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2006-01

『仮面ライダー響鬼』 最終之巻

『仮面ライダー響鬼』 最終之巻

【 観る前に思ったこと 】

 30話から登場した「3人目の主人公」である、桐矢京介。
 イケメン・悪役・主人公のライバル…という絵に描いたようなテコ入れキャラであり、演じる中村さんの未熟さもあって登場当初は強い拒否反応が出たことを憶えている。もっとも、ずっと既存のキャラクターに馴染んできた視聴者が、悪役の新キャラにいきなり感情移入することは難しい。拒否反応が出て当然である。そもそもヒールは、お客さんを怒らせてナンボなのだ。

 もちろん、桐矢京介はただ視聴者を怒らせるだけのキャラではない。
29話までの、「大した進歩を見せない明日夢と、大した進展を見せない師弟関係」といった、ぬるま湯に浸かったような師弟話をリセットさせ、新しい師弟話をスタートさせた。桐矢京介は「始めてくれた君」だったのだ。
30話から47話までの『響鬼』は、「桐矢京介が鬼になろうとする話」であるとも言える。
29話までの『響鬼』は、何だったのだろう? あえて言うなら、「安達明日夢が鬼になろうとしない話」である。
『響鬼』という止まりそうな物語を回し続けた京介は、「3人目の主人公」と呼ぶに相応しいキャラクターだ。

その京介が前回、明日夢に向かって、こう叫んだ。
「裏切りやがって!」
 誰かに裏切られる為には、その人を信じていなければならない。京介は、明日夢を信じていたのだ。
 明日夢も、京介を信じていたのではないだろうか? 裏切り者呼ばわりされたことで、明日夢もまた、京介に裏切られた思いがしたのではないか?
 互いに胸倉を掴んで睨み合っていた二人だが、時間をおいた後に彼らのその胸中に残っていた思いは、怒りや憎しみではなく、悲しみだったのではないだろうか。

45話で、明日夢が京介につっかかっていって、取っ組み合いのケンカになった。私は当初これを「明日夢の進歩」と感じたが、それだけではないと今は思える。明日夢は、鍛えたことで自信がついたとか度胸がついたとか、そういうことだけで京介にケンカを仕掛けたのではない。明日夢は、京介を仲間だと思っているから、殴れたのだ。
きっと今でも、明日夢は赤の他人を殴れない。ヒビキの弟子同士、同門の仲間だからこそ、明日夢は京介を殴ることが出来たのだ。

京介と明日夢は、一貫してライバルあるいは凸凹コンビとして描かれており、二人の間の友情に関しては、ほとんど描かれてこなかった。しかし、45話でケンカの後に語り合ったような類の話を、修行の日々に繰り返していたことは想像に難くない。
一緒に修行を続けるうちに芽生えた「コイツなら俺の考えを分かってくれるんじゃないか」という漠然とした信頼関係と仲間意識。友情と呼ぶほどに一つに融合した感情ではなかったかも知れないが、二人ともある程度お互いを認め合っていたことは間違いない。
「裏切られた」という想いの裏側には、そういったものが積み重なっていた筈なのだ。

 前回で、塵と化して消えてしまった超童子と超姫。
彼らは当初、自我を持たない「子供」として登場した。彼らがずっと「子供」のままでいたのなら、少なくともあのような最期を迎えることはなかった。
 人間なら、子供であっても自我はある。生まれた頃の超童子と超姫は子供ですらなく、過去の童子と姫と同じ「道具」でしかなかった。
 超童子と超姫は、自我を持ったことで「道具」ではなく「人」になってしまったのだ。明日夢と同じように、自らの在り方に悩む「人」に。
 明日夢と彼らはどちらも「人」であったが、両者には「残り時間」の差があった。同じ「人」であっても、明日夢はまだ「少年」であり、超童子と超姫は既に「大人」だったのだ。
 若い明日夢には、時間がある。悩んでいられる時間の余裕がある。既に「大人」になってしまっていた超童子と超姫に、残されていた時間は僅かだった。

 我々「大人」にも、残されている時間は長くはない。塵と化す前に、答えを見つけたいものである。

 次回は最終回。京介は鬼になっている? 明日夢とのダブル変身は見られるのか?
 モッチー、囚われの身? 新型の姫にされてしまうのか?
 最終回で新型CG魔化魍を出せるような予算があるのなら、関東11鬼を一人でも多く並べて見せてくれ!

【最終之巻の感想 】

 「僕の中で何かが変わってきた」とは、「僕という人間が変わった」ということである。これは、どういう状態を指すのか。
 「口先だけの奴」という言い方はしても、「行動だけの奴」という言い方はしない。「発言」が変わっただけで、「行動」が変わらなければ、本当にその人間が変わったとは感じられないだろう。

 ここで思い出されるのはザンキのことである。
 ザンキは、ヒーロー側のキャラクターにしては珍しく、言動に矛盾がある人物だった。それがマイナスではなく、むしろリアリティを生むというプラス方向に働いていた。それは、我々の日常でも、言ってることとやってることが違うことはしばしば見られるからである。朝令暮改という言葉があるように、人間は世の中の情勢の変化によって、過去から見た場合には矛盾した言動を余儀なくされることもある。
 重要な点は、「言動」に矛盾があっても良いが、「行動」に矛盾があってはならないということだ。
 「発言」が、必ずしもその人の本心を伝えるものでないことを、私たちは経験的に知っている。しかし、「行動」は、その人の本心(隠されていた部分を含む)を顕すものである。

 ザンキの言動に矛盾があったにも関わらず、彼がずっとカッコイイ漢であり続けたのは、何故か。それは、ザンキの「言」と「動」の間に矛盾はあったが、「行動」そのものには矛盾がなかったからだ。これは、彼の取った行動が客観的に最善なものであったかどうかは、全く別の話である。
 人が感情移入するのは、強い動機に支えられた主観的な行動だ。ドラマというものは、結局のところ「過程に感情移入し、結果に納得できる」かどうかである。「動機と、それがもたらした結果のバランス」と言い換えても良い。

 暴走とも言えるザンキの行動と、奇跡といか言いようがないトドロキの復活、そしてザンキの消滅。
 これも暴走と言える超童子と姫の自我への目覚め、当然の帰結でしかない自滅、そして傀儡師夫婦が実は傀儡の一種だったというオチ。
 弦師弟のエピソードは、「過程に強く感情移入したため、強引な結果にも納得できる」ものだった。傀儡師絡みのエピソードは、「過程に軽くしか感情移入していなかったため、オチという結果にも軽く納得できた」というものだった。

 太鼓師弟のエピソードは、どうだろうか。
 鬼になろうという強い動機を持ち続け、正しい努力もそうでない努力も含めて一貫して行動してきたのは、明日夢ではなく京介である。30話から最終話という短い期間で、彼が鬼の4点セットのうち3つ(DAの使役、明確な鬼へ変身、顔だけ変身解除)まで成し遂げるという「結果」を得たのは、彼が常に「行動」するキャラクターだったからだ。
 京介の取った行動が、客観的に最善なものであったかどうかは別の話である。この辺は、ザンキのキャラクターと共通している。ドラマにおいて重要なのは、飽くまでも「動機と、それがもたらした結果のバランス」なのだ。

 鬼になろうという強い動機を最後まで持ち得なかった明日夢は、最終的に自らの意思で鬼にならないことを決めた。最終話でヒビキがそれを認めたのは、再確認に過ぎない。所謂、絵的な締めだ。
 重要なのは、京介が明日夢の「鬼にならない」選択を認めたことである。
 明日夢が子供を救おうとして窮地に陥り、ヒビキに助けを求めようとして、結果的には京介が助けに来た。
 あの時の京介は、ヒビキの分身に他ならない。
 あるいは、一度は目指した鬼の弟子という自分、明日夢自身の分身である。

 ヒビキの分身に認められ、自分自身の分身に認められ、明日夢は遂に自分の選択に確信を持つことが出来た。
 明日夢は「鬼になることから逃げた」のではなく、「医師になる道を選んだ」のだ。鬼の修行を積んでいた一時期こそ、「生き方を決められない状況から、鬼の弟子という場所に逃げ込んでいた」ということに気付いたのだ。
 人間が変わるとは「行動」が変わることであり、その変化が良い方向のものである場合、それは「成長」と見なされる。最終話で、医師を志している若者としての一貫した行動を見せ続けた明日夢からは、確かに成長の一端が感じられた。

 明日夢が鬼にならないことを決めたことで、ヒビキと明日夢の師弟物語は再スタートした。
 『響鬼』という作品は、29話で1回目のリセット、直後の30話で2回目のリセットが行われ、最終話で3回目のリセットが行われたわけだ。
 猛士と魔化魍の戦いが遥か昔から続いてきたものである以上、その決着が描かれなかったことはむしろ当然である。「一区切り付いた」という印象を与える終わらせ方は、良かったと思う。

【小学一年生の心で学び直したこと】

 自分が若者だった頃の志を、オッサンになっても失わないようにしよう。

【 次回予告を観て思ったこと 】

 次回作『カブト』は、『響鬼』同様、女性キャラが充実しているみたいでオジサン的には来週からもウハウハできそうだ。しかし、主人公キャラ的には、先行している『リュウケンドー』と被っているような感じ。まぁ、両方とも観ますけど。
 『カブト』が『ストロンガー』のオマージュっぽいということは、平成ライダーシリーズもこれで一旦終わりということなのか?

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 『響鬼』に関して以下の記事を書きましたので、こちらも読んでいただけたら幸いです。

New! 1/22 up【予定】 平成ライダーシリーズ考 ~『クウガ』から『響鬼』まで~>
New! 1/19 up 『仮面ライダー響鬼』の最終的な総括 …「異色作」を越えて「失敗作」に成ることが出来た僥倖な作品だったのかも
1/11 up 響鬼玩具の特売が既に始まっていた!
1/7 up 理想の『響鬼』のプロット(と言うより、メモ書き)
12/29 up 『響鬼』および仮面ライダーシリーズの終盤の視聴率に関して
12/22 up 29話までの『響鬼』と30話からの『響鬼』を採点比較する!
12/15 up ザンキは如何にして みどりを口説き落としたか?
12/14 up 「ザンキ&修行初期の戸田山」について想像する
12/14 up ザンキについて(ついでにサバキも)考える
12/11 up 『響鬼』とその周辺を1年間観続けた印象 ~特撮文化における「恥」と「理性」~
12/2 up 「完全新生」仕切り直し!『響鬼2』は、このスタイルで放映せよ!!
11/27 up 『響鬼』は何故“マッタリした『牙狼』”になれなかったのか?
11/27 up 『仮面ライダー響鬼』は失敗作である(駄作ではない)
11/18 up 『アマゾン』と『響鬼』
10/30 up 鬼の顔だけ変身解除リアル版 その2
10/30 up あきらも明日夢も京介も変身だぁ!
10/25 up あきらが鬼に変身する過程の想像図
10/23 up 朱鬼の「女の鬼」としてのデザインに不満あり!
10/19 up 最終回までに桐矢京介にやって欲しい10のこと
10/11 up 空想検討「『響鬼』の理想の最終章をファンドで映画化しよう!」
10/4 up 『響鬼』の製作体制変更に関してのまとめ
9/27 up 桐矢京介のモデルはブロガー(アンチ新体制派)だ!
9/17 up もしも『響鬼』が有料番組になったら、金を払ってでも見るか?
9/11 up こんな『響鬼』だったら玩具が売れた!??
9/8 up 『響鬼』の人気低迷を考察する
9/9 up 『響鬼』の商業的失敗の原因を解明する!
9/9 up 『響鬼』の製作体制変更に関する疑問
9/3 up 『仮面ライダー響鬼と七人の戦鬼』
8/20 up ザンキ・スペシャル “元”鬼の裏技「隠し鬼爪」
8/15 up 鬼の「顔だけ変身解除」リアル版
7/26 up ザンキさんレギュラー化計画
7/25 up 『ああザンキさん』
7/22 up 変身裸族
7/9 up 我が家のキアカシシ
7/5 up ディスクアニマルの使われ方について考える
6/19 up “鬼”ごっこ(『仮面ライダー響鬼』ごっこ)で遊ぼう!
6/12 up 『仮面ライダー響鬼』キャラクターお気に入りベスト3
6/4 up 劇場版『仮面ライダー響鬼』を、ネタばれ無しで考える
5/23 up 我が家のルリオオカミ
5/22 up 『響鬼』パロディ企画 筒の使い手“仮面ライダー奏鬼”を独占スクープ!
5/15 up 『仮面ライダー響鬼』その他ライダーの変身ポーズを裸で比較検証する
5/2 up 安達明日夢(ア・ア)は鬼になる!
4/18 up 『仮面ライダー響鬼』3人目の鬼を、ネタばれ無しで考える その2
4/13 up 新しいディスクアニマルを、ネタばれ無しで考える
4/10 up 『仮面ライダー響鬼』3人目の鬼を、ネタばれ無しで考える
4/3 up 『仮面ライダー響鬼』ハリウッド映画化計画! を考える
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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。