこういう変化があったことは、今回約30年振りに観直して新たに気付いたことである。30年前に中学生だった当時の私は、この件を全く意識していなかったのだ。
 逆に、当時の私が強く意識していたのは、
「ガルマ大佐はまだお若い…俺達みたいな者の気持ちは分からんよ」
と言った後、地球連邦の避難民親子に対して独自の判断で救援物資を投下するジオン偵察機の中年パイロットであったり、
「よぉ! 爆弾を外した奴って、どんなバカかな?」
と言った後、民間人を装ってわざわざアムロの顔を見に来た若いジオンの兵たちの姿である。
 そう、その後者こそが今回のエピソードの主役なのだ。

                第14話 時間よ、とまれ…

 旧態依然の勧善懲悪路線を語るようなナレーションとは裏腹に、ジオン軍の若い兵士たちのヒューマンドラマが展開される。
 ファーストガンダムには、見方を変えることにより数多くのベストエピソードが存在するが、“戦争ドラマとしてのベストエピソード”としては、私はこの回を選ぶ。ちなみに次点作は、前回の『再会、母よ…』および第8話『戦場は荒野』である。

 第8話『戦場は荒野』と今回の共通点は、物語の主な視点が脇役のものだということである。矛盾した表現になるが、どちらも脇役が主役の回なのだ。今回の主役は、ジオンの若き兵士達である。

 この回は、とにかく戦争ドラマとしてのリアリティに溢れている。
 30年振りに観直しても、その点は全く色褪せていない。
 短編の戦争映画を観たような、そんな気分にさせられるのだ。
 まず、作品の“空気感”が良い。

 男ばかりの地方基地に、男ばかりの慰問(レクリエーション)部隊がやって来て、ありきたりの芸を見せている。集まっていた兵達から、一斉に
「面白くねぇんだよ!」
という野次が飛び交う、そんな場面。

 朝早く、クワラン達が出撃していくときの、慌しくも統制の取れた様子。
 名も無き一兵士が空を見上げ、
「朝っぱらから、うるせぇなぁ~」
と、出撃していくクワラン達に対してボヤけば、傍にいた別の名も無き一兵士が
「クワランの野郎は、いつもアレよ!」
と、歯を磨きながら応じる、そんな場面。

 泥臭い戦場の雰囲気が伝わってくる。
 大きな戦争をしている大きな世界が存在しており、今はその小さな一部分を切り取って見ているのだ…。そんなリアルな感覚に痺れてしまう。

 時系列は前後するが、夜、電灯に虫がたかる基地の片隅で、若きジオン兵達が仲間内だけのささやかな作戦会議を開いている場面も雰囲気があって良い。
「…うまくいきゃあ本国に帰れるぞ。こんな虫のいない、清潔なジオンの本国へよ」
 彼らは、地球に派遣されたことを「僻地にとばされた」と受け止めており、ジオン本国すなわちスペースコロニーでの生活こそエリートの生き方であると考えている。
 これは、前回「地球に家があるだけでもエリートさ」と吐き捨てたカイの考え方とは正反対である。世代が近いにも関わらず、価値観が全く逆転している両陣営を、見事に点描している。

 また、ホワイトベースに対して補給と修理を行いに来たマチルダは、
「…現実に実戦に耐えているあなた方に、余分な兵を回せるほど、連邦軍は楽ではないのです」
「…ジオンも似たようなものです」
とブライトに語っている。
 その後で、ガンダムに爆弾を仕掛けることに成功し、高みの見物を決め込むクワランたちは、
「…リモコンがありゃあなぁ、今頃は“ドカーン!”よ」
「ホント、俺達パトロール隊にはロクな物ねぇんだもんな」
と語っている。

 ここでも、立場の異なる者が、同じ事象について結果的に語り合っている。
 これが、フィクションにおける論理的閉鎖性。
 つまり物語が、ちゃんと閉じた構造になっており、矛盾要素という綻びが無い。
 同時に、一つの事象が別の陣営から描かれることで立体的な構造を持ち、世界観が築かれる。
 単に設定書を延々と棒読みしているような平面的な描き方では、こうしたリアリティのある世界観を構築することは出来ないのだ。

 今回のエピソードを観るということは、ガンダムに爆弾を仕掛けるクワラン曹長たちの視点から、ガンダムを所有するホワイトベースのアムロたちを視るということである。
 そうすることにより、クワラン曹長たちがジオン側の小さな一部分であるのと同様、ガンダムを所有するホワイトベースのアムロたちもまた、連邦側の小さな一部分に過ぎないという事実が浮き彫りになる。
 結果的に、彼らを包み込む大きな世界が存在することが、自然に感じられる。
 小さな世界同士の重なり合いをキチンと描くことで、大きな世界が見えてくるのだ。

 前述した通り、本エピソードの若いジオン兵達や、第8話『戦場は荒野』で避難民親子に対して救援物資を投下するジオン偵察機の中年パイロットは、1話限りの脇役でありながら、中学生だった当時の私に強烈な印象を残している。
 彼らの共通点は、大人だということだ。
 彼らの有する大人の感覚、大人の感性、大人の考え方、大人の世界。
 それは即ち、男の感覚、男の感性、男の考え方、男の世界。

 それが、当時中学生だった私にとっては、たまらなくカッコ良かった。
 『機動戦士ガンダム』におけるカッコ良さは、単にメカのカッコ良さだけではではなく、「大人のカッコ良さ」であり、「男のカッコ良さ」でもあったのだ。
 だから、『機動戦士ガンダム』は当時の少年達の心を掴み、彼らの支持を得たのだ。
 
 クワランと、ザクのパイロットのギャルは同世代で、階級も同じ曹長。そのため、お互いに「ギャル」「クワラン」と呼び捨ての名前で呼び合っている。通信兵のソルは階級が下のようで、2人を「曹長」と呼ぶ。
 当時中学生であり、先輩後輩の格差が厳しい学生生活を過ごしていた私には、こんなところにも共感を感じた。
 『機動戦士ガンダム』は、中学生男子が観て本当に面白いと感じる作りになっていたのだと、今改めて実感する。

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 おまけ 『ガンダム00』 #18 イノベイターの影

 何だか人が死ぬ(死にそうになる)ことでしか盛り上がらないような感じになってきたなぁ。
 王留美も、「不要となったキャラは処分」みたいな感じで、ジ・エンド? ハッキリ言って、最初から不要なキャラだったとは思うが…。

 アンドレイ・スミルノフって、2期から登場したキャラでしょ? そういうキャラに親殺しとかルイスのこととか、大事な役割を負わせている時点でドラマとしては失敗していると思う。本当はグラハムがやるべきなのに、すっかり道化キャラだもんなぁ。

 アニューはイノベイターにリターンするからリターナーだったのかと、その点にだけ納得。

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その4)

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その4)

 私個人の独断に基づき、ガンダムコスプレフェスティバルにおける各賞の発表を行います。
 こういうのって、普通はランキングの下の方から発表するのが常ですが、ここでは最優秀賞から発表致します。

 最優秀コスプレ賞・女性の部
 ミレイナ・ヴァスティのコスをしたファイリンさん
 ララァ・スンのコスをした女性レイヤーさん
 
 ファイリンさんに関しては、イアン・ヴァスティとしての贔屓目無しで選んだ、正真正銘の最優秀賞です。画像その他詳細は、『ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その2)』をご覧下さい。
 名刺交換の際、名刺の向きに気を遣われている等々、本当に良く出来たお嬢さんでした。

 ララァ・スンのコスをした女性レイヤーさんは、とてもキャラに似ておられました。衣装・髪型・メイクもララァそのものといった感じで、いわゆる完コス。
 ファースト合わせのグループショットを何枚か撮らせてもらったのですが、表情もポーズもララァっぽいのです。ただ表面的に似ているだけではなく、キャラクターの雰囲気がしっかり出せていて、内面的な部分もコスされていると感じました。


 最優秀コスプレ賞・男性の部
 アムロ・レイ(ファースト)のコスをしたRYUさん

 ナチュラルに外見がアムロに似ておられます。私の方から「似てますね~」と声を掛けさせてもらい、何か返答して頂いたのですが、その声がまたアムロに似ていたのでビックリ! 思わず「声まで似てる!」と小さく叫んでしまいました。
 髪は地毛だったと思うのですが、髪型も色も自然な感じで似せてありました。
 衣装はコスパ(TRANTRIP)で、版権(著作権)もクリア。
 全体的な完成度が高く、素晴らしいコスプレでした。次回のガンダムコスプレフェスティバルでは、是非『逆襲のシャア』のアムロのコスをして頂きたいと思います。


 最優秀コスプレ賞・着ぐるみの部
 ΖΖガンダムのコスをした男性レイヤーさん

 私が最初に見たのは、着ぐるみがバラして床に並べられている状態でした。製作者兼レイヤーさんが傍におられたので、お話を伺うことが出来ました。
「近くで見られると、細部の造りの甘さが分かってしまうので…」
と仰っていましたが、アマチュアとしては全く問題ないレベルだと思います。このレベルで全てのパーツを完成させ、実際に人が着て動けるようになっているという時点で尊敬に値します。
 お弟子さんが着て歩いているところを拝見しましたが、まさに重モビルスーツという感じで感動しました。


 レアキャラコスプレ賞・女性の部
 フラウ・ボゥのコスをした女性レイヤーさん
 
 ララァのコスをされた女性レイヤーさんと一緒にファースト合わせをされているところを何枚か撮らせてもらいました。
 若い女性がファーストガンダムキャラのコスをするだけでもレアなのに、更にフラウというキャラを選ばれていたので、とても印象に残っています。髪の毛が、色・髪型共に再現度が高かった点にも、こだわりを感じました。


 レアキャラコスプレ賞・男性の部
 イオリア・シュヘンベルグのコスをしたクロウロードさん
 赤鼻のコスをした男性レイヤーさん

 お2人とも、「まさか、このキャラを」という驚きの選択。『Cure』でも『コスプレイヤーズ アーカイブ』でも、イオリアや赤鼻のコス画像は見たことがなかったので、強烈なインパクトがありました。
 もちろん単に希少だというだけではなく、コスの完成度もなかなかのもの。
 クロウロードさんのイオリアコスは、ハゲ・ヒゲ・片方のみの眼鏡・胸のアクセサリー・杖といったポイント全てをキッチリ押えられており、完コスと言えるのではないでしょうか。

 赤鼻のコスをした男性レイヤーさんは、その着眼点に脱帽です。たった1話しか登場しない脇役ながら、ファースト視聴者なら誰でも一目見れば名前が言えるキャラですから。写真を撮らせてもらった際、
「赤鼻には、ポーズとかないんですよね…」
と少し困った様子をされていましたが、今ならご提案できます! 次回のガンダムオンリーでは、是非私のコスするジオン軍指揮官キャラと合わせをお願いしたいです。


 最優秀アレンジコスプレ賞
 ジオン一般兵のコスをした男性レイヤーさん

 最初は何のキャラのコスをされているのか分からなかったので、
「『08小隊』のキャラのコスですか?」と尋ねたところ、
「ファーストです」とのこと。私が「?」な顔をしていたら、
「画面の端っこや奥の方に映っている、無名のキャラクターのコスです」と説明して下さいました。
 実は、この考え方は私も以前から抱いており(その記事は → こちら)、強い共感を覚えました。

 小道具に実際のミリタリーグッズを用いられておられ、リアリティを感じさせるコスになっていました。いわゆる完コスとは方向性が違いますが、これも完成度が高いコスプレであると確信しました。
「ポイントポイントで本物を入れるとキャラが立つけれど、入れすぎると本物の軍服と変わらなくなってしまうので、加減が大事」
と仰っていたのも印象的です。

 画像掲載の許可を撮っていないので撮らせてもらった画像をupすることは出来ませんが、イメージとしては、学研から発行されているこの↓ムック『機動戦士ガンダム 一年戦争全史』に近いものがありました。
一年戦争全史表紙

 他にも素敵なレイヤーさんは大勢おられましたが、私個人による表彰はここまでとさせて頂きます。

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その3)

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その3)

 ちょうど1週間が経ちました。今回書くのは、全体的なこと。

 ガンダムオンリーイベントだけあって、様々なガンダムキャラのコスを見ることが出来ましたが、やはり圧倒的に多かったのは現在放送中の00のキャラ。意外に多かったのが、宇宙世紀系(ファースト、Ζ、ΖΖその他)のキャラ。宇宙世紀系としてまとめると、SEED系(基本的には2作品のみ)よりも多かったように思います。

 嬉しかったのは、私以外にもオッサンレイヤーが結構いたこと(40代の私が30代の男性レイヤーさんをオッサンレイヤーと呼ぶのは失礼かとも思いますが、飽く迄、一般論として)。予想していたより、多かったですね。オッサンレイヤーは宇宙世紀系、それもファーストガンダムのジオンに多かったように思います。

 もう一つ嬉しかったのは、ファーストのコスをしている若いレイヤーさんが結構いたこと。
 コスパ(TRANTRIP)から既製品の衣装が1万円程度で販売されていることも一つの要因だとは思いますが、ガンダムマイスターの衣装もほぼ同等の価格帯で流通しているものもありますから、それが全てではないと思いたいです。

 宇宙世紀系のレイヤーさんのうち、次の方々の写真を撮らせて頂きました。
 (撮影順)
 アムロ(男性レイヤーさん)
 マチルダ(女性レイヤーさん)
 コンスコン(男性レイヤーさん)
 ドズル(男性レイヤーさん)
 ゼナ(女性レイヤーさん)
 ミネバ(女性レイヤーさん)
 ヘルベルト・フォン・カスペン(男性レイヤーさん)
 ΖΖガンダム(男性レイヤーさん)
 赤鼻(男性レイヤーさん)
 ジオン一般兵(男性レイヤーさん)
 シャア(男装レイヤーさん)
 ララァ(女性レイヤーさん)
 セイラ(女性レイヤーさん)
 フラウ(女性レイヤーさん)
 シャア(男性レイヤーさん)
 ギレン(男性レイヤーさん)

 上にも挙げさせてもらいましたが、本格的な“ΖΖの着ぐるみ”レイヤーさんが参加されていたことも大きかったです。あれは、そうそうお目にかかれるものではないと思います。

 そんなこんなで、今回私は43才にしてコスプレイベント初参加、それも単独での参加だったわけですが、アウェーな感じは特にしませんでした。これも、ガンダムオンリーならではの現象だったと言えるでしょう。

 そうそう、このイベントに参加された、みゆさん(男性レイヤー)が『Cure』で、
「この日って… 屋内→UC系 屋外→種・00 ってなってたけれど偶然かな…?」
と指摘されていたのですが、この印象は私も持ちました。これは、私が思うに、

(1)屋内のセットはUC(宇宙世紀)系向きの物が多く、充実していた
(2)UC系のレイヤーさんは、比較的年齢が高めの方も多く、寒さに弱い
(3)00のレイヤーさんは、合わせが比較的大型になるので、広い屋外が向いていた
(4)00のレイヤーさんは、若い女性が圧倒的に多く、寒さに強い

の相乗効果だったのではないかと。
 そもそも、あれだけ大勢いる00レイヤー勢が全員屋内に入ったら、もうそれだけで身動きが取れなくなってしまうでしょう。ですから、合わせの有る無しに関わらず、00レイヤーさんの過半数は屋外に出ざるを得ません。
 また、当然ながらレイヤーさんは、自分がコスしているガンダム作品ごとに集まる傾向があります。00レイヤーさんの過半数が屋外に出れば、行動を共にする形で残りの00レイヤーさんも屋外に出ることになるのだと思います。

 結果的に、男装レイヤーと、男性レイヤーが棲み分けるような形になっていたような印象を受けました。
 私は、女性キャラのコスをしている女性レイヤーさんから了承を受け、彼女達の写真を撮らせてもらいましたが、それは彼女達が男装レイヤーさんの集団の中にいなかった場合に限定されています。
 男装レイヤーさんを毛嫌いするとかではなく、もうごく自然に、近寄ろうという気が起きませんでした。例えば、この日はファイリンさん以外にもう一人、ミレイナのコスをしていた女性レイヤーさんを見かけたのですが、男装レイヤーさんとコンビを組んでおられたため、話しかけようという気が全く起こりませんでした。

 互いに互いを無視していると言えなくもないのですが、それが自然で居心地が良かったのは事実です。オッサンレイヤーはオッサンレイヤー同士で交流していれば楽しめる訳ですし、自然に棲み分けが出来るのなら、その自然に任せるのが無難で良いと感じました。

 少し残念だったのは、イケメン系の若い男性レイヤーさんに話しかけることが出来なかったことです。
 3人組だったと思いますが、ガンダムマイスターのコスをした若い男性レイヤーさん達がいたのです。しかし、近寄ってみて、明らかにメイクをしていることが分かったとき、
「あ、これは俺とは違う世界の人だわ」
と思えて、話しかけるのを止めました。
 この場合も気持ち悪いとかそういう感覚ではなく、「あ、これは違う世界だわ」という自然な感覚です。例えるなら、「洋服屋さんで手に取った衣装の値札を見たら、桁が一つ多かった」ときの感覚に近かったですね。

 次回は、ガンダムコスプレフェスティバルにおける、私的コスプレ大賞を発表したいと思います。

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その2)

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!(その2)

 全国のミレイナファンの皆様、こんにちは。
 ガンダムコスプレフェスティバルにて、ミレイナ・ヴァスティのコスをした女性レイヤーさん:ファイリンさんから許可を頂きましたので、画像をupします。先ずは、私が撮影したものから。

ミレイナ(フルショット)
 カワイイです。何だかお人形さんみたいです。
惜しむらくは、カメラのホワイトバランスを行わずに撮影したため、枯れた芝生に色調が合ってしまったのか、肌の色がくすんだ感じになってしまいました。

ミレイナ(ニーショット)
 ポーズも決まっています。仕草自体が、ナチュラルにミレイナっぽかったです。

ミレイナ(バストショット)
 髪型に関しては、厳密にはアニメキャラと異なっていますが、当日は全然気になりませんでした。マイスターのコスをした男装レイヤーさん達も、「かわいい~」を連発しながらファイリンさんを撮っておられましたから、全然気にされていなかったと思います。ミレイナコスの場合は、むしろこういう表現の方が自然で良いと思います。

ミレイナ(アップショット)
 これは、ファイリンさんと一緒におられた女性レイヤーさん(フェルトのコス)との2ショットをトリミングした画像で、本来はアップショットではありません。フェルトのコスの女性レイヤーさんには、名刺をお渡しするどころかお名前(コスネーム)すら伺っていないため、画像upの許可連絡を取ることが出来ず、こうせざるを得ませんでした。
 ↓からの3枚は、そのフェルトのコスの女性レイヤーさんに撮って頂いたものです。親切にして頂き、本当に感謝しております。

ヴァスティ親子合わせ_1
 夢だった“ヴァスティ親子”合わせが実現!
 ファイリンさんに感謝感激であります。
(イアン・ヴァスティのコスをしているオッサンは、当然ながら私です)

 「親子らしい感じで」と撮影前にアドバイスをもらったのですが、私はオッサンではありますが独身なのです…。「親子らしさ」と言われても、全くピンと来ません。
 それでも、自分の記憶の中にある、それらしい経験を必死に検索したのですが、
“10年くらい前、3才頃の姪っ子を膝の上に乗せて絵本を読んであげた”
という思い出しかヒットしません。ダメだ、全然参考にならない…

ヴァスティ親子合わせ_2
 画像では分かりにくいですが、私は左手をファイリンさんの肩の上に置いています。これは、ファイリンさんからのアドバイスだったと思います。
 ファイリンさんは終始、モタモタしているオッサン(私)を上手くコントロールして撮影をサクサク進めてくれました。私が「この女性、芸能人かも?」と思ったのは、ルックスや仕草の可愛らしさは勿論ですが、こうしたスキルの部分にプロの匂いを感じた所為でもあります。

ヴァスティ親子合わせ_3
 これは、マイスターの男装レイヤーさんから目線を要求されたときのものです。
マイスターの男装レイヤーさんが何人か集まってこられたのを見たとき、私はその場からパッと引こうとしたのですが、どなたかが「イアンさんも」と言って下さったので、2ショット状態で何枚か撮ってもらいました。
 男装レイヤーさんにも、気を遣ってもらっちゃいましたね…。

進修館
 帰る際に、進修館を撮りました。ちょっと分かりにくいですが、画像の右の奥の部分が、ファイリンさん達と写真を撮りっこしていた芝生の広場です。
 この広場は、一般の道路に面しており、丸見え状態です。場所も駅から真っ直ぐ、歩いて4分の距離ですから、人通りもそれなりにあります。露出の多い衣装が全面禁止されているのは、こうした要因もあるのでしょう。

東武動物公園駅西口
 駅に入る前に、時計があったので1枚パチリ。
 12時から3時ごろまで、コスプレしていたことになります。3時間でしたが、目的は十分果たせました。(更なる詳細は、また別記事で)

 ちなみに、次回のガンダムコスプレフェスティバルは、“2009年秋予定”だそうです。是非実現して頂き、また参加させてもらいたいです。

『機動戦士ガンダム』第13話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第13話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 30年前、ファーストガンダムが放送されていた当時、視聴環境で今より確実に良かったことが一つある。それは、「ネタばれが、ほぼ100%なかった」ことだ。
 あの当時、第12話放送前に「ジオンの新型モビルスール“グフ”が登場する」という情報を知っていた視聴者が、果たしてどの程度存在していただろうか? 中学生視聴者の場合は、限りなくゼロに近かったと思う。

 何故なら、そういったネタばれ情報は、一般の中学生が目にするようなメディアには一切載っていなかったからである。(言うまでもないが、当時の日本にはインターネットのイの字もない。ビデオデッキですら、まだ一般家庭には普及していなかった時代なのだ)
 今になって思えば、当時の『テレビマガジン』等の児童誌には、「これが新モビルスーツ グフだ!」みたいなネタばれ情報が掲載されていたかも知れない。しかし、中学生はとっくに『テレビマガジン』からは卒業しており、眼中になかった筈だ。

 当時のアニメファンにとって、アニメ情報は『OUT』から始まった…と思う。アニメをまともに取り扱ったメディアは『OUT』が日本初で、暫くは唯一の存在だったのではないか。ちなみに、アニメの記事を載せ始めても、『OUT』は暫くの間“総合サブカル誌”という感じの内容だったように記憶している。だから、当時中学生だった私にとっては、ちょっとオトナな雰囲気がする雑誌だった。それが徐々に、アニメに特化した構成になっていったのだ。

 その次が『アニメック』である。『アニメック』というだけあって、こちらは最初からアニメに特化した正統派アニメ雑誌だった。『OUT』は設定資料をキッチリと載せるというタイプの雑誌ではなかったので、その意味で『アニメック』は王道を行く誌面構成だった。多分、今でも私の実家にはかなりの冊数の『アニメック』が段ボール箱の中で眠っている。

 『OUT』にしろ『アニメック』にしろ、ファーストガンダムに関しては放送に先行した情報を一切載せていなかった(載せることが出来なかった?)。2誌を毎月読んでいて、ネタばれしていたという記憶が全くないのだ。
 だから私は、アムロやリュウがグフを初めて見て驚いていたのと全く同じ感覚で、TV画面の中のグフを見ていた。当時のスポンサーはバンダイではなく、玩具CMによって本編未登場のメカがネタばれするということもなかった。
 これは、本当に幸せなことだったと思う。
 今では、どんなに注意していても、当時のように「100%ネタばれ無し」という状態を維持することは、ほぼ不可能であろうから。

                  第13話 再会、母よ…

 DVDは四巻目に突入、TVシリーズは1クールが終了。
 ガルマが指揮する部隊による包囲網をどうにか突破し、イセリナの乗ったガウ部隊の追撃をかわし、ランバ・ラルの部隊との遭遇を経て、ジオンの勢力の及ばない海上へと出たホワイトベース。
 前回までの緊迫した状況とは打って変わって、いきなりリゾートな雰囲気で話が始まる。

「太陽の光が一箇所から来るって、わざとらしいわね」
「でも、これが自然というものなのねぇ~」

 このセイラとミライの会話は、完全にSFである(元ネタはあるのかなぁ、私は知らんけど)。放送当時、これらの台詞の意味(真意)が理解できた視聴者は半数以下、おそらく4分の1以下だったと思う。
 私は小学生の頃からSFファンであり(図書館に置いてあるいわゆる少年向けSFを読んだり、星新一、フレドリック・ブラウンといった短編SFを読んでいた)、ガンダムが始まる前からオニールのスペースコロニーを本か雑誌で見て知っていたので、この会話を聞いて「おお~SFだ」と軽い驚きを感じた。
 それまでは、有線ミサイルが登場したり、バルカン砲が弾丸切れを起こしたりと、ガジェットの面ではリアルだと感じていたが、ガンダムの劇中において感性に訴えるレベルでSFを感じたのはこれが初めてである。導入部で繰り返し観た“コロニー落とし”も、「アイディアとしては面白いが、コロニーが形を保ったまま地表に激突するという絵はいかにも嘘っぽい」とか思っていたし…

 今回は、親子の再会、そして断絶という形での別れを描いた一遍である。
 それは同時に、戦争全体の小さな一部分を切り取って描いた、戦場の物語でもある。

 アムロの故郷は、戦略的な意味を持たない一地方である。そんな地方ではあるが、ジオン軍が小規模な前進基地を造っており、その占領下にあった。撤退出来ずに取り残されたこの地域の連邦軍部隊は、連邦本部から見捨てられている。実戦能力も利用価値も喪失した彼らを、ジオン軍は捕虜にしようとすらしない。
 味方からも敵からも無視される形となった連邦軍の軍人達は、愚連隊のような存在に成り下がってしまっている。連邦イコール正義ではないことが、ここでも描かれている。

 同時に、占領しているジオン軍もまた正義ではない。しかし、アムロに拳銃で撃たれたジオン兵を、占領されている側の連邦市民が医者を呼んで助けようとする場面は、ジオン軍イコール悪ではないことを物語る。そしてアムロの母は、ジオン兵を撃った我が息子を責めるのだ。
「あの人達だって子供もあるだろうに…。それを、鉄砲を向けて撃つなんて…荒んだねぇ」

 この瞬間、アムロは母を、そして帰るべき故郷を同時に失った。
 母は在り、故郷も在るのに、そこは既にアムロが帰るべき場所ではなくなってしまったのだ。

 ファーストガンダム全般に言えることだが、今回は特に点描が素晴らしい。
 カイが、
「地球に家があるだけでもエリートさ」
と何気に吐き捨てるた台詞は、地球連邦市民の中に存在する不平等意識(差別意識)を剥き出しにしたものだ。地球に住む人間、即ち地球連邦の中核はエリート一族であり、連邦内の宇宙移民者はその逆である、と。

 宇宙移民における地球連邦政府の横暴は、今まで何度も宇宙移民一世世代の老人達によって語られてきた。今回は、宇宙移民2世世代と思われるカイの口から、それを裏付けるような発言が出た。異なる世代の者が、表現を変えて根を同じとすることを言うと、非常に説得力が感じられる。
 これもまた、ガンダムのキャラクターの層の厚みがもたらすリアリティである。

 そして、アムロが母と再会の抱擁を交わすシーンで、それを羨ましそうに見つめる子供達。
 母親である自分よりホワイトベースを選ぶ息子を目の当たりにして呆然と立ち尽くすアムロの母を見つめる、フラウの視線。
 戦争孤児という同じ境遇を持った人物が、同じ人物を見ているのに、視線の意味が全く違う。
 このアムロと母の別れの場面に、アムロと母の再会場面を羨ましそうに見ていた子供達が立ち会っていたら、一体どんな目をするのかと思うと切ない。

 そう言えば、アムロが戻って行くホワイトベースのカツ・レツ・キッカも戦争孤児である。
 この日、アムロもまた、ある意味で戦争孤児になったのだと言える。

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 おまけ 『ガンダム00』 #17 交錯する想い

 『00』のセカンドシーズンは、ある意味“再会の物語”なのかも知れない。そして、必ずしもそれが上手く機能しているとは思えない。

 私だったら、沙慈の姉は危ないところでカタロン(あるいはその前身)に救われ、そのままカタロンに加入したことにする。沙慈の姉は、カタロンのメンバーとして、主にアロウズの情報封鎖と戦うのだ。沙慈の姉は、弟に危害が及ばないようにとの想いから連絡を絶っていたが、沙慈がトレミーに乗り込んだことによって再会を果たす、とか…。

 情報統制がもたらす“結果としての愚衆政治”が、この物語の土台になっているにも関わらず、セカンドシーズンに入ってから市民の視点からのアクティブな展開は全くなし。ステレオタイプ的に「市民は全然知らんのです」として描かれているだけだ。
 地表からのアマチュアレベルの観測でも、メメントモリがアフリカタワーを撃ったことは分かる筈。そこからの展開を造れば、世界観がグッと広がるのに、個人レベルの恋愛ドラマを乱発して時間を消費している。

 それにしても、ハーキュリーに対しては「アンタの役目は終了したから、ハイさようなら」。
 セルゲイに対しては「マリーを再び戦闘に参加させるために、アンタには死んでもらわんとね」。
 そんな製作サイドの声が聞こえるような“人の死”の描き方には、ウンザリだわ。

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!

ガンダムコスプレフェスティバルは楽しかった!

           43才にして、コスプレイベント初参加!

 昨日、進修館で開催されたガンダムオンリーのコスプレイベント、ガンダムコスプレフェスティバルに参加してきました。
 43才にして人生初コスプレイベントだったのですが、とても楽しかったです。本当に参加して良かった。
 このイベントを企画・運営して下さったスタッフの方々に感謝します。また、快く写真を撮らせて下さったレイヤーさん、私のようなオッサンレイヤーの写真を撮って下さったレイヤーさんにも感謝します。どうもありがとうございました。

 逆に言うと、これでもう今後はガンダムオンリーか特撮オンリーのイベントにしか参加できないかも…。最初にオンリーを経験してしまったことで、普通のコスプレイベントに行こうという気がしなくなってしまった。
 何故なら、普通のコスプレイベントでは、私が見たこともないキャラのコスをしているレイヤーさんがほとんどだろうから。何しろ、『コスプレイヤーズ アーカイブ』のコスプレ人気ランキング17位までの作品の中で、私が本当に知っていると言える作品は『機動戦士ガンダム00』だけですから。

 まぁ、一応レイヤーになったからには、有名どころの会場には一度足を運びたいとは思っている。とは言ってみるものの、次回の予定としては、3ヶ月後の5月5日、ガンダム00オンリーイベント『ダブルアタック4』です。ちなみに同日、しょこたんのコンサートでもコスプレします。(3月と4月にも、しょこたんのコンサートに行った際にはコスプレする。全部、イアン・ヴァスティ)

 あら、前置きが長くなってしまった。
 ↓からはガンダムコスプレフェスティバル当日のレポート。

                    天候に恵まれた!!

 風もなく、小春日和と言っても良いぐらいの天候でした。何しろ、寒がりの私が、袖をまくったままでいましたから。
 もっとも、私が会場にいたのは12時から15時ちょい過ぎまでと、1日でも最も気温が高い時間帯。もちろん、その時間帯を狙って計画的に参加しました。寒い時期は、この時間帯に限るね!(相方が出来れば話は別だけど)
 お陰で、風邪をひくこともなく、こうしてレポートを書いております。


         イアンコスにおける最大の夢が叶ってしまった!

 驚いたことに、イアンのコスに着替えて更衣室を出てから5分も経たないうちに、ミレイナのコスをした女性レイヤーさんに声を掛けて頂きました。
 いやもう嘘のようなホントの話。「さて、誰に撮影のお願いをしに行こうかな」とか思いつつ独りポツネンと立っていたら、いきなりミレイナのコスをした女性レイヤーさんが文字通り駆け寄ってこられて、
「“お父さん”ですよね?」
ですよ。いきなり“親子の対面”実現!

 本当に親子ぐらい歳が離れていました。
 一瞬、「若いレイヤーだと勘違いして声を掛けた」というパターンかと思いましたが、私を間近で見ても動揺した様子が全く見受けられません。ごく普通に「“親子合わせ”が出来てラッキー」みたいな感じでした。

 今になって思うと、芸能人(デビュー前含む)の方だったのかも知れません。
 それぐらい、キュートなルックスの女性レイヤーさんでした。
 ミレイナのコスをした女性レイヤーさんと、彼女の相方さんらしき女性レイヤーさん(フェルトのコス)と私の3人で、お互いに撮ったり撮ってもらったりしているうちに、周りにガンダムマイスターのコスをした男装レイヤーさんが数人集まってきたのですが、その方々が「かわいい~」「かわいい~」を連発。
 もう皆さん、自分がガンダムマイスターのコスをしていることを完全に忘れ去った状態(ロックオンがミレイナに対して「きゃ~かわいい~」と言いながら寄って来るんですから)。
 しかしまぁ、それも仕方ないと思いました。ミレイナのコスをした女性レイヤーさんは、ルックスからもポージングからも“可愛いオーラ”が出ていましたから。

 “親子”で、名刺交換もしました。Cureの会員さんなので、いずれミレイナの画像をupされると思います。ちなみに、私が撮らせてもらった画像に関しては、upの許可を申請中です。

 この時、フェルトのコスをした女性レイヤーさんには、本当にお世話になりました。私の記憶に間違いがなければ、ご自分から「そちら(私のこと)のカメラで2ショットを撮りましょうか?」と言って下さったのです。私が、私自身とミレイナとの2ショット画像を家に持ち帰ることが出来たのは、フェルトさんが私のカメラで撮って下さったからです。
 初対面のオッサンレイヤーに対して、若い女性がそこまで気を遣って下さったことを、本当に感謝しています。

 今になって思えば、フェルトのコスをした女性レイヤーさんとの2ショットも撮ってもらえば良かった。イアンとフェルトのキャラ的には、それも全然有りだと思うし、何よりも思い出になるから。
 例え一期一会でも、良い思いでは何か形として残しておきたいものです。もちろん、フェルトのコスをした女性レイヤーさんのソロショットや、女性同士での2ショットは撮らせてもらったので、欲を言えば…というところです。


          “ブシドーさん”と写真の撮り合いっこをした!

 イベント参加直前の記事で、
「17話の時点でソレスタルビーイングと敵対している勢力に属するキャラのコスをしている人を撮るということは、社交辞令の意味であっても出来ない」
と書いたのですが、“ブシドーさん”とは、写真の撮り合いっこをしました。

 “ブシドー”ではなく“ブシドーさん”と書いたのは、ブシドーのコスをされていたその男性レイヤーさんが、とても人柄が良かったからです。仮面の下から、人柄の良さが滲み出ていて、お話をしていて非常にリラックス出来たし、楽しかったです。

 今でも「放送中の番組のキャラのコスをする場合は、その作品のリアルタイムの設定に極力忠実な行動を取るべきだ」と考えています。それでも、イベントで実際に会った場合は、その相手の人柄によって対応を変えざるを得ない(変わらざるを得ない)ことが、今回の経験で分かりました。お互い、コスプレイヤーである前に一人の人間ですから。

 もっとも、劇中のブジドーが「ソレスタルビーイングと敵対している勢力に属してはいるものの、アロウズとは完全に一線を画するキャラ」であるという部分も大きかったと思います。ブシドーが、オートマトンをキルモードで使用するとは思えませんから。

 この時、私が“ブシドーさん”に対して「よろしかったら、そちらのカメラでもお撮りしましょうか?」と「相手のカメラを使っての相手の撮影」を申し出たら、“ブシドーさん”から「私のケータイで撮ってもらえますか?」と逆提案。私は喜んで受けました。
 ちゃんと撮れた画像を見て、“ブシドーさん”は嬉しそうでした。もちろん、お礼も言って下さいました。

 お互いに助け合うと言ったら大袈裟ですが、同じレイヤー同士で協力し合うというのは、良いものです。
 今回は、とりあえずここまで。

ガンダムコスプレフェスティバルに参加したけれど…

ガンダムコスプレフェスティバルに参加したけれど…


 詳しいレポートは後で書くとして、取り急ぎ1つだけ気に掛かっていることを…
 多分12時ごろだったと思うのですが、イアン・ヴァスティのコスをして廊下を歩いていたら、女性の方から
「ラッセのコスをするので、見かけたら声をかけて欲しい」
と言って頂きました。ラッセとイアンは2期制服が同色系なので、合わせのような形にしたいというニュアンスだったように思います。

 その後、2時までイアンのコスをしていたのですが、ラッセのコスをしている男装レイヤーさんを見つけることが出来ませんでした。この時点で、私は見つけることを諦めてしまいました。
 その後、私はジオン軍指揮官のコスに切り替え、1時間ほどしてから撤収作業に入り、3時20分ごろ進修館を後にしました。(もともと12時に入って3時に撤収する予定だった)

 せっかく声を掛けて下さったのに、どうもすみませんでした。
 『コスプレイヤーズ アーカイブ』のイベントページでは、イアンのコスをする男装レイヤーさんがエントリーされていましたので、私のようなオッサンレイヤーは不要だったと思いたいです。

 私自身、地味色制服(『ガンダム00』2期において)キャラのコスをしているレイヤーさんを拝見したかったし、地味色同士での2ショット画像とか欲しかったので、残念です。

ガンダムコスプレフェスティバルは、OOのコスが多いようだけど…

ガンダムコスプレフェスティバルは、00のコスが多いようだけど…

 『コスプレイヤーズ アーカイブ』のイベントぺージを見ると、ガンダムコスプレフェスティバルのコスプレ参加者は、00のキャラのコスをする人が圧倒的に多い。当然予想されたことではあるが、ファーストガンダム世代の私としては、少々寂しい。

 私は、このブログでup済みのイアン・ヴァスティ(2期制服)に加え、ジオン軍指揮管制服(青色系)を携えて臨むつもりであるが、昨日の筋トレで腰痛が再発しているのが不安材料だ。今日は、トレーニングに関しては完全休養だな…。

 さて、腰痛を乗り越えて無事イベントに参加できたとしたら、イアン・ヴァスティ(2期制服)で1時間、ジオン軍指揮管制服(青色系)で1時間、合計2時間はコスした状態で会場をうろつくつもりである。その2時間で、6人以上の男性レイヤーさんの写真を撮るのが目標だ。

 ただし、イアンのコスをしているときは、アロウズやイノベイターのコスをしているレイヤーさんの写真を撮ることは出来ない。その男性レイヤーさんが、どんなにイケメンであったとしても、だ。(もっとも、00キャラのコスしたイケメンレイヤーがいたら、カメラマンの行列が出来てしまい、撮りたくてもなかなか撮らせてもらえないと思うが)

 “なんちゃってコスプレイヤー”の私であるが、やはり、現在進行中のアニメで有り得ない状況は作り出したくない。イアンのコスをしているときは、やはりソレスタルビーイングの一員という気持ちになって行動する。
 そりゃ、もしも話しかけられたら挨拶や立ち話ぐらいはするが、17話の時点でソレスタルビーイングと敵対している勢力に属するキャラのコスをしている人を撮るということは、社交辞令の意味であっても出来ない。

 こんな考え方をするのは、本当にオッサンだけだろうな~。

TV特撮シリーズ存続のため、“1作品半年サイクル化”を提案する(その2)

TV特撮シリーズ存続のため、“1作品半年サイクル化”を提案する(その2)

 この記事は、『TV特撮シリーズ存続のため、“1作品半年サイクル化”を提案する(その1)』の続きである。

 日本の代表的な特撮TVシリーズ枠であるスーパーヒーロータイムは、緩やかに死へと向かっている。視聴率が、ここ数年右肩下がりで低下し続けているのだ。
 これが、少子化の進行による自然減であり、何年か後には下げ止まる、あるいは上昇に転ずる。そう確実に言えるデータを見せてもらえれば、前言を撤回する。

 ここではとりあえず、
「このままでは日本のTV特撮シリーズは、遠くない将来打ち止めとなる(アニメ等の競合作品に放送枠を奪われる)」
という前提で話を進める。
 つまり「現状を変えなければ、終わってしまう」ということだ。
 では、何を変えるのか。
 その一つの答えが、TV特撮シリーズの“1作品半年サイクル化”である。

 今まで戦隊シリーズも単体(ライダーやメタル)ヒーローシリーズも、1作品を1年間続けていたが、これを1作品半年間に変更する。即ち、半年サイクルで新番組を放送するということである。
 番組の放送期間は、『その1』で書いたように、

 スタートダッシュで冬のボーナス狙い…11月の最終週に始まり、翌年5月の最終週の一週前に終了。
 スタートダッシュで夏のボーナス狙い…5月の最終週に始まり、11月の最終週の一週前に終了。

とする。
 この点が先ず、TV特撮シリーズの“1作品半年サイクル化”メリットとして挙げられる。
 夏冬のボーナスのタイミングに合わせて番組を開始することで、玩具の売上を向上させるのだ。例え視聴率が回復しなくても、玩具の売上によって十分な利益を上げることが出来れば、TV特撮シリーズを継続することが可能となる。アニメの例ではあるが、『太陽の牙 ダグラム』がこれに相当する。

 “1作品半年サイクル化”による、番組コストの向上は原則として発生しない。
 単純に、現状の1年サイクルの番組を2つに分けたと考えれば分かり易い。
 例えば、『仮面ライダーキバ』の場合、エンペラーフォーム、ライジングイクサ、サガ、ダークキバを出さないで番組が終了するのである。つまり、1作当たりに登場するキャラクターやガジェットの数が原則として半分になるということだ。

 実はこれが、二つ目のメリットでもある。
 最近のTV特撮シリーズは、キャラクターやガジェットを1作に詰め込みすぎなのだ。それを、“1作品半年サイクル化”によって、半分に減らすことが出来る。年間を通して売り出すキャラクターやガジェットの数は変わらないので、マーチャンダイジングに関しては問題ない。

 改めて言うまでもないが、スーパー戦隊シリーズを始め、日本のTV特撮シリーズはそのほとんどがコアターゲットを5才前後に設定した子供番組である。
 最近のTV特撮シリーズ、特に本家本元のスーパーヒーロータイムは、子供番組にしてはキャラクターやガジェットを出し過ぎである。ガジェットの中には、1年で2、3回しか登場しないものがあるのだが、そんなものまで玩具化されていたりする。それが果たして利益を生んでいるのか、素人目にも疑問を感じざるを得ない。

 「ガジェットの数を半分にしても、放送期間も半分なのだから改善にはならない」というのは錯覚である。スーパー戦隊シリーズの巨大ロボを例にとれば、すぐ分かる筈だ。
 今は「1年で4号ロボまで登場する」のが当たり前になっているが、これが「半年で2号ロボまで」になったらどうなるか?
 ロボが2台までなら、同時に登場しても画面構成や戦闘シーケンス上不自然に映らない。半年間、毎日2台とも登場することすら可能だろう。1年間で4台を四苦八苦して登場させている現状と比べ、どちらが良いかは言うまでもないと思う。

 とりあえず、今回はここまで。

TV特撮シリーズ存続のため、“1作品半年サイクル化”を提案する(その1)

TV特撮シリーズ存続のため、“1作品半年サイクル化”を提案する(その1)

 始めに、この記事は『仮面ライダーディケイド』の放送期間とは全く関係なく考え、そして書かれたものであることをお断りしておく。

 ずっと前から不自然に思っていた。
 スーパーヒーロータイムの新旧番組交代時期に関して、である。
 例えば『仮面ライダーキバ』の放送は、2008年1月27日に始まり、2009年1月18日に終わっている。1月27日に放送を開始するということは、年末のクリスマス商戦は無論のこと、年始のお正月商戦も完全に外しているように思えてならない。

 商品(主力玩具)は放送開始に先行して発売(あるいは予約)されているようだし、児童雑誌ではそれよりも更に先行して情報が公開されているだろう。しかし、主力玩具の売れ行きは、番組が始まって1ヶ月以内のスタートダッシュ、いわゆる初動にかかっているのではないかと思うのだ。要するに、実際にTVで番組を見てから玩具を買いに走るというわけだ。

 『仮面ライダーキバ』の場合は、それが2月一杯だったということになる。果たして、全国の良い子のみんなは、この時期までちゃんとお年玉をとっておいていたのだろうか。5才のときの私だったら、お年玉に関してそんな計画的な使い方は出来なかったと思う。(あ…、43才になった今でもそうかも…)

 私は一般的なサラリーマンであり、ボーナスが出るのは6月後半と12月前半の年2回である。
 私は独身であり子供はいないが、もし小さな子供がいたとしたら、財布の紐が緩む(実際に握っているのは配偶者になるのだろうが)のは、やはりこのボーナスの時期だと思う。

 もちろん、12月終盤のクリスマスプレゼント、年始のお年玉、年に一度の誕生日プレゼントは定番のイベントだろう。だから12月のボーナスは、クリスマスプレゼントとお年玉の財源となることは必至。
 逆に言えば、このタイミングなら、仮面ライダーベルト(数千円)とライダーの初期装備(数千円)の玩具両方を同時に(あるいはクリスマスと正月に分けて)買い与えることが出来ると思う。

 12月末のクリスマスプレゼントとして、仮面ライダーの主力玩具を買わせる(実際にクリスマスプレゼントを買うのは12月半ばがピークか?)ためには、番組の放送開始時期はどうあるべきなのだろうか?
 前月、11月の最終週に、新番組『仮面ライダー○○』が放送を開始しているべきなのだ。ということは、前の番組は11月の最終週の一週前に終わっていなければならない。
 こうすることで、全国の“小さな子供を持つサラリーマン家庭”の12月のボーナス(の一部)が、『仮面ライダー○○』の製作費に還元されることになる。

 夏のボーナスも、基本的な考え方は同様である。
 夏のボーナスが出る6月後半に合計1万数千円の玩具類を買ってもらうためには、5月の最終週に、新番組『仮面ライダー△△』が放送を開始しているべきなのだ。ということは、前の番組である『仮面ライダー○○』は、5月の最終週の一週前に終わっていなければならない。

 つまり、『仮面ライダー○○』は、11月の最終週に始まり、翌年5月の最終週の一週前に終了する、放送期間が半年の作品ということになる。
 そして、次の番組『仮面ライダー△△』は、5月の最終週に始まり、11月の最終週の一週前に終了する、放送期間が半年の作品ということになる。

 ボーナス商戦を考えた場合、これがベストだと思う。

 では何故、放送期間を1年ではなく半年にするのか?
 今まで、児童の夏休み中に公開されることが多かった劇場版は、どうするのか?

 これらに関しては、『その2』で書いてみたい。
 とりあえず今回は、年2回ボーナスを手にしているサラリーマン(中年の特撮ファン)が、ずっと言おう言おうと思っていたことを言ってみた。

『機動戦士ガンダム』第12話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第12話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 前回の『イセリナ、恋のあと』を観て、今更ながら思った。
 アムロは、ロボットアニメの主人公の中では、初の“人殺しをする主人公”だったのではないか、と。
 ファーストガンダム以前のロボットアニメでは、主人公と戦うロボットは無人が原則だった。キャラクターが操縦している場合でも、それはアンドロイドであったり怪人であったり宇宙人であったりして、いわゆる“本物の人間(普通の人間)”ではなかった。

 ファーストガンダムでは、戦争というリアリティを導入したことにより、主人公が倒す相手は全て主人公と同じ普通の人間となった。敵国の住人というだけで、自分と全く同じ人間を、戦いの中で殺し続けていくことを余儀なくされるのである。
 アムロの場合、11話の時点では彼がコロニー生まれの生粋のスペースノイドなのかどうかハッキリとは描かれていない。しかし、アムロ自身の意識(アイデンティティ)は、完全にスペースノイドとして描かれている。つまり、スペースノイドの独立を謳うジオン公国は、本来アムロの同族なのだ。

 11話の時点では、舞台が地球に移っているためにこの点がぼやけているが、アムロにとって、この戦争は本来同族同士の殺し合いである。この“同族殺し”という要素は、舞台が再び宇宙に戻ったとき、“ニュータイプ同士の殺し合い”というより明確な形となって表れることになる。

 戦争とは何か。
 それは、同族同士で殺しあうこと。
 ファーストガンダムは、そういう基本的なリアリティを突き付けた作品でもある。
 この点は、ガンダムに先んじてアニメで“戦争”を描いた『宇宙戦艦ヤマト』でも描かれることがなかった、最後の領域だったのだ。

                第12話 ジオンの脅威

 今になって観れば、後に名台詞・名場面と語られることになったシーン満載の、ファーストガンダム屈指のエピソードである。
 新型のモビルスーツ・グフを駆り、ガンダムを圧倒するランバ・ラル。
「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」
 その台詞を裏付けるアムロの驚愕、
「こいつ、違うぞ、ザクなんかと装甲もパワーも!」
 戦闘シーンの最後にオーバーラップするギレンの演説、その最高潮が、
「私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ! 何故だ!?」
 そこへ、場末の酒場から突っ込みを入れるシャアの一言、
「坊やだからさ」
 更に続く演説に対し、ホワイトベースのブリッジでいきり立つブライトの反論、
「何を言うか! ザビ家の独裁を目論む男が、何を言うのか!」

 今回、話の始まりは“静”である。
 ガルマの戦死の悲しみから立ち直れずにいるデギン。
 そして、イセリナの死のショックにより、精神状態が不安定になっているアムロ。
 ジオン側、連邦側の両方で、戦争の中に在りながら“個人の死”に囚われている人物の姿を描き、対比させているのが面白い。

 その後で、左遷させられたシャアに代わる新キャラ、ランバ・ラル率いる新戦力(ザンジバル及びグフ)が登場し、戦闘が始まる。緊張感張り詰める戦闘はジワジワと盛り上っていき、終盤は前出の名台詞が飛び交う怒涛の展開となるわけだ。静から動への流れが見事である。

 その際、ホワイトベース側とザンジバル側が、両方とも稲妻を相手の新兵器と勘違いするのは意味深長である。両者ともスペースノイドであるため、そのほとんどが地球の稲妻を知らないのだ。ここで視聴者は、戦っている両者が“スペースノイドという同族同士”であることを意識することになる。それと同時に、視聴者自身は稲妻を良く知る“地球生まれの地球育ち”、即ち“アースノイド”であることも意識せざるを得ない。
 この、視聴者に客観性を強いる展開は凄いと思う。主人公側も、そうでない側も、視聴者とは立脚点が異なる異邦人なのだ。

 今回、もう一つ凄い点は、主人公と敵対するジオンに、ドイツと日本のイメージを持たせていることである。放送をリアルタイムで観ていた当時、
「ガルマの巨大な遺影の上に飾られている独特のシンボルが、ドイツ軍のマークと日の丸を合わせたようなデザインになっている」
ことに驚いたことを、今でもハッキリと憶えている。

 思い起こせば、放送初回から繰り返されていた導入部は、
「宇宙都市の一つに過ぎなかったサイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦に対して独立戦争を仕掛けた。ジオンは新兵器のザクを使った作戦を成功させ、地球連邦に対して戦争を優位にスタートさせた」
ということを説明していた。これは、
「第二次大戦時の日本は、零式戦闘機(ゼロ戦)を使った真珠湾奇襲攻撃を成功させ、米国に対して戦争を優位にスタートさせた」
という史実をイメージさせる。

 そして、今回のギレンの演説である。
「地球連邦に比べ、我がジオンの国力は、30分の1以下である。
 にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのは何故か?!
 諸君、我がジオンの戦争目的が正しいからだ!」

 小国が大国に戦争を仕掛ける。
 しかも、その小国は独裁国家。
 まさに、第二次世界大戦時の日本そのものではないか。

 ちなみに、マイナーチェンジを重ねてきた番組冒頭のナレーションは、今回、大幅に変更されている。一番大きな変更点は「ザビ家を悪役として表現しようとしている」という点だ。
 前回の11話では、番組冒頭ではないものの、
「月の向こう、地球から最も離れた宇宙空間に、数十の宇宙都市が浮かぶ。これこそ、地球を自らの独裁によって治めようとする、ザビ家の支配する宇宙都市国家・ジオンである」
というナレーションが使われている。
 そして今回の12話は、サブタイトルも『ジオンの脅威』。番組冒頭のナレーションでも、
「人類の全てを、自らの独裁の手に治めようとするザビ家のジオン公国は、月の向こうに浮かぶ巨大な宇宙都市国家である」
と語らせている。
 
 そのエピソードの締めくくりが、件のギレンの演説なのだ。
 月の向こう、地球から最も離れた宇宙空間に浮かぶ小さな独裁国家、ジオン。
 極東、即ち西洋から最も離れた洋上に浮かぶ小さな独裁国家、日本。

 ジオン=日本(第二次大戦当時の大日本帝国)
 放送当時中学生だった私は、この暗喩を強く感じ取った。
 ジオンの脅威。
 それと同種のものを、この日本が世界に与えていたのかと…

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 おまけ 『ガンダム00』 #17 散りゆく光の中で

 ハーキュリーとセルゲイ、オッサンキャラが2人同時に死んでしまったのでガッカリ。しかも、想像していたよりも遥に軽い最期だった。
 セルゲイの息子、アンドレイというキャラの薄っぺらさには辟易する。ルイスも同様だが。
 親の敵討ちしか考えていないルイスだけど、自身の親を殺したアンドレイに対してどう振舞うんだろうね?
 それにしても単純極まりない。敵討ちをムキ出しにして戦っているだけだもんな。
 そうそう、「私が世界の歪みの総元締めでございます」と言わんばかりのイノベイターの親玉も同様。ホントに薄っぺらいよな~。ファーストシーズンのラストの薄っぺらさが、セカンドシーズンでもそのまま続いている。

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震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。

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