FC2ブログ

2007-04

日本人のソウルミュージックとは

日本人のソウルミュージックとは

 先月、映画『ドリームガールズ』を観たら、
「日本の歌謡曲は、所詮アメリカ製歌謡曲の劣化コピーでなかいのか」
と思えて愕然となった。(その記事は→こちら
 その時に思い出したのは、中学生の頃、私は当時の日本の歌謡曲(今で言うJ-POP)に対して、ある強い不満を抱いていたということだ。

「なぜ、サビの部分になると、歌詞がいきなり英語になるのか?」

 日本人の大衆向けの楽曲であるのに、なぜ最も重要な部分の歌詞が英語になっているのか?
 日本人として心が昂ぶってきたときに、どうして英語で歌わなければならないのか?

 サビの部分以外であっても、歌詞の中に英語が脈絡無く散りばめられているのが、当時の(そして今でも)私には気に入らなかった。曲名が英語になっている場合も同様である。
「曲名が英語になっている歌を歌う歌手は、名前も英語にすれば?」
とか思ったりしたものだ。(今日は、そういう歌手も増えたような…)

 日本人が、日本の歌謡曲における英語の出現頻度ほどに英語を日常的に喋っており、感情を爆発させるときは日本語ではなく英語で喋る民族であるというならば、日本製歌謡曲のサビが英語になっていても良いだろう。
 しかし、現実はそうではない。現実の日本人は、中高合わせて6年間は英語を学んでいるにも関わらず、いざとなると日常英会話さえろくに喋れない、英語を苦手(教育方法に問題があるとかいう話は横に置いておく)とする国民性を持っているのだ。

 日本人が日常的に英語を使う場合は、「テレビ」とか「画面をスクロールする」といったように、単語のレベルに留まった形態にほぼ限定される。適切な日本語を当てはめたり新規に作ることを怠った結果、外来単語がそのまま日本語に組み込まれているのだ。日本人が英語を一つの文として(本来の英語として)喋るということは、日常会話では滅多にない。
 そんな日本人が歌う日本人向けの歌に、英語が頻繁に登場するのは不自然ではないか。

 日本人の心の歌として云々と言う以前に、単にカッコ悪い、間抜けだという思いもある。
 稀に、外国人が歌う英語の歌の中に突然日本語が登場している(ように聞こえる)ことがある。
 学生時代に耳にした英語の歌で、歌の終わりの部分の歌詞が
「ワクセ~イ~ノ~(惑星の)」
と聞こえる歌があった。本当に「惑星の」と日本語で歌っていたのか分からないが、結果としてとても間抜けに聞こえたことだけは確かだ。
 日本人が日本語の歌を歌っていているときに、サビの部分で突然英語で歌い出すのを英語圏の人間が聞いたら、同様に間抜けに聞こえる可能性が高いと思う。

 『Mr. Roboto』のように、一つの作品としてのコンセプトがちゃんと存在していて、サビ?の部分に
「ドモアリガット Mr. Roboto」
と日本語を入れているのなら、納得もいくし効果的だ(PVも面白かった)。しかし、当時の日本の歌謡曲における英語の使い方はそうではなかったし、今日のJ-POPでもその本質的傾向は変わっていないと思う。

 日本人の心に響くのは、やはり日本人の心の言語である日本語の筈だ。
 あるいは、外来語であっても、日本文化に溶け込んでいる言葉である筈だ。
 辞書を引かないと正確な意味が理解できないような外国語を、サビの歌詞に使う理由が分からない。
 「ソウルミュージックとは、心に響く歌(音楽)のこと」
であるならば、日本人の真のソウルミュージックは、(その時点の)日本語で練り上げられたものである筈だ。

 そういった“狭義”の「日本人のソウルミュージック」として、最初に思い浮かぶのは、やはり演歌である。
 次回は、そこから話を続けるとして、今回は一旦稿を終える。
スポンサーサイト



«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

震電

震電

 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。