2008-11

『機動戦士ガンダム』第4話の感想 ~ ついでに『ガンダムOO』も ~

『機動戦士ガンダム』第4話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 前回の『ガンダム00』を観て思ったのは、
「ゴチャゴチャした設定をとりあえず全部ぶちまけておいて、後はその中から適当に引っ掛かったヤツで引っ張ればいいや」
という考えで作られているんじゃないかということ。
 さて、そういう放送の回はサラっと流して、『機動戦士ガンダム』の続きをDVDで観よう。

                第4話 ルナツー脱出作戦

 「連邦=正義」ではないことが、明確に描かれた回。
 もちろん、初回からずっとナレーションが「この物語は、ジオンの独立とそれを拒む連邦の間で起きた戦争を描いたものである」ことを伝え続けていた。しかし、連邦軍(あるいは軍という組織そのもの)が具体的にどういったものであるのかが描かれたのは、今回が初めてである。

 それにしても、軍隊そして軍人が「民間人を守るための存在ではない」ということを、これほど強烈に描いているのは今観ても凄いと思う。軍が守るのは「民間人」ではなく「軍規」であり、「上からの命令」なのだ。当たり前といえば当たり前のことなのだが、これをキチンと描いたアニメが、ファーストガンダム以前にあっただろうか?

 今回も、キャラクターの配置とその設定、動かし方が素晴らしい。
 先ず、いきなり「ガンダムの封印」、「ブライト以下のホワイトベースクルーの拘束」を宣言するワッケイン司令の印象が強烈である。何しろ、ホワイトベースのメンバーの今までの苦労を全部否定するところから話が始まるのだ。
 このワッケインの第一印象は「現場を知らない、頭の固いお役所の役人」である。
 しかし、彼に与えられた役割は、実はもっと単純である。
 それは、「大人」という役割。

 同様に、アムロは「中学生」。
 ブライトは「最若年層の大人(準大人)」。アムロとワッケインの中間に位置するが、今回は当然ながらアムロ寄りの立ち位置にある。

 前回まで対立していたアムロとブライトは、ワッケインという「典型的な大人」という共通の対立概念を前にして、今回は利害が完全に一致して団結するのである。

 「対立の無いところにドラマは無い」というが、今回は前回までの対立がいったん棚上げされて、新たな対立が生まれている。前回までの対立は消えたわけではないので、対立の入れ子構造が出来たことになる。
 もちろん、大外の対立は「ジオン対連邦」である。それを端的に表しているのが、ワッケインに対するブライトの台詞だ。
「あなたの敵はジオン軍なんですか、それとも私達なんですか」

 つまり、内部の対立(二重構造)と、外部の対立であり、式?にすると

   (ワッケイン 対立(ブライト 対立 アムロ))対立(ジオン=シャア)

 となる。単純ではなく、複雑すぎず、見ていて分かり易くて面白い。
 こういう構図が、ガンダムの魅力の一つだったのだと、今になって気付く。

 ワッケインとブライト達の対立は、パオロ艦長の説得によって解決される。
 パオロ艦長は、言うなれば「超・大人」である。
 「大人(ワッケイン)」と「準大人(ブライト)」と「中学生(アムロ)」の対立を、大人を超えた「超・大人」が出てくることによって収めるのである。この対立から対立解消までの構図は、実に良くまとまっていてテンポも良い。

 「超・大人」パオロの説得によって、「大人」のしがらみから解放されたワッケインが、それまでの無能ぶり(シャアの策略にことごとく嵌められる)とは打って変わり、まるで水を得た魚のように適切な指示を連発し、事態を一気に打開していくところも面白い。
 ここで視聴者は、ワッケインという個人が無能なのではなく、ワッケインという個人を縛っていた軍という組織が無能であることに気付くのだ。

 シャアも、今回はカッコ良く描かれている。
 何しろ、「典型的な大人」として描かれたワッケインを、ことごとく出し抜き、一時はルナツー自体を絶体絶命の窮地に追い込んでしまう。今回は、
「ああ、シャアってやっぱり凄いんだ」
と、シャアを見直す回でもあるのだ。

 そして忘れてはならないのが、ファルメル(シャアのムサイ艦)内部の雰囲気、リアリティである。
「少佐、ルナツーをやりますか?(ニヤリ)」
 副官ドレンのこの一言に、
「ドレン、貴様も言うようになったな」
と、どこか嬉しそうな様子で返すシャア。

 これだよ、これ。
 男、漢の世界だよ。
 『機動戦士ガンダム』は、基本的には男の世界の物語なんだよ。
 しかも…、
 有能な中年のベテラン副官(見るからに渋い?オッサン)に、天才若手指揮官(見るからにカッコイイ美青年)だよ。
 これがまた、絵になるんだよ。

 やっぱりファーストガンダムは凄いわ。

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 おまけ 『ガンダム00』 #9 拭えぬ過去

 今回も、前回ほどではないにしろ、とっ散らかった話。
 使える時間は約20分と決まっているんだから、もっと話を絞り込み、その分掘り下げて描くべきだ。二代目ロックオンの台詞「俺達は過去じゃなく、未来の為に戦うんだ」も、上滑りしていて、深み(中身)が無い。

 ホント、『00』は浅すぎる。浅いエピソードの寄せ集めで、リアリティがない。キャラがパターン化していて、生きていない。当然、物語も生きていない。

 イノベイターには、相変わらず全然リアリティが無い。
 何故なら、我々の現実の世界では、イノベイターなんかいないのに世界は歪んでいるし、紛争が無くならないからである。

 イノベイターがいなくても、世界は歪む。
 イノベイターがいなくたって、紛争はなくならない。
 それが目の前のリアルだ。
 そのリアルの前には、『00』は何の説得力も無い。
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2009年2月7日(土)のガンダムオンリーコスプレイベントに参加したい! ~ガンダムコスプレフェスティバル~

2009年2月7日(土)のガンダムオンリーコスプレイベントに参加したい!
          ~ ガンダムコスプレフェスティバル ~


 コスプレ衣装屋さんから連絡が入った。
 「順調に製作中」とのことで、どうやら当初の予定通り1月10日までには納品されるような雰囲気である。発注時に「来春開催される中川翔子のコンサートに行く際に、何かコスプレしたいと思ったので…」という旨を伝えていたため、もの凄く後回しにされたらどうしようと一抹の不安を感じていたのだが、杞憂に終わってくれそうでホッとしている。

 コスプレ用の手袋とブーツは、既に準備してある(ブーツは昔から持っているものを使用)。
 私自身は、散髪を済ませた。約1ヶ月後には、コスプレするキャラと同程度の長さにまで地毛が伸びる筈。そうしたら、美容院へ行って髪を黒く染める(要するに白髪染め)。その後、完成した衣装が届けば、私も“なんちゃって”コスプレイヤーになれるのだ!

 こうなると、「獲らぬ狸の皮算用」ではないが(「届かぬ衣装の仮予定」?)、イベントに参加する予定を立てたくなるのが人情というもの。
 コスプレサイト『COSPLAYERS ARCHIVE』のイベントのページを見ていたら、2009年の2月7日(土)に、何とガンダムオンリーのコスプレイベントがあるではないか!
                       ↓
  ガンダムコスプレフェスティバル http://www.cosp.jp/event_info.aspx?id=3844

 ちなみに、コスプレサイト『Cure』にも、同イベントの情報が掲載されている。
                       ↓
   ガンダムコスプレフェスティバル http://ja.curecos.com/event/view?id=4650

 これは行きたい!
 最近のアニメやゲームはほとんど分からないけれど、ガンダムなら『ΖΖ』以降でも大体分かる。最新作の『OO』も、文句を言いつつ一応観続けているし。
 会場となる場所も駅から近く、方向音痴の私でも徒歩で辿り着けそうだ。

 これは、ガンダムファンにとって本当に貴重なイベントだと思う。
 何故なら、『00』が来春には放送を終了するからだ。それ以降、ガンダムオンリーのコスプレイベントが行われることは、次の新作が製作されるまでほとんど期待できないのではないか。

 2009年はガンダム30周年であるが、現在放送中の『00』の視聴率は4%台と低迷しており、人気のある番組とは言い難い。現在放送中の『仮面ライダーキバ』も「仮面ライダーシリーズ中、最低の視聴率」と言われているが、それでも平均視聴率は6%を越えている。『00』の低迷振りが分かろうというものだ。

 現時点で『COSPLAYERS ARCHIVE』の人気ランキングを見ても、『00』は人気が高いとは言えない(『マクロスFRONTIER』が2位であることに対し、『00』は13位)。
 大手コスプレショップの『COSPATIO(コスパティオ)』でも、『SEED』に関しては多くの衣装が既製品にラインアップされている(そのほとんどが売り切れ)のに対し、『00』に関しては現時点では全くラインアップされていないのが実情なのだ(開発中コスチュームとしては挙げられているが、発売日は未定になっている)。

 ファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』)は再々放送時に視聴率20%を叩き出していた(私が中学生時代、クラスメートの大半が視聴していた)、紛れもない人気番組だった。
 しかし今、ファーストをリアルタイムで視聴していた世代は親となり、その子供は中高生あるいは大学生になっている。その高騰する養育費によって、リアルタイムファースト世代の多くは人生で一番生活に余裕が無い時期を迎えているのではないだろうか。例え放送当時は熱心なガンダムファンだったとしても、今はイベントどころではないという人がほとんどだろう。
 また、余裕があったとしても、40過ぎてアムロやシャアといった花形キャラクターのコスプレは無理である。だから、ファーストガンダムのリアルタイム世代に関しては、コスプレの需要はほとんど見込めない。

 つまり、『00』は人気が低いからコスプレ人口も少ない。
 ファーストガンダムは、リアルタイム世代がコスプレとは縁遠いから、やはりコスプレ人口は少ない。
 だから、例え30周年であっても、ガンダムのコスプレ人口は少ないだろうと私は予想している。
 そして、そう思うからこそ、ファーストガンダム世代で独身の私としては、ここで一発ファースト系のコスプレをやってみたいと思うのである。

 そこで問題となるのは、「衣装の納期」と「ロングブーツの入手」である。

 この時期、巷のコスプレ衣装屋さんは、冬コミ用の衣装の製作で忙しさはピークにある。
 今から衣装を発注しても、果たして2月6日以前に納品してもらえるのか?
 見積もりを依頼して、返答が来て、それを確認してから代金を振り込んで、更にそれを相手が確認する…ここまでだけでも、早くて1週間、遅ければ2週間かかる。年末年始の休みもあるから、衣装製作期間は長く取れても1ヶ月半程度だろう。
 連邦の制服なら十分だと思えるが、ジオンの制服で指揮官クラスになると、1ヶ月半ではちょっと厳しいような気がする。だが、私がコスプレしたいのはジオンの方なのだ。連邦のオッサン連中の制服は、パッとしないから着たいと思わないのである。

 ロングブーツの入手も、男性にとっては困難を伴う。
 まず、近所のデパートの靴屋(靴売り場)では売っていない。
 ネットショップで探しても、男性が履けるサイズのロングブーツは数が少ない。あっても値段が高い。
 「それでも」と言うか、「だから」と言うべきか、ロングブーツに関しては、衝動買いに近い感覚で既に発注してしまった(現在納品待ち)。

 ところがその直ぐ後、あのamazonが、靴とバッグを専門に扱うオンラインストア「Javari.jp(ジャヴァリ・ジェーピー)」をオープンしたことを知った。
 「しまったー、もう少し我慢していれば」と思ったが、後の祭り。
 後悔しつつチェックしてみたら、amazonの姉妹店だけあってなかなかイイ感じである。
 男性コスプレイヤーにとっては、エンジニアロングブーツが9240円で売られているのが嬉しいのでは?
 ただし、このエンジニアブーツは横から見た幅が少し広め(いわゆる普通の長靴っぽい)なので、これをそのままコスプレに使えるかどうかは分からない。私だったら、横幅を少し細くし、側面にジッパーを取り付けるなどの改造を考えるだろう。

 とにもかくにも、とりあえずロングブーツだけは発注してしまった。
 さて、この後どうしようか?
 肝心のコスプレ衣装、即ち、ジオンの指揮官クラス(オッサンであることが絶対条件なので、シャアは除く)の制服は…
 うーん、「案ずるより生むが易し」か?
 でも、見積もり金額を見て諦めるってのも、何だか切ないし…
 いやいや、独身なんだし、ガンダム30周年の記念に貯金を下ろすってのも、悪くないかもね!

ハロプロ、紅白全滅…は納得だが、しょこたんまでも落選しているのは何故?

ハロプロ、紅白全滅…は納得だが、しょこたんまでも落選しているのは何故?


 今回、モー娘。が紅白落選となったことは、ファンとしてむしろ喜ぶべきだ。
 今のモー娘。が紅白に出られるなんて、どう考えてもおかしいから。
 ℃-uteやベリーズも同じ。
 ついでに、AKBも同じ。

 だって、ハッキリ言って…

 今のモー娘。や℃-uteやベリーズやAKBが束になったとしても…
 “ヘキサゴンのおバカ3人娘”の知名度には勝てないだろう。
 ルックスや歌唱力に、決定的な差があるかといえば、そうでもないし。
 当選して変に勘ぐられるよりも、実力通りに落選した方が良い。

 コア層にしか人気がなく、ライト層というものが存在しない。
 そういう売り方をされていて、実際にそうなっているアイドルが、紅白に出ちゃダメだよな。

 納得できないのは、しょこたん(中川翔子)の落選である。
 CDも結構出してそこそこ売れたし、ファン層も幅広いし、アニメ・漫画といった日本文化との関わりも深いし、歌唱力も若手の中では高い。
 どうして、しょこたんが落選なのかね~。
 現時点でのタイアップが問題になるのなら、昔のアニソンメドレーをしょこたんに歌わせれば良いのに。ホント、納得いかない。

 ハロプロの話に戻る。
 アップフロントとしては(現在のコア層中心主義の今の営業方針においては)、紅白出場のメリットは特にないだろう。
 そして、コンサート主体の活動、グッズ中心で黒字を出せる商売それ自体は、別に間違ってはいない。
 私個人は、今でも“ベリキューの解体と再編成” を願っているが、まぁ無理だろう…

 里田まいが、ハロプロとは全く無関係な活動によって、白組からとは言え出場できることが、唯一の明るいニュースか。
 まいちん、今年は良く頑張ったもんな。

『機動戦士ガンダム』第3話の感想 ~ ついでに『ガンダム00』も ~

『機動戦士ガンダム』第3話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 『ガンダム00』における数少ないオッサンキャラである、セルゲイ・スミルノフ。昔、プライドという総合格闘技イベントに、セルゲイ・ハリトーノフとかいう軍人が選手として出場していたことを思い出させる名前だ。

 ところで、セルゲイ・スミルノフって完全に独身かと思っていたのだが、実の息子がアロウズにいる(ルイスと対面してポーッとしてた若いパイロットがそうらしい)んだね、全然気付かなかった。セルゲイ親子のエピソードが、何話でどんな描写がされていたのか、全く記憶に無い。
 ファーストシーズンもほぼ全話観たつもりなのだけれど、セルゲイ・スミルノフの家族の話とかあったのかな~? もうちょっと真面目に観ないとイカンわ。

 それにしても、戦争を描いている割には、『ガンダム00』にはオッサンキャラが少ない。超兵なんかより老兵の生き様が観たいんだけどな。
 そういった戦争のリアリティを、『機動戦士ガンダム』はさりげなく観せてくれる。


               第3話 敵の補給艦を叩け!

 逃げ続けていた2話までとは打って変わって、ホワイトベースから攻撃を仕掛けるという展開。
 今回見返して気付いたのだが、驚いたことに、この回は地味にブライトが主役を張っている。
 現在のブライトが置かれている状況、立場、他のキャラクターとの力関係位置関係、それらの微妙なところがこの1話で丁寧に描かれているのだ。

 エレベータの中でセイラと2人きりになったブライトが、プライベートな質問をして、逆に上手くあしらわれてしまう。
 フラウは、アムロと2人きりになったとき、ブライトのことを呼び捨てにしている。
 ミライは、ブリッジで他のクルーがいる前で、堂々とブライトに対して「こちらから攻撃を仕掛けるべき」だとの提案を行う。

 ブライトは、ホワイトベースのクルーから正式に認められた指揮官ではない。単に「負傷していない軍人の中では最も階級が高い」という立場上、指揮を代行しているだけなのだ。周囲のキャラクターの言動から、そんな彼の微妙なポジションが伝わってくる。
 極め付けは、艦内クルーに非常召集をかけての「多数決」である。戦場(戦艦内)で、仮にも指揮する立場にいる軍人が、民間人を含めたクルーの多数決で作戦を決めるなど、常識では有り得ない。しかし、この異常な状態こそが、ホワイトベースの現在の状況なのだ。

 そしてこの違和感を、戦闘終了後のシャアに言わせているのも上手い。
「しかし、一体どういうことなのだ…連中は戦法も未熟なら、戦い方もまるで素人だ…(溜息)…どういうことなのだ…」
 さすがのシャアも、敵の最新兵器部隊が本当に素人によって運用されているとは見抜けない。自分の抱いた疑問に答を出せないシャアが、強引な追撃を行わず、一旦体勢を立て直すことを選択することには納得してしまう。

 戦闘は、指揮官の命令によって行われる。ホワイトベースの指揮はブライトが代理で遂行しており、シャアの部隊の指揮官はシャアである。両軍の戦闘は、この2人の指揮官の瞬間瞬間の判断によって展開していく。
 また、命令を下すのは指揮官であるが、実際の戦闘局面でどう行動するのかを判断するのは、一人一人の兵士である。それはホワイトベース側もジオン軍側も同じだ。
 この構図は当たり前のことではあるが、見ていて非常に分かり易いし、それぞれの立場を理解した上での感情移入も出来る。
 こういう基本をしっかり押さえておくことは、本当に重要だと思う。

 この回は、最後までブライトを中心にして描かれていた。
 より正確に言うならば、ブライトとアムロの対立を、である。
 戦闘前、ろくに食事も摂らずにガンダムのコクピットに篭って作業を続けるアムロに、フラウは言っていた。
「ブライトを気にしてムキになることないのに」
 戦闘中、シャアの猛攻に曝されながらも、アムロは叫ぶ。
「ブライトと約束したんだ…僕がシャアを引き付けておくってな!」
 戦闘終了後、アムロはブライトの叱責に対し、挑発を込めたような敬礼で応じるが、ブライトは軽く一瞥しただけで何も言わず、そのまま背を向けてしまう。アムロの挑発を無視した格好だ。
 そんなブライトに何か言い返そうとするアムロをリュウが抑え、二人はブリッジから出て行くのだが、ちょっと歩いただけでアムロは本音をぶちまける。
「リュウさん、僕、本当にあの人を殴りたくなってきた…!」

 この2人の対立は前話から続いており、これからも続くであろう事が予想される。
 こういう明確な軸(対立軸)を持ったドラマは、観る者を惹きつける。

 そして今回は、メカの面でも盛り沢山だった。
 ハイパー・バズーカの初使用、ホワイトベースの初砲撃、ガンタンクの初陣、旧ザクの登場など。

 老兵ガデムの操る旧ザクは武器も持たずにガンダムに挑み、一度はガンダムのビームサーベルをかわして体当たりを決める。現役のベテランパイロットのデニムでさえ一撃でやられてしまった「ビームサーベルによる突き技」をかわすとは、見事である。
 ザクのヒートホークには、こういった「突き技」がない。だから、ジオンのパイロットはその対処法を訓練していない筈なのに、ガデムは対応できた。このことから、ヒートホークがザクに標準装備される以前、棒状の武器も含めて各種の武器が試行されていたことが推測できる。ガデムのような老兵は、ヒートホーク以外の武器を使ってザク(旧ザク)同士の模擬戦を行った経験があるのではないだろうか。

 老兵ではないが、ムサイの副官ドレンは、今回も良い味を出している。
 若き天才指揮官に、中年の有能なベテラン副官。
 バランスの良い配置だ。
 このムサイ側の「キャラクター位置関係のバランスの良さ」が、ホワイトベース側の「キャラクター位置関係のバランスの悪さ」と、好対照になっている。これもまた、ドラマを観る上での魅力である。

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 おまけ 『ガンダム00』 #8 無垢なる歪み

 この作品に、真面目に観るだけの価値があるのか? そんな気がした今回。
 「謎の組織が陰で世界を操っている」みたいな安直な設定の、どこにリアリティがあると言うのか?
 ホントにもー、嘘っぽいったらありゃしない。

 何故、こんな余計な設定を入れたのか? イノベイターがどうのこうのとかアホらしいことを持ち出さなくても、ソレスタルビーイングという組織自体が謎の多い存在なのだから、それだけで十分に「謎解き話」は組める筈だ。

 現時点の『ガンダム00』の致命的な欠陥は、視聴者が劇中の中東の情勢に感情移入できないこと。
 連邦政府による一方的な中東の再編計画を聞かされても、心から「酷い、許せない」と思った視聴者が一体どれ位いただろうか? それこそが、今のソレスタルビーイングが戦う理由であるというのに。
 結局、この作品は作り手側でさえ、主人公達に感情移入できていないんじゃないのか?

オリジナルver.の『儚くも永久のカナシ』は、刹那のテーマソングなのか?

オリジナルver.の『儚くも永久のカナシ』は、刹那のテーマソングなのか?


 毎週上書きタイマー録画しているMステを観てみたら、『ガンダム00』の主題歌になっている『儚くも永久のカナシ』が、1位にランキングされているではないか!
 どういう基準(事情)で順位が決まっているのかは全く知らないけれども、この曲は凄く気に入っているから、正直言ってちょっと嬉しい。

 『ガンダム00』のオープニングで流れている『儚くも永久のカナシ』は、アニメver.である。CDの1曲目に収録されているのはオリジナルver.の『儚くも永久のカナシ』であり、アニメver.はオマケみたいな感じで最後に収録されている。
 しかし、『ガンダム00』の視聴者としては、アニメver.こそが『儚くも永久のカナシ』であり、オリジナルver.がアニメver.と出来るだけ同じイメージであることを望んでいた。

 結果としてオリジナルver.は、最後に余計な部分がくっついているように感じた。最後の最後で“オープニング度”が下がっていおり、残念だと思った。
 しかし、何度か聴いているうちに、
「オリジナルver.の『儚くも永久のカナシ』は、刹那のテーマソングとして聴くと、アニメver.よりも完成度が高いのではないか」
と思えるようになった。特に、

  欲しがってたものは
  心がない 作られた こんな世界じゃないんだよ

という一節は、まさに『ガンダム00』セカンドシーズンの刹那の心情をイメージさせる。

 Mステでは、オリジナルver.ともアニメver.とも違う、ちょうど両者の中間みたいなバージョンだった。どうせなら、オリジナルver.を歌い切ってもらいたかったような気がしたのは、私だけだろうか。

 あと、「愛が愛を」の部分はCDで何度聴いても「愛が愛は」に聴こえるのだが、ボーカルの人の口の動きを見ると「愛が愛は」とは歌っていないように見えた。一体、どちらが正しいのだろうか?
 全く謎は深まるばかりだ。

2009年1月にコスプレするとして…

2009年1月にコスプレするとして…


 ふと気付いたが、私はウィッグを使うつもりが無い(おでこハゲ=生え際の後退を加速させたくない)ので、自分の髪の長さをキャラに合わせる必要がある。
 仮に、正月明けに衣装が納品され、1月10日にコスプレ写真を自分撮りするとしよう。
 いつも通りに散髪すると、キャラの髪の長さまで伸びるまでには1ヶ月半ぐらいかかりそうだ。逆算すると、11月25日ぐらいに散髪しておけば良いということになる。

 また、今回はコスプレするにあたって白髪を染めることにしている。染めた直後は髪がゴワゴワして変な感じがするので、自分撮り日の数日前、1月6日頃に染めたほうが良い。

 けれど、こうやって地毛をキャラの髪の仕様に合わせたところで、半月が経過すれば地毛が伸びることによってキャラの髪の長さと合わなくってくる。
 床屋の料金は、半月分の長さの散髪であっても、1か月分の長さの散髪であっても同じだろう。貧乏人の私としては月に2度も散髪するわけにはいかないので、やはり1月25日頃に、1ヶ月伸びた分を1回でバッサリ切ってもらうことになる。
 すると、半月ぐらいはコスプレするには髪が短か過ぎるという状態が続く。
 そして髪の長さが合ってきた頃には、今度は再び白髪染めをする必要が出てくる。

 こういうことを考えると、やはりウィッグは便利なんだなと思える。
 第一、1日のうちに髪の長さの違う複数のキャラのコスプレをする場合には、ウィッグを使う以外の選択肢が無い(その1日のうちに床屋に行って散髪するという方法を除けば)。
 また、髪の長さが同じキャラであっても、髪の色が違えばやはりウィッグに頼らざるを得ない。色が同じであっても髪型が大きく違えば、地毛で対応することが困難な場合も出てくるだろう。

 うーん、コスプレって結構大変だ。
 衣装はもちろんのこと、ウィッグに要するコストもバカにならないような気がする。
 ウィッグは衣装とは違って、「似合う/似合わない」の問題が大きいような気もするし…。ウィッグを実際に被ってみて初めて「これは…ダメだ…」となったら、相当悲しいだろう。ま、私は使わないからそういう不安を抱くこともないのだが。

 ただ、コスプレをしようと思ってから、私の中で変化した点が一つある。
 自分の顔のシワやシミが気になりだしたのだ。
 私の43年の人生の中で、こんなことが気になったのは今回が初めてである。ボンブラやハロプロのメンバー(いわゆるアイドル)と握手する機会があったときも、自分の白髪を気にした(染めてから臨んだ)ことはあったけれども、顔のシワなどは完全に意識の外であった。
 それが今では、「自分がコスプレをするならば、単に自分と年齢が合っているだけではなく、顔にシワやシミがある(明確に描き込まれている)キャラじゃないとマズイんじゃないか」と思ったりしている。

 これは私の勘違いなのかも知れないけれど、化粧をする女性の気持ちが少し分かったような気がする。「このシミ(シワ)、隠せたらいいのにな」とか、思うもん。
 そして何と私は先日、本屋で偶然見かけたある書籍(DVDメイン)を、衝動買いしてしまったのだ!
 エロ本を大量に買うよりも、はるかに恥ずかしいことを何気に…やってしまった!
 しかも、買っただけではなく、しっかり読んで(観て)しまった!

顔面ツボ押し健康法と思えばオッサンがやってもええじゃないか

 誓って言いますが、コスプレをする気を起こしていなかったら、私は絶対にこの手のジャンルには手を出していません。
 一度やってみたら、眼の疲れを取ったり歯槽膿漏の予防にもなると思えました。
 その意味でも、筋トレをやってシャワーを浴びた後にやる価値はあるかな、と。(さすがに毎日やろうとは思わない)

 いや~、それにしても自分にビックリ。
 人間、40年以上生きていると、こういうこともあるんですなぁ。

『機動戦士ガンダム』第2話の感想 ~ ついでに『ガンダム00』も ~

『機動戦士ガンダム』第2話の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~


 そう言えば前回の『ガンダム00』は、単にバタバタしているだけではなく、肝心な所が不自然だった。
 ガンダムに復讐するために軍に入ったルイス。戦場で、その憎きガンダムが目の前にいるのにもかかわらず、ルイスは滅茶苦茶あっさりトレミーに向かって行くんだよな。おかしいだろ、それ。

 ここは、ルイスが上官から「トレミーに向かえ」と命令されても「私は…私はガンダムを殺ります!」とか逆らうところだろう。それなら少しは感情移入できるのにさぁ。
 薄っぺらいよね、ホント。
 個人のエピソードの羅列で話がバタバタしているだけでなく、その一つ一つが薄くてペラペラ。
 もっと端的に言うと、典型的なご都合主義。
 限度を越えて個人エピソードを詰め込むから、こういう矛盾が出てくる。

 さて、そんな『ガンダム00』はとりあえず置いといて、ファーストガンダムの第2話を観よう!


                第2話 ガンダム破壊命令

 1話と比べ、冒頭のナレーションが僅かに短縮されている。
「戦争は膠着状態に入り、8ヶ月余りが過ぎた」
という部分がカットされているのだ。
 ちなみに本放送時、私は中学生。“膠着状態”という言葉の意味は、絶対に分かっていなかった。オープニングの歌詞の字幕は全部ひらがななのに、ナレーションの内容は完全に大人向けである。この、“大人向け”の感じが、当時の中学生の心を掴んだんだよなぁ。

 さて、今回のサブタイトルは看板に偽りあり。ドズルですらガンダムの破壊を命令しておらず、シャアも「ムサイのメガ粒子砲を使ってサイド7のスペースゲートもろともホワイトベースを沈める」つもりはない。ドズルの命令通り、飽く迄もV作戦の情報入手を優先させている。
 でもまぁ、リアルタイムで観ている側としては、「V作戦情報入手命令」よりは「ガンダム破壊命令」ときた方が、ワクワクするわけですよ。

 この回は、本筋の流れとしては、いたってシンプル。
 ホワイトベースがサイド7を出港し、その際にアムロのガンダムとシャアのザクが一戦を交えたという、ただそれだけの回である。
 その代わり、登場人物とホワイトベース内の状況、そしてモビルスーツに関する描写が丁寧に行われているのだ。

 民間人でありながら、自ら進んでホワイトベースのパイロットとして名乗りを上げたミライに対し、パオロ艦長が「あのヤシマ家の…」と、ミライの素性を知った途端に安心した表情になる。
 アムロのことを「良くは知りません。でもサイド7では機械好きで有名な子なんです」と説明するミライは、その直前に「アムロ」という名前に対してちゃんとリアクションを起こしている。
 セイラに引っぱたかれたカイもセイラのことを知っていたし、後にブリッジでアムロとすれ違ったときのリアクションで、カイとアムロも面識があるのだと分かる。

 これらの台詞回しの妙、そしてリアクションの妙は、本当に素晴らしい。

 一番印象的なのは、カイを「軟弱者」呼ばわりして、平手打ちを喰らわせたセイラである。
 今日の日本人の感覚だと、セイラが何故そこまでするのか分からないのではないか。私も今日見返して「普通そこまでするか?」と思ってしまった。日本人の正義感というかモラルが下がっているのだと、身を持って実感した次第である。

 セイラは、負傷者に肩を貸しているリュウを手伝おうとしないカイを見るや、いきなり平手打ちを喰らわせて、
「それでも男ですか、軟弱者!」
となじった。
 しかし、カイにも言い分がある。カイは「爆撃の後を避けながら、漸くここまで辿り着いた」のである。それもたった一人で。そして、カイは負傷者に肩を貸しているリュウを手伝おうとはしなかったが、彼らがエレベータに乗り込むのを待つことはしたのだ。

 今日の日本人がカイと同じ状況に立たされたら、リュウ達が乗り込むのを待たずに自分1人だけでエレベータを下降させる人が多いのではないか。何しろ、事故の現場に居合わせても、遠巻きに見ているか、少し近寄ってケータイで写真を撮るぐらいしかしないのが今の日本人だから。
 私を含めて、日本人のほとんどが“軟弱者”以下なのではないかと、そう思えた。

 しかし、セイラはそれを許さない。
 セイラは、そういう女性なのだ。
 そして平手打ちされたカイや、それを見ていたリュウのリアクションによって、その場の状況がセイラの行動を正当化させるだけの逼迫した事態なのだと伝わってくる。
 こういう状況だからこそ、助け合わなければならないのだ。
 皆が自分のことだけを考えて行動していたら、逆に誰一人として生き残ることは出来ない。今はそういう状況にあるのだ。

 このことは、ホワイトベースの出港時にも、一瞬で強烈に描写されている。
 出港時、ホワイトベースの要所がモニターに映し出されるのだが、そこに映っているのは怪我をした軍人らしき人物と、その人物から教わりながら装置を操作している民間人の姿なのだ。
 ホワイトベースは、負傷兵と避難民が動かしているということが、ほんの2秒程度で完全に理解できる。素晴らしい演出だ。

 ガンダムのザクに対する性能面での優位性とその限界が、一度の戦闘で両方とも描かれているのも上手いとしか言いようがない。

 そして、アムロとブライトの対立。
 アムロが中学3年生ぐらい(15才)で、ブライトは社会人(軍人)1年生(19才)。
 本放送当時の私は中学1年生ぐらい。
 アムロとブライトの間でピリピリした会話が続いた後、ブライトはこう言い放つ。
「ガンダムの整備をしておけ。人を使ってもいい…アムロ、君が中心になってな」
 こりゃあ、オオーッとなりますわな、視聴している中学生にとっては。「俺も、こういうこと言われてみたい」ような、言われたくないような(凄く大変そうだから)。

 で、次回予告のナレーションの締め括りは
「君は、生き延びることが出来るか?」
 ファーストガンダムは、間違いなく民間人のサバイバルストーリーとして始まっている。
 作品のベクトルがピタッと揃っていて、全部必要なものばかりで、不要なものが1つもない。
 これが『機動戦士ガンダム』の凄さなのだ。
 
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 おまけ 『ガンダム00』 #7 再会と離別と

 今回は前回とは真逆で、ほとんど1エピソードだけでの構成。極端だな~、配分というものを知らんのか?
 それでも、当然ながら前回とは違ってバタバタ感は一切なく、ごく自然に観ることが出来た。ソーマがマリーに戻るのがアッサリし過ぎているとも思うが、変にゴチャゴチャするよりははるかに良い。物語の本筋は、飽く迄もソレスタルビーイングの武力による戦争根絶だから。

 アレルヤとソーマにセルゲイが絡むバランスも良かった。セルゲイは私と同世代であり、独身で娘がいないという点でも共通している。そんな彼に、思わず感情移入してしまった。セルゲイの回顧イメージがバンクのように思えたところも、昔のサンライズっぽくて良い。

 「トランザム無しのダブルオーはミスターブシドーのアヘッドより弱い」としか思えない描写がされたが、これはマズイだろう。男子は「モビルスーツの強さ(性能)の序列」に敏感だから、こういう不明瞭な描き方はタブーである。これでは、アヘッドがツインドライブ化されたり、トランザム化されたら、ダブルオーは全く歯が立たなくなってしまうぞ?

Power Rangers Jungle Fury(パワーレンジャー ジャングルフューリー)を観たい!

Power Rangers Jungle Fury(パワーレンジャー ジャングルフューリー)を観たい!


 ふと思い出したときに訪問しているパワーレンジャーの海外サイト「Power Rangers Central」さんのデータベース(URLは↓)

 http://www.rangercentral.com/main-database.htm

に久々に行ってみた。そして、「Jungle Fury」こと『獣拳戦隊ゲキレンジャー』のコーナーを調べていたら、何とビックリ、向こうではマスターシャーフー以下全員の七聖拳に人間体が登場しているではないか!(URLは↓)

 http://www.rangercentral.com/prjf-allies.htm

 しかも、このコーナーの一番下の写真をみると、バット、シャッキー、エレハンの3人はゲキレンジャーと同タイプのカッコイイ戦闘スーツ姿に変身できるみたいだし!

 「Jungle Fury」他のコーナーも見てみると、ゲキレンジャーのメインの3人は変身アイテムがサングラス風のものに変わっている。ゲキバイオレットとゲキチョッパーの変身アイテムは日本と同じなのに。
 これは多分、ゲキチェンジャーの玩具の形状が劇中のものと異なっていることが、アメリカでは問題となるからではないか(ゲキチェンジャーの現具は手甲の形状をしているが、劇中ではほとんどグローブ形状になっている)。

 変身シーンとかの動画が見たくなってググッたら、
一発でこちらさん↓

 http://www.junglefury.net/

が出てきたので、いろいろ見てしまった。
 いやぁ、アメリカ版も、かなりカッコイイわ。変身時に叫んでいる台詞は簡単な英語なので理解できるし、観ていて楽しい!

 主題歌も聴いたけど、これがまた凄くカッコイイ! まぁ、音楽的には普通のロックなんだろうけど、それがとにかくカッコイイのだ! 『ゲキレンジャー』の主題歌も東洋風にカッコイイけど、それとはまた違ったカッコ良さがある。

 ちゃんと金払って聴きたいと思ってちょっと調べてみたけれど、日本では売ってないみたい。代わりにDVDでも買おうと思ったけど、日本のプレーヤーでは再生できない可能性がある。
 でも、以前買ったビヨンセのコンサートDVDは、普通に再生できたけどなぁ。
 う~ん、迷うなぁ。
 ちゃんと金払って買いたいんだけどねぇ、再生できないのは困るよ…

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ(その2)

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ
(その2)

 この記事は、 『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ の続きである。
 前回に引き続き、『ガンダム00』のどこがダメで、そのダメな点をどう変えておくべきだったのかを書き連ねてみる。
 私が変えるべきだと考えるのは、不自然であったり、リアリティがない部分である。

ダメな点(3)…『ガンダム00』は、トレミーの人員が少な過ぎるからダメ。

こう変える(3)…トレミーには、イアン・バスティが率いるエンジニア達が12名(内訳は、ガンダム整備担当8名、砲手を兼ねたトレミー整備担当4名)おり、折に触れてその仕事ぶりが描かれる。
 また、それ以外にも、食料担当や医療担当や補給を含めた雑務担当(兼務あり)がいて、トレミーの活動を支えていることが描かれる。

 『ガンダム00』の何が一番嘘っぽいかと言えば、まぁ美形ばっかりで不自然だというのもあるけれど、それ以前にトレミーに人が少な過ぎるのが嘘っぽいということが挙げられる。
 名前のあるメインキャラの後ろで、その何倍もの名も無きサブキャラが動いていることが感じられて、初めてその空間に存在感が生まれる。そういう描写を見ることで、視聴者は臨場感を得るのだ。トレミーには、そういう演出が決定的に欠けている。

 例えば、ガンダムの整備を、イアンとハロだけでやっているように思える描写があったが、全然説得力がなかった。
 そういう設定だとしても、それに説得力が感じられるか?
 そういう設定が実際に映像になったとき、作品のテーマと一致するか?
 答えは否である。

 ハロは、マスコットとして描かれるから自然なのだし、情報端末として描かれる程度までなら説得力がある。しかし、ハロが寄って集ってガンダムの修理や整備をしている映像に、リアリティや説得力があるか? ギャグマンガじゃあるまいし、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。
 整備をサポートするロボットがいても良いが、それは自ずとハロとは異なる形になるはずだ。
 整備という実務作業は、愛らしさとは無関係な、無骨で汚れを伴う作業なのだ。
 それがリアリティというものである。

 戦争で大切なものを失った人間達が、戦争を根絶するために共に行動を起こす。
 戦争を根絶するための兵器、それがガンダム。
 ガンダムに乗り込む者達が、戦争で大切なものを失った人間であるならば…
 ガンダムを整備する者達もまた、戦争で大切なものを失った人間でなければならない。
 それが、テーマというものである。

 逆に言えば、ガンダムを操縦する“ガンダムマイスター”が全員ハロであるならば、ガンダムの整備もハロがメインで行うことが相応しい。これはある意味、作品における文法のようなものなのかも知れない。

 “苺の載ったショートケーキ”で例えるなら、マイスターなどのメインキャラは苺に相当する。
 苺がそこにいられるのは、その下にクリームやスポンジ、更には敷き紙や皿があるからである。
 ところが『ガンダム00』は、苺ばかりでクリームやスポンジといったケーキの本体が無い。
 それは当然、ケーキとは呼べない。ただの苺の寄せ集め(苺の皿盛り)である。
 それをウマイウマイと言って食べている人は、ショートケーキの美味しさを知らない人なのだろう。

 もちろん、“苺の皿盛り”も悪くはない。
 しかし、それが『ガンダム』を名乗ることは間違っている。
 『ガンダム』を名乗るからには、“苺の皿盛り”ではなく、“苺の載ったショートケーキ”でなければならないのだ。

 とりあえず、今日はここまで。

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ

『ガンダム00』の、ここがダメだからこう変えろ


 『ガンダム00』がガンダムシリーズではなく、全く別のタイトル作品でガンダムとは無関係の作品として世に出ていたのなら、何も文句は言わない。
 例えば、タイトルは『ガンダム00』ではなく、『武装救世主 ソレスタルビーイング』。そして、登場する“ロボット兵器”の名前も、単に「エクシア」とか「ダブルオー」であり、飽く迄もガンダムとは別物。
 もしそうだったら、私は無関心でいられる。そういう作品に腐女子がたかろうが、あるいは最初からBL(ボーイズラブ)純正品として作られようが、私には関係ない。

 しかし、現実には『ガンダム00』として世に出てしまった。
 私は『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)をリアルタイムで視聴した世代である。ガンダムと銘打たれた以上、どんな作品であっても一応チェックしなければ気が済まない。

 チェックしてみたら、『ガンダム00』にはダメな点が多い。
 ダメな点は変えるべきである。今となっては手遅れだが、変えておくべきだったのだ。
 『ガンダム00』のどこがダメで、そのダメな点をどう変えておくべきだったのか。それをここでまとめてみることにする。

ダメな点(1)…『ガンダム00』は、ガンダムを出し過ぎるからダメ。
 数を出せばインフレを起こすのは当然。また、ガンダム1機当たりの機能が分散・限定化されることで、ガンダムの魅力が低下する。
こう変える(1)…ガンダムは主人公が乗る1機のみとする。
  ただし、物語中盤でそのガンダムが大幅に改造されるか破壊されるかして、「事実上の2機目」のガンダムが登場する。

ダメな点(2)…『ガンダム00』は、モビルスーツパイロットが美形ばかりだからダメ。
 不自然でリアリティが無いし、絵的にも変化に乏しく面白みに欠ける。
こう変える(2)…ソレスタルビーイングで美形と言えるのは刹那のみとする。
 対抗勢力側で美形なのは、刹那の真のライバルとして一人と、ミーハー向けの脇役キャラとして一人の、計二名とする。
 なお、ガンダムマイスターという呼称は廃止する。

 (1)と(2)をまとめ、具体例を挙げると、以下の通りとなる。

刹那…
 キャラは基本的には今のまま。ルックスは中肉中背の美男子。
 変更点としては、暇さえあればガンダムのコクピットにこもり、ハードやソフトをいじりまわしているために、多くの人から「ガンダムバカ」と呼ばれる。反面、天才的なパイロットであることも認知されており、「バカと天才は紙一重」ともよく言われる。
 愛機はガンダム。ガンダムは格闘戦用の強力な武器を複数装備しており、格闘戦においては全軍で最強の機体。しかも、専用のビームライフルを装備することで、中距離でも遠距離でも高い戦闘力を発揮できる万能タイプとなる。
 量産が不可能な特殊高性能エンジンを装備しているため、ビーム兵器・パワー・推力の出力が高い。また、シールドを持たせる代わりに全身の装甲を軽量化しているため、運動性にも優れている。これにより、総合力においても全軍を通じて最強のモビルスーツとなっている。
 しかしそれ故、その操縦は複雑かつ繊細を極め、「ガンダムバカ」の刹那しか乗りこなすことが出来ない。

ティエリア…
 小柄で小太り。ファーストガンダムのハヤトが眼鏡をかけたようなルックスで、絶対に美形ではない。
 いわゆるアキバ系で、よく独り言を(周囲に聞こえるような大きさで)つぶやいている。嫌味な性格だが根はイイ奴。博識であり、情報分析(ハッキング)に関しては天才。
 愛機はガンサーチ。電子戦(情報戦)と防御(GNフィールド)に優れた機体で、この2点に関しては全軍を通じて最高の機体。遠距離からの精密な狙撃も得意とするが、全体の攻撃力は低め。
 戦闘時には最も後方に位置し、味方を主に電子戦(情報戦)の面から支援する。

ロックオン…
 大柄で兄貴系、ファーストガンダムのスレッガーのようなルックスで、決して美形ではない。
 性格は三枚目で、よく親父ギャグを飛ばすものの、周囲には流されることが多い。しかし、本人はそのことを気にしていない。
 愛機はガンキャノン。火力と防御(装甲)に優れた機体で、この2点に関してはガンダムを上回り、全軍を通じて最高の機体。複数の目標を同時に攻撃することを得意とする。また、ガンサーチほどの精度はないが、遠距離からの狙撃も可能である。
 ただし、装甲が厚く多量の実体弾を搭載しているだけに、運動性は低め。格闘戦も不得意。中距離戦闘用の機体であり、主に味方のモビルスーツに対する援護(火力を用いた物理的な援護)を担当する。
 戦闘時の口癖は、通常は「撃ちまくるぜ!」。狙撃時限定で「狙い撃つぜ!」も使う。

アレルヤ…
 痩せ型で中背。ファーストガンダムのカイまたは『ドラえもん』のスネオのようなルックスで、絶対に美形ではない。
 普段は腰の低い性格で、誰に対しても丁寧な口調や態度で接する。性格も真面目で正直であり、正直すぎることでトラブルを起こすことすらある。
 しかし、モビルスーツに乗ると性格が一変し、凶暴な暴走族キャラと化す。ただし、暴走族キャラとなっても与えられた任務はどんな内容であってもキッチリとこなすなど、やはり真面目であると言える。
 愛機はガンウィング。変形機構を持つ機体で、多目的な運用が可能だが、高速戦闘モードでの一撃離脱戦法を最も得意とする。高速戦闘モードでのスピードはガンダムを上回り、全軍を通じて最速。
 ただし、高速戦闘モード時は、攻撃力・防御力自体は並であり、その強さは飽く迄も一撃離脱というスピードを生かした戦い方に依存する。


 とりあえず今回は、ここまで。

『レスキューフォース』のコスプレは諦めました

『レスキューフォース』のコスプレは諦めました


 『レスキューフォース』の隊員の制服(半袖の衣装)は、少々ダサい。
 しかし、私のようなオッサンには、そのダサさが愛おしくもある。
 “お腹冷え性”である私にとっては、レスキューフォースの隊員の着こなしが“シャツイン”であるところも魅力的だ。

 ところが、コスプレをする際には、半袖であることがネックとなる。
 私がコスプレをする予定の、しょこたん(中川翔子)のコンサートは3月から始まる。半袖では、間違いなく寒い。せっかく上下の衣装を揃えるんだから、開場待ちの時点(つまり屋外)で着ていたい。そうなると、半袖では厳しい。

 『レスキューフォース』の新オープニング映像では、隊員が隊長同様に上着を着ている姿が確認できるのだが、劇中では全くと言って良いほど登場していない。もう「現場で半袖」は不自然な季節(放映日として)になっているのに、なぜ隊員の上着姿が登場しないのか?
 それは、「レスキューフォースの隊員は現場(屋外)では変身しない」からである。MAX着装を除くと、着装は専用設備の内部(レスキューフェニックス内の専用ブースまたはダーエンの基地内にあった専用カプセル)でしか行えない。隊員が制服姿のままで災害現場に立つということは、原則として起こり得ないのだ。

 ちなみに、非番中に超災害と遭遇したため、隊員が私服姿で現場活動を行ったことはある。また、戦闘で受けたダメージによって現場で着装が解除してしまい、制服姿で現場活動を行ったこともある。
 しかし、レスキューフェニックス内でも着装不能となる状況(いわゆる“変身不能イベント”)が発生し、隊員が最初から制服姿のままで現場へ向かう(輝が着装しないでコアストライカーに乗り込むとか)というエピソードは、まだなかったと思う。

 もちろん、石黒隊長のコスプレをするのであれば、上着(長袖の衣装)を着ることが出来る。しかし、石黒隊長がオッサンキャラであるとは言え、設定年齢は30歳。しかも、演じる岩永洋昭氏はけっこうなイケメン(個人的には、男性メンバーの中で一番イケメンだと思う)であり、ガタイも立派だ。
 よって、私が石黒隊長のコスプレをするのは不適切である。

 レスキューフォースの一期のメンバーに、緑色や黄色をイメージカラーにしていた隊員がいたとしても、解釈としては有り得る。R6でも良いし、R0でも良いし、正規隊員以外にテストパイロットに相当する人員がいたと考えても良いだろう。
 けれども、現時点では石黒隊長以外が上着を着ていないことから、「上着は隊長専用(隊長のトレードマーク)」というイメージが定着している。これは尊重したい。だから、「緑色をイメージカラーにしていた一期隊員(R0)が上着を着ている」というコスプレもNGとなる。

 というわけで、『レスキューフォース』のコスプレは諦めました。
 では、何のコスプレをするかと言うと、それは衣装が出来上がってから記事にします(ただし、私がコスプレした結果としての出来が悪かったら、記事にはしませんし、現場でも着ません。元キャラのイメージを損ないたくないので)。

 あ…、そう言えば、開場待ちの時点でコスプレする場合、一体どこで着替えればいいんだろう?
 って言うか、今年しょこたんのコンサート会場前でコスプレしていた人達って、一体どこで着替えたんだ?
 コンサート終了後も着替えが必要になるだろうし…
 コスプレイヤー全員が、開場に併設されたホテルに部屋を取っていたとか、中で着替えが出来るくらい大きな自家用車(あるいは送迎バス?)で会場に来ていたとは、考え難いしなぁ。
 う~ん、謎は深まるばかりだ。

『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)の感想 ~ ついでに『ガンダム00』も ~

『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)の感想
 ~ ついでに『ガンダム00』も ~

ファーストガンダム一式

 『ガンダム00』に対する苦言ばかり呈していても楽しくないので、『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)を毎週DVDで見直して、その素晴らしさと問題点、当時の懐かしい記憶などを語っていこうと思う。また、そうすることで、ファーストガンダムから27年経って作られた『ガンダム00』の素晴らしさや問題点が浮き彫りになれば、とも思う。

 私は現在43才。中学生のときに、名古屋TVで放映されていた『機動戦士ガンダム』を毎週観ていた、いわゆるファーストガンダムリアルタイム世代である。

 ちなみに、『機動戦士ガンダム』の再放送も中学生のときに間違いなく観ている。そして再々放送も、中学生のうちに観たような気がする。多分、名古屋TVは1979年から約3年間連続で『機動戦士ガンダム』を放送したのではなかろうか。


              第1話  ガンダム大地に立つ!!

 約25年振りに第1話を見直して最も印象に残ったことは、“アムロは決して現場の素人ではない”ということだ。

 リアルタイムで観ていたにもかかわらず、約25年も二次情報だけに晒されていると、記憶が変形してしまっていることに驚かされた。
 雑誌でたまに目にする“アムロは内向的な少年で…”といったステレオタイプの説明から、アムロが今で言う“インターネットばかりやっていて現場を知らないオタクタイプ”だったような、そんな間違ったイメージが自分の中に作られていた。

「この振動の伝わり方は…爆発だ!」
とアムロが正確に感じ取れたのは、彼が過去に父親の仕事場(即ち軍事施設)を訪問した際、実験か何かで爆発の振動を肌身で感じた経験があるからだろう。そして直ぐに「こんな退避カプセルではもたない」と判断し、外に出て父親と連絡を取ろうとした。
 感覚・判断・行動力、どれを取っても素人ではない。
 有線ミサイルの誤爆を受けた際も、とっさに地面に伏せることで命拾いしている。

 アムロは軍人の息子であり、素人とは違うのだ。
 頭でっかちの単なるコンピュータマニアではなく、現場の感覚と行動力を身に着けているのだ。
 だから、フラウの家族の死に直面したアムロが、ガンダムに乗り込む決意をするという展開にも説得力が感じられる。

 もちろん、事前にガンダムのマニュアルをある程度読んでいるという伏線がある。
 その際、アムロがマニュアルを開いて最初に目にしたのは、ガンダムの側面図である。
 そして、アムロが初めて実物のガンダムを目にしたのも、ガンダムの側面(横顔)なのだ。
 マニュアルで見た絵と同じ構図が、そこに現実として在る。
 視聴者としては、
「アムロがさっき読んでいたマニュアルは、このモビルスーツのマニュアルなんだ!」
と、ピンと来る。
 この演出の上手さには唸らされた。

 これ以外にも、上手いと思わされる点は多い。
 ザクマシンガンを撃つとドラム缶大の薬莢が排出されるシーン。これはアムロが車に向かって走っていく背後にガランガランと薬莢が転がっていくカットが有名だけど、ジーンのザクが最初の1発目を撃ったときにも、ちゃんと薬莢が飛んでいる。2発目は、より分かり易い。

 有線ミサイルも何気に描かれている。
 第一、27年前にオニール型のスペースコロニーが物語の舞台になっていること自体が凄い。
 「コロニー落とし」を映像化したのは、ガンダムが世界初じゃないのか?
 冒頭のナレーションは完全にSFだし、ホントも凄いわ。

 この回、アムロはガンダムをトレーラーから起き上がらせることには苦労したが、ジャンプして逃げるザクを追いかけてビームサーベルで一刀両断し、更には突進して来るザクのコクピットを正確にビームサーベルで貫くという芸当を成し遂げる。

 リアルタイムで見ていた当時、クラスメートの男子の中には「起き上がるのに苦労した直後に、あんなに上手く動けるのはおかしい」という者もいたが、後の回でこの説明が出来ることが分かる。ただし、実はこの回にも一言だけだが、その説明がなされているのだ。
「コンピュータ管理で操縦が出来る…教育型コンピュータ…」

 アムロが乗り込んだガンダムは、コクピットが解放されており、すぐに乗り込めるようになっていた。実弾も装填され、「5倍のエネルギーゲイン」があり、いわば暖気運転状態になっていた。この機体が、既にテストである程度使われていたものだと考えても不自然ではない。
 アムロが操縦するガンダムがビームサーベルで2機のザクを倒せたのは、この機体がテスト運用時に既にそういう動きのパターンを“教育”されていたからなのだ。

 では何故、ガンダムをトレーラーから起き上がらせることには苦労したのか?
 それは、この機体が「トレーラーから起き上がること」は初めてだったからに違いない。
 実際、ガンダムがトレーラーから起き上がったのは、おそらく第1話だけである。ガンダムに限らず、モビルスーツが起動する際は、最初から立ち姿勢であることが圧倒的に多い。この機体も、テスト運用時はずっと立った状態で起動されていたのだろう。つまり、「トレーラーから起き上がる動作」の“教育”を受けていなかったのだ。

 あと、細かいことだけど、ジーンが
「へッ、怯えてやがるぜ、このモビルスーツ」
と言ってガンダムに肉薄している際、実はジーン本人もビビッていて顔面汗びっしょりになっているのが、凄いリアル。
 アニメなんだけど、アニメであることを忘れるというか、実話がアニメで再現されているような感覚に陥る。
 ガンダムのバルカン砲も、連射しているとすぐに弾切れを起こすし…。

 『ガンダム00』では、こういうリアリティのある描写がない。
 あるいはあったかも知れないが、印象に残っていない。


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 おまけ 『ガンダム00』 #6 傷痕

 どうしてこうも個人個人の話を乱発するんだ?
 どうしてそれを全部同時に進行させようとするんだ?
 下手なテッポも数撃ちゃ当たるってか?
 よっぽど一つ一つの話に自信がないんだな、だから乱発しないと不安になる。
 こうなると、話の中心も何もあったもんじゃない。
 世界観もドラマもなく、あるのは個人個人のエピソードだけ。
 幹が無いのに、枝葉ばかりが多い。
 「戦争を根絶させるための武力介入」は、そんなことでは描き出せないだろうに。
 せっかく沙慈に戦争をいうドラマを背負わせられる感じになってきているんだから、そこを中心にして世界を描くべき。それと直接繋がらない他のエピソードは、全部後回しで良い。
 少しはファーストガンダムを見習えっちゅうの!(あ、言っちゃった!)

『ガンダム00』第2期(セカンドシーズン)が始まっているのだけれど

『ガンダム00』第2期(セカンドシーズン)が始まっているのだけれど


 第1期の最終話は、腐女子(定義は → こちら )への迎合が露骨に見受けられたので、『ガンダム00』も最早これまでかと思った。

 しかし、最近のガンダムの主題歌にハズレなし。第2期の主題歌(およびオープニング映像)だけはチェックしておく必要があったので、第2期の初回を観た。
 やはり、主題歌(およびオープニング映像)は良かった。しかも、CDはTVサイズ版を収めたものまで発売される。このCDは、もう買うしかあるまい。

 そして肝心の本編であるが、第1期で鼻についた腐女子仕様というかBL(ボーイズラブ)要素が、今のところは感じられない。これは、正直言うと本編の内容そのものではなく、第1期のオープニングが終了した直後の止め絵やエンディング映像などの、ノーマルな男性から見て「ホモアニメか、これは?」と生理的に気持ち悪くなる映像がなくなっていることが一番大きく効いていると思う。

 ただし、それ以外にも理由はある。
 ビジュアル的には、ソレスタルビーイングのメンバーが制服をするようになったことも大きい。この制服が、特撮っぽくて私の好みなのだ。
 ボレロ(ジャケット)の下に着ているシャツの胸部のデザインは、まるでウルトラマン(最新のウルトラマンであるウルトラマンメビウスのカラータイマーは菱形)である。また、制服のカラーリングが基本的にはメンバーごとに異なっている点は、戦隊ヒーローを思わせる。

 単純にカッコイイが、それだけではない。
 ソレスタルビーイングの制服の上着は、通常のジャケットではなく、ボレロに近い形状をしている。ボレロは、元々は闘牛士の衣装である。巨大な闘牛に単身で立ち向かう闘牛士の姿を、巨大な連邦組織(戦争を引き起こす構造体)に立ち向かう小さな組織であるソレスタルビーイングに投影しているように感じられるのだ。闘牛士の持つ唯一の武器である剣が、ソレスタルビーイングのガンダムというわけだ。
 こういう健全な視覚的イメージが、腐女子仕様という先入観を払拭しているのかも知れない。

 内容的には、ガンダムマイスター達が、自分自身またはマイスター同士といった内側を向いているのではなく、ソレスタルビーイング外部、即ち外側を向いているのが良い。
 第1期は、ガンダムマイスター達が自分自身またはマイスター同士といった内輪でゴチャゴチャやっている印象が強かった。この内向きなドラマが物語の世界観に繋がっていくならともかく、単に個人の設定の説明の域を出ないものだったので、見ていて面白くなかったのだ。
 また、第1期では非常に効率(コストパフォーマンス)の悪い「説明くん」キャラだった沙慈が、第2期では有効に機能しそうな予感がしている。

 視聴率に関しては、『ガンダム00』は日曜の朝の特撮番組に負けている。
 朝8時始まりの『仮面ライダーキバ』どころか、朝7時30分始まりの『ゴーオンジャー』にさえ負けているのだ。

 『仮面ライダーキバ』38話までの平均6.29%
 『ゴーオンジャー』37話までの平均5.11%
 『ガンダム00』25話まで(第1期)の平均4.85%
 『ガンダム00』第2期 第1話4.5%、第2話4.4%

 以前から言い続けているが、「ガンダムは腐女子が観るもの」というイメージが定着してしまったら、ガンダムはお終いである。ガンプラを買ってくれる少年層が寄り付かなくなるからだ。
 モーニング娘。の人気暴落の原因の一つには、「モー娘。のファンは、気持ちの悪いオタクが多い」という悪いイメージが定着してしまったことも挙げられる。ガンダムがこの二の舞を演じてはならない。

 私が中学生の頃、ガンダムという作品の存在によって“アニメ新世紀宣言”が謳い上げられ、アニメは社会に認知されるジャンルへとそのステイタスを上げた。それから27年が経った今になって、ガンダムという作品が腐女子に迎合し、陽の当たらない地下へと沈没することなったら、余りにも哀しすぎる。
 『ガンダム00』第2期が、“ガンダムという作品”本来が持つ内容の力で、本来のガンダムファンである少年少女層のファンを増やしていくことに期待せずにはいられない。

腐女子の定義 ~ 蔑称の意味を込めて腐女子と呼ぶ ~

                  腐女子の定義 
         ~ 蔑称の意味を込めて腐女子と呼ぶ ~


 中野腐女子シスターズのせいなのか、「腐女子」という呼称が単に「オタクである女性」という意味でも使われているようである。

 「オタク」という言葉も、使われ始めた当時はひらがなの「おたく」であり、その意味も「マニアックなサブカルチャーファンのうち、ロリコンの嗜好性を強く有するもの」という極めて限定的なものだった。だから、一般的な「ガンダムファン」のことを「ガンダムおたく」などと呼ぶことは絶対になかった。
 それが今では、マニア層どころかライト層のガンダムファンでさえ「ガンオタ」と呼ばれている(ファンという言葉を単にオタという言葉に置換している)ようだ。

 その「おたく」という言葉と同様に「腐女子」という言葉も、変質拡散(最小公倍数化)が進行したのだろう。しかも、その拡散する速度が、より速くなっているように感じられる。
 これらは、昔からある「マニア」という言葉の持つ意味やイメージが、不変かつ普遍であることとは実に対照的である。

 実は私も、最初は腐女子を「物語の本筋そっちのけで、特定のキャラに夢中になっているミーハーなファン」という意味だと勘違いしていた。しかし、今は違う。

 私は腐女子という言葉を、
「BL(ボーイズラブ)をテーマにしていない対象を、勝手にBLに仕立て上げて楽しんでいる人」
という限定された意味で使う(これに当てはまる場合、男性であっても腐女子と呼ぶ)。

 私は腐女子を、
「“セーラームーンが妖魔に集団レイプされている話”を勝手に仕立て上げて楽しんでいる人」
と同様に、蔑視する。

 ただし、単に
「最初からBL(ボーイズラブ)をテーマにしている対象を愛好している人」
は、腐女子とは呼ばないし、蔑視もしない。それは、男性がアダルトビデオ(エロビデオ)を観て楽しむことと、基本的には同じことだと思えるからだ。
 おそらく、純然たるアダルトビデオ(エロビデオ)と同様、純然たるBL(ボーイズラブ)も一般作品とは隔離された状況に置かれている筈だ。だから、それが嫌な人は、近寄らなければ良い。

 腐女子は、BL(ボーイズラブ)を引きずって普通の作品に近寄って来る、迷惑千万な存在である。
 私は、蔑称の意味を込めて腐女子と呼ぶ。


※注※
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コスプレ仕様書完成! ~ 43才にして初めて買うオーダーメイドの服はコスプレ衣装でした ~

コスプレ仕様書完成! 
43才にして初めて買うオーダーメイドの服はコスプレ衣装でした


 コスプレしたいキャラの衣装が売ってないので、一式をオーダーメイドすることにした。
 見積をもらってビックリ、た、高い!
 ボッタクリかと思って、改めて値段に注目してコスプレショップをネットサーフィンしてみた。そうしたら、品質が良いと思える衣装は、既製品であっても上着だけで約3万円とかする。

 う~ん、去年買ったバンダイ純正品のゲキブルーのジャケットも、既製品かつアッサリした作りなのに2万円以上したしなぁ。
 そう言えば私、生まれてこの方、一度もオーダーメイドの服を買ったことがないんだっけ。
 背広一式をオーダーメイドで作ったことすらないんだから、そもそも相場が分からない…

 高校生が安くてチープな既製品でコスプレしていても、それは微笑ましく映る。しかし、43才のオッサンがそれをやったら、リアルに貧乏サラリーマン丸出しである。
 年収が低いことが恥だとは思わないけれど、コスプレはある意味で“粋”を見せることだからなぁ…

 いいや、買っちゃおう。
 と言うワケで、振込みを済ませてしまいました。
 来週、お店に行って採寸してもらうことになるだろう。そしてそれが、衣装に関する要望を伝える最後のチャンスになる。私にとっては安い買い物ではないので、要望はキッチリ伝えておきたい。

 そこで、注文する衣装に関して、自分なりの仕様書を作ってみた。
 仕様書と言っても、雑誌のイラスト等を切り貼りして、こちらの要望を書き添えただけのものである。もちろん、その内容は予算内で実現可能と思われることに限定した。

 これで準備完了。あとは採寸の最、忘れずに手渡すのみ。
 来春のしょこたんのコンサートのエントリーも済ませた。5公演にエントリーしたから、いくらなんでも1公演は当選するだろう。出来上がった衣装を、そこで着るのだ。

 もし、出来上がった衣装のクオリティが高く、自分自身のコスプレの出来もそこそこだったら、しょこたんのコンサート前に、何らかのイベントに参加するかも知れない。
 実は、コスプレに合わせた髭の剃り方なんかも、既に考えたりしているのだ。
 あ~、早くお店に行って採寸を済ませてしまいたいわ!

コスプレの定義について  ~“アバウトなコスプレ”も“不適切なコスプレ”も、コスプレのうち ~

コスプレの定義について
  “アバウトなコスプレ”も“不適切なコスプレ”も、コスプレのうち


 私は過去、髪の色や目の色などのディティールにまでこだわったコスプレをしたことはないし、これからもするつもりはない。単に面倒くさいということもあるが、そもそも私の顔には金髪とか青い目とかは似合わないし、似合わないことはしたくない。(ドライアイなので、長時間コンタクトをはめていると目を傷める恐れもある)

 しかしながら、巷にはディティールにまでこだわったコスプレをしている人達もいる。そういうストリクトなコスプレをする人達と、自分のようなアバウトなコスプレ(基本的には衣装を着ただけ)をする者を、「コスプレイヤー」という名称で一括りに呼んで良いものなのかと、疑問を抱いた。

 とりあえず、私は自分のことを最初から、“なんちゃって”コスプレイヤーと称してはいる。しかし、それならばブログのカテゴリー名も「コスプレ」ではなく「“なんちゃって”コスプレ」にしなければ、ストリクトなコスプレイヤーに対して失礼であるように思えてきた。

 私が好きな「SF」というジャンルには、部分的ではあるが明確で絶対的な定義がある。「これはSFである」、「これはSFではない」と厳密に振り分けることが可能な判断基準が存在しているのだ。
 例えば、アニメ作品の『ザンボット3』はSFではない。むしろ、最後の最後で「SFではないことを主張した」作品と言うべきかも知れない。この基準は絶対(スポーツのルールと同じ)であり、逆に言えばこれが分からない者はSFを分かっていないし、SFファンを名乗る資格がない。

 コスプレに関しても、同じことが言えるのではないか。
 私のやっていることが「コスプレではない」と厳密に振り分けられる類のものであるならば、ブログのカテゴリー名は、やはり「“なんちゃって”コスプレ」にしなければならない。
 そう思い、コスプレの現状を知るため、ネットサーフィンを行った。
 その結果、これといった明確なルールまたはコンセンサスを見出すことは出来ず、私のような「“なんちゃって”コスプレ」であっても「コスプレ」のうちである(もちろん末席ではあるが)という結論を出すに至った。

 最大の理由は、一見ストリクトなコスプレイヤーであっても、自分なりの解釈でコスプレしているケースが多々見られることである。
 ウィッグやカラコンを使用しているコスプレイヤーであっても、ベルトなどの比較的簡単に実現できるディティールがおざなりになっていたり、衣装の素材も明らかに原作のイメージとは異なる(常識的に考えて有り得ず、自分の都合を優先しているとしか思えない)ものが使用されていたりする。
 コスプレにおいて絶対的な評価基準が存在するとしたら、それは

「原作(公式設定や客観的イメージ)を忠実に再現していること」(または、それを追求する姿勢)

である。
「一見ストリクトなコスプレであるが、実際には独自のアレンジを加えてコスプレしているケース」も、「衣装を着ただけで、ウィッグやカラコンは使用していないコスプレ」も、この評価基準から外れているという点では同じである。
 また、
「ウィッグやカラコンを使用しない=自分の好み(個性)や都合に合わせている」
「衣装を独自にアレンジする=自分の好み(個性)や都合に合わせている」
と煎じ詰めれば、両者に本質的な違いはない。両者とも、公式設定などの絶対的な基準とは無関係に、「自分なりの解釈(自分なりの表現)」でそうしているのだから。
 そして、両者に本質的な違いがなければ、両者を一括して「コスプレイヤー」と称することに問題はない。

 また、コスプレイヤーは男性よりも女性の方が圧倒的に多く、女性コスプレイヤーが男性キャラのコスプレをするケースが非常に多いことも分かった。
 そして、男性である私の目からすると、いわゆる男装コスをしている女性コスプレイヤーには
「あなたがその男性キャラのコスプレをするのは、あなたの身体的特徴から言って不適切」
と思えるケースが結構あった。

 “不適切なコスプレ”とは?

 具体的な例を挙げると、『ガンダム00』のロックオンは、どう見ても細身(細マッチョ?)長身のキャラである。男性がコスプレするなら、身長は最低でも175cmは欲しい。女性であっても168cmは必要であり、165cmでは足りない。ハロメンで例えるなら、梅田えりか(身長169cm、しかも外人顔)がロックオンのコスプレをするのはOKだが、矢島舞美(身長165cmで日本人顔)ではNGとなる。
 身長165cm、細身で手足が長い矢島舞美でさえ、ロックオンのコスプレは不適切なのである。増してや身長160cm程度かそれ以下(に見える)、しかも決して細身とは言えない女性コスプレイヤーは、幾らストリクトにロックオンのコスプレを行っていようとも、私の目には「不適切なコスプレ」と映る。

 彼女達がコスプレイヤーと呼ばれているのなら、20代後半の身長175cmの細身の男性(『ガンダム00』のファンであることは言うまでもない)が、ロックオンの衣装を着ただけ(ウィッグやカラコンは未使用)でも、コスプレイヤーと呼ばれるべきである。
 何故なら、パッと見てどっちがロックオンにより近いかといったら、それは後者だからである。原作のイメージに対する忠実度(再現性)は総合的に判断されるべきだし、それこそがコスプレの完成度なのだと思う。つまり、この場合は後者の方がコスプレの完成度は高いということだ。

 幾らストリクトにコスプレしていても、コスプレイヤーの体形がキャラとかけ離れていたら、完成度は低いと看做される。そして、この延長上には
「メタボリックな体形の女性が、セーラームーンのコスプレをストリクトに行う」
というパターンが存在する。全てのコスプレイヤーは、この事実から目を逸らすべきではない。

「体形的には全然違うけれど、ストリクトである“仮装”」がコスプレと認められているのならば、
「ストリクトではないが、体形なども含めた一致度が高い“仮装”」もコスプレと認められて然るべきだ。
 だから、私がやろうとしていることも、コスプレの端くれである。レベルは低いが、「コスプレ」と称することは許される。
 私は、そう考えることにした。

 出来ることなら、特定のキャラそのもののコスプレではなく、作品の世界観に合致した不特定のキャラのコスプレをしたい。
 TV画面には登場せず、個別の設定画も存在しないけれども「作品の世界の中には、こんなキャラもいるだろう」と思える、そんなキャラクター。
 あるいは、『ゲキレンジャー』のマスター・シャーフーの人間時代などの、「確実に存在しているはずだが、劇中ではほとんど描かれていない」といったキャラクター。

 しかし、現実的なことを考えると、衣装は極力バンダイ等の純正品(コスパ扱い含む)を使いたいので、やっぱり基本は「その年の特撮モノ」ということになる。つまり、ジャケットは純正品を購入し、ズボンはコスプレショップの“○○風”を使うか、似たものを一般の衣類店で探すというパターンだ。

 …で、問題なのは、その基本から外れている今年(来春のしょこたんのコンサートで着る予定の衣装)なんだよなぁ。筋トレのモチベーションとの絡みもあるし、これが結構難しいノダ…。

コスプレを筋トレのモチベーションにするのだ

コスプレを筋トレのモチベーションにするのだ


 来春開催される、しょこたんのコンサート。
 しょこたんのコンサートと言えば、コスプレだ。
 しょこたんのコンサートには、老若男女が絶妙な配分で集まるため、オッサンがコスプレしても許される雰囲気がある。また、しょこたん自身が昭和の戦隊モノのコスプレを好んで行うため、古い作品や特撮作品のコスプレをし易い雰囲気もある。

 今年のしょこたんのコンサートでは、ゲキブルーやゲキチョッパー(変身前)の上着を着て(ズボンは普段着のGパン)コスプレ気分をチョッピリ味わってみた。来年は別のキャラで、上着だけではなくズボンもコスプレして(さすがに髪型とかブーツまでやるつもりはない)、“なんちゃってコスプレイヤー”のレベルになってみようと思う。

 別に肌の露出が大きくなくても、この歳でコスプレをするとなると、気合が入るものなのだ。
 実際、コンサート会場内でゲキブルーのジャケットを着ていたときは、
「このジャケットの下の肉体は、決してたるんでいませんから!(だから、この歳で着ていてもイイんです!)」
という気持ちの張りがあった。

 ボーナスが出たら、イヤ、その前の11月の給料が出たら、もう速攻で予算2~4万円程度の衣装を買ってしまうつもり。
 こういうのは、早めに買ってしまわないとダメ。
 しかも、そこそこ高価なものを。そうすれば、
「筋トレをサボって自信がなくなり、衣装を着られなくなってしまったら、もったいないやんか!」
という貧乏人根性が働いて、モチベーションが保てるのだ。

 問題は、何のコスプレをするかである。
 今年のスーパー戦隊ジャケット(純正品)は、肩が凝りそうで着たくないしなぁ。
 私は飽く迄も“なんちゃって”コスプレイヤーなので、着心地を我慢してまでコスプレするつもりは全くないのだ。ゴーオンゴールド(あにぃ)のジャケットにはそういう問題はないけれど、キャラがあそこまで明確な“若手イケメン”だと、さすがに私のようなオッサンがコスるのは無理…。

 年齢的には碇ゲンドウとかが合うのだけれど、お気軽に“なんちゃってコスプレ”することには向かないキャラだよねぇ。それ以前に、あのキャラでは筋トレのモチベーションにはなり難いし。
 レスキューフォースは好きなんだけど、アレ、デザインがちょっとダサイんだよなぁ。

 う~ん、あと約3週間で決めてしまわなければ!!
 出来れば、ゲキチョッパーのジャケット(ジャージ)みたいに、普段着として着られるものが良いな…。

『 ゴジラ 日本全滅 』

『 ゴジラ 日本全滅 』


 『 ゴジラ ~ モンスターズ・レジェンド ~ 』と同様、「現代を舞台とした“最初のゴジラ”を描いた作品」として書いたものです。
 1954年の『ゴジラ』の直接のオマージュにはなっていませんが、科学者を含む家族が主人公であるという点は踏襲しています。ゴジラの造形も、初ゴジをイメージしています。作品の雰囲気は、1954年の『ゴジラ』に結構近いものになっていると思うのですが、どうでしょうか?

     【以下の文章は、2000年10月15日(日)頃に書いたものです】


 暗い部屋、ベッドで眠っている男性。
 その「彼」の見ている夢。
 九州の日向灘を航海中の核燃料輸送船が、海底火山の爆発に巻き込まれて沈没する。
 原子力工学の研究者である彼は、災害調査チームのメンバーとして召集を受ける。自衛隊の特殊潜行艇に乗り込み、現場である海底を目の当たりにする彼。そこには、船の残骸が僅かに残っているものの、予想されていた放射能による汚染は、ごく低いレベルでしか検出されない。
「火山活動によって、全て地下へ飲み込まれてしまったのでしょうか…?」
 彼の隣で、調査チームの一員である火山学者の女性が呟いた。その「彼女」の美しい横顔。

 暗い部屋、ベッドで眠っている女性の横顔。「彼」の夢に出ていた、女性火山学者だ。
 その「彼女」の見ている夢。
 北海道の核廃棄物処理工場が、謎の地殻変動による直下型の地震によって崩壊する。
 火山学者である彼女は、自衛隊の特殊装甲車に乗り込み、現場に向かう。放射能防護服を着て現場を調査した後、仮設の基地に戻った彼女の隣で、調査団の一員が呟く。
「この前と同じだ。放射能汚染は、ごく低いレベルにとどまっている。まるで、地球が核物質を飲み込んでしまったみたいだ」
 放射能防護服を脱いだその人物が、彼女に微笑みかける。
「また、お会いしましたね」
 海底火山噴火による核燃料船沈没の調査の時、一緒だった「彼」である。

 朝。ベットで目覚める「彼」と「彼女」。
 彼らは、互いに見た夢のことを話し、寝巻き姿のまま1階に下りてアルバムを開くと、2人が出会った頃の昔話に花を咲かせる。そこへやって来る、彼らの子供たち。
「お父さん、お母さん、何やってるの? 7時に出発するんでしょ、早く…」
 今日は、「彼=父」・「彼女=母」・2人の子供が、揃って北海道旅行に出かける日なのだ。この家族旅行は、北海道の地質研究所にいる仲人を訪問することを兼ねている。

 家族を乗せた旅客機が、名古屋空港から北海道を目指して飛び立っていく…。

 北海道の地質研究所に到着した家族は、仲人と再会して楽しい一時を過ごす。しかし、数日前から観測されていた地質学的異常が激しさを増し、ついには体で感じられる地震が発生。震源地は、あの核廃棄物処理工場があった地点の近くだ。
 そして、父の携帯電話が鳴る。
「九州の日向灘で海底地震が発生、その震源地付近で放射能汚染が観測された」
 非常召集だ。自衛隊のヘリコプターが彼を迎えに来る。父は、妻子を北海道に残したまま、一人で九州の現場へと飛び立つ。母は嫌な予感を感じつつも、16年前に現場を調査した火山学者の使命感から、子供と一緒に北海道の地質研究所にしばらくとどまる決意をする。

 九州の現場付近に到着した父を待っていたのは、自衛隊の一行と政府関係者、そして若い女性火山学者だった。父は、その若い女性火山学者に、初めて出会った時の妻の面影を重ね合わせる。若い女性火山学者も、火山学者を妻とする彼に好印象を抱くが、同時に妙なライバル心をも顕わすのだった。

 その夜、北海道のガラム岳(地震の震源地から比較的近い)から、四つ足の巨大な恐竜のような生物が出現する。その巨大生物は、一夜のうちに北海道をほぼ縦断し、交通網をズタズタに引き裂いた後、地中へと姿を消す。

 同じ夜、九州の日向灘に面した後白(ごじら)岬から二足歩行の巨大な恐竜のような生物が上陸し、一夜のうちに九州をほぼ縦断し、交通網をズタズタに引き裂いた後、海中へと姿を消す。

 翌朝、現地の被災地域に自衛隊やマスコミが集まり、救助活動や調査が行われるが、巨大生物が出現したらしいという状況証拠(足跡や、それらしいものが映っているビデオなど)が見つかっただけで、今後どうなるかは誰にも分からない。
 ただ、マスコミによって、北海道のガラム岳から出現した四つ足の巨大生物は「ガラム」、後白(ごじら)岬から九州に上陸した二足歩行の巨大生物は「ゴジラ」という通称で呼ばれるようになった。

 夕方になって、人々の活動が一段落ついた頃、ゴジラとガラムが出現した場所から、別の生物の大群が地上へと進出する。体長約4mの、巨大なサソリのような節足動物である。ノコギリクワガタのような顎まで生えており、恐ろしく戦闘的な姿だ。
 北海道では地中から、九州では海から地上へと出現したこの巨大節足動物の大群は、ゴジラとガラムの通ったコースをそのままなぞるようにして移動、人々を襲い、補食する。現場に居合わせた自衛隊が迎撃し、そのうち少数は撃ち殺されるが、何しろ数が多くて動きも速い。自衛隊員も住民もマスコミも、次々と巨大節足動物の餌食になっていく。

 北海道の地質研究所にいた研究員や母と子供達、九州にいた父や調査隊のメンバーも、この巨大節足動物の襲撃を受ける。混乱の中、一行は何とか脱出できたものの、それなりに厳しい状況になっていた。

(ここで、その時の主人公一家を取り巻く人物状況と、彼らの簡単な説明をしておきます)
 北海道では、以下のメンバーが行動を共にする。
 
 母 … 41歳。母親であると同時に現役バリバリの火山学者。2人の子供の母としての義務と、学者としての使命感の板挟みになって葛藤する。
 姉 … 14歳。中学2年生。忙しい母を助けて家事をこなし、学校でも生徒会役員を務めるなど、しっかりした性格。
 弟 … 12歳。小学6年生。成績は今ひとつだが、コンピュータ関係には強い。
 若手研究所員 … 25歳、男性。2枚目的キャラクター。
 中年研究所員 … 36歳、男性。3枚目的キャラクター。
 研究所副所長 … 57歳、女性。16年前に夫婦の仲人を務めた。先進的な性格で、まだまだ現役バリバリの研究者。

 九州では、以下のメンバーが行動を共にする。
 
 父 … 43歳。父親であると同時に現役バリバリの原子力工学の研究者。国立総合研究所の原子力部門のトップクラスであるため、他の部門のトップクラスの研究者とも繋がりが深い。
 女性火山学者 … 28歳。有名な大学教授の助手で、教授が体調不良のため、急遽代理で来た。学者としてのキャリアは駆け出しにすぎないが、意欲とプライドは一級品。
 調査団隊長 … 内閣直属の特務機関の役人。女性、34歳。特権意識が強く、官尊民卑な態度を取る。
 若手自衛官A … 22歳、男性。
 若手自衛官B … 25歳、男性。
 中年自衛官 … 40歳、男性。

 一難去った後の被災地を、再び恐怖のどん底に陥れた巨大人喰い節足動物の群。
 その一部は、ゴジラとガラムの後を追うようにして、それぞれ海中、地中へと姿を消す。残った大半は、日の出と共に数匹の小さな群に分かれ、日光を避けるようにして各所へと潜り込んでいった。

 翌朝、自衛隊の増援部隊が被災地へ派遣され、巨大節足動物の隠れていると思われる各所の周囲に、バリケードが張り巡らされる。マスコミの増援部隊も被災地へと急行し、昨日と同様、ただし悲惨さと混乱が増した現地の状況を報道する。

 ゴジラやガラムは交通網・電力・水道等のいわゆるライフラインや建物を破壊して被災者を出したが、直接人間を襲うというわけではなかった。巨大節足動物は、ライフラインや建物を破壊することはなかったが、群を成して人間に襲いかかり、移動しながら補食し続けたのだ。
 マスコミが伝える被害者の数が刻々と増え続けるのを見て、日本中に不安が広がる。

 一方、射殺された巨大節足動物の死体は、直ちに専門家チームによって分析が行われた。
「この生物は、メガヌロンと同じ時代に生息していた、古代昆虫ギガンヌリウムの幼虫である可能性が高い。ただし、化石として残っているサンプルより遙かに巨大であり、放射能を帯びていることからも、突然変異を起こしている可能性も考えられる。
 現時点で確実に言えることは、これ程までに巨大化したギガンヌリウムは、人間を餌とする以外には生きていくことが出来ないということだ」
 分析チームの出した結論から、政府は「北海道および九州から、全住民を避難させる」ことを決定。その後、「自衛隊機甲部隊による、ギガンヌリウムの徹底的駆逐」を行うというのだ。

 前代未聞の超大規模避難が始まる。
 単身九州に来ていた父は、北海道にいる妻子と、どうにか連絡をつけることに成功。
「とにかく、名古屋へ戻ろう。状況が変化したら、その時また連絡を取り合うとして、今は家に、我が家へ帰ることを考えよう」
 この「家に帰ろう」という言葉を支えにして、二つに分かれた家族は、それぞれ行動を共にすることになったメンバーと一緒に避難を始める。(父の調査グループは、調査団隊長の要請によって、3人の自衛官の護衛を受ける形でそのまま避難行動を取ることになる)

 母達のグループが青森まで避難してきたとき、震度3の地震が発生。震源地は岩木山付近。その後、ガラムが出現。今度は震源地付近の地中からではなく、震源地から離れた海岸から上陸してきた。ガラムは、ゴジラと同じように海を泳いで渡ってきたのか?
 現地の住民はガラムに追われ、北海道から避難してきた避難民たちに合流するような形になって、盲目的に逃げる。
 母と研究所副所長は、火山学者の勘から「ガラムは震源地へ向かう」と判断し、震源地からなるべく離れるコースを取って避難(南下)する。母と研究所副所長の勘は当たり、ガラムは震源地へと向かったため、一行は被害に巻き込まれることなく青森を脱出、岩手へ辿り着く。

 同時刻、山口県豊ヶ岳付近でも地震が発生し、それに導かれるようにゴジラが下関から上陸。ガラム同様、ゴジラは震源地へと向かう。退路を断たれ、後ろから追い立てられる形になった避難民は、地元住民と渾然一体となって東へと逃げる。その中には、父の一行もいた。

 一方、危険指定地域からの住民避難が完了した北海道と九州では、自衛隊機甲部隊による「ギガンヌリウム駆逐作戦」が開始されていた。
 数匹のギガンヌリウムが潜んでいると思われる場所へ、次々と突入していく重武装の部隊。しかし、とあるビル内へと突入を果たした彼らの前にあったモノ、それは、今まさに羽化せんとするギガンヌリウムの蛹たちであった。
 巨大でスマートなノコギリクワガタのような姿に変態を遂げた、ギガンヌリウム成虫。
 その強靱な外骨格は、自衛隊の重火器さえ受け付ず、黒金に輝く顎は戦車の装甲さえ抉り裂く。その顎の奥から噴射される消化液を浴びせられた自衛隊員は、単なる肉塊へと変貌を余儀なくされるのだった。

 「ギガンヌリウム駆逐作戦」は、失敗に終わった。自衛隊機甲部隊を全滅させたギガンヌリウム成虫は、羽化したときの群の単位で、それぞれ飛び去っていった。
 ギガンヌリウム成虫は、戦車やヘリコプターと戦ったことによって「敵」を「学習」したのか、飛行機や大型車両、そして船舶を狙って襲い始めた。
 旅客機や客船で避難していた人々が、ギガンヌリウム成虫に襲われ、悲惨な最期を遂げていく…。もはや、陸海空いずれにも安全な場所はなくなってしまった。

 北海道で発生した地震は列島を徐々に南下していき、ガラムもそれに導かれるように南下していく。
 人々はガラムに追い立てられるようにして、南へと逃げ続ける。
 ガラムが過ぎ去った後、被災地に留まろうとした人々は、何日か遅れでやってくるギガンヌリウムの群の襲撃を受け、そのほとんどが餌食となった。
 来た道を引き返そうにも、交通網は寸断され、電気・水道などのライフラインも絶たれているのだった…。

 自衛隊は航空戦力も投入してギガンヌリウム群に攻撃を仕掛けるものの、幼虫の群を護衛するように上空を飛ぶ成虫の体当たり攻撃によって、消耗していく。繁殖活動が確認されていないにも関わらず、ギガンヌリウムの群の大きさは、むしろ日毎に大きくなっていくように見えるのだった。

 九州から始まった避難民の流れも、状況としては全く同様。
 母たちのグループも父たちのグループも、一人また一人と犠牲者を出しながら、怪獣からの逃走生活を続けていた。お互いの無事を祈りながら、ひたすら逃げ続けた。すでに一時的な「避難」ではなく、ほぼ毎日続く「逃走」になっていた。

 そして、避難民の数は、日毎にどんどん膨れ上がっていく。いつしか、道という道に、避難民が行き交うようになっていた。一定の犠牲者が出ているとはいえ、生き残った人々は背後から怪獣に追い立てられ、列島の中心部を目指すようにして移動を続けているのだから当然だ。
「このままでは、“1億総ホームレス”と化す恐れもあります」
 そんなマスコミの報道は、避難民にとってはもはや何の意味もなかった。彼らにとって、それは既に現実でしかなかいのだ。

 政府は、東京の手前でガラムを、大阪の手前でゴジラを迎撃することを決定し、全自衛隊を二分させて配置、それぞれ総力を挙げた防衛の布陣が展開される。
 ついに東京・大阪にも全面避難の命令が下され、日本の全人口が、富士山より西、琵琶湖より東にかけての地域に集結する。父と妻子は予定通り名古屋で合流を果たし、家族は再会する。(グループの被害状況は以下の通り)

 北海道から逃げてきたグループ
  母 … 軽傷
  姉 … 軽傷
  弟 … 軽傷
  若手研究所員 … ギガンヌリウムに襲われて死亡。
  中年研究所員 … ギガンヌリウムに襲われて死亡。
  研究所副所長 … 建物から避難する際、将棋倒しになって圧死。

 九州から逃げてきたグループ
  父 … 軽傷
  若手自衛官A … ギガンヌリウムに襲われて死亡。
  若手自衛官B … ゴジラと遭遇した際、建物の下敷きになって死亡。
  中年自衛官 … ギガンヌリウムに襲われて死亡。
  女性火山学者 … ゴジラと遭遇した際、火災に巻き込まれて死亡。
  調査団隊長 … 途中ではぐれて行方不明になる。大阪で暴徒に襲われそうになっているところを偶然父に助けられ、以後再び行動を共にする。

 ゴジラとガラムは予想通り大阪と東京に出現し、自衛隊と正面からぶつかり合う。
 大阪と東京から避難してきた新たな避難民を含む「日本全国民」は、固唾を呑んで戦況を実況中継するTV画面を見つめる。
 自衛隊の兵器は怪獣に命中し、足止めをしたかに見えた。しかし、火線が弱まるにつれ、怪獣は進行を再開、防衛線は突破される。弾薬が尽きかけ、戦力も消耗した自衛隊は戦線の維持を諦め、大阪と東京から撤退する。

 自衛隊の敗北と怪獣の進行をリアルタイムで目の当たりにした東西端の避難民は、より日本の中心部へと向かって移動を始める。「もはや政府をあてには出来ない」という絶望感と「自分たちだけは生き残りたい」という気運が国民全体に広がり、日本は無政府状態の様相を呈していく。
 再会を果たした家族は、調査団隊長を連れて、懐かしい「我が家」に辿り着く。しかし、そこは既に大勢の他人によって占拠されていた。隣家では、玄関にその家の主の死体が転がっている…。

 家族と調査団隊長は、父の勤務先である国立総合研究所へ向かう。
 セキュリティの堅固な国立総合研究所は、地元警察の協力もあって「城」のような雰囲気になっていた。
 父や家族達は、身分が証明されたため、中に入ることが出来た。とりあえず身の安全が確保され、ホッと一安心する一行。

 しかし、航空宇宙担当の研究者から、恐るべき情報が伝えられる。
 政府が、在日米軍基地から複数の核弾頭を持ち出し、これを使用して怪獣を撃退する作戦を決定したという情報である。数日前から、自衛隊の指揮の元、人工衛星用の宇宙ロケットを核ミサイルとして使用する作業が進行しており、もうほぼ発射可能な状態にきている…そんな情報が、種子島の発射基地から断片的に届いているというのだ。
 父を含む職員は、国立総合研究所備え付けの緊急回線その他を使って政府側とコンタクトを取ろうとするが、全く繋がらない。

 場面変わって、無人の国会議事堂。
 その上空を飛ぶ数機の輸送ヘリコプター。周囲を戦闘ヘリ部隊が、上空を戦闘機部隊が護衛している。
 輸送ヘリコプターの中にいるのは、政府、自衛隊、各産業の要人とその家族らしき人々。
 そこへ数匹のギガンヌリウム成虫が襲いかかり、激しい空中戦が展開される。
 激しく揺れる輸送ヘリの中で、胸に国会議員のバッチを付けた老人の一人が叫ぶ。
「本当に、核シェルターまで送り届けてくれるんだろうな! こんなところで死にたくはないぞ!」

 場面戻って、国立総合研究所。
 調査団隊長が職員達に「国家機能存続に関する第一種緊急避難措置」が取られている可能性について説明している。
「危機的事態に際し、国家としての必要最低限の機能を存続させるため、各方面の要人を地下の核シェルターに移送している最中かも知れません」

 人工衛星ロケットを核ミサイルとして使用する措置も、国家防衛の最終手段として、ずっと以前からマニュアル化されていたことだと調査団隊長は説明する。
「私が聞いているところでは、核弾頭の数は2発。米軍の協力の元で、日本の人工衛星ロケット専用の弾頭として改造されています。特殊な位置把握装置を搭載していて、日本の国土内でしか起爆しないようになっている筈です」
「本土決戦専用の核弾頭か…」
「今の状況で怪獣達に向けて核ミサイルを撃ち込んだら、逃げ場のなくなっている避難民を巻き込んで、広島、長崎を越える大被害が出る。何とかして止めないと」
「しかし、自衛隊の兵器で怪獣を撃退できなかった以上、もはや核兵器を使用する以外に、我々に残された方法はないのでは?!」

 一方、ゴジラは東へ、ガラムは西へと進行し、日本の中央で「一億総避難民」となった日本国民を挟み撃ちにする形になっていた。
 ゴジラやガラムの襲撃を直に受けて逃げまどう人々。
 ゴジラやガラムの通過した跡地で、ギガンヌリウムの襲撃を受ける人々。
 そこから逃れて、東西南北へ逃げる人々。逃げた先で展開される、暴徒と化した人と人との争い。
 そして、遂にゴジラとガラムが、追いつめられた避難民であふれる街を舞台に、お互いに惹かれ合うようにして激突する…。

 国立総合研究所では、調査団隊長が、父を始めとする職員の説得に応じ、本土決戦用核弾頭の起爆阻止に向けた活動が始められていた。
 本土決戦用核ミサイルは人工衛星用の宇宙ロケットを使っているため、通常の核ミサイルとは異なり、地球の周回軌道を回っている間に最終的な誘導プログラムを受信し、その後大気圏に再突入。ピンポイント的な精度で日本国内の目標へ落下するようになっている。この誘導プログラムに割り込みをかけ、日本国外へ落下するようにすれば、核弾頭は起爆しない。

 国立総合研究所の航空宇宙担当の研究者たちは、調査団隊長のパスワードを使って種子島の発射管制センターの誘導システムへのハッキングに成功。際どいタイミングで、1発目の本土決戦用核ミサイルが発射される。そして続いて2発目も!
 必死に誘導プログラムを書き換える航空宇宙担当の研究者たち。修正プログラムの送信は、果たして受け付けられるのか?
 ギリギリのところで軌道を変更し、日本を大きく逸れて太平洋へと向かって落ちていく2発の本土決戦用核ミサイル。起爆阻止成功に沸く、国立総合研究所の面々。
 しかし、その直後に3発目の本土決戦用核ミサイルが発射される。3発目は、1、2発目とは違い、衛星周回軌道に入らず、弾道ミサイルそのままの軌道で、ゴジラとガラムのいる日本中央地域へと飛んでいく。

「そんなバカな! 核弾頭は2発だと聞いていたのに!」
 調査団隊長の叫びも空しく、修正プログラムの送信も受け付けられず、弾頭はそのまま落下…!
 日本の中心部で巨大な爆発が起こり、二匹の怪獣を、街や人々を飲み込んでいく。そして空へ立ち上る巨大なキノコ雲…。

 天に閃いた光と大地を揺るがす振動は、国立総合研究所にも届いた。職員も、家族も、起こってしまった事態の前に言葉を失う。
「日本で、3度目の核爆弾が爆発してしまった…しかも、3度目は、日本人自身の手によって…」
調査団隊長が力無く呟く。
「被爆地へ飛ぶぞ」と、父。
「全てが終わったわけじゃない。ここにある被爆者を救う薬品や医療セットをヘリコプターに積んで、被爆地へ飛ぶ。例え1人でも2人でも、助け出すんだ」

 ヘリコプターで現地へ飛んだ父、調査団隊長、他数名の研究所職員は、予想外の光景を目にする。
 ギガンヌリウムの大群が、成虫、幼虫を問わず、キノコ雲を目指して移動しているのだ。まるで、電灯に集まる昆虫のように。限界を超えて被爆したギガンヌリウムは、次々に死んでいく。
 それでも群の流れは止まらない。どんどん数を増していくギガンヌリウムの群は、狂ったようにキノコ雲の中へと突っ込んでいく。

 更に驚いたことに、放射能汚染のレベルが予想されるよりも遥かに低く、しかも徐々に低下していくのだ。
「ギガンヌリウムの群が、放射能を吸収しているのか? それとも…」
 核弾頭は、空中ではなく地面に突入してから爆発したらしく、爆心地を中心に広い範囲で陥没や地割れが発生している。
 そして、ゴジラとガラムの姿は、どこにも見えない。
「いずれにしろ、これなら、日本は助かる。日本人は、生き残ることが出来る…」
 被爆地に着陸するヘリコプター。放射能防護服に身を包んだ父達が、被爆者の救助に向かう。
 彼らの背後で、キノコ雲が、夕陽に紅く染まり始めていた…。

                      《 終 》



 一般の映画ファンが楽しめるモンスター系パニック・ストーリーを主体にしつつ、日本特撮伝統の破壊・破滅のスペクタクルを描くことで、マニアの満足度も上げることを狙いました。
 ゴジラの属性には敢えて触れず、怪獣を荒ぶる破壊神として描いた「日本破壊」映画にしたつもりですが、どーですかお客さん!

『 ゴジラ  ~ モンスターズ・レジェンド ~ 』

『 ゴジラ  ~ モンスターズ・レジェンド ~ 』


   【以下の文章は、2003年2月25日頃に書いたものに、一部加筆したものです】

 以前から、ゴジラ50周年作品は、「現代を舞台とした“最初のゴジラ”を描いた作品」にして欲しいと思っていました。例えば、『ゴジラ(1954)』を現代の話に置き換えたような作品。
 しかし、オキシジェン・デストロイヤー風の超兵器でゴジラを葬るという話の持っていき方が、現代では少し無理があるという気もしています。

 それでも、現代を舞台として、“最初のゴジラ”を描くとしたら、『ゴジラ(1954)』の要素の幾つかを引き継いでいなければならないと思います。人によって、『ゴジラ(1954)』の何を重要な要素として選ぶかは異なるでしょう。例えば…

(1)「恐ろしいものが海から上陸する」というイメージで、海洋国日本の民族心理を揺さぶる。
(2)原水爆の愚かさ、被爆の恐ろしさを描き、科学技術がもたらす暗黒面に対して警鐘を鳴らす。
(3)怪獣と神話(伝説)を融合させ、日本人の意識の根底にある「八百万の神々感覚」を刺激する。

 この三つを選んで、自分なりの初代『ゴジラ』のリメイク、『 ゴジラ  ~ モンスターズ・レジェンド ~ 』を書いてみました。興味のある方はご一読ください。



 日本国内、海からそう離れていない土地。そこにある小規模な遺跡の発掘現場。数人の発掘メンバーが、黙々と発掘作業を続けている。その中の一人の青年が、土の中から何かを掘り出した。
「何だよ、コレ…」
 青年が掘り出したのものが、土偶の一種であることは間違いなかった。青年が戸惑ったのは、その土偶の形状である。その土偶は「2足歩行型の恐竜が、まるで人間のように上体を直立させた」姿をしていた。尻尾は長く、背中には、大小の背びれの列が並んでいる。

 青年は、他のメンバーを呼び寄せる。一通り意見を交換し合った後、一行は土偶を持って仮設分析所兼仮設休憩所になっているプレハブ小屋へ。
「教授、凄いニュースかも知れませんよ、これ…」
「こっちも凄いニュースだぞ」
 プレハブ小屋の中でコーヒーを飲んでいた初老の男性は、発掘メンバーに背を向けたまま、手振りでTVを見るように促した。TVは、「日本の漁船が、巨大な恐竜のような怪物の死体を引き揚げた」という衝撃的なニュース映像を映し出していた。

「この巨大な怪物は、大きさ約30m、見ての通り首から先が千切れてなくなっていますが、太い胴体、長い尾、大きな4つのヒレを持ち、どう見ても絶滅したとされている恐竜としか思えません。この怪物の死体は、首から先がなくなっている以外にも所々に損傷が見られますが、全体としては特に腐敗などは起っておらず、非常に保存状態が良いということです。この世紀の発見は…」

 自分達の発見した奇妙な土偶のことを忘れ、TV画面を食い入るように見つめる発掘メンバーたち。
「マジかよ、マジで恐竜が生きていたってことか?」
「…プレシオサウルスも、モササウルスも、厳密に言うと恐竜ではないんだけどね」
 土偶を掘り出した青年が、脱力した感じで突っ込みを入れた。
 青年の手に握られた“ゴジラ土偶”のアップ。

 場面変わって、“恐竜死体”発見のニュースを報道するヘリコプターの内部。髪を風になびかせながら、女性レポーターが喋っている。
「今、私達は恐竜の死骸らしきものを引き揚げた漁船の上空を飛んでいます。甲板の上には、その死骸が置かれているようですが、大部分がビニールシートのようなもので覆われ、今こちらから様子をうかがうことは…」
 ここで、旋回中のヘリコプターから、甲板上のビニールシートから怪物の尻尾がはみ出しているのが見え始める。
「あっ、見えました、今、尻尾の部分が見えました! 確かに恐竜の尻尾のように見えます…」
 漁船の上空を旋回し続けるヘリコプター。
 タイトル画面に切り替わる。

      『 ゴ ジ ラ   ~ モンスターズ・レジェンド ~ 』

 …とまあ、こんな感じで、オカルトファンにはお馴染みの“恐竜土偶”と“ニューネッシー”ネタを同時に出す形で映画はスタートします。
 ここで、物語の主要キャラクターの簡単な説明をしておきます。キャスティングを想定しているキャラには、( )内にその名前を入れておきました。

桜庭(織田裕二 or オダギリ ジョー) … “ゴジラ土偶”を発見した青年。3度の飯より発掘が好き?
教授 … 日本の遺跡発掘チームの隊長。桜庭のよき理解者。
神取(中澤裕子) … TV局の女性チーフ。海外経験が豊富で、複数の言語を操る才女。
キサ(BoA) … 南国・ベルジラ共和国の少女。日本人移民との混血。日本への留学経験有り。姉のナギとは反対に、自由奔放に育てられた。
ナギ(栗山千明) … キサの姉。日本人移民との混血。長女であるため、巫女の宿命を受け入れている。

 翌日の新聞には、“恐竜の死骸”、“首なし恐竜”といった大見出しが踊っていた。そんな新聞を自宅で読みながら「だから、プレシオサウルスも、モササウルスも、恐竜じゃないんだけどね」と1人呟く桜庭。
 そこへ、姉が帰ってくる。桜庭の姉は言語文化学者であり、ベルジラ共和国の学術調査団に加わっていたのだ。
「おかえり、姉さん。どうだった、ベルジラ共和国は」
「それがねぇ、最初からウラル・アルタイル語族だった国が、日本からの移民を大量に受け入れた結果…」
「そうじゃなくて、頼んでおいた、いつものやつ。何かいいものあった?」
「はいはい、アンタが喜びそうなやつが土産物として売られていたから、買ってきてあげたわよ」

 姉が差し出した《ベルジラ土産》を見て、驚く桜庭。それは、桜庭が発掘した「2足歩行型の恐竜が、まるで人間のように上体を直立させた」姿をした土偶に酷似した焼き物人形(土偶状の人形)だったのだ。桜庭の発掘した土偶の話を聞いて、姉も驚く。
「…じゃあ、恐竜じゃないってこと?」
「うん、仮にティラノサウルスのような恐竜と人間が共存していた時代があったとしても、その時代の人間はこんな人形や土偶は作らないよ。さっきも言ったとおり、二足歩行する恐竜は、体をこんな風に垂直に立たり、尻尾を地面に引きずったりしないんだ。体は地面に対して水平、尻尾も水平。だから地面には触れない」
「じゃあ、一体何なのかしら」
「ベルジラでは、どうなの、この人形?」
「土産物屋では…確か、“荒ぶる神、ゴジラ”とか言ってたわ」
「荒ぶる神、ゴジラ…」
 そこへ、電話が。教授が、桜庭を研究室へと呼ぶ電話だった。

 研究室には、神取と名乗る某TV局の女性チーフが来ていた。一面に“恐竜の死骸”、“首なし恐竜”といった大見出しが踊る新聞の地方版をめくると、隅の方に“恐竜土偶発見?”という小さな見出しが。桜庭の発掘した土偶の件も、ごく小さなニュースとして新聞で報じられていたのだ。
「だから、恐竜じゃないんですけど」
 思わずぼやく桜庭であったが、姉の「ベルジラ土産のゴジラ土偶のようなもの」の話をすると、神取は大いに興味を示す。

「発掘現場で工事が一時的に再開されているから、その間発掘作業は中断しますが…」
「…キミ、パスポート持ってる?」
 その場でトントン拍子に話が進み、桜庭は神取のTV局チームと一緒にベルジラ共和国に行くことになる。
「でも、いいんですか? 日本では例の“首なし恐竜”のニュースで持ちきりなのに」
「ヨーイドンで同じ切り口で追っかけたら、私たちローカル局は勝てないわ。いかに差別化した報道をするかが、勝負なの」
 家に戻った桜庭は姉に、今度は自分がベルジラ行きとなった件を報告する。姉はベルジラの政情が不安定でテロリストの温床になっているらしいことを話し、強く警告するのだった。
 
 ベルジラ共和国にやって来た、桜庭と神取のTV局チーム。
 南国・ベルジラに冬はない。太陽の日差しはギラギラしているが、カラッとした熱風は素肌に心地よい。街を歩くと、インフレは進行しているようだが、桜庭の姉が警告したような危険な空気は感じられない。
 桜庭と神取のTV局チームは、「ベルジラ土産のゴジラ土偶」の出所を遡って、ベルジラ国内の、ある島に辿り付く。その島には「荒ぶる神・ゴジラ」の伝説が、今でも一種の土着宗教と化して存在していた。

 大使館から紹介された通訳の少女・キサは、実はその島の出身者であり、しかも「島の巫女」の血筋に生まれているのだと言う。
「道理でスイスイと案内してくれる訳だ…」
 桜庭の言葉には、それまで出身について語らなかったキサを責めるような響きがあった。
「ハイ、私も少し困りました。もし、私が島の出身者だと話したら、ベルジラ観光局の策略だと思われるかな、と思って」
 キサの屈託のない、それでいて知性を秘めた笑顔に桜庭は戸惑う。
「いや、ま、その…疑ったりしているわけじゃないんだけど」
「いいです。私もこんな形で里帰りすることになって、ビックリしてるけど、嬉しいです」
 日も暮れ、桜庭たち一行は村に宿泊することにするが、一部の若い村人の排他的な対応と必要以上の警戒心に、神取はマスコミ人として何かを嗅ぎ取るのだった。

 一方、日本では“首なし恐竜”騒ぎが続いていた。今度は、同じ巨大生物の死体が、日本の海岸に打ち上げられたのだ。漁船が引き揚げた死骸同様、首の付け根の辺りから上の部分が、千切れてなくなっている。
 また、「日本版ゴジラ土偶」が発掘された例の発掘現場周辺では、工事再開早々に新たな住居跡が発見され、教授たち発掘チームが召集されていた。

 桜庭たち一行は、次第にこの島の《ゴジラ伝説》の概要が掴めてきた。
 ゴジラは便宜上「荒ぶる神」と呼ばれているが、実は、ゴジラとは別に「本当の神」が存在する。“双頭の龍神”である。“双頭の龍神”は島の民にとっては「決して見てはならない」存在で、その姿形は誰も知らない(知ってはならない)。そういった“双頭の龍神”と島の民を間接的に結ぶ存在が、「偶像化された神=ゴジラ」なのだ。

 島の住民は、基本的には漁師であり、本来“双頭の龍神”の食料であるはずの魚を捕って食べている自分たちは、“双頭の龍神”に祟られているという思想が根底にある。“双頭の龍神”を神として祀らなければ、自分たちは祟りによって殺されてしまうので、「偶像化された神=ゴジラ」を通じて歌や踊りを捧げるという「仕組み」である。ゴジラが「荒ぶる神」とされているのと同時に、その土偶が一種の魔よけとして日常的に用いられているのは、このためだ。

 それでも“双頭の龍神”の怒りに触れてしまった場合、若い娘を生け贄として差し出す(生きたまま、いかだに乗せて海へ流す)という掟がある。その生贄になる者は代々伝わる巫女の血筋の家系の長女と決まっていた(キサはその直系の家系であるが、次女)。
 桜庭は、キサに《ゴジラ伝説》を信じているのかと尋ねる。
「まさか。島の人も、若い人は魔よけのゴジラ土偶さえ持っていません。宗教みたいに考えているのは年寄りだけで、島の大部分の人は、単なる伝統だと思っています」
「君は代々続く巫女直系の血筋なんだろ? 儀式ではなく、本当に巫女が生贄として流されたことが昔はあったのか?」
「“双頭の龍神”は、約1000年に一度現れると、伝説では語られています。でも本当に1000年前に“双頭の龍神”が現れて生贄が出されたかどうかなんて、今となっては誰にも分りません。ただ…」
 キサの表情が曇った。
「ただ、何なの?」
「1000年に一度の周期で、この海域の漁獲量が変化しているのは本当みたいです。ひいおじいさんの代から、ずっと漁獲量は減り続けていて、島は苦しんでいます。この島は、ベルジラの中でも最も貧しいところなんです」
「1000年に一度、不漁の周期…大変そうだな…」

 《ゴジラ伝説》の概要が掴めてきた、そんな頃。神取たちのTV局チームは、島にある怪しげな設備を発見。桜庭やキサにも内緒でこっそりと調査を始めていた。
 翌朝、島の海岸。何と、巨大な生物の死骸が打ち上げられている。それは日本で騒がれている“首なし恐竜”と全く同じと言っていいものだった。騒然となる島の民、それを統制するため動き出す巫女の家系の者たち。
 
 ベルジラの桜庭から“首なし恐竜”の件で電話を受けても、日本にいる教授の反応は意外なほど冷静だった。日本や周辺の海域でも、第3第4の“首なし恐竜”(死骸)が次々に発見され、単なる「死骸の発見」としては既に一つのヤマを過ぎていたのだ。
 逆に、教授から衝撃の事実が桜庭に伝えられる。
「新しい住居跡から、“首なし恐竜”の土偶が発掘された。これがな、作った後に首が折れたんじゃなくて、最初から首が千切れた状態で作られているんだ。桜庭君、君はどう考えるかね、これを」
 こうなると桜庭は、もういてもたってもいられない。神取を除くTV局チームを残して、桜庭と神取は、いったん日本へ戻ることにした。

 日本の発掘現場に戻った桜庭は、二つ目の「ゴジラ土偶」を掘り出す。この二つ目の「ゴジラ土偶」は、何とその右手に人間を握り、その口に人間を咥えていた。現場に立ち尽くす発掘メンバーの体を強風が煽り、すぐに大粒の雨が降り始める。その夜は、激しい嵐となった。
 翌朝、発掘現場付近一帯は停電していた。深夜、発掘現場からそう遠くない場所で、送電用鉄塔が数基連続して倒れるという事故があったらしい。携帯電話でそれを知った桜庭は、朝早く付近住民と一緒に野次馬気分で現場へ向かったが、途中に厳重な封鎖体勢がしかれていて、現場を見るどころか近付くことすら出来ない。

 ただならぬ雰囲気を感じた桜庭は、神取と連絡を取り、現場を撮影したビデオ映像を入手することに成功する。発掘メンバーと合流し、ビデオ映像の検証が始まった。
「これ、車両や人員の大半は防衛隊ですよ。何で防衛隊が…」
「鉄塔の倒れ方が、不自然と言うか、変ですよね。この鉄塔は北側に倒れているのに、この鉄塔は全く反対方向に倒れている」
「地面の様子も変ですよ。ここなんか、明らかに広い範囲で埋め戻してありますよ。一体、何を埋めたんだろう?」
「もしかしたら、例の“首なし恐竜”の生きているやつが上陸して、そいつが送電用鉄塔を登ろうとして感電死したんじゃないかな? 防衛隊は、夜中の間にその死体を埋めたんじゃないかしら?」
「恐竜が鉄塔に登って感電死したとしても、死体をわざわざ埋めますか? あんな大穴を幾つも掘るって大変なんですよ。防衛隊の大型車両を呼んで運んだ方が絶対早い」

 ここで突然、桜庭が立ち上がった。桜庭はメンバーを強引に引き連れ、発掘現場に急行する。
「ここと、ここと、ここと、ここ。俺の考えが正しければ、これらの場所から、住居跡が見つかるはずです。みんなで掘りましょう!」
 桜庭の勢いに圧倒され、半信半疑で発掘作業を始めるメンバーたち。すると、桜庭の示した場所から、まさしく住居跡が見つかった。
「どうして住居跡のある場所を、こんなに正確に予想できたんだ?」
「これは住居跡なんかじゃない。後から人の手が加えられているとは思うけど、基本的には足跡だよ、ア、シ、ア、ト」
「あ、足跡? 足跡って、何のだよ。まさか“首なし恐竜”のことを言ってるのか?アレが歩いたって、こんな足跡が付くわけ…」
「“首なし恐竜”じゃない、コイツだ、こいつの足跡」
 桜庭の手には、たった今掘り出したばかりの三つ目のゴジラ土偶が握られていた。

 土偶が作られた古代のこの場所を、ゴジラが歩き去り、住居跡大の巨大な足跡を残すイメージ映像。

「そして、送電用鉄塔が倒れた現場で、防衛隊が埋め戻していたのも、コイツの足跡だ」

 そのイメージのフラッシュバック映像。

「そんな、まさか…」
「早くこの付近から逃げた方がいい。海岸から遠い、出来るだけ内陸部へ行った方がいい…」
興奮が収まりかけた桜庭の眼に、再び熱いものが宿った。
「あの島も…キサたちが危ない!」

 その夜のTVニュースは、日本の漁船が撮影した「大小の背びれの列を海面に出して泳ぐ巨大な生物らしきもの」の映像を放映する。例の“首なし恐竜”の体には、そういった背びれのようなものは付いていないことから、全く別の生物である可能性が高いと、ニュースは伝えていた。
 また、別のチャンネルでは、別の漁船によって夜間に撮影された同様の映像が流されていた。月明かりの海面を、背びれの列が自ら怪しい光を放ちながら、波を掻き分けて進んで行く…。

 桜庭と神取は、再びベルジラ入りし、キサたちのいる島へと急ぐ。
 島では、“双頭の龍神”を祀る儀式の準備の真っ最中であった。島の海岸に“首なし恐竜”が打ち上げられたことを“双頭の龍神”の怒りと見なし、それを鎮めるための儀式(祀り)を行うというのだ。

 桜庭は、島の長老たちに日本の映像を見せて、儀式の準備を止めて島から避難する準備を始めるように説得するが、「“双頭の龍神”を祀る儀式を行わなければ島は滅びる」と言って聞き入れようとしない。キサに説得を頼んでも、「明日にでもゴジラが上陸するという明確な根拠がない以上、少なくとも儀式を終えるまでは避難の準備は無理」と言う。
「儀式の準備の期間中は、“双頭の龍神”を見張るため、海岸に“寝ずの番”が立つから、万が一のことがあっても、逃げることは出来ると思うわ」
 桜庭も、キサにそう言われると引き下がるしかなかった。

 その夜、神取は、ずっと島で調査を進めていたTV局チームから調査報告を受ける。
「この島は、国際的なテロリストのアジトとして機能している可能性が極めて高い。しかも、そのテロリストの中には数人の日本人が混じっている」
 長く続いている不漁による貧困が、テロリストを受け入れる環境を生んでしまったのだ。そして、そのテロリストを支援している組織が、どうやら日本と深く関係しているらしい。
「この映像に映っている4人は、まず間違いなく日本人です。ベルジラの日系人にしては、腑に落ちない点が多すぎます」
「データはもう本社に送信してあるのね? いずれにせよ、慎重に様子を見るしかないわね…」

 翌日も、島では“双頭の龍神”を祀る儀式の準備が進められる。キサも、祀りの当日は姉と一緒に舞いと歌を奉納する予定で、準備に忙しそうだ。
 桜庭はそんな状況下で危機感を募らせつつも、神取たちのTV局チームと共に島中央の山にキャンプを張る。念のため少しでも海岸から離れ、少しでも遠くの海を見渡せる山の上がいいと考えたのだ。 彼らは偶然、そこで日本の古墳に似た遺跡を発見する。

 古墳の中に入ると、そこには大量のゴジラ土偶(土産物屋で売られているような最近作られたものではなく、日本の土偶同様、古代に作られたもの)、ゴジラを描いた壁画があった。更に奥へと進むと、そこには半ば化石化したような巨大な卵の殻、巨大な生物の骨と思われるものが大量に見つかった。一体、これらは何なのか。
 神取のTV局チームのメンバーが口を開いた。
「そう言えば、この島の海岸に打ち上げられた“首なし恐竜”の死骸は、例の巫女の家系の人達によって埋められたと聞いていたけど、もしかすると…」

 更に、古墳の上やその外縁には、着色されたガラスのような材質で出来た小さな墓のような物が、一定間隔で並べられていることも発見された。桜庭は、ガラスのような材質の墓自体は最近になって作られたものだが、その土台の石の部分はかなり古いものであることを見抜く。
「これは、明らかに古墳の一部だ…」

 結局、ベルジラ共和国でも日本でも特に何も起こることなく、“双頭の龍神”を祀る儀式の日となった。巫女の衣装に身を包み、出番を待つキサに、桜庭が話しかける。
「この島の海岸に打ち上げられた、首の千切れた巨大生物…実はアレが、“双頭の龍神”なんじゃないのか?」
「いいえ、違います。あの生き物の名前は、呼んではならない名前なので、今まで教えませんでした。でも、今の私は巫女ですから、一度だけあの生き物の名前を言います。あの生き物は、“ディプロス”」
 キサは、それだけ言うと神段の前へ進み出て、裸足で舞い歌い始めた。すぐに、見る者・聴く者が引き込まれずにはいられない、神秘的な空間が紡ぎ出されていく。

 しかし島の反対側では、そんな儀式とはまるで関係のない一隻の船が、秘密裏に出航していた。
 そして、神取たちTV局チームの元には、本社からの調査結果が届く。あの4人のうち2人は日本防衛隊・海上部隊に所属する防衛隊隊員。他の2人は、民間の船舶会社の社員だった。
「日本の防衛艦の隊員と民間の船員が…何故、ベルジラのテロリストグループに?」
 調査を進める神取たちは、テロリストグループが小型核爆弾を使った同時多発テロを計画していることを突き止めるのだが…。
 
 深夜、ある海域を航行中の船が、所属国籍に関係なく、次々と交信を絶って行方不明になるという事件が発生していた。使用済み核燃料を積んで日本から某国へ向かって出航した日本の核燃料船も、その海域にいた。そして、ベルジラ共和国にアジトを持つテロリストたちを乗せた船も。

 日本の核燃料船は、周到な準備と訓練を行っていたテロリストたちによって、いとも簡単に乗っ取られてしまう。しかし、そのテロリストたちも、光る背びれを持つ巨大生物の大群に襲撃されることなど、予想だにしていなかった。テロリスト・グループは、その時、最悪の選択をした。彼らはパニックに陥り、船に持ち込んでいた小型核爆弾を誤って起爆させてしまったのだ。
 海上一面は暫くの間、禍々しいまでに眩しい明るさに包まれた。その核の炎がもたらす濃密な放射線の嵐の中で、背びれを持つ巨大生物たちは、次々に息絶えていった。
 海から立ち上るキノコ雲が、夜の闇に吸い込まれ始めたとき、巨大な屍の群の中央で、突然何かが光を放った。焼け爛れた背びれの列が、強烈な青白い光を放ちながら、身もだえしているのだ。
 核の炎に焼かれながらも死ぬことを許されなかった何かが、そこに在った。

 翌日の朝早く、桜庭と神取たちのTV局チームは、日本に“ディプロス”2頭と、それを追うゴジラが上陸したことをニュースで知る。
 ディプロスは、胴体とほぼ同じ長さの首を持つ首長竜のような巨大生物だった。
 ゴジラは、ディプロスよりも遥かに大きく、人間に似た姿勢で二足歩行する巨大生物だった。
 しかし、その全身の皮膚は焼け爛れて複雑怪奇な文様(パターン)状になっており、大きな背びれは表面の角質層が焼け落ちて鋭利な骨質部分が剥き出しになっている。それは生ける屍か、意志を持ったガン細胞の集合体を思わせる姿だった。

 ゴジラは海岸線に沿ってディプロスを追うが、2頭は海岸と海を出入りするなど地形を利用して逃げ回る。ゴジラは、自分より遥かに小さい2頭の動きに惑わされ、取り逃がしてしまう。
そんなゴジラに対して、スクランブル出動した陸・海・空の防衛隊が攻撃を始めた。しかし、「核の炎に焼かれながらも死ぬことを許されなかった」ゴジラは、超高温の呼気を爆発的に放射する能力を持った、恐るべき怪物と化していた…。
 
 翌日、日本に大きな被害を与えて海へ消えたゴジラが、今度はベルジラ共和国に向かっていることが明らかになる。
 桜庭と神取たち一行は日本に帰ろうとするが、島に残っていたテロリスト・グループによって全員捕えられてしまう。自分たちの「日本の核燃料船乗っ取り計画」が失敗したことを知ったテロリスト・グループは、桜庭たちを日本政府の手の者だと思い込んでしまったのだ。
 その騒動の際、テロリストの銃の誤射により、キサの姉・ナギが命を落とす(誤射したテロリストも、島の民によって命を絶たれる)。

 島の長は、島の若者から成るテロリスト・グループを島から追放すると同時に、警察には通報しないことを約束する。そして、テロリストが捕えた日本人のうち、桜庭だけが巫女の一族に引き渡された。死んだ姉の代わりに「生贄の巫女」となったキサと共に、“双頭の龍神”に捧げるためである。

 ゴジラが島に刻々と接近し、住民の大部分は島を脱出するが、巫女の一族は島に残って生贄の儀式を進める。そして遂に、キサと桜庭を生きたまま縛り付けた「生贄のいかだ」が、随行役の小船によって沖へと曳かれて行く。
「生け贄なんかで、ゴジラの動きをどうにか出来るわけないだろう! お前達のやっていることは宗教でも何でもない、ただの狂気だ!」
 そんな桜庭の叫びが聞き入られるわけもなく、いかだが海流に乗ったことを確認すると、随行船は島へと戻って行くのだった。
 一方、テロリストは、神取たちのTV局チームを人質として取引に使おう企む。しかし、神取の機転によって、一行は辛くも脱出に成功する。

 キサと桜庭を縛り付けた「生贄のいかだ」は、海流の流れの関係か、本当にゴジラと遭遇するコースを進んで行く。遥か海上を進むゴジラの姿が、桜庭の眼でも確認できるようになってきた。

 同じ時間、島の上空をヘリコプターが通過しようとしていた。ベルジラ共和国警察のヘリだ。神取も乗っている。桜庭の携帯電話が発信する電波を探知して来たのだ。
 島の上空を通過しようとしたその時、ヘリコプターが見下ろす島の中央山に、炎の点で描かれた巨大な地上絵が現れた。

「ゴジラ…ゴジラの地上絵だわ!」
 古墳の上に配置された小さなガラスの墓に炎がともされたことにより、空から見てようやく分る大きさの、巨大なゴジラの地上絵が現れたのだ。続いて、その古墳上のゴジラ地上絵を取り囲むように、更に大きな別の地上絵が現れた。ゴジラよりも更に一回り大きな胴体と、その2倍の長さの首を持つ、巨大なデュプロスの地上絵だ。

 同時刻、海上を進むゴジラの前に、巨大デュプロスが出現した。一瞬の逡巡も見せず、巨大デュプロスに襲いかかるゴジラ。巨大デュプロスは、その巨体でゴジラを囲み込むようにして迎え撃つ。海上で、2頭の巨大生物の、通常の生物の域を越える壮絶な格闘が始まった。

 キサと桜庭のいかだは、徐々にゴジラと巨大デュプロスに近付いていく。
 しかし、危ういところで神取を乗せたベルジラ共和国警察のヘリコプターが間に合い、二人を救出する。その際、キサと桜庭は、巨大デュプロスの長い首がゴジラの首に巻き付き、互いに噛みつき合っている様子を目撃する。
「双頭の龍神…」
 ゴジラと巨大デュプロスは、絡み合ったまま海中へと沈んでいくのだった…。

 島に着陸するヘリ。ヘリから降りてきたキサと桜庭に、島の長が近寄る。
「“双頭の龍神”を見たのか」
「はい…」
「そうか…これで島は救われた」
 伝説では、生贄として海に流された巫女が、“双頭の龍神”を目撃し、生きて島に戻ってくることが出来たのなら、島もまた救われると伝えられていたのだ。
 桜庭は、今は何故か、その伝説を信じられる気がしていた。

 結局、伝説の通り、ゴジラも巨大デュプロスもそれ以来姿を見せなくなり、島も救われた。

 夕焼けに染まる南国の海辺。寄り添って立つ、桜庭とキサ。
「あと1000年経ったら、また“双頭の龍神”が現れるのかしら…」
「1000年周期で海の生態系に変動が起こっているのが本当なら、“双頭の龍神”が、その1000年という長いサイクルで陸上に出現するということも、考えられるんじゃないかな」
「もしそうだとして、伝説がずっと語り継がれたら、1000年後の人々も生贄を出そうとするのかしら。科学も今よりずっと進んでいるはずでしょう?」
「その進歩した科学で、人類は自らを滅ぼすかも知れない。1000年後、ゴジラの同類が再び陸上に現れるとしたら、彼は一体どんな世界を見ることになるんだろう?…」

 二頭の怪獣を飲み込んだ大海原は、寄り添う二人を前にして、ただ波の音を聞かせるのだった。


                       《 終 》

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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。