WBC世界バンタム級タイトルマッチ 長谷川穂積 VS ヘナロ・ガルシア
第3回ワールド・プレミアム・ボクシング in 日本武道館
WBC世界バンタム級タイトルマッチ
長谷川穂積 VS ヘナロ・ガルシア
2006年の会場で観た試合:4回目
観戦日:2006年11月13日(月)
前回の長谷川 VS ウィラポン戦において、ウィラポンが一度だけ試合の主導権を支配したときがあった。8ラウンド、ウィラポンが執拗にボディ攻めを行ったときがそれだ。長谷川は脚を使って捌こうとしたが捌ききれず、6回まで掴んでいた試合の流れを一時的に手放してしまった。
ガルシア陣営の見出した「長谷川対策」は、これだったのだろう。
そしてガルシアは、この「長谷川対策」を愚直なまでに実行した。
サウスポー・スタイルのボクサーは、ボディの急所である肝臓を相手に近い側に向けている。オーソドックス・スタイルのボクサーは左拳を前にして構えるため、サウスポーを相手にした場合、相手の肝臓は自分の左拳から近い位置にある攻撃目標ということになる。ここに有効打を叩き込めれば、場合によっては一発で大きなダメージを与えることが可能だ。
実際、ロレンソ・パーラはサウスポーに構えたブライム・アスロウムにそういったボディブローをクリーンヒットさせ、その一発でアスロウムに後退を余儀なくさせている。
しかし、このボディブローはフックまたはアッパーで「ボディの側面手前の一点」を狙い打つことになるため、難易度が高い。相手がステップバックすれば空振りに、相手が距離を詰めてきたら肝臓ではなく背中を打つことになってしまうのだ。背中を打つのは反則であり、その意味でこのボディブローは「面」ではなく「点」に対する打撃ということになる。
オーソドックス同士でレバーブローを狙い打つ場合は、相手がステップバックしても鳩尾など腹部の別の部位に当たる可能性があるし、相手が距離を詰めてきても多くの場合は単なるミスブローになる(軌道が低い場合は、タイミングによってはローブローになる)。オーソドックスがサウスポーにレバーブローを命中させることは、単なる経験の少なさだけでなく、こういった構造的な困難さを伴う。
このためか、ガルシアが選んだボディブローは、自分の右拳で相手の腹部中央を狙うというものが主だった。オーソドックスがサウスポーのボディを狙う場合、右フック(または有効なポジショニングからの右ストレート)なら、点ではなく面に対する打撃となる。それがレバーブローとなる確率は極めて低いが、空振りや反則打になる確率もまた低い。即ち、ボディのどこかに当たる可能性が高くなるということだ。
ガルシアは、初回からこのパンチを使っていった。
しかも、ボディを狙うときだけではなく、顔面を狙うときでも頭から突っ込んで行くという荒々しさ。長谷川は否応無しに、常にバッティングを意識させられることになった。
最悪のケースは、ガードを下げてボディブローをブロックした瞬間に顔面にバッティングを喰らい、そこからの連続動作でボディからの返しのフックを顔面に打ち込まれるというパターンである。もしもこれでダウンしたら、レフェリーの立ち位置によってはバッティングを確認することが出来ず、フック(ボディ)→フック(顔面)の、パンチのみの効果でダウンしたと見做されることも有り得る。
また、いわゆるスライマン・ルールが適用される場合、偶然のバッティングによって選手が出血した場合、出血しなかった方から無条件に1ポイントが減点される。ぶつけられた方が出血せず、ぶつかっていった方が出血した場合でも、ぶつけられた方が減点されてしまうのだ。
長谷川は比較的出血しやすい選手なので、「ぶつけられて減点」という可能性は低いが、バッティングによるカットをパンチによるカットと誤審される危険性もある。
これらを考えると、バッティング覚悟で頭から突っ込んでくるガルシアの戦法は、長谷川にとって非常に厄介なものと言える。そして実際に、長谷川は苦戦を強いられた。
この試合を見ていて思い出したのは、ホルヘ・リナレス VS サオヒン・シリタイコンドーの一戦である。サオヒンは低い姿勢で突っ込んではリナレスのボディへストレートを伸ばし、リナレスはそれをフットワークで捌き続けた。終始脚を使い続けたため、リナレスが相手に打ち込んだクリーンヒットの数は少なかった。しかし、相手から打ち込まれたクリーンヒットはもっと少なく、10ラウンド戦い終えてもリナレスの顔は綺麗なままだった。
長谷川は、ガルシアの突進に対し、半分はフットワークで捌き、半分は正面から受け止めている。その結果、相手に打ち込んでいるクリーンヒットの数は、サオヒンと戦ったときのリナレスよりも遥かに多い。しかし、相手から貰っているクリーンヒット、そして貰っているバッティングの数も、遥かに多いのだ。
4ラウンドには、長谷川の左アッパーがクリーンヒットしてガルシアがダウンする。この際、ガルシアの体が大きく吹っ飛んだのは、アッパーのヒットと同時にガルシアが自分の脚を長谷川の脚に引っ掛けてバランスを崩していたからである。(ガルシアの自業自得で、長谷川に非はない)
4ラウンド終了時点では、2人のジャッジが長谷川にフルマークをつけており、数字の上では圧倒的な優勢になっていた。しかし、それが額面通りのものでないこともまた、事実であった。
ガルシアは、長谷川から相当の数の有効打を顔面とボディに喰らっているにもかかわらず、6ラウンドに入っても前進を緩める気配がない。この回、長谷川はラウンド開始直後からフットワークで捌こうとするが、捌ききれずにガルシアに捕まるといった展開が繰り返される。
有効打は両者互角だが、手数はガルシアの方がやや多い。また、この試合展開では主導権支配はガルシア側にあると見るべきだ。となると、ポイントはガルシアの方へと流れ込む。
7ラウンドは、長谷川がサイドステップを使わなくなったことからガルシアとの真正面からの打ち合いになる場面が多くなった。
そして、恐れていた長谷川のカットは、パンチによるものとの裁定が下る。
そのすぐ後に、ウィラポンをKOしたときと同じコンビネーション、「左ストレート(ヒットせず)→右フック(カウンターヒット)」が決まるが、当りがもう一つ浅い。ガルシアは特にふらつきを見せることもなく反撃してくるが、長谷川も手応えはあったのだろう、猛然とラッシュを始める。いいパンチが入るが、それでもガルシアは揺るがない。
このラウンドは、比較的軽めである有効打の数の累積を取るか、少数だが強烈な有効打を評価するかで、採点の割れるところとなった。
8ラウンドに入ると、ガルシアの「ボディを打っては頭を付け、クリンチの状態で自然にバッティング」というパターンが露骨になってくる。さすがの長谷川も苛立ちを隠せず、レフェリーにアピール。
そして、当然の流れと言うべきか、偶然のバッティングによって長谷川が右目の上を大きくカット。ガルシアにも僅かながら出血があったのか、両者に対して減点が行われる。
この嫌な流れを変えたのは、またしても長谷川の右カウンターだった。長谷川がダウンを奪ったことにより、このラウンドは10対8で決まりである。前の2ラウンド分の不利を、これで一気に相殺した。
ガルシアが頭から突っ込んでくる以上、フットワークで体ごと避けるのが得策である。
しかし、9ラウンド以降も、長谷川がロープに詰まってガルシアの乱打戦に巻き込まれる場面が目に付く。2度ダウンしているガルシアのしつこい前進に、ダウンのダメージはほとんど感じられない。
10ラウンドに長谷川がラッシュを仕掛けるも、両目上のカットの影響からか、パンチの精度がいまひとつで、ダウンを奪うには至らない。逆に長谷川が脚を止めると、ガルシアはへばりつくようにくっついて左右を連打する。
スタイリッシュなボクシンを身上とする長谷川が、ガルシアのネチネチしたしつこいボクシングに無理やり付き合わされているという印象である。
11ラウンドは、長谷川がガルシアの突進をかわしてサイドに回りこむことに成功しても、そこから長谷川のパンチが繰り出されることがない。ロープやコーナーに詰められると、長谷川は明らかに苦しそうな表情を浮かべる。
長谷川を応援する立場の者からすると、フラストレーションの溜まる展開が続く。
最終ラウンド、長谷川のパンチがカウンターでヒットしてもガルシアの前進が止まらない。ボディを打たれ続けた長谷川は足の踏ん張りが効かなくなって来ているのか、それともガルシアの精神力がここへ来て最高潮に達しているのか?
それならと、長谷川はディフェンスに徹して時間を稼ぐ。
そして最後の十数秒は、両者共に左右の連打を打ちまくるという怒涛の展開。クリーンヒットは互に少なかったが、最後の最後にあれだけの無酸素運動を成し遂げる辺り、超人技を見る思いがした。
判定の結果、大差の3−0で長谷川が王座を防衛。
しかし、長谷川には大きな課題の残る試合となった。今回、ガルシアがやり通した「長谷川対策」の対策を長谷川が体現しない限り、後半失速して逆転を許す危険性は常にあると言えるだろう。
もちろん、長谷川が漫然と次の防衛戦を迎えるとは思えない。苦手な戦法を克服し、より強くなった姿を披露してくれることを期待している。
WBC世界バンタム級タイトルマッチ
長谷川穂積 VS ヘナロ・ガルシア
2006年の会場で観た試合:4回目
観戦日:2006年11月13日(月)
前回の長谷川 VS ウィラポン戦において、ウィラポンが一度だけ試合の主導権を支配したときがあった。8ラウンド、ウィラポンが執拗にボディ攻めを行ったときがそれだ。長谷川は脚を使って捌こうとしたが捌ききれず、6回まで掴んでいた試合の流れを一時的に手放してしまった。
ガルシア陣営の見出した「長谷川対策」は、これだったのだろう。
そしてガルシアは、この「長谷川対策」を愚直なまでに実行した。
サウスポー・スタイルのボクサーは、ボディの急所である肝臓を相手に近い側に向けている。オーソドックス・スタイルのボクサーは左拳を前にして構えるため、サウスポーを相手にした場合、相手の肝臓は自分の左拳から近い位置にある攻撃目標ということになる。ここに有効打を叩き込めれば、場合によっては一発で大きなダメージを与えることが可能だ。
実際、ロレンソ・パーラはサウスポーに構えたブライム・アスロウムにそういったボディブローをクリーンヒットさせ、その一発でアスロウムに後退を余儀なくさせている。
しかし、このボディブローはフックまたはアッパーで「ボディの側面手前の一点」を狙い打つことになるため、難易度が高い。相手がステップバックすれば空振りに、相手が距離を詰めてきたら肝臓ではなく背中を打つことになってしまうのだ。背中を打つのは反則であり、その意味でこのボディブローは「面」ではなく「点」に対する打撃ということになる。
オーソドックス同士でレバーブローを狙い打つ場合は、相手がステップバックしても鳩尾など腹部の別の部位に当たる可能性があるし、相手が距離を詰めてきても多くの場合は単なるミスブローになる(軌道が低い場合は、タイミングによってはローブローになる)。オーソドックスがサウスポーにレバーブローを命中させることは、単なる経験の少なさだけでなく、こういった構造的な困難さを伴う。
このためか、ガルシアが選んだボディブローは、自分の右拳で相手の腹部中央を狙うというものが主だった。オーソドックスがサウスポーのボディを狙う場合、右フック(または有効なポジショニングからの右ストレート)なら、点ではなく面に対する打撃となる。それがレバーブローとなる確率は極めて低いが、空振りや反則打になる確率もまた低い。即ち、ボディのどこかに当たる可能性が高くなるということだ。
ガルシアは、初回からこのパンチを使っていった。
しかも、ボディを狙うときだけではなく、顔面を狙うときでも頭から突っ込んで行くという荒々しさ。長谷川は否応無しに、常にバッティングを意識させられることになった。
最悪のケースは、ガードを下げてボディブローをブロックした瞬間に顔面にバッティングを喰らい、そこからの連続動作でボディからの返しのフックを顔面に打ち込まれるというパターンである。もしもこれでダウンしたら、レフェリーの立ち位置によってはバッティングを確認することが出来ず、フック(ボディ)→フック(顔面)の、パンチのみの効果でダウンしたと見做されることも有り得る。
また、いわゆるスライマン・ルールが適用される場合、偶然のバッティングによって選手が出血した場合、出血しなかった方から無条件に1ポイントが減点される。ぶつけられた方が出血せず、ぶつかっていった方が出血した場合でも、ぶつけられた方が減点されてしまうのだ。
長谷川は比較的出血しやすい選手なので、「ぶつけられて減点」という可能性は低いが、バッティングによるカットをパンチによるカットと誤審される危険性もある。
これらを考えると、バッティング覚悟で頭から突っ込んでくるガルシアの戦法は、長谷川にとって非常に厄介なものと言える。そして実際に、長谷川は苦戦を強いられた。
この試合を見ていて思い出したのは、ホルヘ・リナレス VS サオヒン・シリタイコンドーの一戦である。サオヒンは低い姿勢で突っ込んではリナレスのボディへストレートを伸ばし、リナレスはそれをフットワークで捌き続けた。終始脚を使い続けたため、リナレスが相手に打ち込んだクリーンヒットの数は少なかった。しかし、相手から打ち込まれたクリーンヒットはもっと少なく、10ラウンド戦い終えてもリナレスの顔は綺麗なままだった。
長谷川は、ガルシアの突進に対し、半分はフットワークで捌き、半分は正面から受け止めている。その結果、相手に打ち込んでいるクリーンヒットの数は、サオヒンと戦ったときのリナレスよりも遥かに多い。しかし、相手から貰っているクリーンヒット、そして貰っているバッティングの数も、遥かに多いのだ。
4ラウンドには、長谷川の左アッパーがクリーンヒットしてガルシアがダウンする。この際、ガルシアの体が大きく吹っ飛んだのは、アッパーのヒットと同時にガルシアが自分の脚を長谷川の脚に引っ掛けてバランスを崩していたからである。(ガルシアの自業自得で、長谷川に非はない)
4ラウンド終了時点では、2人のジャッジが長谷川にフルマークをつけており、数字の上では圧倒的な優勢になっていた。しかし、それが額面通りのものでないこともまた、事実であった。
ガルシアは、長谷川から相当の数の有効打を顔面とボディに喰らっているにもかかわらず、6ラウンドに入っても前進を緩める気配がない。この回、長谷川はラウンド開始直後からフットワークで捌こうとするが、捌ききれずにガルシアに捕まるといった展開が繰り返される。
有効打は両者互角だが、手数はガルシアの方がやや多い。また、この試合展開では主導権支配はガルシア側にあると見るべきだ。となると、ポイントはガルシアの方へと流れ込む。
7ラウンドは、長谷川がサイドステップを使わなくなったことからガルシアとの真正面からの打ち合いになる場面が多くなった。
そして、恐れていた長谷川のカットは、パンチによるものとの裁定が下る。
そのすぐ後に、ウィラポンをKOしたときと同じコンビネーション、「左ストレート(ヒットせず)→右フック(カウンターヒット)」が決まるが、当りがもう一つ浅い。ガルシアは特にふらつきを見せることもなく反撃してくるが、長谷川も手応えはあったのだろう、猛然とラッシュを始める。いいパンチが入るが、それでもガルシアは揺るがない。
このラウンドは、比較的軽めである有効打の数の累積を取るか、少数だが強烈な有効打を評価するかで、採点の割れるところとなった。
8ラウンドに入ると、ガルシアの「ボディを打っては頭を付け、クリンチの状態で自然にバッティング」というパターンが露骨になってくる。さすがの長谷川も苛立ちを隠せず、レフェリーにアピール。
そして、当然の流れと言うべきか、偶然のバッティングによって長谷川が右目の上を大きくカット。ガルシアにも僅かながら出血があったのか、両者に対して減点が行われる。
この嫌な流れを変えたのは、またしても長谷川の右カウンターだった。長谷川がダウンを奪ったことにより、このラウンドは10対8で決まりである。前の2ラウンド分の不利を、これで一気に相殺した。
ガルシアが頭から突っ込んでくる以上、フットワークで体ごと避けるのが得策である。
しかし、9ラウンド以降も、長谷川がロープに詰まってガルシアの乱打戦に巻き込まれる場面が目に付く。2度ダウンしているガルシアのしつこい前進に、ダウンのダメージはほとんど感じられない。
10ラウンドに長谷川がラッシュを仕掛けるも、両目上のカットの影響からか、パンチの精度がいまひとつで、ダウンを奪うには至らない。逆に長谷川が脚を止めると、ガルシアはへばりつくようにくっついて左右を連打する。
スタイリッシュなボクシンを身上とする長谷川が、ガルシアのネチネチしたしつこいボクシングに無理やり付き合わされているという印象である。
11ラウンドは、長谷川がガルシアの突進をかわしてサイドに回りこむことに成功しても、そこから長谷川のパンチが繰り出されることがない。ロープやコーナーに詰められると、長谷川は明らかに苦しそうな表情を浮かべる。
長谷川を応援する立場の者からすると、フラストレーションの溜まる展開が続く。
最終ラウンド、長谷川のパンチがカウンターでヒットしてもガルシアの前進が止まらない。ボディを打たれ続けた長谷川は足の踏ん張りが効かなくなって来ているのか、それともガルシアの精神力がここへ来て最高潮に達しているのか?
それならと、長谷川はディフェンスに徹して時間を稼ぐ。
そして最後の十数秒は、両者共に左右の連打を打ちまくるという怒涛の展開。クリーンヒットは互に少なかったが、最後の最後にあれだけの無酸素運動を成し遂げる辺り、超人技を見る思いがした。
判定の結果、大差の3−0で長谷川が王座を防衛。
しかし、長谷川には大きな課題の残る試合となった。今回、ガルシアがやり通した「長谷川対策」の対策を長谷川が体現しない限り、後半失速して逆転を許す危険性は常にあると言えるだろう。
もちろん、長谷川が漫然と次の防衛戦を迎えるとは思えない。苦手な戦法を克服し、より強くなった姿を披露してくれることを期待している。
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ イーグル京和 VS ロレンソ・トレホ
第3回ワールド・プレミアム・ボクシング in 日本武道館
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ
イーグル京和 VS ロレンソ・トレホ
2006年の会場で観た試合:4回目
観戦日:2006年11月13日(月)
精密な機械ほど壊れやすい。
イーグル京和という精密機械は、対マヨール戦の勝利と引き換えに、壊れてしまったのではないか。
そう思える程、この試合のイーグルは不調だった。
確かに今回の挑戦者、ロレンソ・トレホは強者だった。42戦28勝14敗という戦績は、数字だけ見ると7位というランキングの割にはむしろ悪い内容に映る。
しかし、その対戦相手を知れば、その負け数にも納得がいく。97年には1勝の後に3連敗を経験しているが、その相手は何とホルヘ・アルセ、ホセ・アントニオ・アギーレ、フェルナンド・モンティエルである。その次に1勝を挟んで、マシプレレ・マケプラに敗戦。これらの4敗のうち、モンティエル戦以外は全て判定負けである。何とも濃密な敗戦履歴ではないか。
それでも、本来のイーグルであれば、対マヨール戦のときのイーグルであれば、こんな苦戦はしなかったに違いない。対マヨール戦を後楽園ホールで観戦した私の眼には、この日のイーグル京和はまるで別人に見えた。
もっとも、私がイーグルが明らかにおかしいことに気付いたのは、2ラウンドが終わろうとしているときである。イーグルが棒立ちになっている場面が目に付きだしたのだ。もともとアップライトに構える選手ではあるが、余りにも「突っ立ている」感が強い。膝のバネが効いていない感じだ。
3ラウンドに入ると、開始直後からイーグルのフットワークの悪さが気になるようになった。その時私は、トリニダードが復帰第1戦目でマヨルガと対戦した試合の第1ラウンドを思い出していた。あのときのトリニダードほどではないが、今リング上にいるイーグルも膝の動きが硬く、脚の運びがギクシャクしている。まるで、脚関節の潤滑油が切れて、ギシギシと音を立てて動いている感じだ。
上から打ち下ろす右を当ててダウンを奪った後にラッシュをかけるものの、「一体ダウンしたのはどちらのボクサーだ?」と思えるほど、イーグルの動きが悪い。いつものスピードがないだけではなく、リズムに乗れておらず、パンチにも鋭さがない。
4ラウンドに入ってもイーグルの動きは相変わらずで、私はもう彼が足首か膝か股関節か腰を痛めていると断定して試合を見ていた。
私の後の席の客が、解説者気取りで「イーグルはディフェンスが良いから、安心して見ていられるねぇ」などと素人丸出しのことを言っているが、私の方はとてもそんな気分にはなれない。
すると、リングの上でイーグルが右肩を軽く回すような仕草をした。
肩か! 右肩を痛めているのか?! 以前痛めた肩は、右か左のどちらだっけ?
私がそう思った次の瞬間、イーグルが右を強振した。
右肩ではないのか? 確かに、肩を痛めてフットワークがギクシャクするというのも不自然だ。すると、背中か? 背中を痛めると、ギックリ腰同様の状態になることがあることを、私は自分の経験から知っている。
イーグルは度々棒立ちの状態になるため、どうしてもボディのガードが空く。そこを狙ってトレホが有効打を何発も入れ、イーグルの意識がボディにいったところで今度は顔面に連打を決める。
挑戦者が、試合の流れを掴みかけている。
6ラウンドにイーグルがこの回2度目のダウンを喫したときは、
「イーグルは眼を壊しているのではないか?」
と思った。1度目のフックは打ち合いの中で貰ったパンチだったが、2度目のダウンの際には、見えているはずのパンチを無反応で喰ったように見えたからだ。
過去、眼を壊していながら防衛戦を行ったチャンピオンが日本にいた。鬼塚や川島がそうだ。イーグルも、前回のマヨール戦で眼を壊し、それを隠してこの試合に臨んでいるのではないか?
7、8ラウンドは、倒すことを意識し過ぎてボディを打たなくなった挑戦者に、チャンピオンが助けられた形になった。展開は一進一退で、採点は割れると思われた。
こういうとき、オープン・スコアリング・システムは有効だ。
中間発表されたスコアは、「75−74でチャンピオンを支持」が二人、「74−75で挑戦者を支持」が一人のスプリット。私は「74−75または73−76で挑戦者を支持」だったので、ちょっと意外だった。しかし、逆に言えば、このスコアならまだイーグルにも望みがある。
9ラウンド目の展開は、オープン・スコアリング・システムが微妙に影響を与えていたように思う。イーグルが少し落ち着きを取り戻して上体を振るようになり、逆にトレホは少し慌てて攻め急いでいるように感じた。その結果、トレホのパンチに空振りが目立った。
10ラウンドは、もうドロドロの乱打戦・消耗戦の様相を呈した。11ラウンドもその流れが続いたが、攻め疲れで失速したトレホにイーグルが連打を浴びせ、大きな山場を作った。私も
「詰めろ! ここで倒せ!」
と思わず絶叫。
最終ラウンドも、オープン・スコアリング・システムの影響を受けていたと思う。
イーグルが、この試合で初めて脚を使って戦おうとする。ポイントで勝っていると判断して、このラウンドを流そうとしているのだ。トレホは逆に、この回を10対9で取っても勝ちはないと思っているのだろう。守勢など微塵も見せず、前に出て手を出し続ける。
イーグルが、いつぞやのフェリックス・シュトルムのように、徹底して脚を使って逃げ回らず、終盤は打ち合いに乗じたのは、彼の性格によるものなのか、その方がむしろ安全だと判断したからなのか。
スコアは「113−112」が二人、「114−113」一人と、3人のジャッジが皆1ポイント差でチャンピオンを支持するという“薄氷のユナニマス・ディシジョン”。
このスコアは、おそらくイーグル陣営の計算通りだったのではないか。
ちなみに、私の採点では逆に1ポイント差で挑戦者の勝利(「112−113」)となっていたが、僅差のラウンドを1つ逆につけていたらチャンピオンの勝利(「113−112」)に変わる。ジャッジの下した判断は、適切な範囲内にあると思う。
イーグルは、試合前に右の拳を痛めていたとのことだが、それだけではあのフットワークの悪さや棒立ちの姿勢だったことに納得することは出来ない。最悪の状態でも勝ったことは評価したいが、今後のイーグル京和に大きな不安を残す試合となったことも確かである。
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ
イーグル京和 VS ロレンソ・トレホ
2006年の会場で観た試合:4回目
観戦日:2006年11月13日(月)
精密な機械ほど壊れやすい。
イーグル京和という精密機械は、対マヨール戦の勝利と引き換えに、壊れてしまったのではないか。
そう思える程、この試合のイーグルは不調だった。
確かに今回の挑戦者、ロレンソ・トレホは強者だった。42戦28勝14敗という戦績は、数字だけ見ると7位というランキングの割にはむしろ悪い内容に映る。
しかし、その対戦相手を知れば、その負け数にも納得がいく。97年には1勝の後に3連敗を経験しているが、その相手は何とホルヘ・アルセ、ホセ・アントニオ・アギーレ、フェルナンド・モンティエルである。その次に1勝を挟んで、マシプレレ・マケプラに敗戦。これらの4敗のうち、モンティエル戦以外は全て判定負けである。何とも濃密な敗戦履歴ではないか。
それでも、本来のイーグルであれば、対マヨール戦のときのイーグルであれば、こんな苦戦はしなかったに違いない。対マヨール戦を後楽園ホールで観戦した私の眼には、この日のイーグル京和はまるで別人に見えた。
もっとも、私がイーグルが明らかにおかしいことに気付いたのは、2ラウンドが終わろうとしているときである。イーグルが棒立ちになっている場面が目に付きだしたのだ。もともとアップライトに構える選手ではあるが、余りにも「突っ立ている」感が強い。膝のバネが効いていない感じだ。
3ラウンドに入ると、開始直後からイーグルのフットワークの悪さが気になるようになった。その時私は、トリニダードが復帰第1戦目でマヨルガと対戦した試合の第1ラウンドを思い出していた。あのときのトリニダードほどではないが、今リング上にいるイーグルも膝の動きが硬く、脚の運びがギクシャクしている。まるで、脚関節の潤滑油が切れて、ギシギシと音を立てて動いている感じだ。
上から打ち下ろす右を当ててダウンを奪った後にラッシュをかけるものの、「一体ダウンしたのはどちらのボクサーだ?」と思えるほど、イーグルの動きが悪い。いつものスピードがないだけではなく、リズムに乗れておらず、パンチにも鋭さがない。
4ラウンドに入ってもイーグルの動きは相変わらずで、私はもう彼が足首か膝か股関節か腰を痛めていると断定して試合を見ていた。
私の後の席の客が、解説者気取りで「イーグルはディフェンスが良いから、安心して見ていられるねぇ」などと素人丸出しのことを言っているが、私の方はとてもそんな気分にはなれない。
すると、リングの上でイーグルが右肩を軽く回すような仕草をした。
肩か! 右肩を痛めているのか?! 以前痛めた肩は、右か左のどちらだっけ?
私がそう思った次の瞬間、イーグルが右を強振した。
右肩ではないのか? 確かに、肩を痛めてフットワークがギクシャクするというのも不自然だ。すると、背中か? 背中を痛めると、ギックリ腰同様の状態になることがあることを、私は自分の経験から知っている。
イーグルは度々棒立ちの状態になるため、どうしてもボディのガードが空く。そこを狙ってトレホが有効打を何発も入れ、イーグルの意識がボディにいったところで今度は顔面に連打を決める。
挑戦者が、試合の流れを掴みかけている。
6ラウンドにイーグルがこの回2度目のダウンを喫したときは、
「イーグルは眼を壊しているのではないか?」
と思った。1度目のフックは打ち合いの中で貰ったパンチだったが、2度目のダウンの際には、見えているはずのパンチを無反応で喰ったように見えたからだ。
過去、眼を壊していながら防衛戦を行ったチャンピオンが日本にいた。鬼塚や川島がそうだ。イーグルも、前回のマヨール戦で眼を壊し、それを隠してこの試合に臨んでいるのではないか?
7、8ラウンドは、倒すことを意識し過ぎてボディを打たなくなった挑戦者に、チャンピオンが助けられた形になった。展開は一進一退で、採点は割れると思われた。
こういうとき、オープン・スコアリング・システムは有効だ。
中間発表されたスコアは、「75−74でチャンピオンを支持」が二人、「74−75で挑戦者を支持」が一人のスプリット。私は「74−75または73−76で挑戦者を支持」だったので、ちょっと意外だった。しかし、逆に言えば、このスコアならまだイーグルにも望みがある。
9ラウンド目の展開は、オープン・スコアリング・システムが微妙に影響を与えていたように思う。イーグルが少し落ち着きを取り戻して上体を振るようになり、逆にトレホは少し慌てて攻め急いでいるように感じた。その結果、トレホのパンチに空振りが目立った。
10ラウンドは、もうドロドロの乱打戦・消耗戦の様相を呈した。11ラウンドもその流れが続いたが、攻め疲れで失速したトレホにイーグルが連打を浴びせ、大きな山場を作った。私も
「詰めろ! ここで倒せ!」
と思わず絶叫。
最終ラウンドも、オープン・スコアリング・システムの影響を受けていたと思う。
イーグルが、この試合で初めて脚を使って戦おうとする。ポイントで勝っていると判断して、このラウンドを流そうとしているのだ。トレホは逆に、この回を10対9で取っても勝ちはないと思っているのだろう。守勢など微塵も見せず、前に出て手を出し続ける。
イーグルが、いつぞやのフェリックス・シュトルムのように、徹底して脚を使って逃げ回らず、終盤は打ち合いに乗じたのは、彼の性格によるものなのか、その方がむしろ安全だと判断したからなのか。
スコアは「113−112」が二人、「114−113」一人と、3人のジャッジが皆1ポイント差でチャンピオンを支持するという“薄氷のユナニマス・ディシジョン”。
このスコアは、おそらくイーグル陣営の計算通りだったのではないか。
ちなみに、私の採点では逆に1ポイント差で挑戦者の勝利(「112−113」)となっていたが、僅差のラウンドを1つ逆につけていたらチャンピオンの勝利(「113−112」)に変わる。ジャッジの下した判断は、適切な範囲内にあると思う。
イーグルは、試合前に右の拳を痛めていたとのことだが、それだけではあのフットワークの悪さや棒立ちの姿勢だったことに納得することは出来ない。最悪の状態でも勝ったことは評価したいが、今後のイーグル京和に大きな不安を残す試合となったことも確かである。
粟生隆寛 VS ガブリエル・ペレス
日本武道館ダブルタイトルマッチのアンダーカード
粟生隆寛 VS ガブリエル・ペレス
2006年の会場で観た試合:4回目
観戦日:2006年11月13日(月)
58kg契約ウェイトの6回戦、しかも来年3月に日本王座挑戦が決まっているとなれば、この試合はタイトル前哨戦ならぬタイトル挑戦前の調整試合である。ペレスの体を見ても、明らかに粟生よりも一回り小さい。かませ犬と言うよりは、ちょっと癖のある調整相手と言ったところだろう。
この試合、粟生は右はほとんどジャブのみしか出さなかった。それもチョンチョンと距離とタイミングを計るだけのジャブである。傍目には、左腕一本だけで戦っているように感じられた。
それでも1ラウンドに、その左のカウンターであっさりとダウンを奪う。その後相手に粘られたものの、6ラウンドに相手のいきなりの右に自分の右フックを被せ、そこへコンパクトな左フックを返すと、これが綺麗に顎を打ち抜いた。視線を宙に泳がせて前のめりに倒れそうになるペレスをレフェリーが抱き止め、試合は終了した。
調整試合としては、まぁこんなところだろう。
客席で観ている私もそう思ったし、試合後のリング上でインタビューを受けている粟生もそんな感情を漂わせていた。
相手に警戒されている左を最後にキッチリ決めるところは、史上初高校6冠は伊達ではないと思わせた。相手のバッティングで目の上を腫らしても、試合中はレフェリーにアピールしなかった点も評価できる。
試合後のインタビューでは、「(日本王座挑戦は)あっさり勝たしてもらう」と断言していたが、さすがに今日のような試合内容にはならないだろう。
地上波で放送された煽り映像では、右でもダウンを奪っていた。日本王座挑戦では、粟生の右の使い方に注目したい。
また、今回の試合ではほとんど出さなかったボディブローを、実際にどこまで武器に出来ているかにも興味がある。『エキサイトマッチ』に出演した際、バレラとのスパーリングに関して「(バレラのボディーブローで)何度倒されたことか」と語っており、ボディブローの重要性も身を以って知っている筈だ。左のカウンターをボディに突き刺してのKO勝ちというパターンも見てみたい。
この日、粟生がカウンター使いというテクニシャンでありながら、骨格が太いという点に気が付いた。左のカウンターの威力は、タイミングと切れが良いのはもちろんとして、この骨格の太さに支えられている点もあるように思えた。日本人ボクサーにしては珍しいタイプである。
粟生隆寛 VS ガブリエル・ペレス
2006年の会場で観た試合:4回目
観戦日:2006年11月13日(月)
58kg契約ウェイトの6回戦、しかも来年3月に日本王座挑戦が決まっているとなれば、この試合はタイトル前哨戦ならぬタイトル挑戦前の調整試合である。ペレスの体を見ても、明らかに粟生よりも一回り小さい。かませ犬と言うよりは、ちょっと癖のある調整相手と言ったところだろう。
この試合、粟生は右はほとんどジャブのみしか出さなかった。それもチョンチョンと距離とタイミングを計るだけのジャブである。傍目には、左腕一本だけで戦っているように感じられた。
それでも1ラウンドに、その左のカウンターであっさりとダウンを奪う。その後相手に粘られたものの、6ラウンドに相手のいきなりの右に自分の右フックを被せ、そこへコンパクトな左フックを返すと、これが綺麗に顎を打ち抜いた。視線を宙に泳がせて前のめりに倒れそうになるペレスをレフェリーが抱き止め、試合は終了した。
調整試合としては、まぁこんなところだろう。
客席で観ている私もそう思ったし、試合後のリング上でインタビューを受けている粟生もそんな感情を漂わせていた。
相手に警戒されている左を最後にキッチリ決めるところは、史上初高校6冠は伊達ではないと思わせた。相手のバッティングで目の上を腫らしても、試合中はレフェリーにアピールしなかった点も評価できる。
試合後のインタビューでは、「(日本王座挑戦は)あっさり勝たしてもらう」と断言していたが、さすがに今日のような試合内容にはならないだろう。
地上波で放送された煽り映像では、右でもダウンを奪っていた。日本王座挑戦では、粟生の右の使い方に注目したい。
また、今回の試合ではほとんど出さなかったボディブローを、実際にどこまで武器に出来ているかにも興味がある。『エキサイトマッチ』に出演した際、バレラとのスパーリングに関して「(バレラのボディーブローで)何度倒されたことか」と語っており、ボディブローの重要性も身を以って知っている筈だ。左のカウンターをボディに突き刺してのKO勝ちというパターンも見てみたい。
この日、粟生がカウンター使いというテクニシャンでありながら、骨格が太いという点に気が付いた。左のカウンターの威力は、タイミングと切れが良いのはもちろんとして、この骨格の太さに支えられている点もあるように思えた。日本人ボクサーにしては珍しいタイプである。

