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2005-07

『宇宙戦争』

『宇宙戦争』
  2005年の映画館で観た映画:13本目
  映画を観た日:2005年7月1日(金)


 この日は、映画1000円の日。平日の初回であるにも関わらず、日劇のチケット売り場には長蛇の列が。その中に私もいた。いつもは聞き流している「前売り券をお持ちのお客様は、直接劇場の方へ…」というアナウンスが、ちょっと耳障りに感じてしまう。ええ、私は前売り券との差額300円を浮かすために並んでいますとも! 周りの皆さんもそうなんでしょ! そうでなきゃ、金曜の朝9時台から来るもんですか!

 さて、肝心の映画だが、本当にシンプルな作りで、オチは原作と全く同じ。良く言えば、100年前でも通用する普遍的なストーリー。裏返して言えば、現代の大衆娯楽作としてストーリーの面白さを比べると、あのバカ映画『インデペンデンス・デイ』の方が上である。
 ただし、この『宇宙戦争』は「侵略SFもの」と言うよりは、古典的な「災害パニックもの」に属する映画である。私は過去『ボルケーノ』や『ツイスター』、最近では『デイ・アフター・トゥモロー』を観ているが、この系統の洋画は非常に良く出来ている。一種の伝統芸みたいなものすら感じる。

 『宇宙戦争』は「災害パニックもの」に属すると書いたが、『ボルケーノ』や『ツイスター』が「溶岩」や「竜巻」といった「特定のキャラクター以前の物体や現象」を描いているのとは異なり、『宇宙戦争』では「トライポッド」という固有名称を与えられた「特定のキャラクター」が登場する。トライポッドは、この映画にとって、もう一人の主人公とも言えるキャラクターである。映画『ゴジラ』におけるゴジラのようなものだ。
 このトライポッドは異星人の兵器であるので相当現実離れしたデザインなのであるが、地下から初めて出現するシーンが実に丁寧に描かれているため、その非現実感が逆に効果を挙げている。日常に「日常に有らざるモノ」、「未知なるモノ」が徐々にその姿を現していき、その圧倒的な存在感でジワジワと日常を侵食していく過程がキッチリ描かれているのだ。観客は、映画の中の人物と同じ目線になって、日常が非日常に乗っ取られる瞬間を目の当たりにする感覚を味わう。これぞ正しく映画の醍醐味である。

 余談だが、日本のゴジラ映画がダメなのは、この点である。
 いくら子供向け映画だとは言え、20億円もかけて(『ゴジラ FINAL WARS』は、信じられないが本当に20億円もの製作費がかかっているらしい)、あんなチャチな映像しか撮れないのだから、悲しさを通り越して哂うしかない。
 違いは、「何をどう撮ったら観客に如何に伝わるかといった映像設計」が出来るか出来ないかという点にある。予算の大小は、重要ではあるが根本的問題ではない。『宇宙戦争』と『ゴジラ FINAL WARS』では、絵コンテの段階でクオリティに雲泥の差がついていることが明白である。観る側が「理屈抜きで凄い」映像と感じる映像は、造る側が理屈を尽くさねば生まれ得ないのだ。

 圧倒的な映像を観ているだけで満足してしまう『宇宙戦争』だったが、その一方で不満もあった。
 主人公の家族三人のうち、ダコタ・ファニングの演じるレイチェルだけが金髪なのだ。これが、あまり絵になっていない。『ハイド アンド シーク』に出演していた、黒っぽい髪のダコタ・ファニングと比較すると、明らかに見劣りする。
 母親が金髪という設定なので、二人の子供のうち片方が金髪であることが自然なのだろうが、それならば兄の方を金髪にするべきだった。途中から行動を別にするというキャラクターの「色合い」からも、そうした方が適切だったと思う。ダコタ・ファニング目当てで観に行った部分もあるので、この点はかなり残念だった。
 あと、これはこの映画に限ったことではないが、なぜ破片手榴弾を強力な爆弾のように描写するのだろうか。破片手榴弾は、爆発によって飛び散った容器の破片で人間を殺傷することを目的にしており、爆発そのもの威力で物体を破壊する武器ではない(破片手榴弾以外にも焼夷手榴弾などの種類もあるが、主人公が使っていたのは破片手榴弾のように見えた)。徴兵制度のあるアメリカなら、半ば常識だと思えるのだが…。あるいは、「ハリウッド映画のお約束」ということで認知されているのだろうか。
 また、あれ程の科学力と用意周到な計画性を持っている異星人が、猿みたいな行動を取るのは不自然だった。大昔にトライポッドを造ったり侵略計画を立てたときよりも、種族として退化してしまっているという設定なのかもしれないが、少なくとも映像からはそれが伝わってこない。

 それにしても、トライポッドという非現実的なキャラクターを用いながら、『パール・ハーバー』並みの迫力ある映像を演出してしまうのは凄かった。やはり、DVDは“買い”だろう。
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『リアリズムの宿』

『リアリズムの宿』
  2005年(4月17日~)のWOWOWで観た映画:4本目
  映画を観た日:2005年7月2日(土)


 つげ義春の原作ということで、録画しておいた映画(原作となった漫画『リアリズムの宿』は、読んでいない)。
 この映画は、“間”の映画だ。細かい笑いと意表をつくイベントで、時間と場面が繋がれていく。
時には“間”の悪さに苦笑し、時には“間”の悪さに観ているこちら側まで居心地が悪くなる。
 どうにも間が持たなくなってくる頃、予想していなかったような展開が起こったりする。それにも一応伏線のようなものがある。伏線というよりは、「現象の駄洒落」と表現した方が良いかもしれない。
 不思議な居心地の良さを感じる“間”もある。タイミングさえ合えば、つまらないことでも笑える日常の微妙さ加減が表現されていて興味深い。まるで料理の味を少しずつ調えるように、ネタを小出し小出しで入れていく雰囲気も、日本的で趣があった。
 たまには、こんな映画を観るのも面白い。

『仮面ライダー響鬼』 二十二之巻

『仮面ライダー響鬼』 二十二之巻

【 観る前に思ったこと 】

 苦しんでいるお師匠さん(おばあさん)を見つけたヒビキが、救急車を呼ばずに掛かりつけの医者を呼びに走ったことを疑問視するブログが散見されたが、私はヒビキの取った行動は正解だと思う。
 えのらんさんのブログ海さんのブログ に記述されていたように、ケースバイケースで考えるべきだ。あの場合、ヒビキは走って行ける距離に掛かりつけの医者がいることを知っていたのだから、その医者を呼ぶのがベストだろう。
 初診でゼロから調べる場合は、原因究明までにかなり時間がかかることもあるだろう。医者にも得意不得意があるから、その場で最善の治療法を見出せるとは限らない。その点、主治医なら、過去の治療実績から今何をすべきか短時間で答えを導き出すことができる。

 また、特殊な治療が必要な場合は、救急車で運ばれた先の病院では対応できないかも知れない。
 ちなみに私は、一度だけ救急車で運ばれた経験がある。その際に連絡ミスがあったのか、運び込まれた病院は手術室が空いていなかった。私は待合室の隅っこに運ばれ、待合室に置いてある普通の長椅子の上で手術を受けた。ほぼ縫うだけの簡単なものだったからそれでも良かった(とは言っても、頭を結構強打してたんだけどなぁ…)のだろうが、あのときもっと重傷だったら、どうなっていたんだろう?

 さて、苦しんでいるおばあさんを目の前にして、明日夢は何を思いついたのか?
 迷うことなく掛かりつけの医者を呼びに走ったヒビキの行動を見れば、このおばあさんは以前にも同じような状態になったことがあると想像できる。つまり、これは持病が発症した状態なのだ。
 持病ならば、薬は常備している筈だ。その薬はどこに置いてあるのか? 普通だったら薬箱の中だ。でも、毎日のように飲むものだったら、飲むための水とセットで置いておくだろう。私だったら、台所か洗面所といった水道の傍に置く(ちなみに薬ではないが、毎日飲むサプリメントは台所に常備してます)。お茶の先生なら、もっと優雅に薬用の水差しとセットにして、机の上に置くかも知れない。もちろん、常に携帯している可能性もある。
 明日夢は、おばあさんが薬を携帯していないと判断し、台所や洗面所などの薬が置いてありそうな場所を見に行ったのではないだろうか(明日夢は盲腸の手術の後、一定期間薬を飲み続けていたようだから、その経験から何かを思いついたのでは)。

 もう一つの選択肢として、おばあさんを良く知っているであろう「たちばな」のメンバーと連絡を取って指示を仰ぐという行動が考えられる。ただし、明日夢はケータイを持っているから、電話をかけるためにどこかへ行く必要はない。おばあさんの方から、緊急連絡先に電話をかけてもらう(喋るのは無理でも、番号を押すのは出来るかも)場合でも、同様である。

 魔化魍が合体(交尾ではナイ)。でも、ヤマアラシの身体が飛べるようなったようには見えない。だとすれば、むしろ弱くなったのでは? 合体解除=分離した方が良いのでは?
 えっ、「僕らの音撃が通じなくて」? そりゃ大変だ! ということは、鬼がバンドを組んで音撃演奏会? “音撃♪鬼バンド”結成か? こうなりゃキーボードも欲しいところだ!
 そして見事、魔化魍を撃破したら、轟鬼は例の演奏をするのだろうか。「イブキさんも一緒に!」とか言われて、「えぇ~?」なんて応えつつ威吹鬼も一緒になってラッパを吹きそうな予感。でも響鬼はどうする? その辺の岩にでも太鼓貼り付けてドンドコできるのか?
 ザンキは指揮者を担当? こうなったらDAも群れを成して踊れ踊れぇ! あきらもバストを揺らしながら踊ってくれたら、オヤジ的には嬉しいぞ!

 そう言えば、成長した魔化魍は、自力で繁殖する能力があるのかしら? あるいは、成長した魔化魍が「姫と童子」を生んで育て、「姫と童子」→「魔化魍」→「姫と童子」→「魔化魍」というサイクルで数を増やすとか?

【二十二之巻の感想 】

 明日夢は、布団を取りに行ったのでした。それも、ナイス判断だ。ちゃんと枕も持ってきたし。後でモッチーが指摘したように、お師匠さんの手を握ってあげたのも良かった。あれは絶対効く(精神的に)と思う。
 鬼になって戦うばかりが人助けではない。今回、明日夢とモッチーは立派に人助けをしました。

 今回は戦闘シーンが多かったせいか、全体が短く感じられた。普段はドラマの合間にバトルがあるという感じなのだが、今回は連続するバトルの合間にドラマが挟まっている感じ。
 バトルが多くてライダーの競演もあるのは嬉しいが、それによって矛盾点というか突っ込みどころも多くなってしまっている。

 ヤマアラシが以前「弦の使い手でないと」と言われていた理由が、今回ますます不明瞭になった。と言うより、硬い外殻を持つ魔化魍以外は、管の使い手が担当するべきだと思えてしまう。鬼が10人必要な地区では、そのうち7人は管の使い手で良いのではないか。残り3人は弦の使い手。鼓の使い手の必要性が見えてこない。鼓の使い手でないと倒せない魔化魍って、存在するのだろうか?
 考えられるのは「強固な甲羅で全身を覆っていて刃を突き刺せない魔化魍」だが、関節が存在する以上、烈雷を突き刺す隙は全身に散在する筈。
 響鬼が剣を使うようになり、轟鬼と武器の属性が被ってきたのも好ましくない。響鬼は飽くまでも「打撃する鬼」であり続けたほうが良かったと思う。アイテムがパワーアップするとしても、棍棒系(ヌンチャクとかも含む)などの打撃系に限定するべきなのではなかったか。“4人目”の鬼が、レンゲルみたいに棍棒系になるとかの理由があるのかもしれないが…。

 危惧した通り、合体魔化魍は空を飛べないので、単体の音撃が効かないこと意外、特に強くなったようには見えない。また、合体魔化魍が自分にとって不利な地形に留まり続け、響鬼に飛び乗られたり烈雷を突き刺されたりしても、じっとしたまま動かないのは不自然に映った。
 全ては3人同時の音撃を絵に収めるためなのだが、轟鬼の音撃はかなり絵的に苦しかった。音のほうも、共鳴させているというよりは不協和音発生という感じで、特に響鬼の太鼓は合っていなかった。

 そんなわけで、今日の見所は、登場人物の表情か?
 「たちばな」に戻った明日夢とモッチー。作務衣に着替えた明日夢が注文の品を届けに来た時点で、モッチーは「たちばな」を貸し切り状態。同時に「明日夢」も貸し切り状態(これってデートと同じじゃないのか?)。モッチーのつぶらな瞳からは“幸せビーム”が出まくり状態。そして、モッチーファンの私の両目からも“幸せビーム”。このシーンは、DVDに焼いておこっと。
 そして、超久振りの感がある“ヒビキ”の変身シーン。仲間の鬼がピンチに陥っているというのに、余裕の笑みを浮かべて変身。おっさんライダー、面目躍如! まさに、貫禄を見せ付けたカットだ。でもまぁ、これはDVDに焼かなくてもいいかな。

【小学一年生の心で学び直したこと】

 不安や苦しみを和らげてあげたいときは、愛情を込めて手を握ってあげると良い。

【 次回予告を観て思ったこと 】

 “謎のメーターマン”が遂に夏服に衣替え! 涼しげでイイ感じだ!
 モッチーのチア姿に、愛嬌の良さそうな姫。次回もオジサンはウハウハできそうだ!
 予告ではないが、ニンテンドーのCMで踊っていたイケメン二人組がチョット気になった。次のライダーは、彼らを推したいね! 演奏するライダーの次は、踊るライダーとか? マーチャンダイジング的にイケル感じだ。

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 『響鬼』に関して以下の記事を書きましたので、こちらも読んでいただけたら幸いです。

6/19 up “鬼”ごっこ(『仮面ライダー響鬼』ごっこ)で遊ぼう!
6/12 up 『仮面ライダー響鬼』キャラクターお気に入りベスト3
6/4 up 劇場版『仮面ライダー響鬼』を、ネタばれ無しで考える
5/23 up 我が家のルリオオカミ
5/22 up 『響鬼』パロディ企画 筒の使い手“仮面ライダー奏鬼”を独占スクープ!
5/15 up 『仮面ライダー響鬼』その他ライダーの変身ポーズを裸で比較検証する
5/2 up 安達明日夢(ア・ア)は鬼になる!
4/18 up 『仮面ライダー響鬼』3人目の鬼を、ネタばれ無しで考える その2
4/13 up 新しいディスクアニマルを、ネタばれ無しで考える
4/10 up 『仮面ライダー響鬼』3人目の鬼を、ネタばれ無しで考える
4/3 up 『仮面ライダー響鬼』ハリウッド映画化計画! を考える

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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。