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2005-06

“鬼”ごっこ(『仮面ライダー響鬼』ごっこ)で遊ぼう!

  『仮面ライダー響鬼』ネタで“ごっこ遊び”
  これが今、巷で流行の“鬼”ごっこ!?

 「鬼ごっこ」と言っても、追いかけっこする遊びではありません。
 『仮面ライダー響鬼』を題材にして“ごっこ遊び”をするという意味です。全国のチビッコファンがやっているヒビキごっこ(「シュッ」の真似)や、響鬼ごっこ(ドンドコ遊び)を、ちょっと発展させたお遊びです。
 この企画?を思いついたきっかけは、変身玩具の「音錠」を買ったことにあります。私がこの玩具の音錠を付けて、劇場版『仮面ライダー響鬼』を観に行ったら、未就学児のチビッコが「あのオジサン、もしかしたら本物の鬼かも」と思ってくれるかも? そんな風に、ふと思ってしまいました。
 同世代の大人の『響鬼』ファン同士で劇場に行き、お互いに音錠を付けて「おい、○○鬼」と呼び合ったり鬼流の挨拶を交わしたりしたら、未就学児のチビッコの目には、結構それらしく映るんじゃないだろうか?
 実際にそれを劇場でやるのは恥ずかしいし、第一、チビッコを騙そうとするなんて大人のライダーファンの風上にも置けません。そこで、今まで自分が考えた鬼を題材にして、ブログ上で一種のごっこ遊びをやってみました。


 その1 「決め仕草」で“鬼”ごっこ

 『仮面ライダー響鬼』のライダー(鬼)には、個人特有の変身ポーズと呼べるものがありません。師弟関係にある鬼は、変身時に同じポーズを取るのがごく自然だと考えられます。また、変身現象は変身アイテムから発せられる音に依存しているため、変身時のポーズ自体が没個性的になるのも道理です。
 その代わり、変身前のキャラクターは、各自がトレードマークとなる「決め仕草」を持っており、日常的な挨拶や、戦いに望む際の「出撃します」という気合入れとして使っています。
 この鬼流の「決め仕草」、例えばザンキのものはヴァルカン星人のサインそっくりだったりして、必ずしもオリジナルなものではありません。軽い気持ちで、自分流の「決め仕草」を作ってみるのも一興でしょう

 『仮面ライダー響鬼』3人目の鬼を、ネタばれ無しで考える で考えた“レイキ(麗鬼)”の「決め仕草」。“かおりん”こと飯田圭織さんに演じて欲しいと思っているキャラクターです。
 『怪傑ズバット』の主人公の「チッチッチ」ポーズと、実写版『セーラームーン』のセーラーマーキュリーの「逃げても無駄よ」のポーズを参考にしました。
 二本指を立てて
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 「チッチ」と振ります。
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 劇場版『仮面ライダー響鬼』を、ネタばれ無しで考える で考えた、“ミカヅキ(美数鬼)”の「決め仕草」。栗山千明さんに演じて欲しいと思っているキャラクターです。
 実写版『セーラームーン』でセーラーマーキュリーを演じた浜千咲(現:梨華)さんが公開された「変わりピース」を使わせてもらいました。
 薬指と小指でピースサインを作ります。これは、ミカヅキが変身した姿である美数鬼が、頭部の片側に二本角を生やしている(美数鬼の頭部は、左右非対称のデザイン)ことを意味しています。
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 「変わりピース」をクルッと回して、ビシッと出します。
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 ミカヅキ(美数鬼)の兄、“ツラヌキ(貫鬼)”の「決め仕草」。Gacktさんに演じて欲しいと思っているキャラクターです。
 ミカヅキとはまた違った「変わりピース」をトレードマークにしています。この「変わりピース」は、一応私が考えました。中指と薬指でピースサインを作ります。これは、ツラヌキが変身した姿である貫鬼が、額に二本並んだ角を生やしていることを意味しています。貫鬼の頭部は、1号ライダーを連想させるデザインという設定です。
 中指と薬指でピースサインを作る準備をして、腕を畳む。
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 パッと一瞬だけ「変わりピース」を出して、すぐ元に戻す。居合い抜きのイメージです。
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 『響鬼』パロディ企画 筒の使い手“仮面ライダー奏鬼”を独占スクープ! で、身を呈して作った“ソウキ(奏鬼)”の「決め仕草」。まぁ、私以外の誰も演じてくれないでしょう。
 「キツネ」を指で作ります。これは、ソウキが変身した姿である奏鬼が、トリケラトプスのような立派な三本角であるにも関わらず、パワーに劣る非力な鬼であることを表しています。そういった照れ隠しの意味もありますが、「力では劣るけれど、狐のように狡猾に闘う」という覚悟の意思表示でもあります。
 「キツネ」を指で作って、“溜め”の状態にします。
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 「コーン」と狐が鳴く真似をしながら、指で作ったキツネをジャンプさせます。
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 『仮面ライダー響鬼』3人目の鬼を、ネタばれ無しで考える で、現実案として考えた“シンキ(震鬼)”の「決め仕草」。日常的に和服を着ているという設定にしたので、甚平を着てみました。
 力士が土俵で懸賞金を受け取るときの仕草と同じです。シンキはこの仕草に「この世の全てのものに感謝」という意味を込めています。また、自分が弦の使い手で斬撃を行う鬼であることも重ね合わせています。
 手刀を作って、
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 左、右、中の順で手刀を上下させます。
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 その2 「変身ポーズ」で“鬼”ごっこ

 既に書いたように、『仮面ライダー響鬼』のライダー(鬼)の変身ポーズは没個性的です。
そこで、自分で独自に鬼の変身ポーズを作ったり、過去のヒーローの変身ポーズと関連付けてしまおうというお遊びです。

 シンキは雷属性という設定にしてあるので、属性の同じ仮面ライダーストロンガーの変身ポーズをやってみましょう。

 へん~
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 しん
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 すとろんがぁああ!のタイミングで変身鬼弦を掻き鳴らします。
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 もう一つ、雷属性のヒロイン、セーラージュピターの変身ポーズもやっときましょう。
 一見簡単なように見えますが(私も写真に撮る前はそう思ってた)、実際にやってみると、この変身ポーズは手が長くないと難しいです。ただ真似するだけなら簡単ですが、それなりに格好良く見せようとすると、何度も撮り直すことになります(ストロンガーは、ほぼ一発OKだった)。
 ジュピター役の安座間美優さんが、日本人離れした手脚の長いスタイルの持ち主なのだということを、間接的に実感できました。

 じゅぴた~
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 ぱわ~
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 ここで、ベベンと変身鬼弦を鳴らして、雷を呼ぶ
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 「雷と、斬撃の戦士、震鬼!」
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 「鬼に変わって、お仕置きでござる!」(シンキは、日常的に侍のような喋り方をするという設定)
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 その3 “童子と姫”ごっこ

 これは既に、ご家族でやっておられる方も多いかと思います。童子と姫のように、互いの声を入れ替えて喋るという、ごっこ遊びです。
 家庭用ビデオを使ってアテレコするのがベストですが、二人で鏡に向かって喋る/クチパクすることでも簡易的に実現できると思います。私も、近日中に試してみるつもりです。

 「皆さんも、やってみると楽しいでござるよ!」
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『戦国自衛隊1549』

『戦国自衛隊1549』
  2005年の映画館で観た映画:12本目
  映画を観た日:2005年6月18日(土)


 今年12本目の映画。これで漸く、年24本のペースに乗った。
 ちなみにマリオンの日劇2で観たのだが、ここは上映中の音声がロビーに漏れやすい(と言うか、大きい音声は台詞まで丸聞こえ)。初回以外は指定席制なので、上映中にロビーで待つメリットも特にない。次からは、上映10分前に入ろうっと。

 『戦国自衛隊』はビデオで観ている。あれは面白いけどイマイチだった。で、今度のは今ひとつどころか今二つといった出来だった。
 まず、プロットが去年観た『タイムライン』に似ているのが気になった。過去にタイムスリップした人を連れ戻すため、救出チームが過去に行くという大枠が同じなのだ。
 まぁそこは置いておくとしても、ストーリーそのものが面白くない。「戦国時代に、近代兵器で武装した自衛隊の一部隊が登場する」という舞台設定を、ほとんど生かせていないからだ。自衛隊と戦国時代の武士団がまともに戦わずして、何が『戦国自衛隊』か? 一番肝となる部分をごっそり削ぎ落としてしまっては、話が面白くなるはずがない。

 どうすれば面白くなったのか? 答えは簡単だ。
 タイムスリップした先行部隊が積極的に歴史に関与していると断定して、後発部隊が(救出ではなく)排除・殲滅を目的として過去へ向かえば良いのである。どうせ『タイムライン』に似ているのだから、過去からの手紙のようなもの(オーパーツみたく、発信機つきのビデオメモリが発見されるとか)が届いて、先行部隊が歴史を意図的に書き換えようとしている事実を提示する。こうすれば、主人公の動機付けにチンタラ尺を費やす必要もない。これで話のテンポも良くなる。

 当然、後発部隊は最初から「やる気」で特殊装備(鎧兜に見えるが実態は最新の戦闘スーツとか)を携え、各種作戦を立てて現地入り(タイムスリップ)する。
 先発部隊も、いずれは掃討部隊が来ることを予想し、作戦を練って待ち構えている。彼らはミサイル等の大物の弾薬を使い切っているため、味方につけた武士たちと共同で戦国時代流の戦術を取らざるを得ない。それでも、近代兵器の盲点・弱点とかは研究し尽くしている。
 その両者、すなわち「先発した自衛隊+戦国武士」部隊と、「後発の、純粋な自衛隊」が激突するのである。あるときは正面から、あるときは奇襲で、互に作戦に嵌め合い、裏をかき合う。その中で、作戦外・想定外のハプニングが起こったりもする。
 徐々に目指す本丸へと攻め込んでいくものの、それ以上のペースで消耗していく後発(掃討)部隊。果たして歴史を、そして未来を守りぬくことが出来るのか…?

 こんな“過程”であったら、実際の『戦国自衛隊1549』における“オチ”(後発部隊が歴史に積極的に関与することで、逆に歴史を守る=関与同士の相殺)も、また一味違っていたことだろう。

 映画の中心的な舞台となっている天母城は、一部を除けばCGとミニチュアとの合成で描かれているように見えた。オープンセットならではの自然な空間の広がりとか、リアリティが感じられなかったからだ。
 ところが、鑑賞後にパンフレットを読んだら、総工費2.2億円を投じて大規模なオープンセットが作られていたとのこと。全くセットの撮り方がなっていないというか、絵の作り方が分かっていないというか、信じられない無駄遣いである。『あずみ』では、「セットにけっこう金掛けて頑張ってるなぁ」と思えたのに…。
 ちゃんとしたセットを組んだなら、中途半端な合成など追加すべきではない。天守閣を合成するのではなく、他の部分を全てCGにしてでも天守閣までセットで組むべきなのだ。そして、余計なデザインも施さない。チャチなデザインを付け足すから、全体が玩具っぽくなってしまう。
 これは、ロメオ隊の部隊マークについても同じことが言える。ゴジラ映画じゃあるまいし、子供じみた安っぽいディティールなど不要である。

 かつて、「武士の隣に戦車」という映像自体が、「映像としてのSF」であった『戦国自衛隊』。新作の『戦国自衛隊1549』には、それを超える映像的インパクト(鎧兜姿の自衛隊員が戦闘ヘリに乗って最新照準装置を操作する等)を期待したが、無理だったようだ。

『ミリオンダラー・ベイビー』

『ミリオンダラー・ベイビー』
  2005年の映画館で観た映画:11本目
  映画を観た日:2005年6月18日(土)


 何故この映画がアカデミー賞を受賞したのか理解できない。
 もちろん佳作ではある。外連味みのないシンプルな物語を、最後まで描き切った直球勝負の映画だった。しかし、これが他を抜きん出た傑作であるかと言えば、疑問符が付く。
 例えば、最優秀助演男優賞を受賞したモーガン・フリーマンのこの作品における演技は、『ベティ・サイズモア』や『パルプ・フィクション』におけるそれと比較すると、むしろワンランク劣っていたと思う。
 最優秀主演女優賞を受賞したヒラリー・スワンクのボクサーらしさは、ボクシング・ファンである私の目にも納得のいく出来栄えだったけれども、それ以外の演技が『ザ・コア』におけるものよりも特別優れていたとは思えない。
 作品としても、ごく普通のものだと感じた。父親を失った31歳の女性ボクサーと、娘と疎遠になっている年老いたトレーナーという、欠けている部分を互に補完し得る二人のドラマ。それを、ジムの雑用係を務める元ボクサーが、一歩引いた位置から見守る。確かに良く出来てはいるが、映画としてはこの位は当たり前のレベルだとも言える。

 何故この映画がアカデミー賞を受賞したのだろうか?
 安易なアメリカン・ドリームものではなく、ハッピーエンドですらないストーリーが、希少価値として評価されたのか?
 超大作路線のハリウッドにおいて、大物であるクリント・イーストウッドが低予算に属する映画を手がけたことが、評価されたのか?
 20年以上も教会に通い続けるキリスト教信者が、悩んだ末にキリスト教のタブーを犯すことを描いたことが評価されたのか?

 本当に分からない。
 ハリウッド映画におけるコロンブスの卵とも言えるストーリー展開も、日本のTVドラマ『仮面ライダー龍騎』における“主人公を含むライダー全員死亡”を観ている私にとっては、特に強いインパクトとはならなかった。そんなこんなで、私にとっては、ごく普通の映画だった。

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震電

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 写真撮影時40歳。
 いい歳して云々といった決まり文句は私には通用しない。たった一度の人生、他人に迷惑をかけない範囲で楽しみます。